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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅲ
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四之宮花梨の休日 1

「神木夜白さんにアポイントを取っていた四之宮ですけど」


 マガツ機関中央センターのロビーで受付の女性に声を掛けるのは、ガーディガンを羽織った小柄な少女。何より特徴的なのは、肩まで伸びた白髪である。


「承っています。所長室までご案内を」

「結構です。一人で行けますから」


 受付嬢の申し出を断り、四之宮花梨は一人で所内を歩く。

 大きめのトートバッグを肩に提げててくてくと、時折道を間違えても慌てる素振りなく平静を装って淀みなく進んでいく。

 やがて目的の部屋の前まで辿り着いたのは、約束していた時間の三分前だった。


「ギリギリセーフね」


 コホンと一つ咳払い。


「失礼します」

「入り給え」


 入室した花梨が目にしたのは、デスクの向こうで椅子の背を彼女に向けて座す部屋の主だった。


「よく来たね。歓迎するよ」


 くるりと椅子が回転してお披露目された神木夜代の顔を見た時、花梨は思わずギョッとした。


「……どうしたんですかその顔?」

「いやなに……ちょっとした実験の失敗さ」


 メガネを掛ける彼の顔は見るに耐えない程ぼっこぼこに腫れ上がっていた。あまりに痛そうな様に流石の彼女もドン引きである。


「医務室にでも行ったらどうです?」

「残念ながら丁度埋まっていて余裕がないそうだ」

「ここで一番偉い人なんですよね?」

「肩書だけさ」


 肩身の狭いことで。

 同情しつつデスクの前へ進み、早速本題に入った。


「あたしの用件ですけれど」

「察しはつくさ。立ち入りの許可は出してある」

「流石ですね」


 夜代の手際の良さに彼女も感心してしまう。


「ただ、魔道研跡地は僕らも何度か調査はしたが……」

「承知してますよ。ですが自分の目で見なければ分からないものがあるかもしれません……特に、あたしに関することならば尚の事」


 四之宮花梨がマガツ機関を訪れた理由はそのためである。

 彼女を捉え、悪夢の魔女の力を従えようと試みた宇多川健二……彼が長を勤めていた魔製道具研究所、その跡地になら、探し求めるもの……それに類する何かが見つかるのではという微かな期待があった。

 無論、夜代が懸念しているように花梨の望むものが見つからない可能性は高い。しかし魔女に関する書物を一人で漁り、何の成果も得られないということを繰り返している彼女にとっては、これまでと違う試みをして得るものがなくても「ああそう」で済むことであるし、たまには読書から離れて体を動かすのもいいと、幾分前向きに考えるようにしていた。


「ならば言うことはない。好きに探索し給え」

「ありがとうございます」

「しかしある程度片付けたとはいえ、まだ破壊の痕跡も色濃く残ったままだ」

「それは……すみませんね」

「君が責任を感じる必要もないさ。ただ、今言ったように少し不安定な場所だから、君の身に万が一のないように同伴者をつけさせてもらうよ」


 夜代が指を鳴らすと、部屋の奥の扉が開いた。顔を向けた花梨が目にしたのは、灰色の長髪を揺らす少女。


「人造魔法少女……」

「先日来てくれた時に話は聞いているだろう。過去の研究の負の遺産……悪意に利用され量産された純粋無垢な少女たち。その中でこの子は今現在最もナンバリングの若い、オリジナルに一番近い子だよ」


