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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動-サマーシーズン-
225/260

家族が増えました

 スマートフォンのアラームが鳴っている。目覚めの時間を知らせる福音だ。

 まどろみの中で手を伸ばし一日の始まりを告げる電子音を止め……。


「…………あん?」


 音は確かに止まったのだがこの手で止めたわけじゃない。だって今指先が触れているのはスマホの硬い質感ではなく、ほんのり柔らかく温かみを感じるもの。


「……」


 瞼を持ち上げると、目の前にあったのは瞳だった。

くわっと見開かれたまん丸い双眸が、半覚醒だった俺の瞳をじっと見つめている。

 ふにふに。

 俺の手が触れていたのはその少女の胸元だ。


「起床確認。おはよお」

「ぅうわあああ!」


 文字通りベッドから転がり落ちて腰を抜かしてしまいながら、俺の布団からもそもそっと起きてくる女の子を指差して泡を食いながら声をかけた。


「なッ、な、なな……!」

「訂正する。ナナではない」

「知ってるわ! いや知らないけど名前! なんでいるの! 知らない!」


 混乱の極みにいるところに、更に彼女はダブルピースをちょきちょきしながら不可解な言葉を浴びせてくる。


「私の名前は相沢はじめ。よろしくねお兄ちゃん」






「おっかあ! おっかあ! 部屋になんかいる!」


 慌ただしく階段を駆け降りてダイニングに続く扉を勢いよく開けて母親に報告しに行く。

 何故かうちらの姓を名乗る不審な妹の出現などあり得るはずがない。ていうかあの子他人じゃん!


「朝から騒々しい息子だわねぇ」


 優雅に朝食の準備をしながらまるでこちらを宥めるような口ぶりの母と、テーブルに着き新聞を拡げる父の姿があるいつもの食卓。


「……ん?」


 そのはずだが、どこかとてつもない違和感を抱かされる。


「ぼけっとしてないで早く座りなさい。学校遅れるわよ」

「ああ……じゃなくってさ! 俺の部屋に」

「起こしてきましたお母様」

「不審なこの子がいきなりいてさってうおぉぉおい! 何普通に来てんだぁ!?」


 驚愕する俺の横をテクテクと過ぎ、はじめと名乗った灰色の髪の少女は迷うことなく親父と同じテーブルに着いて食卓のトーストを口にする。

 俺が、俺だけが眼前の奇異な光景を呆気に取られて見ていた。

 そして何かがおかしい何かがおかしいとずっと引っかかっていたものの正体にようやく気がついたのだ。

 部屋にある家具や調度品が全体的にこう……グレードアップしていた。

 テーブルの造りは安っぽくないしその上に並ぶ食器もピッカピカしてるしキッチンの冷蔵庫や炊飯器は新品だし、リビングにあるテレビは明らかにサイズがでっかくなっていた。

 夢かと思った。夢なら覚めてくれ。


「…………理解が追いつかない。俺に分かるような説明を希望する」

「それがねえ。この子預かってくれってあんたの知り合いの……なんとかさん? から頼まれて」


 なんとかさんという知り合いはいないがまあいい。母上様の言葉の続きを無言で促した。


「最初は断ったのよ? でも……」

「……でも?」

「あんなにおか……頭を積ま……下げられたら無碍にできないでしょん?」

「俺にはお金を積まれたから引き取ったって聞こえたんですけど。つうかその金で! 随分立派なモン買い揃えたみたいだな!」


 俺の叫びもなんのその、


「美味。これを毎日食せるパパは幸せ者」

「おぉ……聞いたか息子よ。パパだって。パパ」

「んなに嬉しいなら俺も呼んでやるよパパ!」

「華がない……」

「娘っていいわねぇ」


 好き勝手言いやがって薄情な両親め!

