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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅳ
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魔法少女は夢を見る・2

 一人の守護者がいた。

 精霊の住まう異世界からやって来た伝承の存在である神砕く魔狼と契り、異世界を侵略した巨悪を仲間の助太刀もあって退けた音無彩女。

 伝承を少女に授けた仔狼を模した魔狼は異世界の復興へと戻り、次代の器に相応しき者が現れるその時まで力の契約のみが彼女の残されているものだった。

 彼女もまた夢を見ていた。


「ぐうすぴぴぃ……ぐうすぴぴぴ……」


 温かくもふもふしたものに寄りかかった彼女は夢の中でもぐっすりと眠っていた。一度眠りについた彼女がちょっとやそっとでは起きないことは周知の事実である。


「……」


 もちろんのことであるが、彼女が寄りかかられて枕代わりにされている者もそれは知っていた。何故なら中学生当時の彩女のパートナーをずっと務めていたのだから。

 彼女が枕にしていたのは丸まって横になる巨大な魔狼・アギトの横腹であった。

 人ひとりを容易く丸呑みできる巨大な口で彩女の寝間着の襟を食んで持ち上げると、

 ブルブルブルブルブルブルブルブル――。


「あぎゃぎゃぎゃギャギャギャギャ!!」


 か弱い少女の体が千切れて飛んでいくのではという勢いで振り回すことで目覚まし代わりとした。




「……久々のご対面の挨拶がさっきのって酷くない?」


 目の前にあってまるで黒い壁のように大きな獣を前に、胡座をかく彩女は憮然とした表情で言葉を漏らした。


「起こさなければこの対面も果たせず終わっていたのだ、文句を言うな」


 伏せる狼が大きな口を少し動かして人語を話す。

 黒く艶やかな体毛、凛と立つ耳と太い尾。その赤い双眸が目の前の小さき少女を見据えている。


「起こし方ってもんがあるでしょう! あんたにじゃれられたらいくらあたしでも無事じゃ済まないっつうの」

「無事で無傷でないか。それに所詮まどろみの世界……寝ている体に影響などない」

「そのままショックで目が覚めてたらこうして話せなかったんでしょうに……」


 と言ったところで彩女はうんと首をひねった。


「そういやいきなり会いに来るなんてどういう風の吹き回し? ていうか会いに来れたの? あんた……自分の世界に帰ったじゃない」


 もう二年近く前の話である。大戦と称される戦いの終結と同時に彼女の物語もまた一つの区切りを迎えた。

 アギトとともに宿敵を討ったことでアギトは己の世界へと戻り彩女と別れた。その後、別れと一緒に失われた力を再び発現させたのが半年ほど前のことである。


「も、もしかしてあたしの力をボッシュート!?」


 彩女は顔を蒼くして叫んだ。


「そそそそれはご勘弁を……せめてあとちょっとお待ちをぉ」


 今は友のためにその力を喪失するわけにはいかないとどうにか懇願するのだった。


「落ち着け。いずれその力はお前のもとから返してもらうが今ではない。数日、数年、数百年……いつになるかは定かでない」

「へ? なーんだそうなの。焦って損した」


 安心した彼女の顔はけろっとしていた。ころころと二転三転する表情は秋空のようである。


「じゃあどうしてあたしの夢に……」

「また魔女と戦うのだろう?」


 その言葉にはたと動きを止め、


「どうして分かんのよ」


 と訊き返す。


「お前のことなら聞かずとも分かる。珍しく考え事のしすぎで眠りにつくのが少しばかり遅れたことも」

「本当にお見通しなの……? あんたすごいわね」

「……眠りにつくお前の意識が時折我の意識に干渉してくる。いつもなら何も思わんが、今宵は感じが違っていたのでな」

「なにそれ。結局人の夢覗き見して体調知ってたってこと?」

「お前も我の意識をたまには見ていたのではないか」


 少し考える素振りをしてから、彩女は笑顔で肩をすくめて両手を上げた。


「寝てる時のことなんて覚えてないし!」

「お前の眠りの深さは折り紙つきだな」


 深いところで繋がりが続いている。しかしそれはとてもか細い糸である。異なる世界にいる者同士がこうして意識を交わせているのは二人の絆あってこそ、である。


「んで。魔女との戦いを前に声をかけてくれるだなんて……何か秘策の一つでも授けてくれるの?」


 わざわざこのタイミングでかつての相棒との逢瀬。何かしら意図があると考えるくらい、彩女にだってできるのである。


「そんなものはない」

「ないんかい!」


 思わずツッコミに回る彩女にはアギトの考えがさっぱり分からなくなった。たまに考えを巡らすとこの始末、肩を落として多少落胆した様子。


