草太の苦しみ
帰り道は一人だった。
はじめと一緒に帰ることも考えたが、こっそり侵入しているあいつと並んで学校を出るのは憚られた。
「来た時と同じルートで帰る。心配ご無用」
妙に自信ありげに言って部室を去るはじめを見送ったのはついさっきのことだ。今はあいつが無事に帰れるのか多少の不安を抱きつつ、学校前のバス停にいた。
「……」
考え事をしていたからすぐには気づかなかったが、いつの間にかすぐ隣に何も言わずに立つクラスメイトがいた。
「おう。今帰り?」
すぐに口から出たのはそんなありきたな言葉だった。
「ん」
短い前髪をいじりながら短い返答をしてくるのはスポーツバッグを肩にかける柏木京子だった。
それからは特に何か話すでもなく、二人して黙ってバスが到着するのを待っていた。
先日まではちょっとした出来事のせいで妙な空気になっていたけど、今はもう問題は解決している。
「……」
「……」
の、はずなんだけれども。
これまでと変わらぬ仲に戻れると思ったのだが、妙な感じがつきまとっていた。
「部活忙しい?」
「ん……そこそこ」
そっかそこそこ忙しいのかあ。みたいな会話はできるから、前みたいに避けられたりしてるとかじゃあない。寧ろもっと話したいのが本音だが。
「もうすぐ夏休みだなあ」
「ん……補講も部活もあるし、いつもと変わんないよ」
「そう言われるとまあなぁ」
俺も倶楽部活動があるから似たようなものだ。夏休みに突入しても生活リズムは大して変化しそうもない。ただ、学校に来るということは先輩たちにも会えるし、クラスメイトとも会えるというわけだからそういう意味じゃ悪いことでもない。
学外で会えれば尚の事申し分ないと言ってしまえばそれまでなのだが。
「休みなんだから外でパーっと遊びたいよなあ」
「ん……?」
顔を見つめてこられると、素直にそちらを見返せない。気持ちがそわそわして落ち着かなくなる。
「……二人で?」
「え!?」
思わぬ言葉に取り乱した。いくらなんでもそこまで考えは飛躍しなかった。
だけども、その展開自体は正直嫌いじゃあない。伏し目がちに向けられる瞳をちらちら見返しながら、内心そわそわして返答する。
「そう、ねえ。お前が良ければ? 二人で出かけるのもやぶさかではない……よ」
おそるおそる京子の返事を待っている時間が大層長く感じられた。
「ぶ、部活が休みの日なら……ええよ」
「いいの……?」
「ん……」
「ほんとに……」
ぺしりと腰を叩かれた。黙れと言われた気がし、それ以上しつこく確認するのは憚られてしまった。
でも確かに二人でもいいと承知してくれたはずで、そのことに俺は心底……。
「どこ行きたい!?」
「わわ、分かんないよそんなの!」
突然訊いたら滅茶苦茶驚かれた。やばいめっちゃ浮ついてる。
「考えなよそれくらい……」
「いやいやでも一緒に遊び行くならさあ、お前が楽しめる所がいいなって」
「あ……」
何か言いかけた京子の言葉を待ってみたが、少し目を泳がせてから、
「……どこでもいいよ」
「そ、そうか?」
と言われても、やはりこちらとしては彼女に楽しんでもらいたいという思いもあるわけで。
俺は無い知恵を絞って一生懸命女の子が好みそうな場所を想像するのだった。
「バス着たから」
「あ、うん」
必死に考える俺をよそに京子は乗るべきバスに駆け乗った。置いてきぼりになる俺に向け、バスのステップを上がろうとした彼女が振り返る。
「……待ってるから」
きゅうっ。
胸が苦しく締めつけられるのがあからさますぎるほど分かってしまった。
閉じた扉の向こうにいる彼女に反射的に手を上げて見送っていたが……バスが走り去って暫くの間もずっとそのまま手を振っていた。今はもう高鳴るだけの胸をその手で押さえて、胸中に去来するこの気持ちをじっと噛みしめていた。