 俺は妹? と楽しそうにする家族を恨めしく思うのであった。





『ははは、仲良くやってくれているようでなによりだよ』

「今の話聞いて仲良くやれてると思う貴方の思考が理解できませんよ……」


 その日の朝、学校に到着する寸前を見計らってある人に電話をかけていた。校内でスマホの使用が見つかると教師からのお小言がうるさいのだ。

 ある人とは、今朝母親が言っていたなんとかさん。妹……ではなく、はじめと名乗る少女に確認をとったところ、その人とは彼女の所属している組織のトップであった。

 つまり今電話で話しているマガツ機関所長神木夜白さんである。


『いや失敬。こちらにいる時よりもいきいきしているはじめくんの姿が浮かんだものでね』

「それなんですけど……どうして彼女、同じ苗字を名乗ったんですか?」

『君の家に預ける上でやはり戸籍が必要でね。それでまあ、ちょちょっと手続きをさせてもらったよ』

「そんなちょちょっとで俺に妹を作らないでください!」


 電話の向こうで神木さんがまた笑っている。この人絶対楽しんでるよ。


『邪険にしないでくれたまえ。これも君やご家族のための施策なのだから』

「邪険にはしてないっすよ……」


 ただちょっと、唐突な事態に困惑してしまっただけだ。決してあの子が嫌いとかそんなんじゃない。右手に残るふにっとした感触もいいものだったし。


「ていうか俺たちのためって」

『すまない、そろそろ時間だ。まだ訊きたいこともあるだろうから今度の休みにはじめくんと一緒にこちらへ来てもらえないか?』


 次の休み、か。


「構いませんけど……丁度次の休みは出かけるつもりでしたし」

『では詳しい時間は彼女に連絡しておくよ。慌ただしくて申し訳ない』


 若くして施設のトップにいるのだから忙しくても仕方ない。こうして突然の電話にも直接話してくれたことも、あの人の立場からすれば破格の対応だったかもしれない。

 しかし、ならばこそ事前にしっかり話を通してくれていれば俺だってここまで慌てふためいたりしなかったはずだ。単にこちらを驚かせたかったという悪戯心でもあったのなら……仕方ねえや!





「――つうわけで今度の休みはそっちに行くことになったの」


 放課後、サークルの部室がある旧校舎の廊下を聖と明の二人と一緒に歩きながら、今日我が身に降りかかった出来事を話していた。すぐにでも話して気持ちを軽くしたかったが、流石にクラスメイトがいるところで話せる内容じゃあなかったのでこの時間に言葉を漏らすハメになった。


「それは……大変だね」


 聖の同情の言葉に頷きながら、ボランティア倶楽部が集う一室のドアに手をかけた。


「お疲れ様でーす」


 中には既に先輩たちが席に着いていた。


「おっつー」

「おつかれ」

「ご苦労」


 音無先輩の髪は先日から変わらずポニーテールである。まだ見慣れないためか、一瞬別人に見える時がある。

 それは四宮先輩もだ。短くした髪と瞳に色が戻り、今までの儚げな印象は鳴りを潜めて艶やかさを感じる。

 そしてこれまでの四宮先輩の白髪を受け継いだかのような色をしたツインテールの妹が三人目としてそこにいた。


「おおぉい! なんでいるんだよッ!!」


 俺がいつも座る席について談笑してましたって雰囲気を漂わせやがって!


「お兄ちゃんの生活態度を査定しにきた。偉い」


 小さな胸を張って誇らしげに言ってくる。何を考えてんだ。


「あいつ妹だったのか……」


 明が珍しく目を見開いていた。


「お前、さっきまで俺が話してた内容聞いてたか?」


 愚痴っぽく説明しただろ。そう言ったら明の頭上にはてなが浮かんだように見えた。


「聞いててくれよもう……」


 しかし、どの道この子が家に転がりこんできたという話を先輩たちにもしておかないとならない。だから次はちゃんと聞いてくれよと明に念を押してから、俺はもう一度今朝の出来事を語りはじめた。