「お前に策など必要ないだろう」

「ん……」


 言われてみればそうかもしれないと彼女は思った。これまで一人で策を弄して事に臨んだことなど片手で数えるほどもない。


「小細工など不要。我が力を顕現するお前に敵などいない」

「……」

「忘れたか。神砕く我が牙を。思い出せ。たかが魔女一人に遅れをとる訳がない」


 握りしめた右拳。数多の敵を退けてきた戦士の手。彼女はそっと拳を開いた。


「あたしはあれを倒したいわけじゃないよ。ただ……あの子の助けになりたいだけ」

「随分と、生温くなったな」

「もうあんたと一緒にいた時みたいに強くないから」


 その言葉に狼はその大きな鼻を鳴らして嘲笑った。


「いいのさ。あたしが強くなくったって、今は頼れる仲間たちがいるんだから」

「その友を守るのがお前だと。そう思っていたが」

「む……」

「力への執着をなくしたお前に何かが守れるとは」

「何よもう! 折角会えたのにわざわざお小言!? 聞きたかないっての!」


 ぷんぷんと怒って顔を背けてみせるのは図星をつかれた証拠だとアギトは察した。更に口を噤むものだから質が悪いとも。


「聞け馬鹿」

「っ……」


 誰が馬鹿よ言わせようとしたところ失敗に終わったが、特に構わず先を続ける。


「弱くなっただと? だから馬鹿だと言ったのだ。自分の力を信じずに何を信ずる?」

「……」

「お前は強い。何にも負けぬ。昔も今も、まだ見ぬ先の果てにても」

「……」

「貴様に敵う者など居はしない」

「……」

「誇れ。無敵の守護者よ」

「……あんたさあ」


 噤んでいた口を開いた少女が確認する。


「ひょっとしてあたしを励ますつもりで会いに来てくれたの?」


 アギトはじっと相手を見下ろし、やがて溜め息とともに返答をした。


「お前のようなやつを手のかかる妹……というものらしいな」

「あたしのお兄ちゃん一人だけだし! あんたの方が手のかかるペットだったし!」


 兄と妹、はたまた主人とペットか。

 二人の関係は会えぬ年月が幾ら長くなろうとも変わることはないのだろう。絆が紡がれている限り。


「どれ妹よ」

「じゃないっつうの!」

「今の自身がどれほどの力量か……久々にじゃれてやろう」


 そう告げると伏していた狼は四つの足で巨躯をかかげ、大きく伸びをしながら全身をほぐしていく。その様はまさに山である。


「ふふん。久々にご主人様と遊びたくなったってわけ?」


 笑う彩女は手にしたスマートフォンを己の下腹部にあてがう。姿を変えて遊ぶ気満々である。


「気合充分でなにより。気を抜きすぎて怪我をされても困るからな」


 狼も大きな口の端を吊りあげた。


「ちょっと会わないうちにご主人様への尊敬の気持ちを忘れたようね! 思い出させてあげるわ!」

「貴様こそ小生意気な女に成長したものだ。ひとつ躾けてやろう」


 夢遊の世界で黒衣の戦士と黒き魔獣が楽しそうに触れ合いをはじめた。

 魔女との決戦を前にして相棒が懊悩としていないか案じていたアギトなりの、彼女への手向けの意を込めた手合わせなのだが、果たして彩女はそれに気づくことはあったのだろうか――。



――――――




 二人の闘士がいた。

 幼少より悪の組織で育てられ、悪になることを拒み戦い続けた一野聖。

 対となる存在として常に彼と戦いながらも、決して組織に迎合しなかった双葉明。

 命を奪い合いより強き者が悪の十字の下で傀儡となることを宿命づけられていたはずが、仲間との出会いによって彼らの運命は覆った。

 ついでに性別も覆った。明に至っては半々だが特に気に病んではいない。とはいえいつか元に戻るためにも、彼らは仲間と協力し助けあっている。


 試験勉強を終えた一野聖は外を歩こうと玄関へ向かった。勉強といっても実のところほとんど手についてはいない。聖の頭の中には、放課後に出会った魔女の話が渦巻いていたからだ。

 悪夢の魔女。

 変身デバイスを用いて戦う聖たちとはまったく異質の魔の力。その強大な力を直接目の当たりにしたことはないが、先輩である彩女たちの話を聞いているだけでも戦闘力の高さは察していた。

 近々戦うことになるのは間違いない。果たして自分の力がどこまで通用するのか。

 机に向かっていてもそのことが頭をよぎるが故の気分転換であった。


「……ん?」


 扉を開けたところでタイミングよく隣の部屋の住人も外に出てくるところであった。そちらも聖に気付いた様子で視線を向けてくると、


「……」


 無言で集合住宅の前の広場公園を親指で指し示すのだった。




 ともに歩むことなどない。それが宿命づけられている相容れぬ敵だった。決して交わらぬはずの互いの道は、今も交わることはないのだが……限りなく近く隣り合う道として同じ向きへと進んでいた。

