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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅳ
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いざ約束の地へ

 陽は落ち世界が暗くなってくる。次第に足元も見にくくなってきた頃に、俺たち後輩組は先輩組に引率されるかっこうである場所までやってきていた。

 獣道とは言わないまでも手入れされていない未舗装の道を上り、ようやく辿りついたのがこの拓けた草原であった。


「山の上にこんな所があったんですね」

「ええ。人もいなくて静かだから、あたしと彩女がシバきあうには丁度いい場所だったの」

「あの頃と変わりないねえ」


 聖の台詞に対して先輩たちは当時を懐かしむように言葉を口にした。当時起きた出来事を俺たちは聞いてはいるが、目にしてはいない。伝聞でしか知らない過去は、先輩たちだけの思い出である。

 二人が言うには、ここが思い出……因縁の地だから魔女の世界へのゲートを開くのに最適らしい。懐かしい話になるが以前この街を逃走していたルシダさんが身を潜めていた魔女の領域のようなものだ。原理は違うのだろうけど、とにかく現実とは違う世界に行って、決着をつけてくるとのことだ。

 そしてそこへ赴くのは、俺を除いた四人のボランティア倶楽部部員。

 俺はひとりお留守番だ。この山の中で。


「準備はいいかしら?」

「いいよー」

「はい」

「問題ない」

「それじゃ――」


 まあ当然だろう。俺は戦力としてカウントされる立場にはない。前回魔女に乗っ取られた四之宮先輩を助けるために挑んだのは不意を突く奇襲を行えたからであり、しかし今回は真っ向からのぶつかり合いになる。


「――相沢くん?」


 そうなると人知を超えた力から身を守る術を持たない俺は戦場に立つことさえできない。足手まといである。だから今回、俺には戦いの外から皆の帰りを待つという役割しかない。


「ちょっと」


 しかしそれでいいのである。俺が皆の帰る場所になる……こんなにおいしい役どころは早々転がってはこないだろう。


「こら」


 自分の世界に入って考えていたところに四之宮先輩の声がした。気がつくとすぐ目の前で彼女がこちらの顔を見上げていた。


「あたしの話は聞こえていたかしら?」

「ああはい……聞いてませんでした」


 まったく。と呆れた様子で息を吐く先輩に肩を竦めて恐縮した。

 ついつい話を聞き流してしまっていたようだ。


「あたし達だけしばらくここを離れるけれど、貴方にはその間帰りを待ちわびてもらうっていう大切な仕事があるのよ」

「も、もちろん! 心得てますよ!」


 丁度今考えていたことを繰り返され、念を押されているような気持ちになった。言われるまでもないことだけど、言われることでよりその仕事を意識した。


「んまあ二、三十分くらいでサクサクーっと済ませて帰ってくるからさ」


 音無先輩は買い物にでも行くかのような気楽さで告げてくる。どれほどの戦いが待ち受けているのか想像すらできないが、先輩がそう言うと本当にそうなりそうな安心感もある。


「戻ってきた時に寝てたりしないでくれよ」


 そんなことするわけないだろと聖に言い返す。こんな大自然の中で寝れるほど俺は神経図太くありません。


「フラフラと他所へ行くな」


 行くわけねえし。

 そんなに落ち着きがないと明に思われていたのなら心外である。


「それじゃ二人とも……」


 聖と明は音無先輩に促されて一緒に進んでいく。歩む先には原っぱの中心に屹立する一本の大きな木がある。おそらくはそこから魔女の世界へと赴くのだろう。


「さて」


 ところが四之宮先輩はまだ俺の近くにいる。


「先輩? 皆待ってますよ」


 そう告げたら先輩は溜め息を繰り返した。


「お話聞いてないからそうなるのよ」

「はあ…………っん!?」


 どうやら俺は大変な話を聞き逃していたらしい。そう思い至ったのは、目の前にいた先輩が突然俺の顔を掴んで口を引っつけてきた。

 いきなりの行動に面食らって混乱しそうになるが、冷静になれ冷静になれと自分に言い聞かせているうちに、ここへ至る道中の会話を思い返していた。

 先輩たちが放課後の誘いに遅れたのはそれぞれが夜のために準備をしていたからだったのだがまず四之宮先輩は先日出会った魔女ルシダさんの所を訪ねてこの周辺に魔女の領域を展開してもらうためだそうだというのも万が一にも悪夢の魔女の影響がこちらの世界にないとも限らないので同じ魔女のよしみで力を貸してもらったらしい見返りは最凶の魔女との決着がついたかどうかを一番に見届けられる権利ということでおそらくルシダさんは弟子のティアナちゃんと一緒に領域を作りつつどこからか俺たちを見守っているんじゃないかなそれから音無先輩だが彼女は自分たちが少しの間違う世界に行ってくるからって知り合いに伝えにいったそうだ真意は聞いてないけれど万が一帰ってこれないという事態を想定してのことだろうかそうは考えたくないだって俺はあの人たちの帰りを待ってるんだから。

 と、脳内でここへ至るまでに聞いた話をあっという間に回想したけれど俺の口にはまだ先輩の口が触れている。

 執拗な口づけはいつまで続くのかドキドキで頭がパンクしそう……という感情に水を差してきたのは、体の奥から何かがぞわりと這い上がってくる言い知れぬ感触だった。

 中の臓物を吸い出されるような今までに感じたことのない気味の悪い体験から開放されたのは、先輩との長い接吻が終わる直前だった。


「っだはあ!」


 四之宮先輩の口が離れると同時に大きく後退り、口元を手の甲で拭っていた。

 決して先輩とのチューが嫌だったわけではないと最初に断っておこう。だがしかし今のありがたい思い出を塗りつぶしてしまうくらいこの身が感じた不快感は背筋をざわつかせていたし、それに呼応したように眼前にいる先輩の微かな笑みが怖気を抱かせた。


