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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動一
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魔法少女と学校

 学校に着いた時、俺はもう既に一日分のエネルギーを使い切った後だった。


「ごめん……早かった、かな」


 先に校門前に辿り着いていた先輩がこちらを気遣ってくる。


「いえ……いえ……全然……平気」


 カラカラに乾いた喉で辛うじて返事をした。

 なんでこんなに疲れ果てているのか、理由は単純。今押している自転車で全力疾走してきたからだ。

 先輩の家から学校までは自転車通学で、俺はママチャリを貸してもらった。そしてその先輩が乗っていたのは、青いフレームのロードバイク。それを漕ぐ先輩はとてもスタイリッシュで素敵だったが、如何せん地の速度が違いすぎた。

 家を出る時に「ゆっくり行くからね」と言ってくれたはずだが、すぐに置いていかれ、先輩のお尻が視界から消え去らないよう必死こいてなんとか学校まで辿り着いた結果がこれだ。


「ごめんね……病み上がりだっていうのに……ああ、あたしの馬鹿」

「いえ……いえ……リハビリついでに丁度、よかったですよ」

「……草太くんは、優しいなあ」


 それは大袈裟です、ただ女性の前でいいかっこしたいだけです。とは流石に言えなかった。


「えっと確か……草太くんは一年何組?」


 自転車を駐輪場に置き、昇降口で上履きへと履き替えてから、先に廊下に出ていた先輩が尋ねてきた。


「C組です」

「ああ、そうそう! 思い出した。手帳に書いてあったもんね。教室の場所は昨年度と一緒かな?」

「いや、流石にそれは知らないですけど」

「え? ……あ、あはは、そりゃそうだよね! じゃ、ちょっと案内してもらおっかな!」


 先輩は笑って誤魔化す。結構おっちょこちょいな人なのか、今朝俺を置いていきそうになったことを踏まえてそう感じながら、通学の時と入れ替わり今度は自分が案内する番となった。

 一年生の教室があるのは、昇降口のある本校舎の西側の棟である。二年生と三年生は東側の棟になるので、今向かっている棟とは正反対の場所にある。

 西棟には理科室や音楽室などの授業で使う部屋もあるのだが、それらは主に三階にまとまっているので、一年生の教室がある一階二階に他学年の生徒が、それも朝のホームルーム開始前にあるというのは珍しい光景である。彼女が長身なのも相俟って、廊下ですれ違う生徒たちから見られているような気がしてならなかった。


「一ヶ月前はこっちの校舎に通ってたのに、もうすっかり懐かしいって感じちゃうなあ」

「顔触れも違ってるんですし、余計そう見えちゃうのかもしんないですね」


 話をしているうちにC組の前に着く。懐かしむように一年生の教室を覗きこむ先輩にひとまず別れの言葉を告げておくことにした。


「それじゃあとりあえずここで……また後で」

「うん。じゃあ放課後に迎えに来るから。またね」


 手を挙げ去って行く先輩に手を振り返した。その後姿が見えなくなってから教室に入り、窓側の自分の席に着いた。一人になり不安を感じたのは、悪夢の正体が掴めていないせいか。


「オイオイオイ」

「あの人誰だよ!」

「おはようダブルオー」


 だがその余韻はすぐに払拭された。声を掛けてきたのは岡田と大野の二人組。ダブルオーというのは二人の苗字の頭文字を取って俺が呼んでるコンビ名である。岡田はメガネを掛け、大野は坊主頭なのが特徴だ。


「挨拶どころじゃないだろ! なんで女の人と一緒に教室来てんだよ!」

「昨日は宿題して帰ると言っておきながら、まさか女性と一緒に朝まで過ごしていただなんて……」

「ちげーよ! 昨日、帰りにたまたま知り合って……たまたま朝一緒になっただけだって」


 岡田の言うことが当たっていただけに慌てて否定して適当な言い分をでっち上げた。本当のことを言うに自分の知らないことが多すぎたし、もし得たとしてもそれは人に言えることではないと思ったからだ。


「たまたまってどこに行けばあんなボインってした人と知り合えるんだよ!」

「返答次第では今後のお前との付き合い方も考えないとな……」

「それは……どうやって知り合ったかって言えばだな……」


 なんて説明すればいいんだ。言葉に窮している俺に二人の訝しげな視線が突き刺さる。二人の顔がズイズイと迫ってくる。今日は朝から何かと顔を寄せられる日だ。椅子からひっくり返りそうなほど身を引いていると、思いも寄らず救いの手が差し伸べられた。


