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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅳ
222/260

決戦の外で・3

 本来なら地上に遣わせた二基のスカーフの自動防御機構で二人を護衛するのがレヴァテインこと九条玲奈が下した選択だった。流石に強敵であるアポフォスを相手にしつつ、他へ意識を向けてスカーフを操作するのは困難という判断をしたからだ。

 だが彼女の想定を裏切り、守るべき対象であった相沢草太があろうことかスカーフを手に取り戦いの矢面に立ったのだ。

 そして彼女を驚かせたのは、対峙していた大蛇の放った火炎の球を彼が交差させた二基のスカーフで受け、軌道を逸し、自分の身と背後の人造魔法少女を守ったことだ。


「余所見とは随分随分余裕があるようだ」


 たった今見た光景に目を奪われることはできぬ状況である。スカーフを二基手放したことで若干手数が減り僅かな攻勢を許していた。


「更に己の戦力も分散してくれるとは。ありがたいことよ」

「ええ。こうでもしないと一方的な展開で申し訳ないと思ったものですから!」


 レヴァテインは左右の手にしたスカーフブレードでアポフォスの拳を受け止める。ブレードは二基のスカーフを連結させたもの、つまり彼女の手の内にあるのは四基。

 残りの二基が空中を自在に飛び回り、アポフォスの動きをレヴァテインが止める毎に斬りかかり、狙い撃つ。

 しかし遊撃を行う二基の攻撃は次第に当たらなくなっていた。地上に二基を遣わしたことで攻撃が手薄になったからでもあるが、時間を追うごとにスカーフの動きに敵が対応しだしていたのだ。

 長引くほどに不利になるようですわね。

 もっと軌道を読まれにくい動きを行わせられれば良いのだが、まだまだ練度が足りないようだと九条玲奈は省みた。

 一気に決めるには八基のスカーフ全ての性能を解放した状態になるのが一番だが、今それは叶わない。ならば残された六基でやるしかない。

 そう決断しようとした時、一瞬の隙が生じた。アポフォスから注意を逸したわけではない、臨戦態勢は継続していた。自身へと向けられる敵意にはすかさず反応できたのだ。

 反応できなかったのは、アポフォスの攻撃が地上に行われたせいだ。


「なっ」


 視線はレヴァテインから外さずに大地へ向けた掌から放った光弾が、体の自由の効かぬ少女へと降っていく。


「どれどれ。まずは一人」

「スカーフ!」


 手にしていたブレードを即座に背部に戻したレヴァテインが推力を全開にして地上へと。


「私の相手をするのではなかったかぁ!」


 体を貫く衝撃。

 アポフォスが無防備に地上へ進もうとするレヴァテインを横から蹴り飛ばす。


「この……ッ」


 幸いにして遊撃に徹していた二基がオートで防御壁を張ったおかげで直撃はしなかったが、邪魔をされたせいで地上へ辿り着くのが僅かに遅れる。

 それでもレヴァテインの疾さなら充分に間に合うはずであった。だというのに彼女が途中で速度を緩めてしまったのは、急ぐ必要がなくなってしまったからだ。

 懸命に光弾を追いかけていたレヴァテインの目の前で、横合いから飛翔してきた二基のスカーフがそれをぶち抜き打ち壊したのだ。


「そんな……ことが……」


 彼女が驚くのも無理はない。何故ならその二基は彼女が操作したものでもオートで動いていたものでもない。

 最も少女に近い位置にあり相沢草太が手にしていたものだったのだから。

 それを、彼が自分の意志で飛ばしてアポフォスの攻撃を防ぎ少女を守った……と理解すればいいのか。使いこなしたというのか。いやただ単に敵の攻撃に向けて投げたスカーフがオートで迎撃に動いただけかもしれない。

 正解が分からない。そしてその思考はこの状況では必要ないと言い聞かせ、レヴァテインは地上へ向かう。

 さっきまで一番危険な状況にあった少女が守られたせいで、今一番危険な状況にあるのが草太に切り替わった。無手の彼に大蛇が襲いかからんとしている。

 自分なら間に合う。アポフォスとの距離も開いているおかげで邪魔はされないはず。

 最大推力を更に押し上げた限界をスカーフに要求しながら、レヴァテインは草太へと向かい……ぞくりとした悪寒を感じた。




 誰かを助けるためなら、俺はどんな力だって受け入れる。

 自分には誰かを助ける力なんてないから。

 だから九条さんが力を授けてくれた時嬉しかった。


「…………い」


 その力を借りてあの子を助けることができてよかった。

 そして今、俺の手中に力はない。

 だから大蛇の突進を受ける術はない。

 けど、俺の内には紡いだ絆があった。


「……来い」


 あの人の中にしばらくあったからなのか。

 俺から離れている間に、俺の知らない何かを備えて戻ってきたのが、言葉で言い表せない感覚で理解できてくる。


「来い……」


 あの子を守りたい。

 生きて帰りたい。

 みんなとまた会いたい、遊びたい。

 先輩たち、聖と明……ボランティア倶楽部の面々とも、他のスペシャライザーのつながりを築いた人たちとも、大野や岡田、委員長……クラスメイトのみんな……それに、それにもう見失わないと決めた――。


