休日のボランティア 1
翌日。
球技大会の疲労は抜け切らない状態であったが、ボランティア倶楽部の活動があったので重たい体をひきずって現場へとやってきた。
そしてなんと課外活動だ。
「みんな! 今日は前からやろうやろうと思っていたけど延び延びになっていた件を片付けます!」
オー。
相も変わらず元気に溢れた部長の挨拶に力なく応える俺。
「元気ないなあ……」
「そりゃそうでしょう。誰も彼も貴女みたいに頑丈じゃないのよ。ああきついきつい」
四之宮先輩が俺の言い難いことを代弁してくれた。
「みんなもそう?」
先輩が俺の隣にいる二人に問い掛けた。
「僕は試合に出てませんから……」
「明くんは?」
「俺も……です」
二人は肉体の疲労とは無縁だ。疲労が蓄積してるのは俺と四之宮先輩だけのようだ。一番体を動かしていたはずの音無先輩が一番元気なのは、何かもう凄いですよ。
「元気な人がこんだけいれば大丈夫でしょ! じゃあ今日の活動をそろそろ始めようと思います!」
俺たち全員ジャージ姿で集まっているこの場所は、学校の北部に位置する住宅街の外れ、蔦に覆われた洋館のこれまた草の茂った庭の中である。
初めてここへ来たのは何週間か前になる。ボランティア倶楽部に参加して初の課外活動の舞台であった。
それから何度か来ているうちに、荒れてしまった建物の整理をいつかするという約束を館の主としていたのだが、それをようやく今になって果たせる暇ができたのだった。
「はい先輩」
「何かね草太くん」
挙手した俺を指差す部長に意見を述べる。
「具体的な作業は何をすればいいんです」
「それはだね」
それは一体……。
「……どこからやった方がいいかなぁ?」
「あたしに訊く?」
音無先輩が助けを求めたのは部の頭脳である四之宮先輩であった。やれやれといった風に嘆息しながらメガネをくいっと押し上げる仕草。考えはすぐに纏ったようだ。
「中と外で分担しましょう。外は庭の清掃とゴミの収集をあたしと相沢くんと聖くんの三人で。中は瓦礫の撤去と大まかな掃除をやってもらおうかしら」
「先輩。メンバー振り分けの根拠はなんですか?」
「館内には重いものが転がってるから、まずは力自慢のお二人にそれを片付けてもらおうとね。庭の掃除は力よりも人員が必要だし、あたしと相沢くんはあまり重労働はしたくないでしょ?」
確かに。庭の掃除と館の中の片付けを比べたら、前者がまだ楽そうだ。
「そうですね。三人なら日が高くなる頃には終わらせられるかもしれませんし、そうなれば昼からは室内作業に徹せられますし」
「そういうこと」
聖も先輩の提案に異論はないようだ。明は何も言わないけれど、ちゃんと聞いているのだろうか。
「明くんもそれでいい?」
首を縦に振った。リアクションは薄いが聞いていたようで安心だ。
「よし! それじゃあ行くよ明くん!」
話が纏まったところで音無先輩はやる気満々に軍手を身に着け先陣切って歩き出す。
「たのもー!」
館の扉を押し開けて、明を引き連れ暗がりの中へと姿を消していった。
「さて。こっちも手早く片付けましょうか。日差しが強くなる前に」
「そうですね」
「やりましょうか!」
聖と俺は四之宮先輩の言葉の頷き、気を引き締めて作業に取り掛かった。
毟れども毟れども草。
終わりのない除草作業に開始十数分で音を上げ始めてしまうのも仕方のない事だと思うのです、はい。
「せんぱ~い……後どんくらいやれば終わるんですかねえ」
「まだ始まったばかりでしょう」
陽のもとで汗ダクダクで草を引っこ抜く俺とは対照的に、先輩は建物の陰でのんびりと草を集めている。
「先輩もこっちの方やりましょうよ~。大勢でやった方が捗るんじゃなかったんですか~」
「だから分担よ、分担。あたしはここを精一杯担当しているから」
あー暑い暑い。
そうぼやきながら草集めを続ける先輩の背中をムスーっと見ていたが、この場にいるもう一人の意見を求めた。