「今の人って……音無先輩だよね?」

「委員長! あの人のこと知ってるの?」


 それは隣の席の学級委員長だった。話を振ると、ダブルオーも委員長の言葉に耳を傾ける。


「うん。女子の運動部の子ならもっと詳しい人もいるかもしれないけど。なんでも、要望があれば色々な運動部の助っ人を買って出てるらしいよ」


 眼鏡の弦をクイッと持ち上げながら委員長が語ってくれる。さすが委員長、何でも詳しい。


「ねえ京子ちゃん。音無先輩知ってるよね」

「ああ。昨日もソフトボール部の練習試合に来て助っ人してたぜ」


 委員長が訊ねたのは、日に焼けた肌が健康的なクラスメイトの一人である。なるほど昨日の先輩はそんなことをしていたのか。


「ほら、結構有名人」

「そうみたいだね。助っ人選手してたんだ」

「なら益々分からん。そんな人とお前は一体どうやって知り合ったんだ。教えろこの野郎」

「まだ訊いてくるかよ!」

「当たり前だ。気になって夜まで眠れなくなる」

「日中は起きてろよ!」


 委員長に話を振って矛先が逸れるかと思ったのにまったくそんなことはなく、ブレずに食らいついてきた。

 助けて委員長! と目で訴えたが、詰め寄られる姿を見てあたふたしているだけだった。

 援護もなくなり、どう答えるかも決まらないでいた時、教室のスピーカーからチャイムの音が鳴り響いた。同時に教室の扉がガラガラと開き、先生が入ってくる。


「よーし席に着け。ホームルーム始めるぞ」


 教卓に出席簿を叩きつけ、クラス中の注目を集めさせる。赤いジャージに長い髪を首の後で結ったアラサーの夕張先生、婚活中。


「チッ。後で絶対聞き出すからな」

「覚えておくように」


 ダブルオーが忌々しげに捨て台詞を吐き捨て、自分の席へと去って行った。開放された安堵から、大きな溜め息を出しながら机に突っ伏した。


「疲れたー。朝から加減のない奴らだぜ」

「ごめんね。上手く助けられなくって」

「ああ。いいよ気にしないで。気ぃ遣ってくれてありがとう」


 委員長はよく気が付くし誰にでも優しく接してくれる。俺なんて隣の席だから特に助けてもらっている。こんな人だから委員長は委員長に選ばれたに違いない、実際適任だと俺は思う。


「……それで、そのね」

「え?」

「音無先輩とはどういう関係なのかな……て」

「うわ、委員長も気になってる?」


 小声で話しかけてくる委員長が親指と人差指で少しだけ、と示してきた。


「そこは……今はノーコメントで」


 手の平を突き出す仕草を返す。彼女は深く追求することなく、そっか、と呟くだけだった。

 ごめんね委員長。今はどういう関係かとか、そういうことをはっきり口にできる段階じゃないんだ。今日の放課後になればきっと全部スッキリする。

 放課後……そう昨日の放課後は岡田の言った通り、俺はゴールデンウィーク中に出される宿題を前倒ししてやるために教室に残っていた。

 そしてその帰りに――殺されかけたんだ。


――――――


「相沢ァ!」

「もう逃さんぞ」


 夕方のホームルームが終わるとすぐにダブルオーの二人が詰め寄ってきた。休み時間や昼休みはなんとかやり過ごしていたが、放課後はそうはいかない。ここで先輩が呼びに来るのを待っていなければならないからだ。


「もう諦めろよいい加減……面白い話じゃないって」

「分かっちゃないな」

「面白く無いから訊きたいんだろうが!」

「なんでだよ!」

「「このジェラシーをお前にぶつけたいからだ!」」

「迷惑すぎるわ!」


 そっとしておいてくれればいいものを、何故そんなに自分を傷つける行為をしようとするのか。男というのは常に愚かな生き物である。……知り合いに謎の女性の影があれば、俺も訊きたくなるからその感情は理解できてしまうが。


