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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動二
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魔法少女と異世界

 上も下も定かではない浮遊感。ぐにゃりと歪みを感じる五感。目は開いてるはずなのに何も見えない。ただ、右手が何かを掴んでいる微かな感触だけが不確かな空間の中で心の拠り所となっていた。


 今、どうなってるんだ!


 手をつないでいるはずの鈴白さんに叫んだつもりが、声は届いていない。声が出ていないのだ。

 一体この不気味な感覚がいつまで続くのかと焦燥に苛まれた時、突如視界が開けた。同時に五感も復帰する。

 目の前に広がっているのは澄み切った青い空と巨大な白雲のコントラスト。眼下には虹色に彩られたカラフルな世界が地平線の果てまで続いている。

 ここが境回世界……鈴白さんが連れてきてくれた、異世界。

 その光景は一瞬で脳裏に焼き付いた。一瞬を永遠とも思える時間に感じて世界を見ることができたのは、浮遊感が途切れて墜ちるのを全身で感じ、命の危機を本能で悟ったからだ。


「ぅぉあああああああぁぁぁ……!!」


 空に投げ出された体は急降下していく。空気の層をぶち破って落ちていく。手足をばたつかせる余裕もない。右手は虚空を掴んでいた。

 鈴白さんがいなくなった。そのせいでこんな目に遭っているのか。因果関係の有無は分からないが、俺は今心の底から彼女のことを求めていた。


「助けてくれええぇぇ……」


 絶叫が通じたのか、俺の右手は再び柔らかな感触にしっかりと包まれていた。同時に落下の勢いが徐々に消えていく。


「ごめんなさい! トンネルを抜けた衝撃で手を離しちゃって……本当に、ごめんなさい!」


 その声は安心感を与えてくれた。初っ端から突然のピンチに見舞われたが、こうして救われたことに安堵した。


「助かったよ、鈴白さん……」


 見上げると、彼女はステッキに跨っていた。その髪は腰まであるピンク色のツインテールになっており、服装は純白のメイド服のようなものに変わっている。公園からあのトンネルとやらに入ってから再会するまでの間に変身を済ませていたようだ。

そして俺の目を最も引いたのは、彼女の背に見える白い羽翼だった。この間変身した時にはついていなかったし、何よりステッキに跨って両手で俺の手を引っ張り上げる彼女が宙に浮いているのを支えているのは、紛れも無く背中で羽ばたいているそれである。


「それは……?」

「この子ですか? フラウィングちゃんです」


 どうやら彼女が呼んだ仲間のようだ。


「フラちゃんでもいいですよ。空を飛びたい時に手伝ってくれるんですけど……」


 話してくれている最中、フラちゃんは懸命に羽ばたいているが高度は徐々に下がっていく。これはまさか、


「普段はわたし一人用なんで、今は定員オーバーですぅ……」

「やっぱり重量過多なんだね!」


 それでも自由落下の速度であのカラフルな大地に叩きつけられるよりは万倍マシではある。彼女に引っ張られている腕が抜けそうな点を除けば、だが。


「心配ないです。すぐに来てくれますから」

「来てくれるって……!?」


 足元に巨大な気配を感じた。靴の裏が何かに触れ、そのままへたり込むように尻をついた。左掌がひんやりとして気持ちのいい手触りを感じ、そこに目をやった。

 数十メートルはあろうかという巨大な黒い物体の上に俺は降り立っていた。


「なんだこれぇ!」


 大地はまだ遙か下。ここはま依然として空の途中だ。驚きのあまり、傍にあったものに腕を回してしがみついていた。


 「お、お兄さん!?」


 声を上げる鈴白さんに顔を向ける余裕もない。風を切って進む足場のせいで向かい風が凄い。風に消されぬよう、できるだけ大きな声で彼女に呼びかける。


「鈴白さん! 俺たちどこにいるの!?」

「あ、あの、えと……えっと……クゥちゃんの上、です」

「くぅちゃん……?」

「今乗っている子です! クジラのクゥちゃん……この世界でわたし達を運ぶ乗り物代わりをしてくれるんです」


 クジラだって。海に棲息するはずのクジラが空を泳いでいるのか。いや、現実の常識を当てはめて考えることが間違いだ。ここは幻獣のいる境回世界。クジラっていうのも、地球にいるクジラと異なる生態でもおかしくはない。現実での俺の見聞なんてここじゃなんの役にも立たないかもしれない。

