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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅳ
215/260

最後の一欠片

 四之宮先輩から遅れて洋館を飛び出した俺は彼女の姿を追ったのだが、その背中を捉えることはできなかった。


「ヒィヒィハァハァゼィゼィオロオロ……」


 俺が今捉えて追っかけているのは、先輩が乗り込んだバスのお尻である。

 ティアナの師匠がルシダさんなら俺の師匠は大門真希奈さんだぜ!

 シゴカれまくった俺の底力見せてやるわと勢い良く鉄の箱を走って追いかけたのはいいが、今はもう脇腹痛いわ吐き気はするわで後悔しまくりだった。

 バス停ひとつ分の距離を全力疾走したために体が悲鳴を上げているが、おかげでどうにか次のバス停で追いつくことができた。師匠に鍛えていただいたおかげです……。

 扉を開けるバスに息も絶え絶えになりながら飛び乗って追っていた人の姿を確認した。ふらふらと彼女がいる座席に近付き、隣が空いてたのでぽとりと座り込んだ。


「……」


 先輩は眉根を寄せているが、すぐに返事をできそうにないです。息を、息を整えさせてください。


「……汗臭いわよ」

「すみゃあせん……」


 手の甲で汗を拭っていたら、隣からかわいい柄のハンカチーフが無言で差し出された。

 ありがとうございますとハンカチをお借りしてだっくだく流れる汗を拭い去る。


「洗って返します」

「手洗いでお願いね」


 やってみますとお答えし、ようやく呼吸が落ち着いてきた。

 しかしいざ追いついてみると何をしていいのかさっぱり分からない。いやそもそも一緒に行動しないといけないと思ったから来たわけで、もう目的は達成していると言える……のか。

 このまま無言でバスに揺られるのかと思いきや、有り難いことに先輩からお声をかけていただいた。


「どうしたのよ一体……他の人から変な目で見られてたわよ」


 先輩に言われて周りを見渡した。今はなんともないけれど、俺が飛び乗ってきた時はきっと奇異な瞳で見られていたに違いない。


「それはすいません……先輩のことが気になって一所懸命追いかけてきたもので」

「あら嬉しい。告白かしら?」

「全然違います」

「そこまできっぱり否定されると傷付くわね」


 そんな素振りは微塵も見せてないじゃないですか。いつも通りの調子にホッとすると同時に、俺たちを置いて先に出て行ったことへの不満が残る。


「なんで一人で先に行っちゃったんですか?」

「一人で取りに行けるから」

「どこにあるのかアレだけで分かったんですか?」

「ピンときたわ。聖くんと明くんは全く知らないはずだから分からなくって当然だけど、あたしとアヤメには馴染みのある言葉だったから。最近あの子は用がないから寄り付いてないと思うけど」


 どうやら俺たちと出会う前、先輩たちが一年生かそれとも中学生だった時かに知り合った人を示す言葉だったのだ。


「相沢くんも知っている所よ」

「へ?」

「けどこの間は会えなかったし、思い至らなくても当然ね」

「ちょ……ど、どこへ向かってるんですか、俺たち?」


 俺の知っている場所と言われても全然分からない。首を傾げていたところに四之宮先輩が答えを耳打ちしてくれる。


「二人でデートした魔璃摸堂よ。覚えてるでしょう」

「でも先輩」


 商店街のバス停に降り立った俺は先輩の後ろについて歩く。


「なあに?」


 表の通りから外れた裏の道、少し薄暗い場所を進みながら声をかける。


「さっきも言いましたけど行くなら一言いってくださいよ」

「一人で行けるってさっき言ったでしょ?」


 そりゃあそうですけれど。

 今だって迷いなく歩く様は俺を置いていっちゃいそうなくらいだ。引き離されないよう早足で彼女の後を追い続ける。


「……一緒に行きましょうよ」


 もうそろそろ魔璃摸堂に着こうかという時にかけた言葉が彼女の足を止めた。くるりと振り向き、俺を指差す。


「今一緒に行ってるじゃない」


 確かにそうだ。


「そうじゃないです!」


 でも違う。俺は先輩の手を取ってもやもやしてた心の中を吐き出した。


「一人で出て行かれた時、すげえ不安だったんです。何も言わずにさっさと行って、全然頼られてないんだなって……悔しかったんっすね」


 言いたいことが上手くまとまらないけれど、先輩は黙ってこっちの話に耳を傾けてくれている。


「そりゃあ音無先輩もいたんだから、頼らなかったのは頼る必要がなかったからなんだろうなって……先輩は分かってるみたいでしたよ。けど俺はあの人みたいに付き合い長くないから以心伝心で通じ合うなんて無理です、心配だと思ったら言います。余計なお世話の要らぬお節介って思われても、俺はそうやってしか誰かに気持ちを伝えられない」

