決戦の外で・2
そして警戒すべきは少女の方だけではない、レヴァテイン側もだ。パッと視線を移すと、二人は既に斬り結んでいた。
「器一つで我が眷属の相手が勤まるかな?」
「ご心配なく。それから」
斬撃が四方から襲いかかってゆく。斬りつけると同時に全てのスカーフが射出されていたのだ。
「あの子は器などではありません」
レヴァテインがズタズタに斬り裂かれた蛇男を弾き飛ばした。
「やったか!?」
思わず声を上げたが、蛇男は何事もなく地に足を着いた。斬り裂かれたのは羽織っていた衣装のみで下に隠れていた体はほぼ無傷である。
手応えがなかったことを知っていたのか、レヴァテインは少しの間も与えずに攻め込む。全てのスカーフを駆使した波状攻撃に相手は反撃の暇もない様子だ。
流石は先輩たちと共に戦いの歴史を紡いでいる飛甲翔女だ、俺が気を揉む必要などない。
ではもう一人の少女はどうだと視線を戻すと、そこには目を疑う光景が繰り広げられていた。
俺よりちっちゃい女の子が俺より遥かに大きな蛇が繰り出す蛇の大群を、
「……」
ただただ黙って髪で斬り捨て続けていた。
俺を守った時もそう、彼女の使う武器はその髪だ。自在に伸び鞭のように柔軟にしなりながら敵を斬り裂く鋭利さを兼ね備え、血飛沫すら弾き飛ばす精緻な動きを誇っている。
今も大蛇が仕掛けてくる攻撃――体のあちこちから一つとなっていた蛇を放ってけしかけてくるのだが、蛇の牙が少女の柔肌に届くことはない。
全ての蛇を斬り殺しながらゆっくりとした足取りで進みゆく。
あの小さな体に気圧されているのか、大蛇は徐々に後退している。攻撃を続けるほどに己の体積が減っているのか、大蛇は一回り小さくなっているようだ。このままいけばいずれ敵の質量が尽きてしまうのではないか、それが狙いなのかもしれない。
「確かにあれなら心配いらねえな」
九条さんが少女を一人で戦わせているのも納得だ。そのまま押し切り倒すのかと思ったが、ある程度歩を進めたところで少女はピタッと立ち止まった。
敵はまだ後退しているというのに何故追わないのかと疑問に思っていると、くるりと踵を返した彼女がたたたっと駆け寄ってきて。
「叱責する」
「あいたッ!?」
そう言われて頭をぽかりと叩かれた。
「何故!」
「傍を離れるなと言った。いつの間にか遠くにいた。怒る」
「そっちが離れたんでしょう!」
ぽかり。
「悲観する。抗弁されてとても傷ついた。しくしく」
「全然泣いてないだろ!」
無表情で話す少女の胸中がまったく分からない。本当は傷ついてるのかとも考えたが、それを遮って少女の小さな手が俺の体を突き飛ばす。
不意の出来事だった。
何でと思う間もなく俺の目の前にはは、地中から飛び出してきた幾匹もの蛇に肌が剥き出しの手足を噛まれて小さく呻く少女の姿があった。
「んっ」
すかさず髪を振り回し、体に纏わりつく蛇たちの首から下を斬り落とすが、
「不覚うぅ……」
と漏らし、尻もちをつく俺に折り重なって倒れてきた。
「おい! 大丈夫か!」
少女の肩を受け止めた手には生温かな液体の感触が伝わってくる。無数に刻まれた点々とした傷から血が溢れている。
「肯定……できない。毒が回って目が霞んで指先が震えて体温が下がって舌が痺れて痛風リュウマチ四十肩の症状が」
「マジと冗談を織り交ぜた内容を喋るな!」
判断がつかねえよ!
とはいえ蛇が仕込んだ毒が効いてるのは間違いなさそうだ、呼吸が乱れて無表情な仮面が僅かな苦悶に歪んでいる。
「はっ!?」
咄嗟に彼女を抱いたままその場を飛び退いた。次の瞬間、轟という鈍い音と共に元いた場所が爆ぜていた。
さっきまで退いてばかりだった大蛇がこちらへ這い寄りながら、口から火弾を吐き飛ばしてきたのだ。
「怪獣かよクソ!」
どうにか避けたどさくさでいつもかけてるメガネがどっかに飛んでいった。だけどもう、今の俺には必要なかった。
メガネがなくても世界が視えてる。アイアンウィルが戻ったおかげだ。
だが俺は歯噛みする。俺に能力が戻ったからといって戦況を覆せる力は持っちゃいない。そういう能力じゃあないんだ。
今の俺にできることは魔法の効果を受けつけないこと、それに対象の状態を視覚的に知れること。
まずいことに大蛇は力に満ちている。目に視えるオーラのようなものがそれを物語っている。反面、腕の中の少女の力は弱々しい。
どうすればいい。さっきみたいに攻撃を躱し続けられればいいが。
「……進言する」
不安になっていたところに少女が弱々しい声で話しかけてくる。
「私を置き一人で軽やかにこの場を離れると善し」
「んなッ……」
「私への命令は、貴方を守ること」
俺を押しのけ立ち上がろうとする少女だが、しかしその腕は力なく弱々しく。
「できるかよ」
逆に離すまいと、さっきよりも強く肩を抱いてやった。
「俺はここであの人たちを待つって約束したんだ。ここからいなくなったら……あいつらに何されるか分かったもんじゃねえ」
俺の脳裏に浮かんだのは先輩たちについていく二人の同級生の後ろ姿。
寝てたりしないさ。
フラフラ離れたりしないさ。
だから無事に帰ってこいよ。俺だって、こんなところで無様にやられたりしないから!
「……現状、不利」
言われなくても分かってる。二人でこうして話している間にも大蛇はのしのしと間合いを詰めてくる。また何かしらの攻撃を繰り出されたら、距離が近い分避けにくい、かな……。
考えていた矢先のことだった。俺と少女のすぐ傍に、突如として空から何かが二つ降ってきた。
「これは……!」
仰いだ天には先と変わらず剣戟を繰り広げているレヴァテインと爬虫類男の姿があった。あれほどの戦いをしているというのに、手を抜く余力などありはしないだろうに、九条さんはこちらに手を貸してくれるというのか。
「感謝しますよ!」
視線の先では大蛇がまた怪獣よろしく火球を吐き出そうと体を膨らませている。
すかさず俺は少女の体を手放した。彼女を見捨てたからではない。彼女を助けるための力を手にするためだ。
借り物の力でもなんでもいい。この状況を打破できるなら喜んで受け入れる。鋼の意志がそう決めたなら、その力は扱えるはずだ。
天から飛来した二つの刃を手に取った時、視えた。
天空を制する魔法少女から借り受けた双つの蒼刃を振るわせてもらう自分の姿が、不思議とイメージできた。
だから今、今だけは本来のご主人様じゃなくて俺に力を貸してくれ!
「頼んだぜ、SCAAFU!」