「もう止めておこうよ……。相沢くんもすごく困ってるよ」

「委員長は優しすぎる! このまま放っておいたら取り返しの付かないことになりますぜ!?」

「不純異性交遊に学生結婚、そして退学処分……クラスメイトがそんなことになるなんて」

「あわわわわ……」

「そんな訳あるかあ! 委員長もいちいち真に受けなくていいからね!?」


 岡田の奴が真顔で言うものだから委員長がすっかりその結末を想像しているらしく慌てふためいている。単純というか素直なんだから、そうやって惑わせないでやってくれ。


「いたいた。迎えに来たよ」


 待ち侘びた人の声が届く。見ると教室の後ろの扉にその人の姿があった。


「先輩! 本当にお待ちしてました!」


 これ以上教室にいたら余計に話がややこしくなると察し、委員長に弁明できないことは心苦しかったが早々に離脱することにした。


「それじゃあまた明日な! さいなら!」


 現れた先輩に注目が集まっている隙にカバンを引っ掴み席を立つと、一目散に廊下へ駆け出した。大野が制止するよう呼びかけてきたが、止まるつもりは勿論ない。


「友達と話があったんなら、また後で来るけど……」

「いいんですいいんです! あんな奴ら放っといて結構ですんで!」


 いいから行きましょうと急かすと、若干申し訳無さそうに教室の中に手を振ってから、先輩も教室を離れてくれた。ちょっと進んでから振り返ると、教室から恨めしげな顔が二つ突き出していたが、流石に追っては来なかった。


「いつもあんな感じなの?」

「何がですか?」

「教室にいる時の君だよ」


 あんな感じと訊かれても、教室で見られた様子といえばダブルオーに詰め寄られて委員長が泡を食った表情をしてるところから退散するところなわけで。


「全然違いますよ。今日は先輩と一緒に来たことに目をつけられて、一日中付きまとわれていい迷惑でしたよ」

「そう? 楽しそうに見えたけど」

「勘弁して下さいよ。あんなのに絡まれたら先輩だって絶対疲れますから」


 歩きながら嘆息していると、先輩がニコニコと微笑みかけてきているのに気付き、


「なんです?」

「いや……今の君が素なんだなって思ってさ。朝は遠慮っていうか、少し身構えた感じが伝わってきたから」


 言われるまでもなく、自分のことなのでよく分かっていた。なんせ話していた相手は初対面だし女性だし実は先輩だしで、緊張するなという方が無理だ。それでも言葉を選んで冷静に対処しようとした結果、そういう印象を与えてしまっても当然だろう。

 わざわざ気にかけてくれていたようでありがたいと思う反面、かえって気を遣わせてしまったなと思いながら下駄箱で靴に履き替え、駐輪場へ向かおうとしたところで呼び止められた。


「ああ、こっちこっち。自転車はまだいらないよ」

「え? 家に帰って話をするんじゃないんですか」

「話はさせてもらうけど、帰ってからじゃなくって学校内でね」


 学校で話か。落ち着いて話せるところがあるのかと考えながら、先輩の歩みに従った。その足は部活で賑わっている運動場の横を過ぎ、放課後に生徒が屯する部室棟へと向かった。

 帰宅部である俺には無縁の建物。ここに来たことがあるのは、入学当初の勧誘会の時だけである。運動も芸術も胸を張って得意と言えるものはなく、中学生の三年間も帰宅部を貫き通した。すれ違う屈強な体躯の運動部の先輩方も、品性を感じさせる文化部の先輩方も、自分とは全く別の世界の住人に思えた。

 先輩はといえば、そんな方々に物怖じせず挨拶を返したり軽く言葉を交わしていく。


「アヤメー、明日はうちの助っ人だからね」

「はいはい、覚えてますって」

「ねえ、今度東台と試合があるんだけどさ」

「人数足りないの?」

「音無さーん。うちの部の展示会の件どうなってるか知らない?」

「あっはい。聞いときますね」


 そういえば、朝に委員長とソフトボール部の京子さんが音無先輩のことについて話をしてくれたっけ。今の会話を聞いていると、運動部も文化部も手伝っているようで手広くやっているんだなと印象を受けた。

 音無先輩と言葉を交わしたほぼ全員、先輩の後ろで肩を小さくして歩いている俺に向かって「誰こいつ」と言いたげな視線を投げかけてきたように思えた。被害妄想かもしれないが、見知った人物の後ろに隠れる見知らぬ人物に対する反応としてはそれも自然だ。

