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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅲ
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放課後の騒動 8

 思い、出した。


「……ッ!」


 俺を捉えるように腕を伸ばす男子の動きを見極める。真希奈さんが殴ってくる拳に比べたら、ただ襲い掛かってくる奴の動きなんてゆっくりとしたものに見えた。

 思いっ切り身を屈め腕をかわし、自然と懐に飛び込む形になっていた。


 ――殴るよりずっと近付かなきゃなんねえんだが、そんくらい難なく出来るようにゃしてやるさ。


 思い出すのも憚られる二人だけで過ごした苦い記憶。体に刻み込まれた鍛錬が糧となり、体を動かしてくれる。


 ――拳は使うなよ。大勢相手にするなら傷めないようにココで鳩尾ぶっ叩いてやれ……聞いてっか?


「聞こえてましたよ!」


 鳩尾を貫かれて悶絶していた俺に向けて話す真希奈さんに、今になって返事をした。

 言われた通りに拳は握らず、指を折って手を開き、面と化した掌を真希奈さんに倣って遠慮無く男子の鳩尾へ叩き込んだ。

 悶絶する声はなかったが、相手の体から力が抜けるのは手から伝わってきた。どさりと転がったそいつはうつ伏せになりピクリとしただけ。

 効いた……その事実を噛みしめる間もなく、横合いから違う奴が組みつてこようとする。


「うわっと!」


 咄嗟に飛び退き、離れ際に太ももを蹴りつけた。

 多少なりとも怯むかと期待したが、意に介すことなく手を伸ばしてくる。

 動きを止められちゃ一巻の終わりだ。さっきと同じように腕をかいくぐって懐に飛び込み、掌底で相手を沈めていく。

 悪いとは思うが加減なんて出来ない。そうしてあげれるような実力は持ち合わせてないんだ。

 落ち着く暇はなく、続けて飛んでくる攻撃に身を屈めた。

 あっぶね。立ち尽くしていたら頭上を掠めている生足が俺の頭にぶつかるところだった。柔らかそうな肌なのに恐ろしいぜ……ついついその女子の脚を目で追ってしまう。太ももは健全な青少年の目には毒だ、翻るスカートからちらりと……どころかモロに見える光景が思いがけず目に焼き付いてしまう。

 そっか、今は男女関係なく狙われているのか。


「……いてぇ!」


 ガツンと脳天に一撃を喰らって世界が揺れた。転がるようにその場から逃れ、頭上から振り下ろされた脚を受けたのだと分かった。

 一瞬足りとも気が抜けない、分かっていたのに男子の心理を突いた巧妙なトラップに引っかかってしまった。


「ちくしょう!」


 声を出して気を引き締め直し、立ち上がる勢いを活かして駆け寄ってくる男の顎を下から掌打で突き上げた。

 バランスを崩すそいつの腕を掴むと、思い切って振り回してさっき俺を蹴ってきた女子の元へと放り投げた。

 周りに居た二人の男子を巻き込んで倒れたのを見届けながら一度後ろへ退いた。

 合わせて四人を転がしたが、すぐにゆっくりと立ち上がろうとする。腹を打ち据えた二人はまだ地面に転がっているが、起き上がるのは時間の問題か。


「ハァ……ハァ……!」


 頑張って六人を相手にしただけで呼吸が大きく乱れていた。正面にはまだまだ大勢いる。さっきは近い位置にいた奴だけが襲いかかってきたからなんとかなったけど、いつ一斉に来られるか……そうなったら流石に捌き切れない。

