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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅳ
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決戦の外で・1

「領域に臭いものが湧いたと来てみれば」


 男が襲いかからんとするのを制するように、不意に俺の隣に人の気配がした。

 近くには誰もいなかったはずなのに、まるで最初からそこにいたかのような存在感で、魔女が姿を現した。


「――あ……」


 ようやく声にならない音を漏らした俺の隣を過ぎ、その魔女――ルシダさんはローブの男を見据えていた。


「大丈夫ですか?」


 その声に、俺はようやくもう一人の小さな魔女の存在に気がついた。ルシダさんの弟子であるティアナが、いつの間にか腰を抜かしたように尻をついている俺の顔を覗き込んでいた。


「ああ……」

「危なかったですねえ。お師匠様が少しでも遅れていたら、死んでましたよ」


 さらりと怖いことを言ってくれる。

 しかし脅しではなく事実であると思えるのは、さっきの瞬間に生きた心地が全くしなかったからだ。


「何が……起きてるんだ?」


 状況を少女に訊ねると小さく首を振ってくる。


「分かりません。お師匠様が張っていた領域に何かが侵入したと仰って……こうして近くに見にきたところです」


 つまりあいつは不法侵入者、ということか。魔女の領域にうっかり踏み込んだという雰囲気でもないし、故意にやってきたことは間違いない。

 こうもあっさり侵入できる手練ならば、俺ひとりだけだったらこうして無事じゃなかったろう。二人が来てくれたことに感謝しなくてはならない。

 そしてなにより、以前は敵として相対していた(といってもその時戦ったのは魔法少女の鈴白音央ちゃんと付き添いの巻菱蓮さんだけど)魔女のルシダさんがこちら側にいる事が不思議な感じがした。


「結界を侵されて思わず見にきたか。結構結構、小僧ひとり消すだけでは詰まらぬと感じていたところだ」


 その言葉をそのまま受け取っていいものかどうか……受け取るならば狙いは俺だということで間違いないが、だがどうして俺なんかを、という疑問が湧くのは当然だろう。


「フハハッ」


 こちらの疑問を一笑するかのようにルシダさんが破顔した。


「邪魔者が消えるタイミングを見計らっていた者の言葉とは思えんな」

「いやいや。彼奴らが姿を消さねば一緒に始末してやったところである」


 なんとでも言えるか。

 小さく吐き捨てるルシダさんの言葉はどことなく喜々としたものに聞こえた。


「戦ってくれるんですか……?」


 期待半分が混じった声でルシダさんに訊ねたが、その時目にしたのは体を貫かれている彼女の姿だった。

 貫いているのは蛇……ローブの男から伸びている腕ほどの太さのある大蛇が、いつの間にか攻撃してきていたのだ。


「あ」


 俺に寄り添ってくれているティアナが声を上げるが、致命傷を負う師匠を目の当たりにしたにしては軽い驚きようであり、俺の方がルシダさんの身に起きている現状に衝撃を受けていた。

 しかしティアナがさほどショックを受けた様子がない理由はすぐに判明した。


「幽体か……」


 顔をローブで隠す男の呟きが聞こえ、同時にルシダさんの体がホログラムのように透けたり戻ったり、霞んだりを繰り返す。さっきから目の奥が疼いている悪影響かと考えたが、そうではないらしい。


「悪いが少年。私はもう戦わんのだよ」


 腹を貫かれたままの格好で、ルシダさんは俺を見、ついで空を見上げた。


「視たまえ。美しい夜空ではないか。君のその眼にもうつっているだろう、魔を見抜く双眸を持つ少年よ」


 ハッとした。

 目頭がじんじんと疼く感覚が何故続くか気づかなかったのか……の理由は、先輩のキッスで心が浮ついてたからだろうけど。

 答えはその時、既に得ている。

 アイアンウィルがこの身に戻ったことをようやく理解した今この時、俺の目に映るものがあった。

 見上げた空、輝く星の運河を泳ぐ翼の紋章。大空を飛翔ぶ魔法少女は魔女の領域へと舞い降りた。


「お待たせしましたわ! お待たせしましたわ!」


 何故か二回繰り返すその人……九条玲奈さんは手にした蒼い光剣を振るい、隣りにいたルシダさんのお腹に刺さる蛇に斬りつけていた。

 寸前で引っ込められたために刃は空振りしたのだが、おかげでルシダさんは敵の攻撃から解放された。とはいえダメージを受けた様子はない。体に空いた穴も霞のように塞がっていく。実体ではないのだと今なら分かる、視える。

