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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の課外活動・3
207/260

御見舞日和

「今日は一日、大事を取ってここで休んでね。ご両親には連絡しておいたから」


 音無先輩にそう言われ、俺は大人しく一日病院で過ごす運びとなった。

 体に問題はないし様子見は必要ないとも思ったが、倶楽部のみんなに迷惑をかけた手前、素直に従うことにした。


「たまには一日のんびりするのも悪くないしな……」


 とは言え、こうしてベッドに横になっているだけだから退屈この上ない。先輩たちが病院を離れてから一時間も経っていないのに、俺はもうベッド暮らしに飽きていた。


「相沢さん。お薬の時間ですよー」

「あ、はい」


 お薬? お薬飲まなきゃいけないのか。必要ない気もするけど。

 メガネを掛けてから声のした方に顔を向けると、そこに現れたのは純白のナース服。胸が張り裂けそうだ。俺のじゃない、目の前の白い服が。


「こらこら、どこ見てるんですか?」


 言葉で優しく釘を差された。胸元から視線をどうにか引き離すと、すぐそこにぷっくりとした唇。こんなところから優しい言葉が溢れだしていたのか。下がった目尻はなんとも優しそうで、いい。


「それじゃあお薬、飲みましょうか」

「はい!」

 退屈だと思っていたけど、これはこれで!




 非情なくらい苦いお薬を飲まされてベッドに横たわる俺の隣で看護師さんが窓を開けて空気の入れ替えをしてくれている。


「あ……あの」

「どうしました?」


 ナースのおし……お仕事ぶりをじっくり拝見して目の保養をしていたが、ふと疑問として抱いていたものを思い出した。


「そこの花って誰が持ってきたかご存じですか?」


 俺が訊ねたのは床頭台の上に飾られた一輪の花。空いてるベッドには準備されてないからお見舞いとして活けてくれたんだろうけど、黒い薔薇を置いて行くなんて一体誰だろうと気になっていた。


「相沢さんのお見舞いに来た方だと思いますよ。心当たりはありませんか?」

「……先輩たちじゃないからなあ」


 病室から出て行く前に訊ねてみたら違うって言われたし、あの人たちじゃない。

 他に誰が来てくれたのか。クラスメイトは俺がここで寝てるって知らないだろうし、昨日の今日で関わった人なら相馬さんかな?


「気にかかるんでしたら片付けましょうか?」


 首をひねって考えていたら看護師さんが気を遣ってくれた。そこに黒薔薇があって不快というわけでもないし、結構ですと丁重にお断りした。


「じゃあ何かあったらナースコールで呼んでください」

「はい、分かりました」

「私に会いたくなったからっていたずらに押したらダメですよ?」


 白衣の天使が見せる小悪魔のような笑みにウッと胸を撃たれた。病室から出て行く彼女のおし……後ろ姿を見送って、なんなら今すぐ押しちゃおうかなんて邪念が。


「ちょっとあんた」

「うわおッ」


 いきなり扉を開けて入室してくるもんだから滅茶苦茶驚いた。

 やってきたのは母親だ。身内だからこそノックもなしに入ってくるという無遠慮な行為をしてくるわけで、だからといって許されるものではないと僕は思うんです。


「びっくりしたわよ病院にいるって連絡あったから」


 ぱたぱたと歩み寄ってくる母の顔には若干の心配の色が浮かんでいた。




「――けど本当良かったわあ大したことなくて。集団酸欠? 食中毒? あんた巻き込まれてるんだもの母さんびっくりしたわよ」


 昨日我が身に降りかかった出来事は、世間的にはそういうことになっている。薬物や乱闘のことについては一切表に出ていないことに、情報操作がなされていることは想像に難くない。


「同じ学校の子もいたそうじゃない」

「ん、そだね」


 俺は今日の内……なんなら今すぐにでも退院してもいいくらいだが、蛇香という毒素を摂取していた人たちはもう一日経過を見るそうだと、どこで情報を仕入れてきたのか母が俺に教えてくれた。新鮮な話のネタを仕入れる早さは流石主婦。


