放課後の騒動 5
相馬和人。
マガツ機関に登録されているスペシャライザーの一人。機関で開かれた集会の際に知り合い、最後に会ったのは聖や明の住む集合住宅の前だが、その時は訳ありだったので挨拶も何も出来なかったから、こうして面と向かってきちんと会うのは先の集会以来になる。
どうして彼がこの場に……と訝しむ俺に向け、彼は確認するような挨拶をしてきた。
「久しぶり……だよな?」
「え? あ、ええ……」
「あれからマガツには来てないよな?」
「は、はい行ってません! 明の部屋にお邪魔したりしてません!」
正体を明かせずに出会った時のことを怪しまれているらしく、咄嗟に嘘を吐いてしまった。
だってこの間会った時は女の子になってましただなんて大声で言いたくないじゃないか!
「…………まあいっか」
「はい、気にするのは止めましょう!」
無理矢理話を打ち切る俺の姿勢に尚も訝しむ視線が向けられてくるが、ここは更に強引に話の舵を切ることにした。
「それより相馬さんはどうしてこんな場所に?」
「それはこっちの台詞だぜ」
俺の肩に手を掛けた相馬さんの目が俺を射抜いてくる。
「君は何をしてるんだい。返答次第じゃ俺は君を取り押さえなきゃならない」
優しい声色とは裏腹に凄みを窺わせる視線に思わず息を呑んだ。理由は判然としないが、彼の言葉は本気であるのは明らかだ。
「俺は人を探しに……いえ、不可解な出来事が学校で起きてるんじゃないかと思って、その原因を探しに来ました」
答える俺を黙って見つめてくる。全部話せと促されている気がしたので順を追って素直に全て白状することにした。
口が軽いと思われるかもしれないが、この場において彼に嘘偽りなく話すことは間違いではないと思う。一人の不安を解消したいという気持ちもあったから。
中村の怪我から始まり、野球部員の変化、同時期に入り浸りだした不審な場所の存在、それを確かめるためにここまで来て立ち往生しかけていたことを簡潔に伝えた。
話を聞き終えた相馬さんは肩から手を離すとただ一言、
「軽率だな」
と吐き出した。非難するでなく、困ったように言われたものだから余計に胸に響いてくる。
「けど君の身に何か起きる前に出会えたことは幸いだ。ついてたな」
一転、今度はこちらを気遣うように微笑むと腕を軽く叩いてきた。彼に我が身を案じられたことでようやく安心できた。
「あの……なんで相馬さんが?」
最初にいなされた質問を繰り返す。俺が先に白状したからか、今度は彼も質問に答えてくれた。
「そっちと同じさ。このところ二年生の間でヤバイ代物が出回ってるって噂が広がり始めててな。裏を取っていけば話の出処はここだったってわけだ」
彼が見せてきたのは俺が野球部室で見つけたものと同じカード。
あれ、と思って自分のポケットを探ると、カードがなかった。いつの間に……と得意そうな相馬さんに視線を送りながら、話を続けた。
「ヤバイ代物……っていうのは?」
「相沢くんはそこまで掴んでなかったんだよな」
俺は頷いた。何かが蔓延している、ということまでしか知らない。
相馬さんカードを仕舞い、代わりにビニール製の小袋を見せてくる。中にあるのは黄色い粉……きな粉?
