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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅲ
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放課後の騒動 4

  手にしたカードに記されていたのは『J-ZONE』というライブハウスだった。

 馴染みのない店だし、場所もよく知らない住所だ。

 バス停に来たはいいものの、どの行き先に乗れば行けるのかさっぱり分からん。


「南の方だよな……」


 大雑把にしか分からず、それならスマホで調べてみるかと考えた矢先、突然背中を軽く叩かれたことに驚いて振り返った。


「よっ」


 叩いてきた手の平をこちらに向けたまま声を掛けてきたのは、クラスメイトの女子だった。


「京子か……驚かさないでくれ」

「ご挨拶だな。今帰り?」

「ああまあ。帰りっちゃ帰りだが」


 歯切れの悪い俺の言葉に怪訝な表情を浮かべた京子が、ふと何かに気付いた。


「何それ」


 言うが早いか彼女は俺が手にしていたカードをスイと引ったくっていく。


「あ、おい!」

「……ふぅん」


 取り返そうと伸ばした手から逃れるように背を向けて、カードを観察している。


「返しなさいよ」


 と催促する言葉に耳を貸す様子もない。マイペースなやつめ。

 女性から無理矢理取り返すのも気が引ける紳士な俺はしかめっ面で京子を目で追っていた。


「ここ行くの?」


 見終わったカードを差し出してきたので受け取りながら、


「まあうん……行きたいわけじゃないけどちょっとな」

「行くんだ?」

「ん……どのバスに乗ればいいか調べてたんだけど」


 普段赴くことのない地域なので行き先を調べるのも一苦労していたところだ。


「分かんないなら案内してやるよ」

「いいのか?」

「ああ」


 その申し出は渡りに船だが、中村と別れた時にも思ったことだが誰かと一緒に行動するのは巻き込むことになりそうで乗り気になれずにいた。


「私が降りるバス停のもっと先のとこだから、案内は難しくねえよ」

「そう、なのか」


 ならば途中まで同じバスに乗って案内してもらうのが分かりやすいだろう。どこで降りるか教えてもらえば後は一人で探せばいい。

 間もなくバス停の前に一台のバスが停車し、音を立てて開いた乗車口から京子が乗り込んだ。


「ほら行くよ」

「お、おう」


 促されて乗車した俺と彼女を乗せ、バスは坂を下りだした。

 乗ったことのない行き先を目指し進む鉄の箱に不安を覚えるも、一緒に乗った相手がいることに少し安心感を抱きつつ。




 そして二十分ほど経った頃だろうか、京子が教えてくれたバス停に辿り着いた所で降車し、去りゆくバスを見送った。

 後はこの近辺で目的のライブハウスを見つけるだけだ。

 この辺りはあまり人のいる気配がしない。時間帯のせいかもしれないが、寂れたオフィス街って雰囲気だ。だからどことなく物侘しい雰囲気が漂っている。


「さっさとその店探そうぜ」


 ああ。

 俺は隣に立つ彼女の言葉に力強く頷きかけた。


「ちょっと待てい!」

「何だよ?」

「何だじゃない! どうしてお前もここまで来てるんだよ! 途中に降りるバス停あったんだろ!?」

「探すの手伝ってやるって言ってんの」

「初めて聞いたよ!」

「初めて言ったかもな」


 俺を置いて行こうとする京子の傍に慌てて並んで言葉を掛ける。


「帰れってお前。一人で大丈夫だからさ」

「どうして言うこと聞かなきゃなんないのさ。私は私が探したいからここにいるの」

「何でまた……」


 理由を問うと、歩みを止めずに語ってくれた。


「先輩が彼氏の様子が最近変だって部室で話してるんだよ。彼氏っていうのは野球部の二年な。んで、たまたま今お前が探してるナントカっていう店の名前が挙がってて。そうなったらもう……気になるだろ」


