表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅳ
212/260

原因を探って

 この時間、バッティングセンターには老若男女様々な利用者が精を出していた。

 その中で一際快音を轟かせている女子高生がいた。気持ちのいい音に弾かれたボールは、打席の向かいのネットに掲げられたホームランの的近くまで伸びていった。

 高校の夏服を着た少女が投球マシーンから放たれてくる球を次々に打ち返す様はそう見られる光景ではない。

 周囲の人は自分の遊戯に打ち込みながらも彼女、柏木京子のバッティングに時折感心していた。

 しかしながら打ち込んでいる彼女自身は好調な打撃にも関わらず表情は晴れずにいた。


「……」


 何も問題はない。いつもと変わらないはず。バットをくるりと回して構え、放たれたボールを芯で捉えて打ち返す。

 今度はホームランの的の中心までボールは飛んだ。悪くはない。寧ろ調子はいいはずなのだが。


「なんだよ絶好調じゃん」


 突然背後からした声に、京子は体をビクつかせて驚いた。振り返れば、安全ネットの向こう側で手を叩いて彼女を称えるクラスメイトの姿があった。




 いきなり拍手をして現れた俺に柏木京子は驚いた様子だった。俺も会えるかどうかは半々の気持ちでいたから実際に遭遇出来て驚きと安心があったけれど。


「そ、そう……」

「そうだよ相沢草太くんだよ」


 そんな名前も出てこないくらい驚かなくてもいいじゃないか。それとも校庭で痴態を晒した俺のことをまともに見れないのか? そうだったとしたら消えてなくなりたいぞ俺。

 そしてそれを裏付けるかのような彼女の怪訝な眼差し。声を掛けずに様子を確認だけして帰った方がダメージが少なかったかもしれない。


「……何してん?」


 警戒した声色。けど話しかけてくれるってことは意思の疎通を図ってくれていることの証明だ。変質者だと言ってスタコラと逃げられないだけマシすぎる。


「お前の調子が悪いって風のうわさで聞いてさ。心配になって見に来た」

「そんだけ?」

「そんだけ」

「暇人?」

「暇……ではねえな。勉強したい」

「してればいいじゃん」

「そっちこそ勉強しなくていいのか? 折角部活も休みなんだから」

「私は……いい」


 ぷいと顔を背けられた。バッターボックスで再び構えた彼女がピッチングマシーンと対峙する。まだやるのか……打つの好きなんだなと感心すると同時に呆れてくる。

 あれだけキンキン打ってたのにまだ満足できないらしい。

 しかし委員長が話してくれた事は間違ってたのかなと、備え付けの椅子に座りながら考える。

 別段調子が悪そうにも見えない。京子は大丈夫だと取り繕ったそうだが、本当に大丈夫だったのかもしれない。委員長が気に掛けすぎたのかな。

 だが俺はすぐに違和感に気付いた。さっきまでリズミカルに景気よく響いていた快音が全く聞こえてこなかったのだ。

 見ると先程までは振ればバットに打球を捉えていた彼女が途端に調子を崩していた。

 振っても球に当たらず、当たってもポトポトと目の前に転がるだけ。変調っぷりはあからさまだった。

 委員長の話にあった京子の不調とはこのことか。疑ってごめんよ委員長。

 けど、いきなりどうして?

 不審に思って見ていたら、俺の視線が嫌だったのか早々に打つのを止めるとバットを置いてフェンスの向こうからこちらへ戻ってきた。


「もういいのか?」

「もういい」


 京子は俺の隣に置かれていた自分の鞄を掴むと、目も合わせずにさっさと帰ろうとする。


「なあ!」


 すかさず立ち上がってその背に声を掛けた。そのまま立ち去られるかと思ったが、幸運にも彼女は足を止めてくれた。


「調子……良くないんだろ? 今も急に崩れたし」

「だから?」


 素っ気ない返答。ちょっとだけムッとしてしまうがそれを表に出すほどお子様ではないのだ。


「だからってことはねえだろ。心配してやってんのに」


 出てきた台詞はお子様丸出しだった。


「頼んでないし。じゃあ」

「待てって! どうしたんだよこの間からツンケンしてさ。理由を言え理由を」


 追い縋って聞き出そうとした時、振り返った彼女は俺にこう訴えた。


「あんたのせいだよ! 馬鹿ァ!」


 バッティングセンターにいる他の利用者の目を思わず引くくらいの大声で言い放つと、京子はまた背を向けて……今度は俺を置いてけぼりにして脱兎の如く走り去っていった。

 もう追う気にはなれなかった。彼女の潤んだ瞳から零れた涙が、魔法のように俺の足をその場に縫い止めていた。


「なんだよそれ……」


 最後に投げつけられた言葉を頭の中で反芻した。

 彼女に何をしてしまったのか、一人考えても答えは出てこなかった。




「もしもし、俺です。相沢です」


 だから俺は夜になってから、勉強を始める前にある人に電話を掛けた。


『よう。どうしたこんな時間に?』

「ちょっと相馬さんにお聞きしたいことがありまして……お時間大丈夫でしたか?」


 問題ないと、スマホの向こうの彼が答えてくれた。俺はベッドに腰掛けて、彼に事情を説明した。

 何故俺が相馬和人さんに電話をしたのか。彼ならば、俺と京子の間に出来ている不和の要因を知っているかもしれないと考えたからだ。

 一人考えても答えは出なかったが予想や予測はある程度できた。俺と彼女の間に何かあったとすれば、お互いが共通して巻き込まれてしまった先日の事件でないかと思い至るのは容易だった。