 背後で液体が吹き出す激しい音がし、振り返った。


「噴水!?」

「クゥちゃんの潮吹きです! 久し振りだね、元気にしてた?」


 鈴白さんの問いかけに応えるように足元が鳴動した。鳴いているのか、腹まで響く揺れが暫くの間続き、徐々に収まっていった。


「ハハ……すっげ」


 初めこそ恐怖と驚愕しか心中になかったが、次第に感動の二文字が全身を駆け巡ってきた。

 澄んだ空気に心地よい風。現世では拝見できない色とりどりの自然が続く地平線。五感から入ってくる全てのものが新鮮だった。


「あの……そろそろ、離してくれませんか」

「話す? 何を?」


 鈴白さんの顔を見上げたところで、俺はようやく彼女の腰や胸に腕を回してしっかりとしがみついていたことに気が付いた。


「ご、ごめん! 気が付かなかったよ」


 慌てて腕を解いた。自然と力が篭っていてきつかったのかもしれない、顔を赤くしている鈴白さんを見て申し訳ない気持ちになった。


「いえ……。ありがとう、フラちゃん」


 気を取り直した彼女がお礼を口にすると、背中にあった翼がふぁっと離れた。その翼には本体はない、一対の羽だけが存在していた。


「生き物……でいいのか?」


 鳥のようで鳥じゃない。頭も銅も足もない。本当に羽だけだ。

 鈴白さんから離れた翼は、まるで小鳥が戯れるかのごとく彼女の周囲を羽ばたいている。彼女もちょっと困った声を上げているけど、可愛らしく微笑んでいる。


「もう、やめてってばぁ。うん、また呼ぶと思うから。あとでね」


 ひらり翼を翻すと、フラウィングは頭上を旋回してからクジラのクゥちゃんの上から下界へと舞い降りていった。白影はあっという間に小さくなり、眼下の緑生い茂る土地へ姿を消していった。


「速いね……」


 クゥちゃんの上から四つん這いで身を乗り出すように下を窺っていたが、丸みのあるクジラの背の上ではあまり端まで行くわけにはいかず。滑り落ちたら大変だ。

 背中の中央付近にぺたりと座り込んだ鈴白さんの元まで四つん這いのまま近づいていく。


「なあ、鈴白さん。ここまでついて来といて今更なんだけどさ。俺は何をすればいいんだい?」


 彼女がここに来たのは、以前の大戦で契約という協力関係が切れてしまった召喚獣と再契約を交わすために、と言っていた。彼女が俺を誘ったのは、ここで俺の能力について分かることがあるかもしれないと言ってくれたからだが。


「ええ。まずはあの山の方角へ向かいます。いくつも山を越えた後にクゥちゃんを降りて、そこから深い谷を降りて」

「結構行くんだね……」


 俺たちの進行方向の遥か彼方にはいくつも連なる山々の影が薄っすらと見えている。地平の果てにありそうなそこに、果たしてどれほどの時間で着くのだろうか。


「その谷の底が目的の場所です。そこに棲む龍に会いに行きます」

「龍、か……ドラゴちゃんも龍だったね」

「はい。その龍はドラゴちゃんの何代も前のご先祖様になるんです。そして」


 彼女が顔を向けてきたので、俺は言葉の続きを聞き逃さぬよう距離を詰めた。高高度で進むクジラの背の上で不安を感じていたのかもしれない、彼女の衣装の裾を指先で摘んでいた。


「この世界の始まりからいる最初の龍。幻龍王さまって、呼ばれているんです」

「境回世界の始まりからいるって凄いな。偉大な存在じゃないか」

「ですから、久しぶりにここへ来たことを直接お話しに行ってから、いろいろしようって思って……。それに、お兄さんのことを見てもらえば何か分かるかもって。とっても長く生きていますから、たくさんのことを知っているんです」

