魔法少女と帰郷
「お買い上げどうも! また来てよ」
「はい。また来ますわ」
「……え? え?」
キョロキョロと左右を見回す俺が座っているのはマジカルシェイク移動販売車の傍、広場に据えられたテーブルの一つだ。
真神さんの声が聞こえてきたのは車の中、カウンターからだ。お客さんだった女子生徒の後ろ姿とそれを見送る店長の後頭部が俺の方から見えた。
「ふぅ……あっれ? いつ戻ってきたの?」
接客を終えて息を一つ吐いた店長が俺の姿に気付き、車の中から出てくる。
「音央ちゃんは? 一緒にどこか行ってたんじゃないの?」
鈴白さんの姿はない。ここは、俺と彼女が勉強していたテーブルだ。ここに戻ってきたのか。いつ、どうやって、突然いつもの世界に放り出されて多少混乱している自分がいる。
「俺、いつからここにいました?」
「それ私が訊いてんだけどねぇ」
「すいません……それが俺にもはっきりしないというか、いきなりここに来た感じがして」
ふぅん、そう漏らしながら真神さんは俺と同じテーブルに着く。丁度客足も途絶え、時間ができたらしい。
「それで、相沢くんはどこに行ってたのかな? お姉さんに教えなさいよ」
頬杖をつく店長が問いただすように笑顔を寄せてくる。周りに人はいないし、この人には魔法に関することを隠す必要もないので正直に話すことにした。
「鈴白さんに連れられて境回世界へ行ってました」
そう告げると、真神さんは目を丸くした。
へぇぇ、漏らしたのは感嘆の声だった。
「驚くことですか?」
「そりゃあね。噂に聞いてただけで行ったことないもん。それにあの子が誰かを連れて行ったって話も聞いたことないわ」
真神さんさえ知らない貴重な経験をしてきたのだなと、少しだけいい気になりそうになる。この人から羨望の眼差しを向けられるだなんて思いもしなかった。
「ねえねえ、どんなとこだったのさ?」
興味津々といった風に目を輝かせる店長に、向こうで見て聞いて感じてきた世界の様相をできる限り鮮明に分かりやすいように説明してみた。
抜けるような空、緑溢れる大森林、蒼く澄んだ湖畔、金色に輝く大地などなど。地球にもあの光景一つ一つに類する天然自然の場所はあるけれど、それが一辺に巨大なスケールで広がる迫力は言葉じゃ全部伝えきれないだろう。
それでも頑張って耳を傾けている店長にあの世界のことを話す。時折相槌を打ってくれる彼女に、俺の口も滑らかになっていった。
そして境回世界へ行った理由……鈴白さんは自身の力を高めるため、俺は幻龍王に自身の力のことを教えてもらうために赴いたということも話した。その時ばかりは店長も神妙な面持ちで話を聞いてくれた。
「って言っても俺は先に境回世界から弾き出されちゃいましたから、鈴白さんの方はどうなってるのか全然分かんないですけど」
俺が公園に戻ってきてから三十分は過ぎただろうか。未だに鈴白さんは帰ってこない。
「けど相沢くんの能力のことが詳しく分かって良かったじゃん。なるほど、魔法式の解の拒絶ねぇ……流石幻龍王様だ。一目で見抜いたのね」
椅子の背もたれに体を預け、腕を組んでしきりに感心している。当人である俺にもはっきりと分からなかった能力について見抜いたことは確かにすごいと思う。組んだ腕の上に乗っかる店長の胸を見ながら、俺も唸った。やはりすごい。
「私が見立てたのより詳細だから恥ずかしくなってきちゃったわ。こりゃあ名付けた能力名も相応しいのに変えた方がいいかしら」
「いえそんなことないです! 幻龍王様に詳しく教えてもらったからって、この力が変わったわけじゃないですし……使いこなしていかなきゃ、とは思いますけど。それに、“鋼鉄の意志”ってネーミング、俺結構気に入ってます」