「それじゃ帰るわ」

「え、もう?」


 病室へ来てほんの十分足らず。母はもう帰宅の言葉を口にした。


「家の仕事がまだ片付いてないのよ! あんたも元気そうだし、これ以上いても意味ないでしょ」


 確かに時刻は朝の九時前。いつもなら会社に行く父と学校に行く俺を見送った後にまだ家の掃除や洗濯をして朝のニュースをごろごろしながら見ているはずだ。


「もしかして一人が寂しいのかい」

「馬鹿言うなよ」

「じゃあ平気ね」


 ああと答え、俺の様子を見てちょっとだけ身の回りの世話をしてくれた母が帰り支度を整えるのを見守った。


「お父ちゃんにも心配かけたって言っといて」

「はいはい自分で言いなさい」


 そう言って手をひらひらさせながら母は病室を後にした。今日中には家に帰れるし、言われた通り自分で伝えるかと思いベッドに横たわり天井を眺めた。


「……」


 一人になってすることが全く無い俺は、母の言っていたクラスメイトのことをふと思い出した。

 あいつはまだ目覚めずに寝入っているのだろうか。起きたら顔を見に行こうか、会って何と話せばいいだろう。

 ついて来るなと言ったじゃないかと怒ればいいのか。

 無事で良かったと素直に喜べばいいのか。

 体はダルくないのか調子は悪くないのか、考えるほど心配になってしまい言葉が見当たらなくなる。

 思考の迷路に入りかけた時、コンコンと軽快な音が扉の向こうから聞こえた。

 丁寧にノックをしてから部屋に入ってきたのは、九条玲奈さんだった。


「ごきげんよう」

「お、おはようございます」


 一つ年上のお姉さまの来訪に対して上体を起こしながら挨拶をすると、彼女の手がそっと体に触れてきた。


「いいんですよ横になっていてください」


 優しく労る所作に導かれるまま、再びベッドに背中を預けていた。


「いえ、体はもうすっかり大丈夫ですから」

「そのようですね。お怪我をしたと聞いたものですから……安心しました」


 ベッド脇の椅子に腰掛けて慈母のような微笑を見せてくれた。

 もしかして俺なんかのお見舞いにわざわざ……?

 これはまさか以外な女性と脈アリだったのか!

 密かに期待に胸が踊り始めた時、


「……入っていらしたら?」


 と、九条さんが背後に向かって声を掛けた。釣られてそちらに目をやると、ススス……と姿を表したのは相馬和人さんだった。


「よっ」


 手には見舞いの品かフルーツバスケットを提げているが、その表情は浮かないものであった。

 こちらも会釈し挨拶を交わすと、彼は九条さんの隣に腰を掛け……勢い良く頭を下げてきた。


「すまん! 俺が至らないせいで痛い目に合わせてしまった。申し訳ない」

「え!? いえいえそんな! 相馬さんに謝られることなんて……寧ろ足手まといな俺を引っ張ってくれたんですからこっちが頭を下げるべきですし」


 相馬さんと同じくらいの高さまで俺も頭を下げた。互いに平身低頭し、ぺこぺこぺこぺこと頭を低くし続けた。


「お二人とも気は済みましたか?」


 良いタイミングで九条さんが口を挟んでくれたので、二人揃ってゆっくり頭を上げて顔を見合わせた。


「ほんと、俺は全然平気ですから」

「そう言ってもらえるとありがたい……」

「ほら。彼なら貴方の不徳を広い心で許してくれると言ったでしょう」


 九条さんはそう言うが、許すも何も本当に相馬さんを咎める気持ちなんてなかったのだから。

 言葉の最中に相馬さんからバスケットを拝借していた九条さんがナイフを手にし、

 ザクザクザクッ。

 っとリンゴを皮ごと切り刻んだ。カットした、とかいう表現じゃなく切り刻んだ。

 八つに裂かれたリンゴがお皿の上で花のようにパカリと咲き、


「お一つどうぞ」


 フルーツピックに刺されたリンゴが九条さんの手によって俺の前に差し出される。

 これは俗にいうアーンってやつ!

