相沢草太の休日 3
「なるほどね……」
聖の私室に通された俺と明は腰を下ろし、テーブルを挟んで対面する部屋の主にこれまでの経緯を説明した。
顔色が優れていないにも関わらずこちらの言葉に耳を傾けてくれた聖には感謝せねばなるまい。
「分かって頂けましたか」
俺が下手に出て言うと、聖はうんと頷いた。
「まさか今日、君の体にも異変が起きるだなんて……」
口元を手で隠すようにして考え込む仕草は、何やら思うところがありそうだ。
「こうなった原因に心当たりが?」
そう訊ねると、口元に宛てがっていた手を下げてお腹の辺りを抑えていた。
「まあ……ね。どういった理由で影響し合っているかははっきり分からないけれど、僕の生理と君の転換には因果関係があると考えていいんじゃないかな」
話を聞いて俺も考え込んだ。なんで聖の不調が俺の女の子化に繋がったのか。そもそもそんな結び付きがいつできたのか……。
「……あ」
そこでつい俺は思い至った。
「君も気が付いたかい。何が僕らの変調を同期させているのか」
「お前生理なのか!?」
「大声で言うなぁ!」
大口開けた俺の口をテーブルの向こうから伸びてきた聖の平手がびたんと塞いだ。痛い。
「デリカシーの欠片もないな、君は!」
むぐむぐ、喋れない。つい驚いて声を大にしたことを弁明しようとしたが、これじゃあ言葉が発せれない。
と、辛そうに呻く聖は手を引っ込めてまた自分のお腹を擦り始めた。
「……ごめん、そうとは知らないで」
「いや、いいんだ。僕の方こそ……何せ初めて味わう異質な痛みだから、つい神経質に」
しかしそんな苦しみを抱えていたとは。自分のことで頭が一杯だったとはいえ、言われるまで全然気付かなかった。
「今朝電話に出てくれなかったのも、そのせいか?」
「着信があったのは知っていたけど、かけ直す余裕もなくって」
朝起きて体に異変が起きていたら余裕なんてない。俺だってそうだったからよく分かる。
「話を戻そう。どうして僕と君の体の異変が同期したのか」
体を少し前のめりにして話に聞き入った。隣の明も、自分には直接関係のないこととはいえ同等の力を有する聖の話に多少興味が有るようで、黙って耳を傾けていた。
「ずばり。先日この地で起きたナイトメアとの戦いで君がユニコーンデバイスを身に着けたから……僕はそう睨んでいる」
それは数週間ほど前の話である。訳あって俺は聖の使う変身アイテムを使わせてもらった。
ユニコーンの力を引き出した時、装着者の体には異変が起きる。元々性別男子の聖が今はそうであるように、体が女性化するのだ。俺も力を貸してもらったあの一瞬、確かに体は変化していた。
けどそれは本当に一瞬のことだった。変身を解けば体は元に戻り、それで済んだと思っていたが……。
「……お前のその、月の日の影響で、ユニコーンデバイスを使って何かしらのリンクが出来た俺の体にも影響が現れた?」
「そう考えなきゃあ君が女の子になった理由が説明できない」
確かに体の変化にはユニコーンの力が作用していると考えられる。他に女性化するような要因は考えられないし、聖のことを直感的に思い浮かべたからこそこうして訪ねてきたわけで。
「本来ならエストルガーに変身できるのは僕だけだ。だからアイアンウィルを用いて無理矢理変身した君に対してどういう影響が出るのか……僕にも分からない。今回のことは、その不明瞭な部分の一端が顕現したと考えられる」
「分かったよ。とにかくお前の具合が良くならない限りは俺も元には戻らないってことだろ?」
「君が男に戻れるかはその時にならないとはっきりしないけれど」
「不安なこと言うなよ! 絶対戻るって! 戻るって……言ってくれよぉ」
もしもこのまま戻らずに一生女のままだったら……どうなるの俺? 私になっちゃうの? 不安しかない。
「だから早く体調を戻せるように」
その時、部屋にチャイムが響いた。インターホンの音だ。来客らしい。
「相談していたんだよ」
「そういや誰か待ってたみたいだったけど」
俺たちがやってきた時のことを思い返した。誰かを待ち侘びていた台詞は、今来た人に向けたつもりだったのだろう。
「ちょっと出てくるよ」
重々しく腰を上げた聖は多少ふらつく足取りで部屋を出ていく。後には俺と明が残された。
「しっかし月一で……女の子って大変なんだな」
独り言のように呟きながら、クラスメイトだったり先輩だったりといった知った女子の顔を思い浮かべる。
いかんいかん、想像の対象があまりに身近すぎて申し訳なくなったのですぐに止めた。
「明は平気なんだな」
「俺はユニコーンと関わりはない」
「つってもタウラスは同等の力があるんだろ? だから同じタイミングで何か変化があっても不思議はないなって」
「何も変化ない」
「本当かぁ?」
本心からそう言ってるのか、確認しようと顔を覗き込もうとしたが肩を押されて遮られた。
