日常への回帰
結局あの日のオチがどうなったのか、記憶が定かじゃない。
「途中までは覚えてるんだが……」
先輩たちが帰ってきて蛇の姿をした敵をボコボコにして、四之宮先輩にお帰りなさいを言って……。
そこから先がはっきりしない。聖が言うには、俺死にかけたらしい。
期末試験が終わって落ち着いたら一度こちらで話をしましょう。
と、九条玲奈さんに言われている。こちらってのはマガツ機関でってことだ。向こうで話をしなきゃいけない事態になってることは、理解できる。
俺が襲われた理由とか、アイアンウィルが違う感じだったこととか、俺の記憶が曖昧になってからやってきたローゼンクロイツとか知らない仮面の敵のこととか……俺も知りたい事があることだし、九条さんと話すのも悪くないと思う。
とりあえず、アイアンウィルのあの力を使うことは禁止だと音無先輩から念を押されている。今はどうやってあんな力を出せたのか自分でも分からなくなっているからその心配はないけれど、肝に銘じておこう。
「おはよう」
登校して校門をくぐったところで聖が後ろから声をかけてくる。
「体の調子は?」
「おはよう。すこぶる好調……なんだよ?」
その疑わしげな眼差し!
「この前は本当に大変だったんだから。心配したくもなる」
聞いた話じゃあ俺の体は魔女の力を使った作用で崩壊しかけたそうだ。そりゃあ本来四之宮先輩が扱ってる破滅をもたらす強大な力なんだから、俺なんかが取り扱って無事で済むわけがない。
扱えてしまった理由は、今度九条さんと話す時に分かるかもしれない。
「けど、本当に無事なら良かった」
「だから好調だって言ってるだろ」
「おかげで俺たちの装甲の修復は捗らんがな」
聖と話していると反対側から明に声をかけられた。
「お前らには感謝しておるよ」
「ならいい」
俺の傷の治癒のためにみんなが力を貸してくれたが、そのせいでこの二人は魔女との戦いで傷を負った鎧装の自己修復が進んでいないとのことだ。
音無先輩も魔女の世界からの帰還直後に大量の力を使ったので今はエナジーがすっからかんだと言っていて……あの場にいた人で何事もないのは、多大なる魔女の力を手中に収めた四之宮先輩と余力をまだ残していた九条さん、それから一緒に助けに来てくれた灰色の少女の三人だ。少女の方は多くの傷を負っていたけど、マガツ機関の医療機関で無事治療が進んでいるらしい。
波乱はあったけど、目的であった悪夢の魔女のゴタゴタは片付いてくれた。この件も、後日どういう形で決着がついたのか訊ねる必要がある。一緒に行けなかった俺は詳細を知らないのだから。
三人並んで校舎まで歩いていると、後ろからスイーッとロードバイクに乗ってきた音無先輩が俺たちの少し先で降りる。
「オハヨー!」
「おはようございます」
朝から元気な彼女に三者三様挨拶を返し、パッと見て分かるその変化について口にした。
「先輩……髪切ってないんですか?」
いつもの短髪からは想像もつかなかったポニーテールの音無先輩。あの日、異界から戻ってきた時に伸びていた髪はそのままにしているようだ。
「うん。たまには気分転換……なんてね」
そういう先輩の後ろ姿を見ていると、まったくの別人に見えてしまう。この間も思ったけれど、髪が伸びるだけでとても色っぽく見えてこれはこれで良いと僕は思います。
「何を見惚れてるんだい」
「別に見惚れてねえし! 言いがかりは止してくれたまえ」
聖ってば人聞きの悪い。
「ああいう髪型が好きなんだね」
「だからそういうんじゃねえって」
またもや怪訝な視線でこっちを窺ってくる。今日は疑われてばかりだな。
「朝から仲のよろしいことで」
「四之宮先輩、おは……」