「来ぉい!!」


 その叫びに呼応して、俺の右手に新たな……そしてよく知る力が現れた。





 彼の叫びに呼応して顕現したモノがこの悪寒の正体なのだと、九条玲奈は理解した。


「アレは……あの武器は……!」


 降下していたレヴァテインは思わず体を止め、その光景に見入ってしまった。アポフォスからの追撃は、ない。彼もまた、地上で起きている事象に目を向けていたからだ。

 相沢草太。彼が手にしているものは、彼女もよく知る魔女の得物。

 紅き焔を宿すマジシャンズエースのハートフォームが敵を刈りとる大鎌・ハートスレイヤー。

 細部の造形は異なっているが、放たれる存在感を間違えるはずがない。あれは紛れもなく、魔女の武器である。

 模倣とは思えぬ気配を発する大鎌が、地を這って迫る大蛇に向けて横薙ぎに振るわれた。

 彼を中心に一振りで巻き起こる熱風が彼女たちのいる上空まで吹き荒れる。

 加減のない斬撃にあてられた大蛇は体を上下に二分され、激しい炎に包まれ灰となった。斬風を浴びた山の木々はざわつき、大きく枝葉を揺すっていた。

 九条玲奈は言葉を失っていた。あれ程の威力のただの斬撃をマジシャンズエースが繰り出しているのを見たことがなかったからだ。

 どういう理屈で彼が魔女の力を借るに至ったかは依然定かではないが、何故あの威力の攻撃を振るえたのかは想像がつく。

 振るえてしまったのは、彼がただのヒトであるからだ。


「クッ……あれでは単に」


 鎌を杖代わりする疲弊した様子の少年のもとへ急ごうと誰よりも早く動いたのは、


「成る程! その力かァ!」


 アポフォスだった。


「しまっ……」


 出遅れたことを悔やむより早く体は動き、全開で後を追う。

 速度では誰よりも勝るレヴァテインがアポフォスの正面に回り込み、蒼槍レーヴァを我が手に呼び出し進行を受け止めた。


「彼に手出しはさせませんわ!」

「貴様も目にしただろう、あの小僧の可能性の脅威を!」

「何をッ!」


 剣戟乱舞。蒼き槍と蛇の牙が流星の如く火花を散らす。


「本来持たぬ他者の魔道。それをさも我が物のように扱うことが何を意味するか!」


 考えるな。

 惑わされるな。

 私がすべきことは彩女さんとの密約に従い彼を助くること!


「アリスが何故あの力に手を出すなと言ったか、なるほどなるほど……触れてはならぬということか」

「彼女が彼の力を畏れている、と?」


 刃と牙を斬り結びながら二人は言葉も交わす。


「さてさて。しかしあの力が目障りだというのなら……やはりここで殺すべき、か」

「させないと言っていますわ!」


 己の武器を激しくぶつけあう二人の下で、大蛇を焼き屠った当人はその武器を手放して少女のところへ駆け寄っていた。


「大丈夫か!」

「問題なし。だいじょうぶい」


 少女のダブルピースを見てほっと胸を撫で下ろす少年の様子を、九条玲奈は空から横目で確認していた。

 無事な二人に彼女もまた安堵しつつ、残った敵を殲滅するのは自分の任だと瞳に強く光を宿す。


「参ります!」


 地上の二人に背を見せる。アポフォスの魔手から彼らを守るよう天を向き、背部に宿る八基のスカーフの膂力を臨界まで高めてゆく。


「面白い!」


 アポフォスもまた凶気を覗かせる顔をレヴァテインに向ける。夜空に浮かぶ満月を背負い、黒い影となり飛甲翔女に襲いかかる。


「我がスカーフとレーヴァを鍵に、今こそ――」


 両手で突き出すレーヴァと八基のスカーフの砲口がアポフォスを捉え……そこでレヴァテインの口上は止まった。

 突如として攻撃を中断したことに、対象とされていたアポフォスも思わず手を止めてしまい……レヴァテインの笑みを見た。


「時間だ……!」


 笑っていたのは相沢草太もだった。嬉々とした声で空を見上げる彼の瞳はアポフォスの背後、九条玲奈と同じく空に輝く満月へ向かっている。

 いや、今宵は三日月。真円なる月が夜空に浮かぶはずもない。

 それは扉――現世と異界、此処と魔女の世界を繋ぐ門!

 今……それは破られた!

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