 それよりも。


「九条さん。どうして此処へ?」


 立ち上がりながらその背……以前マガツ機関の敷地で目にしたのとは大きく形状の違うモノを背負う背に声をかける(立ち上がる時に隣にいる少女の肩を借りようとしたけど、手は彼女の体を素通りしていた)。


「お昼に彩女さんから連絡を受けましたの」


 先輩が?

 九条さんは手にしたブレードを背に負う輝くリングにマウントした。大小の機羽が左右対称に八つ、リング上で蒼く淡い光を発している。


「自分たちの物語に決着をつける、と。私も助太刀したかったのですけれど、こちらを離れた時に貴方が独りになってしまうから……と、相談されまして」


 放課後に用事を済ませたと音無先輩が言っていたのはこのことだったのか。

 けど、先輩、こうなることを見越してたのか……?


「本当はもっと早く、彩女さんたちがいなくなる前には来るつもりでしたけれど少し遅れてしまいました……どうやら貴女たちが時間を稼いでくれたようですね。ご協力感謝しますわ」


 九条さんは体を蛇男へ向け警戒を怠らないまま、視線だけをルシダさんたちへと送って言葉を述べた。


「後は勝手にやれ。そちらと馴れ合うつもりはなくてな……我らは魔女の末路の見物に戻る」


 俺たちに対してとは違い少し棘のある声音で九条さんに言葉を返すルシダさんがティアナに「行くぞ」と呼びかけた。

 そういえば最初にルシダさんに出会った時、彼女はマガツ機関から……正確には魔女の力を利用していた宇多川健二の手から逃がれていたのだった。その一件がしこりとなって、他のスペシャライザーに対してきつくあたっていたとしても不思議はない。寧ろ俺たちに接触して手を貸してくれている事が特異なのだと思える。

 付け加えるなら、九条さんがマガツ所属でかつて宇多川健二の下にいたことをルシダさんが知らないとしたら、伏せていた方が事態がこじれずに済むだろう。


「貴女……?」


 見覚えがあるのかないのか、九条さんが不思議そうな面持ちで師弟の二人を見ていたが、その姿は風に吹かれるようにふっと闇に消えていった。現れた時もこんな風に音もなく姿だけを此処に送ってきたのだろう。

 立場や因縁が絡み合ってくる。だが九条さんとルシダさんを知る俺から言えることは、二人とも悪い人じゃないってことだ。悪いのは全部、影から事態を弄んでた悪党だな、うん。


「話は済んだか小娘よ」


 そして今、九条さんの前には悪党の男がいる。俺の命を狙っていたっていうんだから間違いなく悪いやつだ。


「あらまだいらしたんです? 尻尾を巻いて去ってくださってくれて良かったのですけど」


 九条さんの背中から二基の羽が飛び立ち頭上で静止する。意思を持って付き従っているように見える。


「去ってくれないのなら仕方ありません。彩女さんとの契りを守るため、私がお相手いたしましょう」

「契り……そ、そうだ九条さん! 先輩は」


 俺が質問を終える前に九条玲奈ことレヴァテインは六基の羽――マガツ機関提供の資料にはSCAAFUと記されていた機械翼を輝かせ飛び出した。飛び出さざるを得なかった。

 ローブの男が仕掛けてきたのだ。あちらが攻め込んでくるのを制すべくレヴァテインは間合いを詰め、左右に展開するスカーフがレーザー光を射出する。

 僅かな動きで光線を避け、迫る速度は殆ど落ちない。ルシダさんの領域に単身乗り込んできた自信と実力は本物のようだが、それはレヴァテインも同様だ。

 背部のスカーフが次々と翔びたち、敵に目がけて飛翔する。ブレードに成りうる斬れ味を携えた六つの飛翔体が四方から間断なく襲いかかりようやく敵の進行を止めた。が、足止めが精一杯である。ローブの端を掠めはすれどその下の体は捉えさせてもらえない。