「……」

「……」

「……」

「……自分、不器用ですから」


 無言でじっと目を見られてると急にばつが悪くなってきた。ぷいと顔を背け、先輩からのリアクションを待った。


「……手、離してくれる?」

「あう、はい!」


 指摘されて慌てて先輩の手を握るのを止めた。感情的になって思わず手を握ってしまったが、異性の手を取るなんて大胆なことを……俺のバカ!


「言っておくけど」


 俺に掴まれていた手をほぐすように動かす先輩がため息混じりに告げてくる。


「一人で来ようとしたのは貴方たちを頼らなかった訳じゃあなくて、本当に一人で問題ないと判断したからよ」


 分かってくれるかしら? という先輩に対し、俺はぎこちなく首を縦に振った。

 その言い分が確かなら俺が追いかけてきたのは本当にただのお節介ということだ。恥ずかしすぎる。


「それに」


 まだありますか。これ以上恥の上塗りをしてしまう前に耳を塞いでこの場から立ち去りたい衝動に駆られちゃいます。


「貴方が思ってるよりあたしは貴方のことを頼っているわよ」

「……え?」

「ちゃんと分かってもらえてると思ったのだけれど……相沢くんってアヤメと同じくらい鈍感だから口で言わなきゃ伝わらなかったのね。謹んで謝罪申し上げるわ」


 先輩は悪戯っぽくクスッと笑みを浮かべて伝えてきた。


「きょ、恐縮です」


 この言い分も確かなら今回は完全に俺の勇み足……ここまで言われて疑うのはよそう。先輩の言うことは本当で、俺は別に頼られていないわけじゃなかった。それは喜ばしいことじゃないか。


「……すみませんでしたねえ先輩と同じ鈍感で!」


 怒る素振りを見せたのは完全なる照れ隠しだ。先輩にはきっとバレバレだろう、また笑みを零された。


「全くだわ。これ以上鈍い人が増えたら心労で倒れてしまうわよ」

「心配させないよう善処しますよ」

「期待してるわ……意外と優しいのね」


 ふんすと鼻を鳴らして俺は言ってあげた。


「俺は誰にだって優しいんですよ。ようやく気付いたんですか」

「今気付いたわ」


 そう言って先輩は再び歩みを進めた。俺も後に続き……と、先輩が肩越しに振り返って言ってくる。


「その台詞、女の子に言ったらモテないわよ」

「えっ!」


 どういう事ですか!

 追い縋って訊いてみるが、自分で考えなさいと返答してくるだけで結局答えは得られなかった。

 誰にでも優しいっていうのはあまりいい風に取られないのか……。

 四之宮先輩なりの解釈かもしれないが、忠告はありがたく頂戴しておいた。

 そして以前一度だけ、今と同じように先輩と一緒に訪れたことのある古道具店の入り口の前に辿り着いた。

 先輩がノックもなしに店の扉に手をかけようとした寸前、まるで到着を察したかのように扉が独りでに開いていく。


「ふひひ……お待ちしていましたよ」


 いや違う。中から人が開けたのだ。そしてそれは、前に俺たちを出迎えてくれたお店の女性とは別人の声だった。

 扉の隙間から覗く人影のメガネがキラリと光る。先輩のメガネも俺のメガネもキラリと光る。メガネだらけだ。

 ようやく開け放たれた店の扉をくぐり、俺と先輩は再び魔璃摸堂に足を踏み入れた。


「お久しぶりですね。おきぬさん」


 そして薄暗い店の中から一歩踏み出してきた人の姿を、俺はようやく確認した。

 だぼっとした緑色の中華風の装束。武道に通じた人が着ていそうな服だが、まとっている本人はボサボサの髪に大きな丸い厚底メガネ、背中を丸めているせいか腰の低い態度……というよりも必要以上にへりくだっている感じ。

