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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅲ
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球技大会 1

 集中力を極限まで高める。

 そのために腰を落とし、目を閉じて、己の手足と化した武具に思いを込める。

 視えた……水の一滴。


「――よし」


 開いた目は自身が立つべき戦場を映し。周囲の雑音はひどく静かに。

 今ならどこまでも……飛ばせる気がする!


「クッ……予告ホームランだと!」


 ピッチャーの動揺が手に取るように分かるぜ。フフン。

 得意になりながらバットを構えた。




「カッコつけて三振してんじゃねえよ!」

「ハハハ。相手は野球部だぜ当然の結果だ」


 グラウンドの端に用意されたベンチに戻ると、坊主頭の大野が突っ込んできた。

 なんだか打てる気がしたんだが現実はそう上手くいかなかったわ。

 言うと余計突っ込まれそうだから適当に流してタオルで汗を拭った。

 六月の上旬。土曜日の西台高校のグラウンド。今は球技大会が行われている。

 広いグラウンドを四等分し、半分は一年生男子の野球、半分は二年生男子のサッカーだ。最上級生は受験の関係で球技大会には不参加である。

 ちなみに女子は体育館の方で屋内球技となっている。一年生はバレーだったっけ。

 周りに女子がいたら訊いてみてもいいのだが、残念ながら俺のクラスの女子は辺りを見回しても誰もいない。男子と同じで、丁度試合中なのかもしれない。

 見回しついでにチームの様子を確認した。やる気のあるクラスメイトはグラウンドの近くで声を出して応援し、やる気のない奴らは木陰で自分の出番が来るのをダルそうに待っている。

 俺は中立派を気取りつつちょっと勝ちたい組。気の合う愉快な仲間である大野と岡田、頭文字を取ってダブルオーの二人はそことやる気ない組の間辺りか。


「次の打者は?」


 体を休めつつ隣の大野に訊ねると、返答は正面から返ってきた。


「俺だ」


 メガネを掛けた岡田だ。バットを片手に携えて堂々とした足取りでこちらに向かってきた。ちなみに俺も最近メガネを掛けだしたから、メガネキャラが被ってしまうのが玉に瑕だ。


「じゃねえよ。こっちに来てないで早く打席に行けって」

「もう打ち取られてきた」

「早えな!」


 突っ込む俺に構うことなく、岡田はベンチに腰掛けてきた。


「大野と一緒に野球やってたんだろ、中学の時」

「俺は受け専だ」

「要するにキャッチャー以外は人並み以下ってことな」


 大野の注釈に頷きながら、


「点を取るのは期待できないか」 


 得点力がないことに嘆息した。ガッカリだぜ。

 その時、カキンという小気味いい音。同時に盛り上がるクラスメイト達。

 見れば、同じクラスで野球部の中村が右手を突き上げてダイヤモンドを回っていた。マウンドのピッチャーは悔しげな表情だ。


「点ならあいつが取ってくれるだろ」

「ありがたいな」


 ダブルオーの二人としみじみと話しながら、次の出番が来るのをのんびりと待っていた。




 一試合目は接戦の末に勝利を収めることができた。おかげでクラスの士気もうなぎ上りだ。やる気ない組もやる気ちょっと出てきた組にチェンジしてきた。

 このまま全戦全勝できれば気持ちいいのだが、そう上手くはいかないだろう。野球部員の多いクラスはそれだけ有利なのだから。

 クラスのみんなで円陣を組んでひとまず解散した後、校舎横を歩きながらグラウンドを見下ろしていた。

 上級生のサッカーと俺たちの野球の同時進行。野球の方は、今は他所のクラス同士の対戦が行われている。再度俺たちの出番が回ってくるのに三十分は猶予があるはずだ。

 待機時間となった男子の多くは体育館へ向かっている。女子のバレーの応援のためだ。クラスメイトだけでなく、上級生の男子もいる。やっぱり女子のことが気になるんだろう。


「いやはや楽しみですな……っぱいバレー」

「全く楽しみだなおっ……バレー」


 中には下心しか搭載していない下劣な男子もいるようでとっても悲しい。そんなダブルオーの二人と一緒にされたくないからかなり後ろを歩くことにし、他にすることもない俺も多分に漏れず体育館へと、


「……あ?」


 向かっていたのだが、誰かに呼ばれた気がして足を止めた。

 キョロキョロと辺りを見回してみるが、俺に声を掛ける素振りをする人は誰もいない。そもそもすぐ耳元で囁かれたように思えたのに、そこまで接近してきてる人影もなかった。空耳だったのか。


「気のせい、か」

『気付けよバーカ』


 気付きました!