「いきなり拭い去るなんてとってもショックだわ」


 けど言葉や仕草はいつもの先輩だ。雰囲気だけが、どこか違って思える。


「な、何をいきなり……?」


 様々な感情が渦巻きながらも先の行動の意味を問うと、またもや呆れたって顔をされた。


「本当に何も聞いてなかったのね」

「すいません……」


 再度してくれた話によると、今のは先輩の中で悪夢の魔女を抑えていたアイアンウィルを返却するための譲渡行為ということだ。

 最初に行った受け渡し方法がそれだったので同じ方法で返すのが無難だという結論に至ったらしく、さっき感じた妙な感じは能力の移動を察知したせいじゃないかしらと説明してくれた。

 という話を、俺は未だに浮ついた心持ちのまま聞いていた。乱れた気持ちが落ち着きを取り戻すにはもう少しだけ時間が必要なようだ。

 四之宮先輩はこちらに背を向けて離れて待つ三人の方へ歩を進める。何か一言送ろうと考えたが、気の利いた台詞はすっと出てこない。


「じゃあまた後で」


 俺の無言の意を知ってか知らずか、振り向きもせずにあちらから声をかけてくれた。

 パチンと指を鳴らせば、その姿は青いポニーテールとマントを羽織る衣装に変わっていった。

 先輩を待っていた三人もそれに倣って女子高生の格好を捨てて戦うための衣装を纏い、装着してゆく。


「……」

「……」


 こちらまで聞こえない程度の声で四人が言葉を交わしている。戦いの前の最後の打ち合わせなのか、そう時間はかからなかった。

 四人の頭上に蒼い光を発する本が舞う。見覚えがある、あれは四之宮先輩が手に入れた魔女に関わる書物である。

 神々しい輝きにも禍々しい煌きにも思える光は直視に耐えがたく、また大気を震わす突風が辺りを駆け巡るせいで手をかざして顔を背けていた。

 しばらく風と閃光が吹き荒れていたが、やがてその奔流が収まっていく……ようやく俺が目を開けた時、そこには既に誰の姿も残っていなかった。

 俺だけ置いて、戦いに赴いたのだ。


「……」


 一旦別れる前に何か一言……そう思っていたのだが、結局何も言えずじまいであった。気が利かないやつだな俺って。


「後はここで待つだけか」


 独りごちながら自分のすべきことを確認する。

 先輩は数十分で帰ってくる風に言っていたが、その間孤独に待ちぼうけだ。

 みんなの無事な帰還を祈りつつ、それ以外はすることがなく手持ち無沙汰甚だしい。今頃は俺の知らない世界で魔女と対面して死闘を繰り広げているかもしれないし、案外話し合いなんてしてるかもしれない。

 まったくもって……俺には関われない領域の出来事だ。

 疎外感を抱いているとまでは言わないが、力になれないことをほんの少しだけ悔いているのもまた事実。

 なのでそのことを思い悩むよりもまずは自分にできることをしようと頭を切り替え、丁度いい具合の大きさの岩に腰かけて待つことにした。

 更にその時間を有効活用するために英単語帳を開いて試験勉強対策だ。


「……」


 はい飽きた!

 長時間単語帳に目を落としていたけどこんな時に集中できるわけがない。勉強に身が入る状況じゃないと分かっちゃいたけどさ。

 スマホで時間を確認すると、一人になってからまだ五分も経っていなかった。


「待ち続けるってのもなかなか……」


 大変なもんだと思わず溜め息が漏れた。空を仰げば三日月が細い糸のように白く空に浮かんでいた。点々と星の輝きが目につくのも、街中よりも空気の澄んだ高地だからか。


「へっくし」


 上に一枚羽織ってくればよかったと鼻をすすっていると、おや……と気がつくことがあった。

 空に流れる星の海を横切って黒い線が伸びている。その線はまるで意思を持った蛇のように曲線を描き、うねりながらこちらへと……星空のキャンパスを這い進みながら、孤独な草原と化していた此処へと降ってきた。

 先輩たちが消えた辺りへ静かに降り立ったソレは人のようであった。全身を頭から覆い隠すローブにすっぽりと隠れているために性別も背格好も判然とせず、言葉を発せられなければ人かどうかすら怪しい、妖しい存在だった。


「解せん。解せんな」


 声の低さから男のようであった。しかしその台詞がこちらに向けてのものか、単なる独り言なのか、判断しかねた。

 ただ、目頭が、頭の奥が、ちりちりとざわつく感じがした。


「何故斯様な者を放置するのか。どうにもどうにも理解に苦しむ」


 何を言っている?

 そして言いながらこっちへ近づいてくるな。

 声を上げようにも体を動かそうにも、まるで蛇に睨まれた蛙のように全身が言うことを聞かない。こちらが身動ぎした瞬間に襲いかかられでもしそうな、得も言えぬ危機感に支配されていた。

 しかしながら、十数メートルは離れているとはいえ、それ以上近寄られるのは限界だと感じた。

 動いても動かなくても死ぬ。

 何故かそう思った。相手の意思は見えないけれど、この異常な状況に本能が警鐘をけたたましく鳴らしていた。


「――」


 微かに体を浮かせた瞬間、やはり正体不明の男も動いた。先に動いたはずの俺より早く――。

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