 彼女が言わんとしていることは分かる。俺がそのライブハウスを探していたところに出くわしたのに縁を感じたのかもしれない。

 思い煩っている先輩のことを案じての行動は褒められることだろう。

 だがしかし。


「理由は分かったよ。でも京子がここにいるのは認められない」

「なんで?」

「危ないからだよ!」


 語気を荒げた言葉に困惑したのか彼女の足が止まったところで矢継ぎ早に言葉を掛ける。


「俺は運動部員に嫌われてるからもしも行った先で誰かと出くわしたら何が起きるか分かったもんじゃない。そんな俺の近くにいたらお前だってどうなるか」

「わ、私は平気だよ」

「いいや絶対ダメだ」


 ピシャリと言い放った。

 中村の時もだが、誰かと一緒にいることは避けておきたいのだ。これは俺の……ボランティア倶楽部の扱うべき案件かもしれないのだから。


「大人しく帰れよ。また明日学校でな。俺は元気な姿で帰ってくるからさ」

「あ……オイ!」


 京子の肩を軽く叩くと、彼女を振り切るように駆け出して曲がり角を曲がった。

 呼び止める声も聞こえたが、撒いてしまえば……一人になれば帰ってくれると思った。

 彼女をバスに乗せるまで離れるべきでなかったと後悔するのはそれからすぐの事だった。




 ライブハウス『J-ZONE』のカードに記されていた住所をスマホの検索アプリに入力しても正確な場所は表示されなかった。

 チェッと舌打ちしながら走り続ける。一人になってからしばらく、ずっとこのペースで表の通りから細い路地、裏通りまで駆け回っていた。

 早く目的地を見つけたいという焦りもあったし、足を止めてしまえばまた知り合いと出くわしてしまいそうな恐れもあった。

 だからか闇雲に近い勢いで走っていて次第に疲労が溜まり、自然と速度は落ちてくる。

 と、とうとう足を止めてしまったのは疲労が急激に蓄積したせいではない。


「……」


 陽の光が届かない薄暗い路地の半ばで前後を窺う。静かだ。

 足がゆっくりになったおかげで違和感に気付けた。あんまりにも人の気配がない。

 今来た道を戻ってみたが、元いた通りに出ることはなかった。


「迷ったか……それとも」


 どこかに引きこまれてしまったか。

 嫌な予感が湧いてくる。どこにいるのか分からない奇妙な感覚は、先日大門真希奈さんに連れて行かれたスイートスポットに踏み込んだ感じにも、聖や明の異相空間にも似ているような。

 現実味が薄くなっていく感覚は足元をふらつかせるが、裏を返せば日常から異常へ……目的とする場所へと近付いていることになるのかもしれない。


「やっぱ一人で来て正解だったかぁ?」


 知らず冷や汗をかいていた。自分の勘が当たっていたことに安堵しつつも何か起きた時に独りで乗り切れるかどうか。ポケットに収めたスマホを確認してみたが、残念ながら回線は繋がっていない。

 戻れないなら立ち止まるわけにもいかず進むしかない。なのに今になって足が重くなった。

 ここまで来て独りで大丈夫なのかという不安と恐怖。

 クソ、今更過ぎるだろ。

 友達を二人も置いてきたんだ。なら責任持って進むしかない。

 気合を入れろ、気を引き締めろ。楽観的に考えず用心していけよ、俺。


「よし」


 自分に言い聞かせて歩みを再開した瞬間、俺の口は背後から伸びてきた腕に塞がれ、路地の陰に引きこまれた。


(しまった!? ちっくしょう……!)

「ムー! ンー!」


 襲われた、敵だ。

 気を引き締めたところで襲われるなんて俺の間抜け!

 どこから湧いて出た? いきなり背後に現れたぞ。

 力強い、逃げ出せないかも。

 絶望的な状況に抗うように必死の抵抗を試みる。腕を振り、後ろの相手に肘を打ち込む。どこに当たってもいい、そいつが怯めばそれでいい。


「イテ、イテ! 暴れるなバカ!」


 バカにしやがって!

 お前の言う通りになんてしてやるもんかとしこたま肘を振るったところで、


「……ン?」


 聞き覚えのある声だったことに気付いて動きを止めた。


「やれやれ。やっと大人しくしてくれたか」


 溜め息混じりの疲れた声。俺が力を抜くのに応じ、その人の拘束の腕も緩んでいく。


「大きな声は出さないでくれよ。こっちは隠密行動中、だ」


 彼の腕から完全に開放された。慌てて背後を振り返り、


「っそ」


 しぃ、と口の前に差し出される人差し指。上げそうだった声量を呑み込み、静かな声音で指を立てる人物に話しかけた。


「相馬さん……?」


 指の向こうにいたのは片目を閉じて不敵に笑うスペシャライザーであった。

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