 トン。

 背中に何かが触れる感触に身が強張った。完全に背後を見てなかった。バッと振り返って拳を引き絞って……動きを止めた。


「お、中々やるじゃないか」


 相馬さんだった。肩越しに俺の顔と後方を一瞥して口の端を小さく上げた。


「後ろを任せて正解だった、よ!」


 そう言うと彼は拳を突き出した。身じろぎする暇も与えられず、頬を掠めていく拳が俺の背後で鈍い音を立てた。

 横目で確認すると、いつの間にか俺の後ろまで来ていた一人が彼の正拳を受けて仰向けに倒れるところであった。

 改めて前を向いた時、息も乱さずに笑う相馬さんの後ろにはほとんど人が立っていないことに気付いた。

 俺が数人を相手にヒィヒィ言ってる間に、相馬さんはほとんどの数を地面に転ばせていたのだ。


「強い……」

「君が後ろにいてくれたからさ」


 そうだとしても、短時間でこれだけの相手を倒せる実力は驚嘆だ。

 初めてマガツ機関で会った時、戦いに向いた能力じゃないと思って近親感を覚えたけど、その認識は間違っていた。

 確かに戦闘力っていう点では先輩とか聖とか、九条さんなんかとは比較はできない。能力の質が違うから。

 けど俺と比べたら彼の方がずっと戦い慣れて強いのだ。もしかすれば、ステゴロの真希奈さんとなら……なんて思わせられる。


「さ、君のおかげで退路は開けた。後は残った奴らを振り切って逃げるだけだ」


 相馬さんの言う通り、彼が切り開いた方角へ走れば逃げられる。俺が相手をした方は依然として塞がれているから。だが。

 相馬さんの言うことを聞き終える前に、俺は走りだしていた。俺の方を見て話す彼からは、俺が見ていた彼の後方の光景が見えてなかったのだ。

 見えていたから一目散に駆け出した。いち早く駆けつける必要があった。


「お、オイ!?」


 背後でする相馬さんの声を振り切る勢いで走る俺が見ていたのは、倒れ伏す人の群れの先。複数の人物に追われて追い詰められる柏木京子の姿だった。


「待て、相沢くん!」


 気付いてしまったから、待てない。待ってしまえば間に合わない。俯いてへたり込む彼女を守らないとならない。そうしないといけない。

 助けなければ後悔する。そんなことしたくない。そうと決めたら迷わない。決断の時は迷うなというあの人の教えが俺を突き動かす。

 京子の一番近くにいた男に突っ込むと、固く握りしめた拳をそいつの頬に叩き込んでいた。

 京子を背にして立ち塞がり、これ以上誰かが近付くのを遮る。

 言葉が伝わるか分からなかったが、叫ばずにはいられなかった。


「クラスメイトに……手を出してんじゃねえよ!」




 相馬和人が違和感の正体に気付いたのは、相沢草太が急に駆け出したその後だった。

 彼が何を見て動いたのかすぐに察した。視線の先でうずくまる女子が、彼の言っていた知り合いだろう。


「待て、相沢くん!」


 あまり離れてはいけないと呼びかけるも、その足音は止まることはなく、代わりに背後から複数の足音が響く。


「チィ!」


 立ち向かってくる奴らをまずは寝かせなくてはと身構える。正面から来る内の一名が横を通り過ぎ様、くるりと宙を舞っていた。

 綺麗に投げ飛ばされた男は背中から地面にぶつかり泡を吹いた。

 同時に、和人の抱いていたこの集団戦における違和感のピースがカチリと嵌った。

 最初は俺たちが襲われていると思っていた。手応えなく難なく倒せたのは薬物の影響で正しく状況判断できない状態だからだと思っていた。だが違う、簡単に打ち倒せたのは、俺のことなんて眼中になかったからだ。初めからこいつらの狙いは俺たちなんかじゃなかった。


「彼か!」


 相馬和人を無視して通り過ぎていった数名は、間違いなく相沢草太を追っていた。

 何故、という疑問に答えを出すには手がかりも時間もない。追いかけるのに遅れた時間を取り戻すように、和人は全力で走りだした。

 少女を守るために飛び出した少年は気付いていない。彼の背後でゆらりと少女が立ち上がったことに。その手に金属のパイプが握られていることに。

 無防備な後頭部目掛け鉄棒が美しく振り抜かれ、直後に二人のもとに到達した和人の拳が少女の体をくの字にした。気を失い崩れる少女と、頭から血を多量に流し倒れようとする少年を抱き留め、彼は強く歯噛みした。

 意識のない二人を抱える和人に向け、無数の人が群がろうとした。が、次の瞬間には三人の姿はその場の誰の視界からも消え去っていた。

 後に残された群衆は目標を見失い、しばらく呆然と……いや、元から呆然としていた彼らは、ただ立ち尽くしていた。




「――九条、九条!」


 自身のイレイズ能力を発動し二人を抱きかかえて逃げ出した相馬和人は、通話が可能になったかの確認も忘れてただ呼びかけた。


『大声出さなくても聞こえてますわよ。繋がらなくなった時は少し焦りましたが』

「失態だ! 救急車……いやお前が病院まで運んだ方が速い!」

『落ち着いてください。状況の説明を』


 相馬和人が潜入調査を実行する前から行動を共にしていた九条玲奈との通信が再開したことに安堵する間もなく捲し立てる。

 取り乱していたことに気付き、一度大きく呼吸をしてから彼女の求める説明を行った。


「必要な情報は手に入れた。けどたまたまそこで出くわした相沢くんが大怪我を負った。彼の知り合いも気を失ってる。今二人を連れて」

『相沢さんと知り合い? どうしてそのような』

「説明は後だ! 出血がひどい! 急いで回収してくれ!」

『分かりました。すぐに』

「それといくつか残処理が……何から伝えたらいい!」

『一分で行きます。それまでに気持ちの整理を』

「あ、ああ悪い……ここで待ってる」


 通信が終わったところで和人は足を止め、二人を地面に降ろした。今いるのは『J-ZONE』のあった空間から脱した路地裏である。

 追手は完全に振り切っている。だが安堵することもなく取り出したハンカチで急いでうつ伏せに降ろした草太の後頭部を抑えた。


「…………クソ!」


 九条玲奈が到着する短い時間、彼は己を責め続けた。

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