 だから、あの時俺たちと同じ場所にいた彼に心当たりはないかと考えたのだ。


『なるほどな。道理で』


 話を聞き終えた相馬さんの言葉には含みが持たされていた。


「何か思い当たるんですか?」


 間髪入れずに質問を投げかけるが、その返事はどこか歯切れが悪かった。


『……あの子、ソフトボール部のバッターだって?』

「ええ」

『そうか……だからなぁ……』


 彼の中で何かが結びついた様子。先が気になる、はやる気持ちを堪えながら俺は言葉の続きを待った。


『俺の見解だから間違ってる可能性もあるが』


 と予防線を張ってから話をしてくれた。


『彼女が打てなくなった理由は、恐らく君のせいなんかじゃあない。じゃあないから、君が責任を感じる必要はないと先に念を押しておこう』

「やっぱり俺が関係あるんですね……」

『関係はあるが責任はないぞ。しつこいようだが』

「分かってます」

『思い出したくない痛い経験だろうし、聞いても辛くなるだけかもしれないが』

「できてます、覚悟なら」


 こちらの気持ちが固まってることが伝わり、相馬さんはオッケーと口にしてから俺に質問してきた。


『敢えて君に教える必要もないと思ったし、君も訊いてこなかったから話してなかったが……相沢くんはどうして頭を後ろから殴られたか分かってるか?』


 俺が頭に大怪我を負った出来事……蛇香という特殊な薬で操られた大勢の犠牲者から逃れるために戦っていた時のことだ。

 あの時俺は偶然その現場に巻き込まれた京子を助けるために、彼女を背にして何人もの輩と対峙していた。


「…………分かってます」


 馬鹿でも分かる。あの状況で俺を後ろから攻撃できたのはたった一人しかいない。

 なんとなくそうなんだろうなと察してはいた。けどそれを事実として知る必要はないという思いがあった。最近話ができずにいた京子のことが気になったのも、その事……乃至はそれにまつわる事件のことを何かしら覚えているからこちらを避けているのでは、という勘繰りが少なからずあったからだ。


「俺は、彼女に殴られた」


 自分の口から言葉として出すことで、それを事実として受け止めた。もしかしたら相馬さんに確認をしなかったのも、事実として受け入れたくはないという気持ちがあったからかもしれない。


『流石に気付いてたか』


 俺は頷いた。過程はどうあれ、友達に下手したら殴り殺されるところだったという結果は中々堪えるものだった。

 けど、相馬さんの話はそこで終わらない。


『正気ではなかった、彼女の意志でなかったとはいえ……彼女の体はスネークバインドのせいで素直に動いちまったんだな』

「どういうことです?」

『スイングだよ』


 それが野球のバットを振るスイングを意味していることはすぐ分かった。


「あ……」

『傍から見ていてあの女の子が鉄の棒を振る姿がやけに様になってると思ったよ。ソフトボール部だと聞いて合点がいった』


 そうか。そうだったのか。俺はあいつに、鉄の棒で殴られたのか。


『綺麗なフォームだったよ。残酷なほど正確に君の頭を狙い澄ました一撃だった』


 正気じゃなかったから。悪意に操られていたから。今はその時の記憶はないから。

 それは京子に与えられた免罪符だし、彼女にはそれを使う権利が当然ある。


『いくらその時の記憶が抜け落ちていて正確ではないといっても、頭の中の深い部分……深層心理とか無意識と呼ばれるところ、もしくは彼女の体、手の感触かな? 本人が自覚できないところにその経験が刻まれている……んだと思う』


 俺にはそんな都合のいい証書はない。彼女を巻き込み、利用され、挙句の果てに自分が打ち込んでいるスポーツの技術で人を傷つけるという残酷な経験をさせてしまったのだ。


『解決策を挙げるとすれば、きちんと記憶の消去魔法を受けさせる……か。けどさっき言ったようにこれは記憶でなく経験としてその身に蓄積されたもののようだし、魔法を掛けても成果がなく余計な負担を強いる結果になるだけかもしれない。正攻法でいくなら、あの子自身に経験を克服して…………相沢!』