 居たたまれない思いに苛まれながら、早く目的の場所に辿り着いてくれと願う俺の意に反し、先輩の足は部室棟を横目に、更に先へと向かい始めた。


「あの、先輩!」

「どうかした?」


 部室棟を過ぎると途端に人気がなくなり、運動場の方から聞こえる声以外は何も音がしない静寂が降りてきたような周囲の雰囲気になった。ここに来てようやく不安が募りだし、先程まであった人波も去った機会にと思い切り出した。


「てっきり部室棟に行くんだと思ってたんで、どこに行くのか見当がつかなくなったんですけど。一体どこに向かってるんです?」

「もう見えてるよ。あそこ」


 確かに視線の先には木造二階建ての建物がある。だけどそこは部室棟以上に自分には……というよりも多くの生徒には無縁の場所である。


「旧校舎」

「……俺、来たの初めてっす」

「まあそうだよね。学校の端っこだしちょっと古いし、用がある人も少ないしね」


 ちょっと、ちょっとかあ……俺の目には大分古いように見えるけど。学校が創立した時から建っていそうな貫禄のある外見だ。


「ここって勝手に入っていいんですか?」

「まさか。ここ使ってるサークルはちゃんと許可取ってあるよ」

「サークル……ですか」


 我が校にそんな集まりがあったなんて初耳だ。部活動とは違うモノなのだろうかと訊ねた。


「うん。同好の士が集まって作る集団で一応学校には申請してるけど、部活と違って部費もないし顧問もなし、活動も好き勝手にやってるのが現状ね。そんなんだから大々的に募集かけたりってあんまりしなくて、細々活動を続けてるサークルが旧校舎に押し込められてるの」


 先輩が説明しながら校舎の扉を押すと、ギィと大きく軋む音を立て扉が開いた。

 中は意外にも綺麗なものだった。いつも生活している西棟の明るい雰囲気と比べたら暗くて殺伐とした印象はあるが、外面の様相から想像したよりもずっとマシなものだ。歩くたびに廊下が鳴るのはこの際目を瞑ろう。そしてここへ俺を連れてきた理由が思いつき、口にした。


「ここに来たのは、先輩が所属してるサークルの活動してる部屋で話をするためですか?」

「そういうこと。そこなら内緒の話には持ってこいだから。さ、着いたよ」


 そこは一階の一番端の教室。入り口の戸には、サークル名の書かれた札が下がっている。


「これが……先輩の入ってるサークルですか?」

「そうだよ。ボランティア倶楽部へようこそ」


 教室の引き戸を開け室内へ招かれる。おずおずと中へ踏み込むと、先客の姿があった。


「その子が昨日言ってた人?」


 手にしていた本を閉じ、声の主が顔を向けてきた。窓辺に置かれた二組の席の片方に着いていたその女性の長髪は、陽の光に照らされて白く輝いて見えた。


「そうそう。ちょっとあたしだけじゃ判断に迷ってさ……あんたの意見も聞いておきたくて」


 空いていた机に手をついて音無先輩が話しかけた。随分と親しげな様子だが、このサークルの部員だろうか。確かに先輩一人だけの集いとは言っていなかったが、誰か待っているとも言っていなかったので少々面食らっていた。

 部室の中は広く感じた。それは置かれた机が二つだけのせいだろう。


「ふうん……君も災難ね。こんながさつな人に巻き込まれちゃって」


 銀縁の眼鏡を鈍く光らせながら、同じ色の双眸をこちらに向けお気の毒様と言った口調で同情された。

 よく見れば髪も、光を反射していただけではなく、実際に銀色のような白髪をしていた。根元から色の抜けた髪は彼女の地毛なのか気になるが、初対面で訊ねるのも失礼かもしれない。


「がさつって何よもう……あ、そういや写真部の人が今度の展示会の件でって言ってたけど」


 がさつと言われた音無先輩が声を上げるのを制すように、白髪の少女が席を立つ。


「そんな話は後でしょ。こんにちわ。アヤメと同じ二年B組の四之宮花梨です。辺鄙な部室までわざわざ足を運んでくれてありがとう、お疲れ様」


 彼女が小さく会釈し、自己紹介をしてくれた。


「俺は一年C組の相沢草太です。えと、音無先輩に言われるままここまで来ちゃって、なんかよく分かってないんですけど……よろしくです」


 四之宮と名乗った先輩が下げた頭より更に下にお辞儀をする。俺より幾分背の低い彼女より頭を下げるのに、結構勢い良く腰を曲げた。


「昨日の電話と今日直接アヤメから聞いた話だと、大分記憶が混乱しているようね。相沢くんは昨日のことをどこまで覚えてるの?」


 早速話を切り出され、すかさず記憶を遡る。そう、昨日は岡田が教室で言った通り、俺は放課後に勉強をしていた。


「授業が終わって、放課後に自習してたら外が暗くなってきて……もう帰ろうって思ったんです」


 右手で頭を抱える。そこから帰り道のことは記憶にある。記憶にあるが、それから起きたことは全部夢だと、悪い夢を見たんだと思って今朝目を覚ましたんだ。あんなことを現実で体験しただなんて思えない、思いたくないという気持ちがあった。


