新しい生活
一つ上の生活スタイルとなった我が家に帰って色々済ませて後は寝るだけとなった俺は、ベッドにうつ伏せになってそのままおやすみ……とはならずに下校途中で買ってきた情報誌を広げては頑張って知識を吸収しているのだった。
「……」
しかしながらこれまでの人生において雑誌に掲載されている幾多のスポットとは無縁だった俺。綺羅びやかなフォトや文字の羅列に頭がパンクしそうだよぉ……。
「頭痛が痛いぜ」
どこに誘えば女の子が喜んでくれるのかさっぱりだ。抱えた枕に顔を埋めて小休止しよう。
「頭痛が痛いは日本語として間違っていなくもない」
すぐ横でする声にビクッとしてしまう。見れば今日から俺の妹と化した魔法少女がパンダの着ぐるみパジャマ姿で俺と同じように横になっていた。
「日本語の使い方に関しちゃお前の方が怪しいぞ妹よ」
「おぉ。とうとう妹と認められた……感動」
「拒否してもどうしようもないと諦めたんだよ……。それより何しにきたんだよ。風呂上がったならさっさと部屋帰って寝なさい」
はじめの髪はほんの少しだけしっとりとして見えた。灰色のツインテールがどことなく艶々しい。
「うん。だから部屋に戻ってきた」
「……」
うん。この子は何を言っているんだ。
そこで家の間取りを思い出してみる。人が寝れる場所は一階に客間、二階には物置部屋くらいしかない。個室という条件を外せばリビングも候補か。彼女が夜を過ごすならそのそのうちのどれかだと考えたのだが。
「妹よ」
「なに兄ちゃん」
「お前はどの部屋で生活するんだ?」
「ここ」
ほらきた!
そう言うと思ったよ!
「家具揃える前に部屋増やしてくれよ……」
親への愚痴をこぼしてはみたものの、そう簡単に家を増築できるわけがないのは分かるけれども。
「わたしは気にしない」
「俺が気にするんだよ!」
こちらの訴えは届いていないらしく、はじめの表情はなんら変わらない。
「同じ場所で寝れるわけないだろ」
「問題ない。わたし寝つきいい」
だからそういうことじゃないんだよ。けれど説得しても無理そうな気配を感じてしまうから対応策を実行することにした。
「にいに、どこ行く?」
ベッドから起きて部屋から出ようとするところに声をかけてきたので、
「布団持ってくる。ベッド使っていいぞ」
と答えて来客用の布団を調達してくることにした。
一階の客間の押入にあると思うが念のため母親に確認しておく。その時になんであの子が俺の部屋で寝る算段になっているのかと問いただしたところ「え? 嫌だったの……」と驚愕されたのでそれ以上話してもダメだと諦めた。
母に確認した通り押入の中にあった布団を抱えて部屋に戻る。階段を上るのが少ししんどかったが、これでなんとか自分の部屋で寝ることができる。
ベッドの隣に敷いてしまえば足の踏み場もないって感じになってしまうが今日のところは仕方なかろう。明日以降も床布団生活が続くならばちゃんと部屋割りを考えねば。
部屋でははじめが待っていたのだが、よく見ればうつ伏せのまま既に寝息を立てていた。
「寝つきがいいってのはマジかよ」
念のため彼女を起こさぬよう静かに布団を敷いていく。
今日はどっと疲れた。理由は言わずもがな、ベッドで寝ている妹のおかげだ。広げたままの雑誌によだれがつかないか心配だが引っ張っても抜けそうになかった。
諦めて布団に横になったが、しばらく押入に籠められていたせいか少し埃っぽい気がする。明日以降も必要になりそうだから早いうちに干しておこうと考えながら、妹にならって寝ることにした。
胸が苦しい。
夢の中に京子が出てきたせいかもしれない。
改めて俺は自覚する。ああきっと……俺はあの子のことが。
「……うぅ……」
いやマジで息が苦しいんだけど。あまりに呼吸がしづらいせいで目が覚めた。
もう朝か……と頭は起きたが体は起きない、動かない。
「え……えぇ?」
体にまとわりついていたのは、別々に寝たはずのはじめだった。しがみついてスゥスゥと寝息を立てている。
かわいらしい。かわいらしいんだけどさあ。
「……どうして一緒に寝てんだ?」
ゆさゆさと体を揺すってみると、パチっと目が開いた。
「おはようおにいちゃん」
「おはよう。起きて早々悪いがお兄ちゃんから質問だ」
起こしたおかげで絡まっていたはじめが外れ、布団の上で向かいあう格好になった。
「大丈夫。寝起きはいい」
「そりゃ助かる。何で布団で寝てたんだ?」
「兄妹いっしょに寝る。これ当然」
「当然じゃあないよなあ。せっかくベッド譲ったのにこれじゃ意味ないよなあ」
「意味はある」
本当か本当にあるのか。
「相沢草太を護ること。それがわたしの任務」
「……」
「……」
俺はじっとはじめの顔を見返す。それ初耳じゃないか?
「お前が来たのは見聞を広めるためって昨日言ってなかったか?」
寝起きの頭にこいつの言ってることが中々入ってこない。昨日部室でしてくれた話と変わっている。
「それはそれこれはこれ。学びも護りもやるのがわたし相沢はじめ」
「はあ。つまり自分のために勉強するし俺のために守護もする……てえのがはじめが家に転がりこんできた理由ってこと?」
「おおむねその通り」
「守るって何から?」
「それは今度、夜神所長が伝えてくれるはず」
「だから今は言わなくてもいいってか」
「うん。そんなことより」
目の前にいたはじめがこちらの胸にぽすんと飛びこんできた。オイオイオイお兄ちゃん眠気が吹っ飛んじゃうよ。
「もっと親睦を深める。これ大事」
俺もそう思うようになってきた。
「……いやいや待て待て! だからって一緒に寝るのはお兄ちゃん許可しないぞ!」
「なんで?」
愛らしい表情で首を傾げて訊いてくるんじゃないこのあざといいきものめ!
「いいかい。兄妹といえど別々の布団で寝ることが……そもそも別の部屋で過ごすことが当たり前なのだ。だから」
しっかりと無知な妹に説いて聞かせている途中で気付いてしまった。部屋の扉からこちらを窺っている怪しい視線に。
「……」
音もなくスーッと消えていく気配。あの視線は間違いねえ!
「母さん! 何を見て何を考えたぁ!」
はじめを置いて部屋を飛び出した俺が目にしたのは、そそくさと階段を下りようとするお母様の姿だった。
「いやよもう。なんだかんだ言ってはじめと仲良くやってんじゃなあい」
「ニヤニヤして勘違いしてんじゃないよ!」
たった一瞬抱きつかれていたところを見ただけでご満悦そうな表情をしやがって!
「ふふふ。われら兄妹の仲をご両親にもわかっていただけた」
「なんかもう色々ぶっ飛ばしすぎて俺わけわかんねえ……」
朝っぱらから落胆する俺にはじめが寄り添ってくる。そういう態度がお母様に誤解されるのだ妹よ……。