「実は今日斯く斯く然々ということがありまして」


 みんなで机を囲み、長くかかる説明を分かりやすく一気に行う俺はすごいと思う。


「なるほどー」

「そういうことね」


 二人が分かってくれてなによりである。そしてもう一人、俺の隣に座る明だが……目を閉じて俯いていた。寝てないだろうなこいつ。


「ところで」


 正面にいる聖が話しかけてくるので視線を向けると、半眼でこちらを見ていた。見ているといってもその眼が見ているのは俺ではなく、


「どうしてその子は君の膝の上に座ってるんだい」


 両足の上に乗っかってきている少女であった。


「俺にも分からない……」


 邪険にするつもりはない。ないが……邪魔だ。


「席が空いてなかった。ここなら誰にも迷惑かからない」


 はじめはそう言うが、俺にはバッチリ迷惑がかかっている。


「邪魔ではないか?」


 明に訊かれて思わず邪魔だと言いそうになったが、


「……」

「…………仕方ねえだろ」


 黙って見上げてくる女の子に対してキッパリ言い切れるだけの度胸はありませんでした。


「意気地なし」


 聖が小声で暴言を吐いてくる。確かにそうだけど、そうだけど胸にぐさりと刺さってくるぜ。


「それにしてもはじめちゃん……と呼べばいいかしら?」

「問題ない。それが私に与えられた名前」


 四宮先輩が足に跨る相沢はじめに話しかけてくる。俺を見ていないのに見られている気がしてちょっと居心地が悪くもある。


「初めて会った時とは結構変わったわね。話し方が特に……意識してるのかしら」

「うむ」


 少女は鼻をふんすと鳴らして応えてみせた。


「外で生活する上できちんと学習してきた。わたし偉い」


 ぶいぶい。

 得意になると両手でピースを作ってみせるのは彼女の癖だろうか。


「はじめという名は誰に付けてもらったの?」

「これは違う。自分で考えた」


 へえと興味ありげな声を先輩が漏らす。俺もそのことは初耳だ。


「ねえね。なんではじめにしたの?」


 横から音無先輩が会話に混ざって訊ねれば、はじめは名前の由来を語りだす。


「わたし、個体識別コードはSMG-0001。一番。だからはじめ」

「ああ……そういえばそうだったわね。思い出した」


 四宮先輩だけが納得した様子だった。俺たちははじめの識別コードを聞いたことはないから、事前に先輩だけがどこかで知っていたのだろう。

 そして俺たちも改めて認識した。彼女は人造魔法少女の一人である。同じ顔をした少女が、今もマガツ機関に何人もいるはずだ。


「じゃあ他の子にも名前があるのか? ……っていででででッ!?」


 ふと質問を口にしたら、右頬をぎゅうっとつねられてしまった。細い指になんつう力込めてんだ!


「他のわたしに興味を抱く。失礼なお兄さま」

「わ、わあった悪かった! だから離せ…………めっちゃいてえ」


 頬肉が千切れるかと思った。涙目で頬を擦っていると、馬鹿なことやってるねって視線が正面から飛んでくる。もっと俺の頬を労ってくれてもいいじゃないか。


「他の子には名前はない。必要ない。外に出るのはわたしだけ。でもそれは不公平。故にいつかみんなに名前ほしい」


 口調はこれまでと変わらない抑揚なく平坦なものだったが、彼女が自分の考えを発信したことは初めてに思えた。

 はじめの意志を感じた気がした。


「名前……ローゼンクロイツに体を取られた……あの子にもいつか名前を?」


 聖の問いに、はじめは首を左右に振った。


「あれはもうわたし達とは全くの別物となってしまった。もう別人。零は他人」

「零?」

「識別コードSMG-0000。最初に造られたわたし。いわばオリジナル」


 先日、ローゼンクロイツとはじめを同じ場で見る機会があった。確かに顔の造りは同じでも、あれだけ変容していては別人と言って差し障りないだろう。


「あれを殺してもいいのか?」


 明の言葉にもっと台詞を選べよと言いたくなったが、はじめは気にせず返す。


「問題ない。むしろ推奨。この街の平和を守れ若人」

「……お前の方が若いだろ」


 茶化した物言いに突っ込んでしまったが、こういう風に言えるのならば、ローゼンクロイツ……零という子については割り切って考えられているんだろう。


「ね! 聞いてなかったんだけどさ」


 話を替えると言わんばかりに音無先輩が手をパンと打って俺たちの注目を集めた。


「結局はじめちゃんは何しにここへ来たの?」

「おん、言い忘れてた」


 膝の上のはじめがもぞっと動いて背筋を正す。小さいお尻が股間に触れてくるが俺は大丈夫だ、冷静だ。


「わたしはわたしの見聞を広めるべく。明日からこの部屋で勉強する。よろしく」


 まるで宣誓するように手を挙げてそう言ってきた。


「待てぇい! なんでそうなる!」


 俺ははじめの肩に手を乗せて問い詰めた。ここに来るってことは、学校に侵入するってことだろ。


「まずいだろ! 人に見られたらどうすんだ!」

「問題ない。今日もうまくやってきた。明日も大丈夫」

「そうは言うがな!」


 世間知らずの少女を出歩かせるのは不安しかない。


「先輩たちだって困るでしょう! ねえ!」

「うん……別にいいけど」

「悪さしないんでしょ?」


 寛容すぎる!


「感謝感激」

「いいってことよ」

「ここなら人目もほとんどないし余程じゃない限り見つからないでしょう」


 いいのかそれで。いいならいいが、先輩たちが認めてくれるならばいいのだろう……か?


「……迷惑だけはかけるなよ」

「迷惑をかけない。それは外の世界では大事なこと。頑張る」


 理解はしてくれているようだが、果たしてどこまで信じて安心していいものか。

 こうしてこの部室にひとり人が増えることになった。学校の生徒じゃないから正式な部員としてカウントできないので倶楽部に所属はできないのだが、それが目的ではないので構わないか。

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