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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅳ
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魔法少女は夢を見る・1

 一人の魔女がいた。

 強大な力は他者から畏れられ、いつしか悪夢の魔女と称されていた。

 己の力を五十三のカードに移し、依代となる少女の手を渡ることで未来永劫絶えることなくあり続ける存在。

 今も四之宮花梨という少女がマスターピースと名付けられた一組の古びたトランプを手中に収め、しかし同時に取り憑く魔女の意識は強靭な鋼の意志に蓋をされ表層に現れることはない。少なくとも、今この瞬間は。


「……」


 そして少女は夢の中、薄っすらと靄がかかる儚き世界を彷徨っていた。


「本を揃えた日にこんな夢か。息つく暇もありゃしないわ」


 夢を見てすぐに意識の有無がはっきりとした。思い通りに動くこともできる。夢にしては現実味がありすぎることに違和感を抱いていた。

 加えて今の自身の格好。ジョーカーの力を引き出した時のマジシャンズエースのジョーカーフォーム。自在に変身できないフォームに姿を変えていることは己の願望なのか、はたまた何か別の意図があるのか。その場合の意図は誰が仕組んだものなのか。

 考えを巡らす暇はなさそうである。霞がかった視界の先に薄っすらと揺らめく四つの影。歩みを止めた花梨が近付いてくる者たちの姿を確認した。

 人の形を成す影が四。比喩ではない、黒い影が四体、彼女の前に立ちはだかっている。そのシルエットがマジシャンズエースの四つの基本フォームに類似していることはすぐに理解する。

 剣、槌、鎌、銃。それぞれの得物の切っ先が動く。


「倒しなさいってことね」


 そう解釈したマジシャンズエース・ジョーカーフォームは腕を広げ、水雷を宿す戦斧と火土を宿す銃剣を振るい、己の力を解放した。




 四人の影を退けることは、ジョーカーの力を振るう花梨にとって容易いものだった。

 我先にと間合いを詰めてきた鎌携える影を右手に構えた銃剣で撃ち落とし、頭上より剣を振り下ろしてくる堅牢なる影を左手にした長大な戦斧で横殴りに吹き飛ばす。

 鈍重なる破壊の槌を担ぐ影の接近を援護するように狙い撃ってくる銃を構えし影に向けて烈火の如く突き進んだ花梨はその背後より戦斧で薙ぎ払う。最後に立つ槌の影は踵を返し花梨に迫ると先程彼女がしたように必殺の一撃を見舞ってくるが、銃剣の腹でさらりと受け流すと無防備になった胸にその剣先をとすりと突き立てた。

 花梨は難なく四つの影を地に伏させると、全ての影は中空に霧散するようには掻き消えていった。

 夢か現かの世界においてではあるが、花梨はジョーカーの力を巧みに使いこなしていた。右手のガンブレード・ジョーカーストラングルと左手のハルバード・ジョーカーストレングスで影を一蹴したことがそれを物語っている。

 とはいえ、自分に似た形容のものを倒すのは気持ちのいいものではなかった。それに何故戦わなくてはならなかったのか……。一旦手にした武器を手放し、考える。


「けしかけてきた奴がいる……ということかしら」


 花梨の呟きは独り言ではなかった。その場に新しく現れた……近付いてくる影に向け、確認を込めての台詞だった。


「……」


 返答はない。話す口を持たぬのか、話す意味がないとでもいうのか。

 だが先の四人とは違う。花梨は一目見てそう感じていた。

 退けた四名は彼女と変わらぬ背格好であったが、続いて現れた彼女(影であるがスタイルはすらりとスマートなので女性であるのは確かだろう)は背も高く……何より先刻の者たちにはなかった威圧感を備えていた。

 その出で立ちはシルエットでしか判別はできないのだが、やはり彼女には馴染みのある……というより、今の彼女とよく似た、まるで姉妹のような格好をしていた。


「――」


 打って変わって、今度は花梨が先行して仕掛けた。

 今の自分より成長した姿をかたどっているかのような影に対し冷静さを欠いたわけではない。ただほんの少し不快に思う一面があった。

 加えて、先の四者を仕掛けさせてきたのはそいつであると直感が告げたせいでもある。

 こちらの実力を探るつもりなら見せつけてやろうじゃないの。


「フッ!」


 瞬足で攻め込む彼女が最も警戒を払っていたのは、仮に相手の能力が自身の映し身だとすれば間合いを詰めさせぬ遠方からの射撃であった。狙いを絞らせないようにジグザグに地を蹴り死角へと回り込みながら観察し続ける。

 狙撃の素振りは皆無。

 まさかという思考が過ぎったのは影の背後へ召喚したハルバードを振るう直前だった。

 背後からの攻撃を誘われたと悟ったのは影が大鎚で花梨の体を今まさに叩き潰さんとする寸前。咄嗟に飛び退き直撃を避け即座に次の一手へと行動を移す。

 近接から中距離へ。銃を扱う間合いではない、敵が大振りなハンマーを携えているなら小回りを活かせる武器が最善。

 ハルバードを手放し消すとガンブレードを呼び出し、再度肉薄する。

 再び彼女の思考にノイズが走る。行動を起こしてからの違和感。

 また誘われている……!?