 声を聞いてなきゃ女性だとは思わなかっただろう。


「うひっ。本当に久しいですねえ……」


 しかも言葉の合間に引きつったような笑いを織り込む喋り方。話すことに慣れてないような、どこか奇妙な人物だという第一印象を抱くには充分だった。


「男連れですか。やりますねえ……くひひ」


 今度は下世話な妄想でもしているのか、口元を手で隠しておかしそうに肩を震わせてくる。ちょっとどう接していいか分からないぞ。


「今日来た理由。分かりますよね?」


 先輩はおきぬさんと呼んだ女性の扱いに慣れているらしく、彼女の台詞を一切無視して自分の用件を口にする。


「へいへい分かっておりますよ……」


 おきぬさんとやらは先輩の言葉を受けてそそくさと店の奥へ引っ込んでいき、先輩も後に従って進んでいくので俺も雛鳥のようについていった。

 一度姿を見失ったおきぬさんは店内におらず、代わりに、


「連絡はしていなかったはずだが。よく来たな」


 カウンターの向こうに挑発的な赤いチャイナ服を着る女性が煙管を手にしながら出迎えてくれた。

 前回来た時にお会いした魔璃摸堂の店主の女性、おつきさんである。相変わらずのナイスな体つきは目に毒だ。


「こんにちは」


 先輩が挨拶するのに合わせて俺も頭を下げる。


「さる人物からおきぬさんが魔女の書を持ち帰っているとお聞きしまして訪れた次第です」

「耳が早い。不出来な妹を助けた魔女ともう接触したか」

「ええ。詳しくは知りませんが……おかげで目当てのものが此処へ届いたというわけですね」


 四之宮先輩は待ちわびたものが手に入るという期待からか、ほんの少しだけ声色が明るい気がした。

 が、相反するようにおつきさんは座したまま浮かぬ顔をしている。


「その件だがな。いやはやあいつが戻ってきてすぐに一報を入れようかと考えたが、ぬか喜びさせるだけになるかと考え知らせることを思い留まっていたのだ」

「というと?」


 先輩が訊ねたところで折良く店の奥から緑の服の女性が出てきた。その腕には布で包装された小包が携えられている。


「へへへ……こういうことでありますよ」


 おきぬさんが台の上に小包を置き、包装の紐を解くと姿を現したのは古びた本。


「……」


 ひと目だけ見て目を背けた。見続けてたらいけないような、怪しい雰囲気がしたからだ。


「ご覧の通りさ。こいつが持ち帰ってきた書物、その半身は欠けている」

「これじゃあお客さんに渡すわけにはいかないんで……でへへ」

「まったく。あんたがもっとしっかりしてりゃ全部見つかったのさ!」


 おつきさんがおきぬさんの頭を煙管でぽかりと小突く。おきぬさんは先と変わらず卑屈そうにひひっと笑うだけで、メガネの奥の表情はさっぱり読めない。

 騒ぐ姉妹を尻目に、四之宮先輩は薄らと笑みを浮かべているのが目に付いた。


「いえ。それで結構。それが必要です」

「おいおいいいのかい? こんな半端物、持ってるだけじゃ毒にしかならないよ?」

「えへへ……後半分が見つかるまではうちで責任持って取り置きますからお許しを」

「それはもう見つけてありますから」


 この一言に赤と緑の姉妹は珍しく表情を変えて目を丸くした。俺も詳細は良く分からないけど、探し物の片割れは既に先輩の手中にあるらしいことは理解できた。


「それは驚いた。既に目当てを手にしていたとは」

「はりゃりゃ……それは……うちの面子が立ちませんね」

「うちじゃなくてあんたのだろ」


 またおきぬさんの額に煙管がぴしりと当たる。彼女はにへへと笑っているが、もしかして仕置きされるのが嬉しかったりするのだろうか……。


「それでそちらの本ですけれど」

「譲るさ。元々そういう契約だったのだから、君に渡すのは当然だ」

「ありがとうございます」


 先輩は台の上の本を、最初にされていたように包みを施し紐で封をした。布で覆い隠される寸前、俺は好奇心か怖いもの見たさからか最後にちらりと本を盗み見たが、見覚えのない奇怪な紋章が描かれている風であった。


「悪夢の魔女に関する書。確かに譲り受けました」


 鞄へと仕舞い小さく頭を下げる先輩に対し、


「最後に言っておくがこちらが手を貸せるのはこれで終いだ。数年掛けて探し得られたものがそれだけなのだ……君の欲するものに関してはこれ以上叩かれても埃すら出んぞ」

「世界中探し回ったのはわたしですけどねぇ……おっと口出し無用くわばらくわばら」


 おきぬさんはお姉さんに何か言われる前にささっと店の奥に引っ込んでいった。

 不思議なものが集う魔璃摸堂だけど、集まらない……探せない品もあるということだ。当然といえば当然か、何でもかんでも集まっちゃったら、それはちょっとどころじゃないくらいズルい感じがするし。