 そんなそんな……相馬さんという知り合いがいる前で悪いとは思いつつ、せっかくの好意を無下にはできません。

 リンゴの切り方についてはちょっと思うところもあったけれど、そんなの些細な出来事だぜ。

 シャクシャクと甘みと酸味のある果物を口にしてると、このままこの人の指先まで進んじゃいそうだぜ。

 美味しくリンゴを頂いたところで、


「なあ、俺にも一個くれよ」


 横から相馬さんが割って入ってきた。駄目ですよこれは俺のリンゴなんですから……。


「これは相沢さんのですよ。貴方にあげる分はありません」


 流石九条さん俺の胸の内をほぼそのまま汲み取ってくれる。これはもう俺と九条さんの関係結構キテるんじゃないかこれはもう。

 すいません相馬さん、そんなにつまらなそうな顔をされても俺と彼女の仲は揺るぎませんよ。


「そんなに食べたいのでしたら後で一つ切って差し上げますから……今は我慢してください」

「うん」

「……」


 知ってた。俺と九条さんにそんなキテる流れなんてなかったんだ。全部錯覚だったんだ。

 ほんわかした雰囲気に包まれる二人を見ながら、俺は一人でムシャムシャリンゴを頬張った

「では行きましょうか。そろそろ出ませんと学校に大遅刻ですわ」


 そうだなと相槌を打ち立ち上がる相馬さんと九条さんに見舞いに来てくれた礼を述べると、


「今度はお外でお会いしましょう」

「じゃあな。何かあったらいつでも言ってくれ」


 こちらを気遣う台詞を残して、二人は仲良く去っていった……と、思ったら相馬さんだけが廊下からまた病室に戻ってきた。

 コホンと一つ咳払いをした後に通学カバンから袖の下を通してそっとこちらへ差し出す本が。


「一人で暇だろうからな……これでも読んで気を紛らわせてくれ」

「こ、これは……」


 大人の写真集!

 そうか……さっきまでは隣に九条さんがいたから出せなかったんだ。

 わざわざ踵を返してまで届けてくれたブツ。


「ありがたく頂戴いたします」


 俺も袖の下から本を受け取る。もう彼との間に言葉などいらなかった。眼と眼で通じ合う瞬間を確かに感じた。

 力強く頷いた相馬さんは九条さんに呼ばれる前に素早く部屋を駆け出した。


「貴方から頂いた写真集……ありがたく使わせていただきます」


 本を胸に抱きかかえ、まるで神への感謝を述べるように心を込めた台詞を口にしてから神聖なる書物を開いた。




 ドキドキしながらもらった聖書を黙々と読み進めていた。


「これはいいものだ……」


 気になったページを食い入るように見ていると、体がぽかぽかしてくる。動くことなく体温を上げる事ができるのでベッドから出られなくても効率的にカロリーが消費できる……わけないか。

 でもそれはそれとして写真集を目に焼き付けていると、なんだか僕興奮してきたよ!

 ガラガラ。


「あじゃぱるぁ!」


 舌噛んだ。

 だって突然扉が開くんだもの!

 お母様にも言ったけどちゃんとノックして開けてください。


「んだよ変な声出しやがって」


 ムスッとした声色と共にやってきたのは見知った女性だった。


「真希奈さんじゃないですか。あっと……怪我ですか」


 本は慌てて隠したので見られてないはず。危ない危ない。

 上着を羽織っているが、その下には一度見たことのある戦闘服を身にまとっている。

 何故病院にいるのかという疑問は彼女の顔を見てすぐに晴れた。鼻っ柱に絆創膏をしていたからだ。

 頬に擦り傷も目立つし、髪も少しボサッとしてるし、格好も格好だ。戦闘か何か経験してきたのだろう。


「何でもねえよ」

「あ……」


 そう言う彼女の左手がこちらに伸びてくる。指先まで覆うアンダーウェアに包まれた彼女の手がするりと……布団の中に侵入してきた。


「あああああああ!」

「エロ本かよ」


 真希奈さんが俺の聖典をしげしげと観察している。やめてください恥ずかしくて死んじゃいますなんとか取り返そうと手を振ってみるが梨の礫。椅子に腰掛け足を組む彼女は不機嫌なのか虫の居所が悪いのか、少し顰めた表情のまま大人の本のページを捲る。