「寄るな。今のお前を見てるとムカムカする」
「…………悪い」
真っ向から拒絶されたことで、今の自分の体について再認識させられた。
歪な肉体。気付いてから大慌てで二人を頼った。
でも二人だって、俺が要因の一端となって同じような目に遭っている……それも半ば永続的に。
俺はもしかしたらすぐに戻れるかもしれない、それは明にとっては腹立たしいことと思われても仕方ない。
無駄に話しかけて明に不快な想いをさせたことを省みながら、黙って聖を待った。ガツンと拒否されたことは意外と堪えたけれど。
「お待たせ」
そう言って部屋に戻ってきた聖の後ろからパタパタと足音が二つ重なって聞こえてくる。
「お邪魔します」
「お友達も来てるんですって?」
続いて姿を現したのは二人の女性。
一人はメガネを掛けた小柄な人で、知っている。俺たちがボランティア倶楽部として全員で訪れた時に施設の案内をしてくれた、足立美弥子さん。
もう一人は足立さんとは対照的にスタイルのいい大人の女性って雰囲気で……見覚えはあった。中央施設で働いてる人で、詳しくは紹介されてなくて名前は教えてもらったかもしれないが、失念している。
「あら? 君はメイクでもしてるの?」
「な、あ……」
名前を忘れた女の人が俺の顔を見るなりそう口走った。見る人が見れば、顔立ちの変化はすぐに気付くみたいで……きっと外であった相馬さん達にも気付かれていたかもしれない。
「少し事情があるので……話しても、いいよね?」
聖が確認してきたので頷いた。この人たちを呼んで招き入れたからには、聖の不調を承知しているのだろう。付随するこちらの事情も説明した方が状況もすぐに把握してもらえるはずだ。
かくして俺は、ここまで隠してやって来た事情をお二方に打ち明けることにした。
「カクカクシカジカ」
の一言で片付けられない事情を足立さん、そして五月女美香さんに報告した。
初めは目を丸くして驚いた様子だったけど、実際にこの体に起きている変化を目の当たりにすると受け入れてくれた。こういった異常事態には慣れたものなのだろう。
「にしても」
流石に聖の部屋で五人座してテーブルを囲むのは狭く感じる。加えて、ようやく名前を教えてもらえた五月女さんがずいと寄ってくるものだから余計に。
「随分とご立派なサイズねえ」
たぷたぷたぷたぷ。
「ひゃあああ!」
実った胸を下から掬い上げられて驚きの声を出してしまう。こんなに弾むものなのか!
「あらま良い反応」
「美香さん! 困っているじゃないですか」
顔を真赤にして恥辱に耐えていると足立さんから救いの一声。
「みこちゃぁん。自分より大きいからって妬いてるの?」
「妬いてません!」
俺の胸をダシにしないでください。心の中でそう願いながら唇を噛みしめる、か弱い私になっていた。
「それでこれからどうするの?」
遊ぶ手を止めて頬杖をつく五月女さんが訊いてくるが、具体的な答えは持ち合わせていない。
「ここへ来て相談するのが目的……みたいなものでしたから。ある程度話して、予測が立てれて、少し安心しましたから」
「ですけど確定したわけではありませんよね。一野さんの体調との因果関係などについては」
足立さんの指摘はごもっともであり、俺たちも先程確認し合ったばかりである。また不安がむくりと首をもたげそうになる。
と、二人の女性は顔を見合わせ頷いた。
「じゃあ私は聖くんのお世話をしておくから」
「相沢さんは私と所長のところへ行きませんか?」
「へ? な、なんで?」
「この件を報告したところ、一野さんの体の変化に興味を持たれてしまって……。状態を見て良ければ連れて来てくれないかと言われてたんですけど」
「す、すみません僕はパスで……」
聖は両手を振って拒んでいた。
「だから君は私とお留守番」
そう言う五月女さんが今度は聖に絡んでいた。首に腕を回して過剰にスキンシップをされ、聖も戸惑っている様子。
「そこに相沢さんがこうしていらっしゃってるでしょう? 一野さんは無理でも貴方なら……と思って誘ってみたんですけど」
「つまり聖の代わりに俺を所長さんに差し出すってことですか?」
「影響を受けて困っているなら悪い話じゃないと思ったんですけれど……勿論無理強いする気はありません」
俺は聖の顔を見た。確かに俺は困っているし調査されて何か分かるなら助かると思う。けどユニコーンの力と関わりがあるとすれば、その調査を通じて知られたくない何かが漏れる可能性もある。
「構わないよ、僕は」
力の所持者は笑って言った。
「神木所長が興味を抱いたのはあくまで今回の変調についてだし、困っているのは君だ。それに調査の対象は君の体だけ……ユニコーンデバイスを弄られるわけじゃない。僕の力を直接探れはしないさ」
「それって俺の体が直接弄くり回されるのは構わないってことだよな」
「うん」
「薄情者!」
俺は泣いて訴えた。