 しかしスカーフの役はそれで十分であった。相手に決め手を与えるのは、


「とおぉぉうッ!」


 レヴァテイン本人の役目である。

 傍らで射撃を行わせていた二基のスカーフを手にし、小形の双剣として取り回し斬りかかる。

 蒼刃は男の両手で受け止められた……いや、よく見れば手ではない。蛇だ、蛇の二頭がその牙で双剣を受け止めている。


「そういえば貴方!」


 交戦中にレヴァテインが話しかける。その最中もスカーフは飛び交い、剣を咥える蛇の頭に襲いかかる。


「茶会の方ですわね、景子さんがお相手していた!」


 斬り裂かれるのを嫌った蛇が口を離し、男が飛び退く。すかさず数基のスカーフが軌道を変えて追撃する。手数はレヴァテインが圧倒的に思えた。

 それよりも今、景子さんと言ったか?

 俺の知ってる景子さんのことを指しているのだとすれば、マガツ機関のスペシャライザーとは随分因縁の深い相手のようだ。


「貴公らのような者どもの相手はなんともなんとも……愉快なことだ」


 余裕を含む言葉を言い終えた瞬間、戦況を一変させる大きな波が起きた。

 男を中心に衝撃が走る。ローブの中から溢れ出した蛇の群れが原っぱに拡がり侵食していく!

 敵の直ぐ側にいたレヴァテインの姿は一瞬で呑み込まれたかに思われたが、次の瞬間には背部に戻したスカーフを翼にして天高く飛翔していた。


「よいのかよいのか? 小僧を置き去りにして」


 そうそうその通り。

 俺は地上に残ったままだから迫りくる蛇の波に呑み込まれ……気持ち悪い光景だな!


「んわあああああ!」


 もう叫ぶくらいしかできない。おどろおどろしく近づく蛇の群れに圧し潰されると嫌な覚悟をした時、


「ご心配なく。既に手は打たれています」


 怯える俺の前に一つ、小柄な人影が降り立った。


「排除する」


 少女らしき人影の白い長髪が風でふわりと広がったかと思うと、まるで触手のように太く成った幾つもの髪の束が凄まじい勢いで風を切り、間合いにに到達する蛇を

続々と斬り払っていく。

 蛇を迎撃する空間には少女の背後にいる俺も含まれており、まるでそう、俺を守護るために髪を振るっているようであり……というよりそうなのだろう、九条さんが俺を放って空に逃れたのもこの助力を見越してのことだったに違いない。

 制空権への立ち入りを拒絶された無数の蛇が刻まれ血を流出しながら、その血すら弾き飛ばしながら、波が過ぎ去るまで少女は黙々と髪を振るい続けた。

 ようやく数多の蛇の奔流が収まり僅かばかりの静寂が戻ったところで、おずおずと声をかけた。


「……き、君は?」


 三日月から零れる微かな月光に照らされながら、髪にこびりつく爬虫類の生き血を払い捨てる少女がこちらを振り向く。

 見覚えのある無表情な顔、灰色の髪、質素なワンピースを纏うのは……。


「確認する。傷はないか」


 灰色の人造魔法少女。小さな唇から零れる言葉に俺はこくりと頷き返した。

 ふんすっ。

 鼻を鳴らす少女は飛翔しているレヴァテインを見上げ、両手でブイブイとダブルピースをしてみせるのだった。


「上出来ですわ」


 俺たちを敵の狙いから遮るように九条さんが飛来する。何故灰色の少女が此処にという疑問に答えてくれたのも彼女である。


「私の到着が少しばかり遅れたのもこの子の調整を行っていたからです」

「調……整……?」

「ええ。相沢くんが何がしかの理由で目をつけられていることは確かでしたので」


 それは音無先輩もおそらく察していたことだ。だから九条さんに相談をしにいったのだと思う。何故狙われているのか理由は気になるが、明言されないということはわざと隠されているのか、確信までは得ていないのか。