 なんだこれ。新手の嫌がらせですか。咄嗟に隠した本を引ったくられてすぐ傍で黙って読まれるなんて恥ずかしくて死にそうなんですけど。

 あっちが黙るものだからこっちも黙って下を向いてこの得も言われぬ羞恥心に耐え忍ぶしかできないのです。


「大怪我したって?」


 こちらを見ずにぼそっと呟かれたから危うく聞き逃すところだった。先と変わらず視線は本に落としたままだったが、こちらに話しかけてくれたのだと思い、


「ええまあ……音無先輩のおかげですっかり大丈夫ですけど」


 無事をアピールしながら答えた。というのに、真希奈さんはこちらに目もくれない。そんなにその本がいいんですか……本に負ける自分の存在意義がちょっと悲しくなっちゃいますよ。

 虚しさに苛まれていたところ、


「死にかけてたって聞いたが、元気が良すぎるな」

「あ、ええ……そりゃあ先輩のおかげで」


 傷もすっかり癒えている。先の台詞と同じことを繰り返した時、真希奈さんは本を閉じてようやく顔を上げた。


「危機感がねえって言ってんだよ」


 真剣味を帯びた彼女の言に思わず声が詰まり、固まってしまった。


「あいつのおかげ誰かのおかげ。じゃあお前、そいつがいなかったら死んでたんじゃねえのか」


 言い返せない。その通りだと理解したから。


「この前てめえで言ってたよな。自分が危険から逃れられるくらい強くなりてえって。聞きかじっただけで詳しくは知らない。知らないが、今回お前は自分から危険に飛び込んでいったみたいだな」


 飛び込んだ……俺は飛び込んだのか?

 自分の分をわきまえてできることをやろうとして……結果、分を越える事態に遭遇した。

 図らずもそうなった。それは……都合のいい言い訳なのだろう。真希奈さんからすれば。

 そして真希奈さんの観点の方が客観的な分、より正確に俺のことを分析してる。


「今回はたまたま死ななかっただけだろ。違うか?」


 真希奈さんは俺に釘を差しに来たのだ。

 彼女に鍛えてもらってちょっとばかし強くなり、自分では力量をわきまえていたつもりでも知らず知らず危険な領域に踏み込んでいたことを。

 危機への線引を見誤り、自分だけじゃなく他人も巻き込んでしまった事実を掘り返され、

 だって力不足の僕にそんなことが分かるわけないじゃないか!

 そう開き直り弁明する自分が頭の片隅にいることにも気付き、それが尚更自分の情けなさを思い知らされるようだ。


「……ま、今回はこの程度で済んで幸運だったけどな」


 違う。真希奈さんにはもっと俺を叱咤してもらわなくちゃならない。

 俺が言われた事を受け入れるのに時間がかかって凹んでいるせいで慰めのような言葉を言わせてしまってる。

 俺は彼女にもう一度お願いしたいことがある。今できた願いだ。伝えようと口を開きかけた時、


「教え子への訓告は済みましたか先生?」


 飄々とした口振りと態度を伴って姿を見せたのは、これまた見知った女性だった。

 菊池景子さん。マガツ機関所属のスペシャライザーであり……今その顔は左右非対称に歪んでいた。表情が歪んでるとかではなく輪郭が多少、いや結構……右の頬が腫れている。彼女のまた激しい戦いを終えてきたのだろうか……。