「大丈夫です。これはこの上なくあたしが欲していたものに相違ありませんから」

「ならいい」


 これで炎獄の魔女であるルシダさん発信の情報を元に、四之宮先輩が求めていたものを手に入れることができたようだ。


「この本のお礼はいずれまた」

「必要な時は連絡をしよう。他に欲しいものができた時は遠慮無く来たまえ、今回の分に上乗せしてツケておこう」

「膨れ上がらないよう気を付けておきます」


 そして先輩はまた頭を下げて退店の挨拶とした。俺も一緒に頭を下げて、たったかたったかと先輩について店を後にする。

 どんより重暗い雰囲気のお店からほんの少し暗い裏通りに出ると、なんだかとっても明るい外の世界って気になった。ほんのり暗いのに不思議だね。


「良かったですね、探しものが手に入って」

「ええ……」


 と並んで歩きながら俺の言葉に返事をしてくれる先輩だけど、目的を達成したにしてはあまり喜ばしい様子には見えず、真剣な面持ちをしていた。


「……でもこれからが大変よ」

「そうなんですか?」

「そりゃあそうよ。魔女の書の二篇をとうとうこのあたしが手中に収めたのよ。何か起きないわけがないじゃない」

「えっと……何が起きるんです?」

「それが分かれば深刻に考えないわよ」


 そうか。四之宮先輩にとって本の入手は終わりではなく始まり。これから先待ち受ける状況が脳裏に思い浮かんでいるからこそ、歓喜するわけにはいかない。今後起き得る何かに対処するが故の落ち着き払った態度だったのだ。

 先輩は冷静で、周りが見えてて、つまり俺が心配するまでもなかったってことだ!


「まずは家に帰って二つに裂かれた書を一つにしてみましょう。多分反応があるでしょう」

「一人で大丈夫っすか? 俺なら声をかけてくれればいつだって傍にいますよ!」


 なんかもう自分でも訳が分からんくらいヤケクソ気味に提案してやる。心配するまでもないなら逆にとことん心配する素振りをしてやるぜ!


「え……あたしの部屋に来たいの……?」


 すると先輩は突如顔を赤くして頬に手を当てた。


「いきなり純情な乙女ぶった反応しないでください! 心臓に悪いです!」

「心臓に悪いのはそっちよ。いきなり人の家に押しかけるようなこと口にして」


 いつもの調子だ。やっぱり今の反応は俺をからかっただけかちくしょう!


「もういいです……先輩のこと心配するのって損な役回りにしかならない気がしてきましたから……」

「人を疫病神みたいに」


 気に障ったのか、隣の先輩が肩からぶつかってきた。非常に軽い体当たりに我が身がよろめくことはないけど、これ以上の失言は避けるべくもう余計なことは口にしないことにした。


「でも可愛い後輩に損だと思われるのは癪ね」


 僕はもう何も言いませんよ。弁明もしませんよ。分かってくれとも言いませんよ!


「……あたしの部屋で本を見ながら楽しいことする?」

「っし!」


 したいです!

 咄嗟に口走りそうになったのを間一髪で堪える俺は偉いと自画自賛した。


「またそうやってからかおうと……」

「バレたか」


 しれっと舌を出して言ってくるもんだからやっぱり俺という純情な少年を揶揄するための甘い言葉の罠だったに違いない。


「俺じゃなかったら泣いて訴えられてますよ」

「相沢くんは強い子だからこれくらいじゃ泣かないって信じてたわ」

「そんな信用いらない!」


 俺の叫びに先輩は可笑しそうに肩を震わせて笑っていた。笑われているようで若干凹んだ。


「相沢くん」

「なんっすか……」

「心配してくれてありがとう」


 力なく項垂れていた俺はしばらく歩いて、今先輩からお礼を言われたことに遅れて気が付いた。


「も、もう一度言ってください!」

「いやよ」


 彼女は俺に顔を見せることなくスタスタと進んでいく。どんな表情でお礼を言ってくれたのかちょっと気になりながら先輩と一緒に帰途につく。

 彼女の鞄には封をされた書が収められているが、今は嫌な感じはしなかった。これからそれをどう扱うのか気にはなるが、その時は俺だけでなく聖たちや音無先輩を頼ってくれるはずだと信じたい。信じている。だから俺は余計な心配をもうしないですから。

 成り行きを、見守りますから。

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