 本来二人が辿るべき運命はその流れを大きく逸れ、まったく新たな物語として紡がれ続けている。

 そして今、広がる芝生の上で二人が交えているのは互いの拳であった。

 長い金髪が邪魔にならないよう結った聖と特に手入れをする必要もない短髪の明は動きやすい軽装(というか寝間着のまま)で薄っすらと汗を浮かべながら、


「……」

「……」


 黙々と淡々と、本気でないが手を抜くことなく手合わせをしていた。

 建物と明かりと外灯、そして月光が照らすおかげで暗闇に不自由することはなく、互いに繰り出す手足はしかと見えている。

 明の実直な拳をかわす聖の足払いは空を切る。宙を舞う明の蹴りが聖の顔面を強襲するが聖は捌き、空中で身動きできぬ相手の顔に返す脚で蹴りつける。

 手で受け止めればそのまま掴み、力に任せて投げ飛ばす。身を翻し着地した聖のもとにすかさず明の膝が飛ぶがこれも器用にいなし、そこに生じた横腹の隙に掌底を見舞う。が、危機を察した本能的な身のこなしで避け、間合いそのままに攻勢を続けた。

 明の直感じみた動きを聖は真似できない。明のまっすぐに最短を突き抜ける剛拳を聖は真似しない。相手が誰であれ真っ向から戦う姿勢(この点は音無彩女と近いものがあると聖は思っている)は明のものであり、対して聖は攻撃の受けは最小限に留め可能な限り受け流し、間断なく注ぐ流水のように攻防をつなぎ攻めたてる。

 メリハリの強い明と対照的な戦い方だが、二人の組手はそれでがっちりと噛み合っている。互いに当てるつもりの攻撃は全て紙一重で外され、あたかも演舞を披露しているかのような見応えがあった。

 ギャラリーがいれば目を引くこともあったろうが、夜更けに広場にやってくるような不良少年少女はいなかった。

 そして十分ほどが経過した頃、大きく間合いを取ったところで同時に深く息をつき……振りかぶった右拳をぶつけ合い、ようやく二人の舞は止まった。


「……」

「……」


 睨み合うように視線を交わす二人が揃って背を向け交差を解く。運動の終わりは思いの外あっさりとしていた。


「またシャワーを浴びて着替えないと……」


 まさか体をここまで動かす羽目になるとは予想していなかった聖は呟きながら髪留めを外し長髪をふわりと解放した。


「匂う」


 脇の下に滲む汗を嗅ぐ明はシャツを脱ぎ不快感を拭いたく思うが、外で裸になるほどの非常識はもう持ち合わせていない。組織から離脱し、次第に社会での立ち居振る舞いを学んでいるのは成長している証である。

 そのまま二人は言葉を交わさず別れるところであるが、聖はどうして明の方から声をかけてきたのかと理由を考えていた。そしてその訳は、自分が気分転換に外へ出かけようとしたものと同じでないかと感じていた。


「明」


 と、別れようとしていた相手の背に呼びかける。用が済めばすぐに立ち去りそうな明が、この時ばかりは声をかけられるのを待っていたかのようにいつもよりゆっくりとした動作で着衣を整えていた。


「……」


 無言のままその視線が聖に向けられる。何も言わぬが何か言えと訴えているのは聖にも分かった。


「僕は負けない。相手が誰でも……お前にもだ」


 言葉にしてから、これではまるで負けることを恐れているから虚勢を張っているような台詞じゃないだろうかと聖は自問した。

 そしてそれは正しくそうだとも答えが出ている。恐れているのだ、強大な魔女と戦うことを。その気持ちを拭うべく体を動かしたのに、結局想いはまだ不安に囚われたままであった。


「当然だ」


 だが聖が自身の弱い心に参ってしまうより先に、明の言葉が返ってくる。


「俺は勝つ。お前にも……たとえ目上の者が立ちはだかっても」


 同時に、勝つという明の前向きな言葉がこちらを奮い立たせているような錯覚を覚えた。

 そして違う、その言葉は、明は明自身に向けたものだ。ともすぐに理解した。

 明もまた、やはり聖と同じく不安を抱いていたのだった。

 自分だけではなかったのだと思うと少しだけ気が楽になっていく。だがそれを表に出すほど浮ついてはいない。


「僕に勝てる気でいるのか?」

「貴様こそ俺を負かせると思っているのか」

「……」

「……」


 お互いが相手の言葉に引っかかるものを覚えたらしく、睨み合いを続ける。

 もちろん、ここでまた手を出すなど馬鹿げたことだと二人は考えていた。

 魔女のことにしろ試験勉強のことにしろ、お互い他にすべきことはいくつも抱え込んでいる。だからここで、


「……」

「……」


 再び組手を始めるということは、


「……」

「……」


 ただの意地でありお互い張りあうだけのそれをまだ萎えておらずしっかりと持ちあわせていたのだった。

 そこからみっちり三十分ほど、聖と明は先程よりキレのある動きで意地を張り続けた。



――――――



 そして俺、相沢草太はというと。


「むむぅ……」


 みんながどんな夜を過ごしているのかなんて全く知る由もなく机に座って考え込んでいた。

 勉強のことではなく、クラスメイトのことをずっと思い浮かべて。

 彼女の助けになることができないかと自室でひとり唸って案を捻りだしていたが、名案と自身を持てるものができたかと言うと今ひとつであった。


「……よし!」


 それでもいくつか考えは浮かんだ。ならそれを試してみるしかないじゃないか。

 かくして俺による京子のためのメンタル回復プランを明日実施することにしたのだった。

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