「聖、お前も何か言ってくれよぉ」
声を掛けると、草むらの中からニョキッと現れたポニーテールが振り返ってきた。
「僕は別に。球技大会で疲れてもないから……。君も昨日の今日で疲れているだろ? 先輩と一緒に作業してるといい」
「お前一人日向に残してか?」
うん、と微笑んでくれる。優しい奴め。
「よしてくれよ。そんな真似できるかって」
そんな好意に甘えられるか。疲れてないとは言っても、あいつ一人に負担を強いる真似なんてしたくない。聖と同じく太陽の下で作業を続ける。
草の根っこを掴んで引っこ抜き、抜けそうにない太いやつは鎌を使ってザックザック。
「頑張ってくれるのはいいけど、きつくなったら無理せず休んでくれよ」
「わあってるって」
こうして二人で外の掃除を続け、
「頼りになるわねえ」
先輩はどこからか引っ張りだした椅子に腰掛けて日陰で休憩なさっていた。
四之宮先輩に見守られながらしばらく黙々と腰を折って草と格闘して、ようやく半分近く片付いてきただろうか。まだまだ先は長い。
「なあ……」
「疲れたのかい?」
「ちっげーよ」
「それはすまない。で、何?」
「変身してパパパーって草刈ってくれね?」
意見を述べたら、腰に手を当て何とも残念そうに溜め息を吐いてポニーテールを揺らされた。
「そんなことのために変身できるわけないだろう?」
「お堅いこと言わずにさあ……」
「それにモノを斬る能力なら、僕よりあそこにいる先輩の方が得意じゃないかな?」
言われてみればそうだ。エストルガーが刃物を扱っているところは見たことないが、マジシャンズエースが大鎌や剣を使う姿は目にしている。
肝心の先輩の姿を窺ってみると、椅子に深く腰掛けて脚組んでストローで優雅にカクテルを啜っていた。
「……あたしはやらないわよ」
「せめて草取りはしましょうよ!」
「さっきまでしてたから。今は小休止よ」
さっきからずっと座っている気がするけど、俺が先輩の働きに気が付かなかったのだろう。きっとそうだそうに違いない。
「それに変身なんてしたら……バレちゃうでしょ?」
先輩の言葉と同時に、敷地と外界を隔てる門の向こうから女性の声がした。
「精がでるわねえ」
ハッとした俺と聖は外に目を向けた。すると犬の散歩中である年配の女性が感心した様子でこちらを見ていた。
「ど、どうも」
「こんにちは」
思わず作業の手を止めて頭を下げていた。そうか、ここは他の人の目にも触れる場所。下手に変身しようものなら誰かに見られる可能性は必ずついて回るのだった。
暑さのせいでそこまで思い至らなかったのか、とにかく外の作業で変身なんて選択肢は以ての外ってわけだ。
「あなた達どこの子?」
「西台高校の者です。五人でここにお邪魔しています」
「ここの清掃してるみたいだけど、またどうして?」
おばさんと言葉を交わしていた聖がその質問には窮してしまう。目配せされても、俺も返答が思いつかない。
「先生の親戚の知り合いの方が以前この辺りに住んでいまして、昔ここに住んでいたご婦人にお世話になったそうなんです。話に聞いて興味が湧いたので来てみたのですけれど、とても荒れていて見るに耐えなくて……つい勝手にお手入れしようとお節介を焼いてしまったのです」
いつの間にか陽の下に現れた四之宮先輩が話を引き継ぎ、淀みなくすらすらと言葉を紡いでくれた。
「あらそうなの? 親戚の人もいい年でしょう、ここに人が住んでいたのも何十年も前のことらしいし」
「ええ。その方の昔語りで思い描かれた光景が、現実とは大きくかけ離れていて……できることなら、理想通りの風景を蘇らせられないかと」
ポーカーフェイスで、微かな抑揚をつけ。でまかせで塗り固められた台詞だというのに、おばさんは納得して頷いていた。
「けど……残念だわ」
「残念、とは?」
「いえねえ、あくまで噂なんだけどね」
と前置きをするおばさんの口から、俺たちの知らなかった話が飛び出してきた。