俺の言葉を聞いて、気を良くしたのか破顔一笑してくれた。
「嬉しい事言ってくれちゃって。気ぃ遣ってくれてるのかな?」
「そんなんじゃないです。本心です」
ありがとう、そう言ってもらったので俺も嬉しい。
「次はいつ向こうに行くの?」
「え?」
「また来るように言われたんでしょ?」
それはそうだけど、こうして送り返されてしまった俺が境回世界に再訪できるのかどうかすら怪しい。別れ際に幻龍王が言った内容も理解できているかといえば完全ではない。
「要するに無意識下で受け入れていた音央ちゃんの転移魔法を意識しちゃったせいで、魔法式の解の拒絶が起きてこっちに帰ってきたんでしょ」
答えられずに沈黙している俺の代わりに、真神さんが現状をまとめてくれた。流石は元魔法少女だけあって俺なんか呑み込みが速い。頷いて、店長の言葉を促した。
「だけど君には魔法式が見えるはずなのに見えてないからどうしていいか分からないんだ?」
「ええ」
首を縦に振る。真神さんはまた頬杖をつき、右手はテーブルに置いてトントンと指で天板を鳴らす。
「俺にはもう魔法式は見えているって言ってました……そんなもん、見たこともないです」
考え事をしているのか、視線は宙に彷徨っていたがやがてこちらを見据えてきた。
「考えても埒の明かないことに思い悩んでてもしょうがないっしょ」
あっけらかんとした調子で手を広げると、快晴の空のようなカラッとした表情を向けてくる。
「明日はうちの店でケーキ作るんじゃん? 気分切り換えとかなきゃあ」
「え、ええ……」
「大丈夫だって。明日のことはお姉さんに任せなさい」
大きな胸を拳でトンと叩くさまは頼れる姐御といった感じだ。
だが真神さんの言うとおりかもしれない。異世界を探訪してきたばかりで疲労もあるし、あれこれに思いを馳せるのは後回しにした方が効率的だろう。
「そうですね。明日は鈴白さんと一緒にお世話になりますし、先輩のためにも美味しいケーキを作らなきゃ」
「はい、わたしも精一杯頑張ります!」
「二人とも頼もしい限りだねぇ……」
「……」
「……」
「えへへ……そんなことないです」
「鈴白さん!?」
「音央ちゃん!?」
俺と真神店長は同時に顔を一点に向けた。そこは俺たちが座っているテーブルの空いていた座席。さっきまでそこには誰もいなかったのに、突如現れた鈴白さんがはにかみながら座っていた。
「いつ戻ってきたの!?」
「いつからそこにいたの!?」
「今戻りましたぁ……ちょっと疲れちゃいました。てへっ」
俺と店長は顔を見合わせた。二人で首を左右に振る。どうやら店長も、鈴白さんが戻ってきた瞬間に気付かなかったらしい。
「相沢くんもいきなり現れたし、向こうから帰ってくる瞬間ってのは都合よく見れないようになってんのかしらねぇ」
「さすが、魔法使いっすね……」
「……ふに?」
ちょっと不思議な感覚を味わう俺と店長を見ながら、鈴白さんだけが疑問符を浮かべていた。
ともかく彼女が戻ってきたことにホッと一安心した。これで明日のケーキ作りに集中できる。
無論、俺の能力のことや鈴白さんがあれから何をしてきたのか気掛かりではある。
けど店長が言ってくれたように、今はそれを忘れることにした。
「じゃあ明日、商店街の東口に七時半でいい?」
「はい。そこからお店まではわたしが案内します」
「店に着いたら蓮……巻菱ってスタッフに事情説明してるから、その人に教えてもらってね。副店長だから腕は本物だよ」
「「ありがとうございます」」
いよいよケーキ作りという大仕事が近づいてきた。俺と鈴白さんは楽しみだけど不安いっぱいの心境で明日を迎えるのだった。