「なるほど。龍王様の知識を借りて、俺の力を診断してもらおうと、そういうつもりで連れてきてくれたんだ」


 鈴白さんは頷いた。俺なんかを気にかけて誘ってくれるだなんていい子だなあ。もうちょっと安全な旅だったら言うことなしだったのだけど。


「それで、その幻龍王様の所へはどれくらいかかるんだい?」

「山を越えて谷を降りますから……大体、六時間くらいでしょうか?」

「えぇ!? それじゃあもう外は……外っていうか俺たちのいる世界はもう夜になってるじゃないか! 夕方には間に合わないよ」

「心配ありません。ここと元の世界とでは時間の進み方が大きくずれてるんです。境回世界に何日もいても、わたし達の世界では少ししか時間は進まないんです」

「そ、そっか……。じゃあ安心していいのか」


 俺はいい加減四つん這いでいるのをやめ、鈴白さんの隣に腰を落ち着けた。かなり距離を詰めて座ってしまうのは、高所でビビっているからに違いない。


「こんな高いところを進んでて、怖くはないのかい?」

「えへへ……最初は怖くって、いつまでもクゥちゃんの背中にしがみついてました。今は少し慣れてきましたし、落ちそうになってもみんなが支えてくれますから」

「みんなって」


 訊きかけた時、空飛ぶクジラの傍を掠めて飛び上がってきた影に思わず目を向けた。


「ハッ……」


 それは俺の頭上高くまで舞い上がり、急降下して鈴白さんの隣に陣取った。俺の背中を足蹴にして。


「クエッ!」

「ドラゴちゃん!」


 俺の上では鈴白さんと幻龍王様の子孫が身を寄せ合って戯れている。翼の生えた爬虫類のような外見だが、流石龍と言うべきか、小さな体に大きな力を感じる。小柄ながらどっしりと重厚な体躯に分厚い足の裏、高い体温を背に感じる。とどのつまりは糞重いってことなのだが。


「いい加減……」


 退けよと言いかけた俺の後頭部に足の裏がグリグリと押し付けられる。わざとか、わざとやっているのかこいつは。


「……ん?」


 不貞腐れて横を向いていた俺の視界が、またも下界から飛んできた何かの姿を捉えた。


「……」


 瞳を閉じて無言で微笑んでいるのは、三日月に腰掛けた月の化身。今、無遠慮に俺を踏みつけている龍と共に鈴白さんに力を貸して俺を助けてくれた子だ。

 更に先程去っていった翼に身を預けて飛んできたのは、髪の代わりに葉を生やし下半身は樹木で形成されている、蔦を自在に操る木の精霊。彼女もまた、俺を助けてくれた者の一人だ。


「ルナちゃんと茨の女王様……久しぶり」


 苦笑いしながら手を振ってみる。こんな表情をしているのは上に乗る奴がいて苦しいからだが、そんな俺にお月様は小さな会釈を、女王様は目を細めた。歓迎されているかは分からないが、少なくとも受け入れられていないことはなさそうだ。


「ルナちゃんも女王様も……この間はありがとう」


 鈴白さんが呼びかけると、二人は彼女の周りをふわふわと漂う。こうして仲間と触れ合う姿を見ていると、使役している主従関係には到底見えない。ペットとか、パートナーって表現がしっくりくる。


「とりあえずお前、早く退いてくれっての」


 左手で俺の上ではしゃぐドラゴンを押してみるが、ビクともしない。しかし熱いなこいつ!


「クック、クイィ」

「足踏みすんな! 足踏みすんなよ!」

「ドラゴちゃん、お兄さんから退いてあげて」


 鈴白さんの言葉を素直に聞き、ドラゴは翼を羽ばたかせて彼女の周りを飛ぶ二人に加わった。


「飛べるんだからわざわざ俺の背中に乗るなよ……あぁ重かった」


 大きく背伸びをしてしこたま踏まれた背中をほぐす。そのまま足を投げ出し、腕を頭の後ろで組んでゴロンと寝転がった。どこまでも澄み渡る晴天が視界いっぱいに広がる。

 俺の横でパートナー達と楽しく触れ合う鈴白さんの声を聞いていると気持ちが落ち着いてくる。ありえない高所を生身剥き出しで飛んでいることを忘れそうだ。クゥちゃんの背中がもっと柔らかければそのまま眠りに落ちてもおかしくはなかった。


「眠くなっちゃいました?」

「いいや。いい所だなって思うとさ、こうしてリラックスしたくなっただけだよ」


 空しか映っていなかった視界に、覗きこんでくる鈴白さんの顔が割って入ってきた。バタバタと風に吹かれる髪を手で押さえている。変身した後の桃髪は長くなるせいで手がかかりそうだ、なんて思った。


「みんな、そろそろ戻ろうか。あんまり離れると迷子になっちゃうから」


 鈴白さんが手を合わせて言うと、ルナちゃんはふわりと離れ、茨の女王はフラウィングを背負い羽ばたいた。

 二人と一羽は去り際、俺に目配せしたような気がした。さよならと言ってくれているのだろうか、離れ行く彼女たちに手を振った。さよならと伝わっただろうか。

 その姿がクゥちゃんの上から消えて下に広がる緑の大地に帰っていったところで、鈴白さんに訊ねた。


「迷子になるってどういうこと?」


「わたしに力を貸してくれる子たちは、本当はもっと遠く離れたところで暮らしていたんです。この辺りの大森林の地……えぇと、今下の方に広がってる緑の多い土地なんですけど、ここはわたし達の世界と近い場所になるから、呼んだ時にすぐ来てくれるように、契約した子の多くはこの辺りに移り住んでくれてるんですよ」