「準備が必要だったのです。私はスカーフの最終試験を……そして彼女は人を守ることを学ぶ時間が」


 少女はまだ両手でVサインを作っている。覚えたてのことをずっと繰り返しているような、どことなく幼さを感じてしまう。


「当初は問題だらけでしたわ。きちんと実用に耐えうるだけの知識と常識と戦い方を身につけられるか……」


 苦労を強いられたのか、思い返して語る九条さんの声は若干気疲れしたものに聞こえた。

「ですが今の様子を見て」

「問題ない。大丈夫」


 ブイブイ。


「一安心といったところですわね」


 いつまでダブルピースを続けるのか。おかしなところはあるが、俺のことをしっかり守ってくれたことは間違いない事実。

 感謝感激である。


「さて」


 レヴァテインは二基のスカーフを連結させて形成した得物を片手で構え、黙して成り行きを窺っていたローブの男に切っ先を向けた。

 その時初めて男の顔が顕になっていたことに気づいた。人の形を模した顔は爬虫類の鱗に覆われ、まさに人型の蛇といった様相はなんとも生理的に受けつけ難かった。

 顔を隠していたのは醜い顔を隠すためだったのかと思わずにはいられなかった。


「彼女を戦闘に加えるつもりはありませんが、数の上ではこちらが多勢。どうされます? 尻尾を巻いて逃げ帰るのでしたら今日だけは見逃して差し上げますわよ」


 ようやくVサインを収めた灰色の少女は俺の横にピタッと張りついた。守ってくれるということなのだろう。ちっちゃいなあ。


「ふむ」


 己の進退をどうするか思案しているのか、蛇男は顎に手を当てていた。よく見ればその手も指先までしっかり鱗に覆われている。やはり気持ちのいいものではない。


「その女。見たことがあると思ったがなるほどなるほ……ローゼンクロイツの素体と同等のものか」


 その言葉であっと思い出した。

 雰囲気は全く違えど、この少女と同じ顔をした女の子が敵として聖と明の前に立ちはだかっていたことを。


「否定する。零は既に我らと別の個に変異した。故に別物」


 隣の少女は蛇男の言葉を淡々と否定した。こちらの腕に回している手にきゅっと力が篭もるのが分かった。ちっちゃいなあ。


「手土産の一つでも持ち帰ってやろうか」

「拒否する」

「まだ戦うというのならお相手は私ですわ。後ろの二人にこれ以上手を出すというのなら」


 手にした刃を構え直し、レヴァテインは臨戦態勢を整えた。


「その命、頂戴します」

「怖い怖い。貴様の相手をしながらでは手が足りんか」


 ならば素直に退いてくれればいいものを、そいつは九条さんの宣言を受けてもなお立ち去ろうとはせずに指を鳴らした。

 すぐに辺りがざわめき始めた。原っぱの向こう、木々の茂る森の中から異様な雰囲気が漂ってくる。


「なので従者を使わせてもらおう」


 俺の目に飛び込んできたのは、太い腕で木々を薙ぎ倒して姿を現す巨大な蛇だった。ついさっき散り散りになった蛇男の繰る無数の蛇が強力な一つの存在となって帰ってきたのだ。


「二対二。これなら文句なかろう」


 当然俺は数に計上されていない。巨大な蛇に睨まれた蛙になってしまいそうで一歩退いてしまうがそれ以上は動けない。何故なら隣で腕を掴む少女は微動だにせず蛇を見返していたからだ。


「忠告する。隠れるといい。私から離れると危険」

「どっち!?」


 隠れりゃいいのかくっついていりゃいいのか分かんない忠告に困惑してると、少女は腕からするっと離れて大蛇に近づいていく。

 結局俺は近場にあった岩の陰に隠れることにした。ここならそんなに離れないからいいだろう。っていうか他に隠れられそうな場所ないし。

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