「……あの、俺は夢だと思ってたんです。昨日あったことは全部」

「あたしが駆けつけたときは頭も強く打ってたし、そのせいで前後からの記憶が整理できてないのかもね」

「そうは言っても俺はどこも怪我してないじゃないですか! 確かに朝起きたときは体が痛むなって感じはありましたけど、外傷なんてないし、筋肉痛かなんかじゃないかって」


 腕を組んで窓際の壁に寄りかかっていた音無先輩が、困ったような表情をして、四之宮先輩に目配せをした。


「夢だって思ってたことが本当にあったことだなんていきなり言われたら、否定から入るのは当然でしょ」

「そりゃあそうだろうけど……」

「現実に起きたことだと本気で彼に教えたいなら、それを証明するしかないわよ」

「証明……そんなことできるんですか?」


 二人の間に割って入る。悪夢を見たのは俺だ。それを第三者が証明することができるのか気になった。それは音無先輩も同じだったようで、


「どうやって?」

「簡単よ」


 答えを待つ俺たちを置いて、四之宮先輩は部室のカーテンを閉めていく。そのカーテンはいつもの教室にある無地の白いカーテンではなく、遮光性の強い黒いものである。窓側だけでなく廊下側、出入口の扉にまでカーテンがかかるようになっている。


「え? え? え?」


 次々にカーテンを閉められ、室内は次第に暗くなっていく。一体何を企んでいるんだとドキドキしていると、やがて最後のカーテンが閉められ、天井の室内灯が点けられた。

 電気通ってたんですね。そんなところに感心していると、俺達二人の元に戻ってきた四之宮先輩が、音無先輩を見上げながら告げた。


「本気なら、彼の前で変身なさい」


その言葉の意味は知っているが、内容を理解するのに頭が追いついていなかった。


「あのー。変身ってどういうことでしょうか? ああもしかして返信? 返信かなあ」


 そう訊いてもどちらも答えてくれずに二人でじっと視線を交わし続けている。


「いいの?」

「いいも悪いもないでしょ。それが一番手っ取り早くて彼にも信じてもらえる方法よ。やるのやらないの?」


 やがて壁に寄りかかっていた先輩が教室の中央へ歩くのを目で追った。


「あたしもその方法がいいかなって考えてはいたんだけどね。あんたのお墨が付いたんならそれがベストに違いない」


 音無先輩は制服のポケットから赤いスマートフォンを取り出した。あ、やっぱりへんしんって返信のことなんですねと勝手に納得しようとしていた。


「ちょっと眩しいから気を付けてね」


悪戯っぽく微笑むと、掲げていたスマホを指でフリックし、自分の下腹部へ横向きにかざした。


 シュパン!


 桃色の帯が腰を一周する。電話機というよりも、まるでそう、日曜朝のヒーロー番組の主人公が使う変身ベルトのようだ。

 腰に巻きついたスマホの画面に浮かぶハートのマークを先輩がタッチしたとき、変化の光が突然室内を明るく染めた。


「うわ、眩しっ!」


 先輩の言った通りかなりの光量が目を眩ませてくる。手をかざし顔を背けると、傍らにいた四之宮先輩が同じように顔を背けながら語りかけてくる。


「君は彼女の姿を覚えてる? 君を助けた、一人の魔法少女の姿」

「魔法……?」


 この光、そこに宿る温もり……知ってる。俺は夢の中で同じものを見た。


「俺は……この温もりに触れた」

 いや、夢なんかじゃない。実際にこの肌で、輝きと温もりを間近で感じたんだ。

 ああ……次第にはっきり思い出してきた。俺は今、目の前にいる黒衣の女性の腕に抱かれたんだ。変身の光が終息するのと比例し、俺の脳内では昨夜の出来事がフラッシュバックした。

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