「てめえはお呼びじゃねえよ。とっとと失せろ」

「そっちが出て行ってくれる? 私は彼のお見舞いにきたのだからさ」

「他人を見舞う器量なんざ持ち合わせてねえだろ」


 やり取りを聞いていて、二人は旧知の仲だと感じた。ただし、良好な関係とは言い難いかもしれない。交わす言葉も刺々しい感じがした。

 景子さんも笑ってはいるけど、怖い。


「あはは……」


 俺は愛想笑いを浮かべて二人のやり取りを微笑ましく見守るしかできない。俺の病室なのに何故か俺の居心地が悪くなっていく。


「君もこのがさつな女性に教えられても身にならないでしょう」

「い、いえいえそんな」


 景子さんがわざわざこちらに話を振ってくる。なるべく空気と化していたかったのだが仕方ない、当たり障りない曖昧な返答でお茶濁し。


「君が望めば代わりに私が手取り足取り丁寧に指導してやりますよ。……本のようなコトも」


 不意に声が近くでしたかと思うと、ベッドに身を乗り出すように景子さんがググッと顔を寄せてきた。

 鼻先が触れそうな程近付いてくるものだからビクリと身を強張らせてしまった。よりによって俺の足の間に彼女がベッドについた手があるものだから余計に。

 あまり免疫のない女性の妖しい笑みというものが胸を少しざわつかせてくる。


「ガキからかってんじゃねえよ」


 二人の視線を遮るように真希奈さんの腕が割り込んできたかと思うと、その腕が景子さんの首を捉えて俺の目の前から彼女をベリベリと引き剥がしていった。


「からかってないですよ。三割本気です」

「七割からかってんじゃねえか」


 真希奈さんは俺から景子さんを遠ざけるようにこちらへ背を向けて椅子から立ち上がっていた。もうちょっとからかわれても良かったかも……と思える余裕ができたのは景子さんが離れてくれたおかげか。


「少年。この人に飽きたらいつでも私を頼っ」

「行くぞコラ」


 景子さんの首を絞めて喋らせないようにしながら、真希奈さんは部屋から出ていこうとした。


「……」


 ちらりとこちらを見やって片手を上げる真希奈さんに頭を下げた。もう少し話がしたかったが、今は胸に芽生えた気持ちを留めておくことにした。

 見送る先の廊下に凜花さんがいるのが見えた。視線に気付いた彼女が小さく頭を下げてくる。

 頭を下げ返しながら、彼女もまたここに来ていたのかと思った。やはり何かあったのだろう。

 彼女たちがいなくなり部屋は静かになった。一人になったおかげで考え事ができるかと思ったが、じっとしていていいものかと感じ始め……結局動くことにした。




「あら? どうかしましたか」


 制服に袖を通し終えたところでナース服のお姉さんが来てくれた。


「お世話になりました。ちょっと早いですけど、俺もう行きます」


 そう告げるけどやはりというかなんというか、お姉さんは困った表情を浮かべてしまった。そりゃそうだろう、ほとんど大丈夫とはいえ患者が勝手に出ていこうとしているのだ。


「本当にもう大丈夫ですから」


 なんともない事をアピールしていると、


「分かりました。ですが先生には確認を取らないと……私の一存じゃ無理ですから」

「ありがとうございます!」


 無茶を聞き入れてくれて感謝感激である。普通の病院と違って緩いのは、こちらの事情を知ってくれているマガツ機関の関連施設だからか。

 そして若い医師から緩い感じで緩く退院を許可してもらってから、最後にワガママを聞いてもらった。

 今朝来たばかりだというのに本日二度目。ただし今度は取り乱したりもせず、そして一人だ。

 ガラスに閉ざされた大病室。居並ぶ多くのベッドに人が寝かされている光景は朝と何も変わっていない。

 その中にいる友人の寝顔をまた見に来た。立ち入りは制限されているので遠くから見ているしかできない。

 一足先に病院を出て行くけれど、明日は彼女も学校に行けるだろうか。


「……」


 分かっているんだ。真希奈さんが言ってくれたことが図星だって。

 聖たちの言葉も間違ってない。間違ってないけど、その言葉に甘えていたら、駄目だと思わされた。

 だって友達が痛い目に合わされて、止めることができる場所にいたのに止められずに返り討ちにされるだなんて悔しいじゃないか。

 自分の無力が悔しい。

 だから俺は……。


「……」


 その先の思いは、まだ誰にも言えない。眠る京子の顔を見て抱いた気持ちは胸の奥に仕舞い込んだ。

 真希奈さんに言いそびれ、今こうして確認した自分の意志を胸に秘めてその場から離れた。

 学校へ行こう。俺には身近に参考にできる見習うべき守護者がたくさんいるんだ。

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