背後から聞こえたもう一人の先輩の声に振り返り挨拶しようとした。けど言葉が少し途切れてしまったのは、彼女もまた容姿に変化が見られたことに驚きを隠せなかったからだ。
「……ようございます」
「なぁにその呆けた顔」
隣を過ぎていく四之宮先輩の背中まであった癖っ毛が、今日は肩より少し上で切り揃えられていた。それだけならロングヘアがショートボブの癖っ毛になっただけ……いや勿論それだけでも大きな変化なのだが、なによりも驚いたのは髪色が紫になっていたことだ。
「これ? 元々この色よ。本来のそれに戻っただけ」
じっと髪を見つめていた俺に教えてくれるその瞳も、これまで色のなかったその瞳にも髪と同じ色が宿っていた。
「いきなりそのルックスに戻って学校に来るって、違和感すごいわねぇ」
「アンタほどじゃないわよ。髪切って来なさいって言ったでしょ、どう誤魔化すの」
会って早々お互いの容姿を弄り合う先輩たちを見ていると、いつも通りって感じがしてきた。見た目は変わっても、本質はなんら変わってない……元に戻った、というのがあの人たちの目線からは相応しいのかもしれない。
「何を見惚れている」
「今度はお前かよ! 見惚れてねえっつうのもう……」
明まで同じようなことを言ってくるもんだからうんざりです。
溜め息を吐いていると、更に続々と挨拶が飛んでくる。
おはようおはようと立て続けに四人。大野と岡田と委員長と京子まで。気づけばこの間広場で遊んだ面子が並んでいた。
「おう!」
「あまりゆっくり歩いてると遅刻するぞ」
しないよ。時間は余裕あるじゃん。
「おはよ」
「おはよ……う?」
京子に続いた委員長の挨拶は、さっき俺が四之宮先輩にしたのと同じような途切れ方を見せた。
「メガネ……外したんだね」
「あ、ああ……うん」
そういやそうだった。アイアンウィルが戻って視力が改善したからもう掛ける必要がなくなったし、先日のどさくさで外れたメガネ……ぺちゃんこになってもう掛けれなくなってた。
「メガネ仲間が減ってしまった」
岡田がわざとらしく悲しげな口調で嘆いてくる。
「視力戻ったのか?」
「ああ。どうやら一時的な? そんな感じ? のやつだったみたい」
大野の質問にはひどく適当に答えて流そうとした。本当のことを言えるわけがないから仕方ない。
「似合ってた……のにね」
「そっか? 私はない方がかっこ……マシに見える」
京子の台詞に委員長はえーっと声を上げて少し納得いかない様子だ。
「聖くんと明くんはどっちが良かったと思う?」
ここでその二人に意見を求めてくるとは。
「そうだね……僕は」
「どっちも変わらん」
和気藹々とした登校までのひと時。この日常の温かな空気がとても心地よかった。
「呑気なのはいいけど貴方たち? もうすぐ期末試験なのを忘れては駄目よ」
今この時間を楽しく過ごす俺たちに四之宮先輩がたった一言を投げかけて、忘れかけていた現実を突きつけてきた。
しまった、そんなものがあったのだった。
「忘れてたあぁ!」
誰よりも大きな衝撃を受けて膝をついたのは、先輩の隣にいた音無先輩だったりする。
「馬鹿……」
額を押さえて頭を振る四之宮先輩と崩れ落ちた音無先輩を見てると、みんな自然に笑みが溢れてくるのだった。
そんな日常の一コマを経て、俺たちはいつもと同じ学校生活を始めるのだった。
ひとまず。
ここまで長々と続く作品を読んで頂いた方々に感謝を。
これにて一学期後半に起きた出来事は終わり、終業式を迎えて夏休みに突入することになります。
ただ…いかんせんストックがほとんど尽きてしまっているのでほんの少しだけお暇を頂きます。
それからはまた週一くらいでひっそりと更新していければと思っておりますので…これからも奉仕活動をよろしくお願いいたします。