「あ、ハイ」

『最初に言ったろ。君の責任じゃない。だから落ち込むな』


 そう言ってもらえるのは本当にありがたい。でも、やっぱり俺は彼女が心配だ。


『落ち込むくらいならどうすればあの子を助けてやれるか、それを考えろ。責任感とか罪悪感は忘れろ、ただ純粋に友人のためと思ってトコトン悩め』

「は……はい!」


 相馬さんの言葉が俺の考えを変える。さっきまでは罪の意識からくる脅迫的な焦燥感があったのに、悩んでる友達のためにと考えた途端にふと胸が軽くなった。

 考え方をすり替えられただけなのだろうが、今の俺にとってはそれで効果絶大だった。


『……で』

「はい?」

『お前、あの子に惚れてるのか?』


 俺は盛大に吹き出した。


「ゲホゲホッ! ……ないないありませんって! そりゃあ他の女子より仲良くはしてますけど……そりゃないですって!」

『なんだ……じゃあ他に好きな人がいるのか』

「いえそういうわけじゃ」

『音無か?』

「うーん」

『四之宮か?』

「ううーん」

『同級生のどっちかか?』

「うううーん」

『煮え切らないな! 言っちゃえよ!』

「みんな大好きです!」

『優等生か!』


 それから少しだけお馬鹿な話を続けた。相馬さんから頂いた聖書の何ページ目が良かったかとかどの登場人物が良かったかとか、気が付いたらもう手元になかったとか。


『しょうがないな……今度は新約聖書を持っていってやるよ』

「ありがとうございます!」


 てな話がようやく終わって俺は電話を切った。


「ふう……」


 取り敢えずこれで京子の不調の原因が分かった気がする。本人に確認できれば確定できるのだが、


「訊けるわけねえしな……」


 ベッドに背中を預けてそう呟く。直接訊いて図星だった場合、余計に彼女の心の傷を深めることになりかねない。

 だから一先ず原因は俺を傷つけた経験が根底にあり、そのせいでバットがちゃんと振れないのだと決めつけた。その上でどうすべきか、勉強そっちのけで思考を走らせる。


「そういや……」


 次第に瞼を閉じながらバッティングセンターでの光景を思い出す。


「俺が声を掛けるまでは……そう問題なさそうに……打ててたんだよなあ」


 打てる。彼女は間違いなく打てるんだ。

 どうすれば俺が見てても問題なく打てるようになるのか……夢に落ちる直前までそのことをずっと考えていた。




 相馬和人は通話を終えたスマートフォンを手に一息ついた。

 ここは彼の住む集合住宅の前である。学校から帰宅してきたばかりの彼はエントランスに入る直前に相沢草太からの電話を受け、外で彼の話を親身に聞いていたのだ。


「あら。わざわざ私の帰りを待っていてくれたんですか?」


 そこへタイミング良く現れたのは、彼と同じ高校に通う同志、九条玲奈であった。マガツ機関の本部に用があるとのことで先に帰宅していたのだが、どうやらその用件は済んだ様子であった。


「ちっげーよ。悩める青少年にセンパイらしくアドバイスしてたの」


 手にしたスマホを隣へ寄ってきた玲奈に掲げて見せると、


「どなたから?」

「相沢くん」


 質問にはすぐに答えた。


「どのような?」

「それは彼のプライベートだから他言できないな」

「残念。しっかり悩みは解決してあげましたか?」

「さて。俺は必要な助言をあげただけだ。後は……もう彼次第だ」


 後輩を憂う彼の横顔に、彼女は薄く微笑んだ。


「お優しいですね。彼……気になります?」

「放っとけないだけさ。真面目そうだから、どうにも一人で背負い込みそうでな……」


 事実、彼が忠告をしなければ罪悪感に囚われたまま行動していただろう。


「……いや、でも俺が進んで気に掛けなくても」


 ふと視線を向けた先、そこには先程草太と話した時にちらっと話題に出てきた二人のクラスメイトが、


「……」

「……」


 非常に微妙な距離感と雰囲気を漂わせて帰ってきているところだった。


「……気に掛けなくても、なんです?」

「…………頼れる先輩が……いるよな」


 逸しましたわね。

 玲奈は鋭く見抜くのだった。


「よ、ようお二人さん」

「こんばんは。仲良くお帰りですね」

「「仲良くないです」」


 聖と明は声を揃えて、和人と玲奈の前を通ってエントランスへと入っていった。


「……息ぴったりだなあ」

「感心しますわ」


 同じ場所に住むからこそ見れる、貴重な学校外の二人の姿であった。


「そっちの用はもう終わったのか?」

「ええ。前回のスカーフの稼働データを基にして更なる改善点の要望。加えて……いけませんこれはまだ秘密でしたわ」

「何だよ教えろよ」

「貴方だって彼のプライベートは話してくれませんでした。これでおあいこです」


 和人は小さく笑い、玲奈もまた笑顔を見せていた。笑顔を貼り付かせたまま、鞄を漁る。


「話は戻りますが……彼が真面目という評には些か疑問を口にせざるを得ませんわ」

「どうして?」

「だって」


 玲奈はニコニコした顔で、鞄の中から聖書を取り出した。和人と草太の間でだけ通じる方の聖書だが。


「ブフゥーッ」

「景子さんが彼の病室でこれを見つけたと仰っていましたもの」

「さてそろそろ帰るか」

「……貴方」

「アーアーキコエナイ!」


 この後滅茶苦茶問い詰められて白状させられたとかしてないとかあったそうだが、おかげで草太の手に新約聖書が渡る日は未定になってしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