 所長の言葉が紡がれる中、白髪の少女は灰色の少女の瞳を見据えていた。

 真っ直ぐと見返してくる。なのに何も見ていないと思わせられるのは、その瞳に生気が宿っていないせいだろうか。


「この子を連れて行けばいいのですか?」

「正確にはこの子が君を案内するんだがね」


 花梨が不安を覚えたのは、灰色の髪の少女が己の意志のない人形のような印象を抱いてしまったためだった。


「監視の間違いではなくて?」

「変わったことがあれば彼女から報告してもらうさ」


 このお人形さんにそのような仕事ができるのだろうか。

 花梨は訝しんだ。


「心配してくれているのかい?」


 懸念が表情に出ていたらしく、夜代に目ざとく突かれた。


「残念ながらご尤も。見た通り少し無愛想だ」

「少しねえ……」

「彼女たちは生まれてしまった。けどそれを不幸な出来事にしたくはない。だから色々な経験を積ませてあげたい。そのために今回は君の活動に付き添わせてあげたいのさ」

「成る程」


 説明されれば納得のいく考えである。元より、相手側の要求にノーと言える立場でもないが。


「了解しました」


 それに何か起きた場合の報告を灰色の少女がしてくれるというのなら、自分が何かを伝える手間も省けると花梨は考えた。


「子守りをしながら探索させていただきますよ」

「否定する」


 唐突に少女から発せられた音。抑揚のない小さな声が花梨の耳にスイと届き、思わず顔を上げていた。


「わたしは先導する。子守りはいらない」


 先の花梨の発言に不満があったのか、子守りの部分を訂正された。


「なによ、ちゃんとコミュニケーションできるんじゃない」

「話に愛想はないが相手はできるよ。時折話しかけてあげてくれ、会話能力の向上も彼女の課題だ」

「希望する。会話」

「あー……はいはい、気が向いたらね」


 それが相手の要求ならば、ノーとは言えない。少しだけ面倒を背負い込んでしまったと思案しながら、己の目的を果たすべく行動を始めるのだった。



 立ち入り禁止を示す規制線のテープを越えた先、魔道研跡地まで花梨は引率されてきた。


「すっかり更地になっちゃってまあ……」


 建物のあった場所は地表に輪郭を残すのみ。地上に建てられていた部分は跡形もなくなっていた。


「撤去作業も大変だったでしょうね」

「否定する。わたしたちなら全員ですぐに片付けた」


 先を行く灰色の髪の少女が口を出してくる。日本語は怪しいがニュアンスは伝わってきた。


「片付けは貴女と……貴女たちが?」

「肯定する」


 花梨は先日初めて人造魔法少女の話を聞いた時に、悪夢の魔女の破壊の痕跡を少女たちが片付けている場面を目撃していたことを思い出していた。

 苦労を掛けてしまったようだが、その口ぶりには苦労のくの字も滲んでいないように感じた。


「開放する」


 更地の中心で先導する少女が立ち止まり、花梨も同じく足を止めた。

 と、灰色の少女の周囲に風が巻き起こり花梨は手で顔を覆った。指の隙間から、砂塵を舞い上がらせるものの正体をはっきりと目にした。

 髪だ。

 髪が唸り鞭のように、触手のように自在に動き、足元の地面を抉っていく。


「終了する」


 宣言とともに踊り狂っていた髪は何事も無かったかのように元あったように少女の頭からさらりと流れ、その足元には地下へと続く穴がぽっかりと口を開いていた。


「地階はそのまま……ってわけでもなさそうね」


 日光に照らされる範囲だけを見ても、瓦礫の階段が続き荒れた様相を窺わせている。


「肯定する。ウィッチオブナイトメアの現出で地上棟は全壊、地下施設は半壊、機能停止、真っ暗」

「灯りがないと困るわね」

「解決する。所長に道具を預かった」

「至れり尽くせりね……」


 こんなこともあろうかと必要になりそうなものを同行者に携帯させていたのだろうと感心している内に、少女はさっさと穴の中へと降りていった。


「せっかちさんね」


 花梨も後を追って暗闇の中へと足を踏み入れようとしたが、瓦礫の階段は安定性に欠けていた。

 淀みなく瓦礫を下った少女とは正反対に、慎重にモタモタと時間を掛けてやっとのことで立ち尽くしていた少女の傍へ降り立った。


「退屈する。時間が無駄」

「悪かったわね。あたしは他の人と違って頭脳派なの」

「承知する。運動音痴と記録がある」

「……」


 マガツ機関のデータベースにでも記述があるのだろう、事実であるため反論はしない。拗ねたとも言う。

 少女がポケットから金属製の球体を取り出すと、二人の頭上に浮かび上がり、煌々と明かりを灯し始めた。


「あら便利」

「進行する。探索がしやすくなる」

「頼んだわよガイドさん」


 少女は花梨の数歩先を黙って歩く。しばらくもせず、花梨はその背中に声を掛けた。


「ところで先を行ってくれてるけれど、闇雲に進んでいるわけではないんでしょう?」

「肯定する。地下フロアのマップは記憶済み」

「頼もしいわね……騒動の後にここへ来るのは初めて?」

「肯定する。三回行われた調査にわたしは不同行」

「三回か……。それで充分なのかしらね」


 独り訝しんでしまうのは、先の調査で発見されていない何かの存在を期待してのこと。

 都合のいい展開を夢想するなんてらしくない。

 気を引き締め、彼女と少女は地下迷宮の奥を目指す。

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