「へぇ……気を遣ってもらってるんだね」


 俺がそう言うと彼女ははにかんだ。だけどすぐに表情を引き締めて話を続けた。


「近くにある水を司る青の湖氷や黄金の大地、他にもありますけど、この辺りはとっても平和でいいところなんです。でも遠くに行くと、ちょっと乱暴な子が多くって……だから、わたしが契約してる子はなるべく近づかせないように気を付けてるんです」


 彼女の言葉通り、地平線の向こうにあった大地が近づいてくるにつれ、紫や灰色といった少し毒気のある色合いを帯びた場所もあることに気付いた。


「ここに来た時に見えた世界は綺麗に映ったけど、危険な香りがする土地もあるんだな……」


 こんな場所を抜けた先にある山と谷、果たしてそこはどれだけ危ない雰囲気が漂っているのだろう。

 ここへ来る時にこの世界にはいい子ばかりですって彼女は言ってくれたけど、それは契約してる子限定だったのかもしれない。とはいえ、俺を誘ったからにはそれほど危険な道程にはならないはずだ。そう切に願いながら、不安な旅路に思いを馳せるのだった。


「……それよりも、さ」

「え?」

「他の子は素直に帰ったのになんでこいつだけまだ君にべったりくっついてるのかなぁ?」


 俺が指さしたのは、鈴白さんの背中でクンクン泣いてる龍の子だ。


「迷子にならないよう帰らせたんだから、こいつもちゃんと帰すべきじゃない?」

「そうなんですけど……」


 そうなら是非送り返してもらいたい。先日俺を助けるために力を貸してくれた相手に対して失礼だとは思うが、どうにもぞんざいに接されているようであまいい気分はしなかった。


「幻龍王さまのところへ行くって教えたら、ついてくる気になっちゃって。久しぶりにご先祖さまに会いたくなったみたいです」

「ついてくるのか……こいつ」


 鈴白さんとの二人旅だったはずが、思わぬかたちで同行者が増えてしまった。ルナちゃんか女王様なら俺も心が弾んだかもしれないが、この子どもの龍とはどうだろう。先程から反りが合っていない気がする。


「……ま、よろしくな」


 とはいえ子どもの動物――幻獣だが――を相手に意地を張ったようにムキになっているのも馬鹿らしい。俺は右手を差し出し龍と触れ合おうと、


「ガブァ!」


 っきゃあああああああああああああ!!


「ドラゴちゃん!?」


 手を噛まれた俺は痛みに悶えてクゥちゃんの背中の上を転げまわった。



「お兄さん!」

 赤く痕がついているだけで幸いにも傷になってはいない。相手が本気だったらもっと大変なことになっていただろう。だが加減されたとはいえ、不躾に噛み付かれたことは事実だ。


「こぉんにゃろ……!」


 ヒクヒクと顔を引き攣らせて糾弾しようかとしたが、それを制したのは鈴白さんだった。


「あわわ、赤くなってます!」


 俺の右手を撫でたり、ふうふうと息を吹きかけたりと気遣われ、それ以上コドラの方に詰め寄ろうという気概は消えてしまった。


「もう……ちゃんと謝りなさい!」


 珍しく彼女が強い口調になり、言われた小龍は肩をすぼめて縮み上がっているように見えた。


「いいよもう。唾つけときゃ治るし……子どものやんちゃに目くじら立てるつもりもないって。アハハ!」


 笑って許す大人の器量を見せつける。ふふん、と得意気にコドラの方を見やるが、俺の心中は伝わらないのか落ち込んだ様子のままだった。

 いかん、子ども相手に子どもじみた真似をしてしまった。噛まれたせいで気が立っていたのかもしれず、自省しようと思ったところでひんやりした感触が手の甲に伝わってきた。


「鈴白さん!? 何やってんの!」

「あの……唾をつけておこうと」

「いいよ! 汚いって!」


 人差し指をぺろっと舐め、噛まれたところをちょんちょんと突付く鈴白さんから逃れるために勢いよく手を引っこ抜いた。


「あう……そうですよね、汚かったですね」


 手を抜かれた格好のまま、彼女がシュンとしてしまう。


「……いやいや! 違う違う! 汚いのは俺の手の方であって決して君が汚いというわけで言ったわけじゃないから誤解しないでね!?」

「本当ですか?」

「本当、本当! だからそんなに凹まないでくれよ!」


 俺は彼女が元気を取り戻すよう必死で弁明を続けた。女の子の相手って大変だなあと悟った十五歳の春であった。

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