んなわけないか。
「蛇香スネークバインド。ドラッグみたいなもんだが精製には特殊な技術が用いられている。少量の服用で精神の麻痺、高揚、意識の混濁、虚脱感。それから更に進行すると理性の低下、暴力性の発露。要するに迷惑千万な状態になるってことだな」
小袋を仕舞う相馬さんは軽く言ってくるが、思い当たる節があるせいで黙ってしまう。
暴力を受けた中村の顔が脳裏を掠める。相馬さんの話通りなら、西台高校でのスネークナントカの影響は進んでるってことか。
「じゃあ相馬さんが来たのは、それが出回るのを防ぐためにですか?」
「ご名答と言いたいところだけど、それは俺を買いかぶり過ぎだ。俺に出来るのはブツの出処と供給ルート、そして誰がんなことをやらかしてるかの解明だ」
すごいと思った。自分の出来ること、すべきことをしっかりと把握して調査して裏付けとってここまで来て、一人でいる不安なんて微塵も見せずに今もこうして進んでいく相馬さん。
彼から言わせれば確かに俺は軽率だ。
ほんのちょっと、目の前にぶら下がっていた人参に釣られて確たる証拠もなくホイホイこんなとこまで迷い込んできた自分が情けなくある。
一人進む彼の背中を眩しく感じ、見ていられなかった。
「どうした? 早く行こうぜ」
「え?」
間抜けな声を出して前を見ると、彼は俺を手招きしていた。
言われるままトコトコと近付きながら、
「いいんですか……ついて行って?」
確認を取っていた。
「いいもなにも、ここに置いていくわけにはいかないだろ。それにここまで来ておいて、帰り道を教えられたら素直に帰るのかい?」
「けど……俺が一緒だと足手まといじゃ?」
後ろに付き従うように歩きながら訊ねるが、相馬さんは足も止めずにハハと笑う。
「足手まといっつうのは釣り合ってない相手に使う言葉だぞ」
「だから俺は……」
「一人でここまで辿り着いたんだ、よくやったよ」
目を丸くして彼の言葉を受け止めていた。褒められた、のだろうか。
「その洞察力と行動力はなかなかのもんだ、劣ってるとは思わないさ。多分、君が心配してるのは音無みたいに戦う力がないってことだろ? けどそれは俺も同じだし、さっきも言ったように今回は調査が目的。戦闘力なんて必要ないし、だから君が自分で感じてる程の足手まといになることはないよ」
相馬さんのフォローに彼の優しさを感じた。
「けど今後は気を付け給えよ。先輩からの忠告だ」
釘を差すのも忘れない。
ハイと頷き、彼の後ろを素直についていく。と、何度目かの角を曲がる直前で足が止まった。
「到着。あそこが俺らの目的地、J-ZONEだ」
彼が指で示す先を曲がり角からちょっと顔を出して確認した。
雑居ビルの一階、ぽっかりと開いた入り口の中に地下へと続く階段があり、その上に店名を記した看板があった。
ネオンサインの看板は光を宿しておらず、薄汚れていた。まるで目立つことを避けているように感じられた。
「そんじゃさくっと調べに行きますか」
「正面から行くんですか?」
「裏口はどこか分かんないしな」
だからといって正面から乗り込むなんて強気である。いや、さもここを利用している学生客を装えば案外怪しまれないのかもしれない。今の俺みたいにビクビクしてると逆にそっちが怪しく見えるのかも。
不安そうな俺を目にしたからか、相馬さんが俺を宥めるようにこれからのプランを口にする。
「俺の能力は覚えているかい?」
「はい。モノを消す……えっと、消えたように錯覚させるんですよね」
「ざっくり言うとな。そしてこれから俺たちはその力を利用して自分の存在を消して堂々と正面から乗り込む」
「自分の存在も消せるんですか?」
「俺が情報収集の任を多く請け負うのもそのためさ。これほど調査潜入隠密行動に向いた能力はないからな」
確かに。
「君と一緒に中へ入る。君は中で目立たない場所に隠れてもらう。その間に俺は調べ物を迅速に済ませる。君を回収する。そしてトンズラ」
オッケー? と確認をしてくる。
「俺が中に入る必要は?」
このプランにおいて、俺の存在意義はゼロでしかない。いてもいなくてもいいようなものだ。
「中の様子を観察しててくれ。何人いるのか、男女比は、何が置いてあるか、人の様子は、異常はないか、気になったことがあったら何でもいいから後で教えてくれ。それで俺は探し物に専念できる」
「……分かりました」
俺でも出来る仕事を与えてくれたってところだ。気を遣ってくれたのだろう、やっぱ優しい人だ。
「けど目立つのは禁止な。騒がず、できる限りでいいから」
「はい」
俺だって目立つつもりは毛頭ない。もし中に俺に敵意を向けていた人たちがいて見つかったりしたら、どうなることか。
剥き出しになる暴力性、中村への被害が思い出される。
「じゃあ行こう」
そう言うと相馬さんが左手を差し伸べてきた。タッチでもすればいいのかと少し考える。
「手をつないでくれ。触れてくれないと俺の能力は君に影響しない」
「あ、ああハイ!」
俺は急いで手を握った。こうしていないと彼の隠蔽能力は発揮されないのか。
「よし」
右手をつないだ彼の手はほんのりと温かい。手と手で通じ合う……彼の体温。
どうせ手の平を重ねるのなら女の子とが良かった。
臆すことなく歩む相馬さんに手を引かれ、地下へと続く階段を下る。本当に能力が発動していて見つかることはないのか、まだ半信半疑の状態だ。