 最善の手を最速で実行しているつもりであったが、初手はまるでそれを読んでいたかのように疾さで劣る大鎚であっさり迎え撃たれた。

 今もまた肉薄すべく一足を踏み込んだところを、自分が相応しくないと判断した銃によって制された。


「……」


 花梨は息を呑む。黒い銃口が彼女の鼻先をピタリと捉えていたからだ。

 どのように相手が動くのか知っていなければ、ハートフォームと同等以上の速度で攻め込む花梨を疾さで劣る大鎚やピンポイントで狙う必要のある小さな銃口で捕捉するのは難しいだろう。

 たった二度の接敵で、花梨は目の前の大人びた影の読みが自身より上手だと悟った。


(どうにも力を持て余してる感があるわね)

「ッ!」


 頭に直接響いてくる声、音に花梨は驚きの表情を浮かべた。その音の主が目の前で構えていた黒き銃を手放して消す影からのものであると何故か理解できた。


(力任せに突っ込むから戦略に粗が出る。あたしのように格上の相手にはもっと工夫を施しなさい)

「…………ご高説痛みいるわね」


 核心を突かれたことに皮肉っぽく返したところ、影は小さく笑みを浮かべ……たかどうかは定かではないが、どことなくそんな雰囲気を花梨は感じてしまった。


(はじめまして。あたしは××××(その名前は理解できない音として花梨の頭に響く))

「何者?」


 意思の疎通を介して相手の態度に敵意を感じず、寧ろコミュニケーションを取ろうとしていると感じた花梨は回りくどい質問はなしに率直な疑問を口にした。


(あたしは。あたし達は貴女と同類。幾多の時代、世界に於いて魔女の依代となり魔女の威を借り魔女に呑まれし憐れな少女)


 気が付けば霞の中に打ち倒し消えたシルエットが四つ現れていた。それだけではない、その後ろそのまた後ろそして霞む世界の彼方まで、無数の影が花梨と語りかける影を取り囲んでいた。やはり敵意はなく、ただ見守っているという風である。


「人の寝込みを大勢で……一体何用なのかしら、魔女の傀儡さん方は」

(いずれ貴女もそうなる。封印の書を手にした時点でそれは目前に迫っていると、賢しい貴女なら理解しているでしょう)


 今は花梨にとって節目の時である。これまで手がかりのなかった悪夢の魔女に関する情報が一気に押し寄せてきている。機が訪れているということは弥が上にも察していた。

 そしてまだ解けない疑問、新たな疑問がいくつもある。


「どうして貴女だけがあたしに語りかけてくるの?」


 無数にいる影……依代とされた少女の中でこの者だけが相互理解によるコミュニケーションを取ってくる。明らかに他とは一線を画していた。


(幾多の世界の中であたしが最も魔女の力に拮抗した者だから)


 悪夢の魔女に対抗しうる依代がいたという事実は花梨には僥倖である。自身の行く末にある光明が大きく輝く気がしたが、同時に更に深い闇の底に光が沈み込むのも分かった。


「拮抗した、だけで勝利を得たわけではないのね」

(神砕く魔狼、アルカナを統べし世界、大樹と大海の双星。四者の協力を経てあたしは悪夢の力を取り込むことができた)


 直接的な名称でなくその者を現す形容にノイズは入らなかった。その中の一人だけは思い当たりがある。自分と影が同一人物でないのと同様、その者もまた彼女とは別人なのだろう。幾多あると言っていた世界の中、自分と影の世界は非常に近しい位置にある世界同士なのだと理解した。

 しかしそれは真に理解した事態へのついでの理解である。


「…………魔女と同化したのね」

(正確ではないわ。正確に伝えてはいない。世界を越えて全てを伝えることはここでは不可能)

「必要ないわ。そもそも貴女が何を成したのかなんてよくよく考えればあたしには何の意味もない情報だし」


 他の時代や世界にいたマスターピースの所持者のことよりも、他に知るべき訊くべきことが花梨にはあった。


「あたしに接触してきた理由は?」


 封印の書。影がそう呼んだ物を手にした途端にこの仕打ちである、理由を訊ねるのは当然のことだった。


(あたしはあたしの世界の魔女に対抗することができた。あたしはあたし以外の世界の魔女に対抗せんとする少女にそのためのヒントをばら撒いた)

「それがあの書……」

(そしてワイルド)


 マスターピースに本来存在し得ない五十四枚目の白紙のカード。


「何者にも染まらず、何者にも成れる未知の切り札」

(そして今は悪夢の魔女を抑える鋼の意志と引き換えに、少年の身に宿り彼の者を支える封魔の要)

「どこまでお見通しよ」


 現在花梨の手元にワイルドのカードはない。喪失したタイミングと状況、カードの特性を鑑みて、後輩の少年が分け与えてくれた仮初の封印の代償として彼の中に宿っているという仮説を一つ立ててはいた。

 それを、異世界から干渉してきた影がズバリ確信めいて言い切ってくるのは大したものだと思う一方で微かに不愉快でもあった。


(そちらが世界のアルカナや大樹海と遭遇していないように、こちらも紡ぐ意志や角牙を携える乙女たちと出逢っていない。非常に近しい世界線においても多大な差異が存在している)


 ここで、花梨は語りかけてくる影がふと笑みを零すのを感じた気がした。


(この差が貴女にどのような結末をもたらすのか、僅かばかりの興味がある。故にほんの少しだけ、本来行うことのない干渉をしかけてみた。それが接触の理由かしら)

「興味ね……」


 俯き思案する素振りの花梨に対し、影は続けて語りかけてくる。


(貴女の歩む道を高みから見物する対価として、貴女が魔女に抗う術を伝えてあげる)


 提示された報酬は魅力的なものであった。これを拒むのは愚者であり、花梨は影の評通り賢しい人間である。

 顔を上げた彼女の返答はたった一言。


「がっっかりだわ」


 表情を歪ませて吐き捨てた。


「なぁにが高みの見物よ。要するにあんたの末路に不満だから他所の世界の違う末路を拝みたいってだけじゃない。情けない」


 実力も知識も明らかに上の相手だが、その心中を見抜いたかのように花梨は決めつけ、強い口調で捲したてた。


「あたしはあんたじゃないしあんたはあたしじゃない。勝手に妙な希望と期待を抱かないでちょうだい。いいこと? あたしはあたしの意志で魔女に抗うの。決して魔女と同化なんかしないわ。それがどんな末路になるか大体分かるもの」


 そして彼女の文句の対象は周辺にも飛び火し、いくつもの影を次々指差していく。


「あんたも。あんたもあんたも、あんた達も全員よ! よく聞きなさい! あたしは誰かのために抗ってるわけじゃあない! あたしはあたしのためにあたしの戦いをしているの! あたしはその結果がどうであろうと……他の誰かに自分を重ねて勝手に期待なんかしない。あんた達を目の当たりにしてはっきりとそう自覚した、こんな情けなく女々しい人たちがあたしの先人だなんて泣きたくなるわ」

(言うじゃない)


 声を荒げる花梨と正反対に落ち着いた調子の影の薄い胸板に指を突きつけ、はっきりと宣言する。


「これはあたしの物語よ……遠い世界の誰かの手助けなんてこっちから願い下げだわ」


 その言葉を受け、次第に周囲の影は霞の中に姿を消していく。まるで彼女の拒絶を受け入れたかのように。


(ならばもう何も言うまいわ。貴女は一人で逝きなさい。あたし達はその行く末をただ黙って見送るとしましょう)


 そう告げて影は背を向け立ち去ろうとしたが、


「ちょっと待って」


 花梨は影の背後からその首筋に戦斧の刃先を突きつけて呼びかけた。


(……もうちょっと進んでたら首切れてたわよ?)

「そんなことより封印の書とワイルドについて。貴女の話を聞いてあげるわ」

(…………は?)

「それを伝えたくってわざわざこんな場を用意したんでしょう。仕方ないから話し相手になってあげる」

(今あたしの物語って口走ったわよね)

「ええ」

(手助けなんて願い下げって口走ったわよね)

「それはそれこれはこれ。先人の話を聞くのも後人の務めと思って我慢するから」


 影は花梨を突き飛ばした。


(こんの手前勝手なワガママ娘が!)

「勝手なのはそっちでしょうが人の安眠邪魔しておいて!」

(黙らっしゃい! いいわ教えこんであげる……ただしその身に痛みと一緒にね!)


 帰りかけていた影は再び武器を手にとった。それは今花梨が手にしているものと似た、柄の長いハルバード。


「手取り足取り丁寧にご享受してもらおうなんて期待してないわ。それにやられっぱなしなのは癪だったし」


 花梨もまたハルバードを構え直し、そして影を迎え討つ。戦いの中から悪夢の魔女に抗う術を学ぶために――。

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