「まき、真希奈さん!?」


 彼女の姿は見えないけれど声は俺の耳の直ぐ傍で発せられてる。

 そりゃそうだ、これは彼女作のメガネを介しての音声通信だ。

 慌てて返答したが、周囲の視線が気になった。幸いにして誰もこちらを気にした様子はなかったが、人前でメガネ相手に話すのも怪しいので校舎の影に身を隠した。


「どうしたんですか! 俺、今学校なんですけど……」

『ああ。なんかやってるな。祭か?』

「球技大会ですよ……って、見てるんですか学校のこと?」

『校門のとこだ。ちょっと来い』

「え? ちょっと」


 理由を訊く間もなく彼女からの通信は切れてしまった。


「勝手なんだから……」


 しかしわざわざ学校まで出向いてきたということは何かしらの理由があるはずだ。

 今来た方角とは反対に駆け出し、真希奈さんが待っている校門へ急いだ。

 生徒の多くは校内の運動場か体育館にいるため、校門の周辺に学生の姿はない。だから唯一人そこにいる人影を見つけるのは非常に容易だった。

 それを真希奈さんだと即座に断じるのは憚られた。だってバイクに跨りライダースーツを装着したその人の顔はフルフェイスのヘルメットに覆われていたからだ。

 ここまで駆けてきたのはいいが声を掛けるのを躊躇っていると、黒尽くめのライダーがこちらに気付いた。

 バイクの上でヘルメットを外し、中から現れたのは陽の色をした流れる長髪。


「よう」


 ぶっきら棒な口調で挨拶をしてくれるのは俺を呼び出した人物だった。

 大門真希奈さん。

 大門オートサービスという整備工場に勤める二十代前半の若い女性。社長である大門豪のもとでメカニックとして働く傍ら、依頼を受ければ様々な道具を用いてそれを遂行するスペシャライザー。且つ、俺に戦う術を教えてくれた先生のような人だ。

 戦うと言っても日常で身を守れる程度のもので、特別な力を持った人たちと肩を並べて……なんて到底無理な話である。


「こんにちは。今日はどうしたんですか?」

「この間渡し損ねてたモンがある」


 歩み寄って訊ねた俺への返答。

 この間というのは、大門オートサービスに舞い込んだ依頼を遂行する真希奈さんの仕事ぶりを見学した日のことだろう。

 思い出して良い気分のする経験ではない。けれどあの日見聞きしたことは、自身の成長の糧になっていると……そう思うことにしている。


「一体何を?」


 渡し忘れていたというのだろう。と、真希奈さんはスーツの胸元に手を突っ込んでもぞもぞと谷間を弄る。

 これが色っぽいお姉様ならその様子を網膜に焼き付けていたことだろう。けど残念ながら目の前にいる人に対してそんなことをするだなんて畏れ多い……いや正直に言おう怖い。うん、恐ろしい。

 微妙に顔を背けて待っていたら、すぐに声を掛けられた。


「ん。これだ……こっち向け」

「あっはい」


 俺と真希奈さんの視線が交わる丁度中心、彼女が掲げる紐の先に結い付けられた琥珀色の珠が揺れていた。

 陽の光を浴びて美しく輝く宝玉に見惚れていると、それが目の前に突きつけられてくる。


「さっさと受け取れ」

「ええ……って、いいんですかこんな高価そうなもの受け取って?」


 差し出した両掌に乗せられた珠から目を逸らせぬまま質問するのは失礼だと気付いたのは言葉を言い終えてからだった。それくらい手の上のモノに瞳を奪われていた。


「構わねえよ。そいつはお前の正当な報酬だ。この間の仕事の、な」

「…………これ、あの子の涙ですか?」


 ようやく顔を上げ、真希奈さんの目を見て訊ねた。

 あの子、とはこの間の依頼の主の少女のことである。流した涙が美しい宝石になるという特異な性質を持つ一族の一人であり、その力のために残酷な仕打ちを受けた少女の姿を思い浮かべるたび、胸が痛む。


「ああ。俺とお前の二人分……それが今回の報酬だった」


 二粒の涙の結晶。その時々の感情で色が変わるという珠玉だが、あの子はどんな想いでこの涙を流したのだろうか。


「この色は……どんな感情を現しているんですか?」

「さてな。聞いちゃいねえ」

「そう、ですか」

「……感謝とかそういう色じゃねえのか! 少なくともマイナスの気持ちじゃねえんだ、いちいち顔曇らせんなよ!」

「す、すいません!」


 真希奈さんに髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜられる。おかげで頭はクラクラするが、不安を感じそうだった胸中が少し晴れた。

 首から下げるのに丁度いい長さの紐である。そうするのが当然のように首に掛け、改めて自分の手にした珠玉を眺めた。


「気に入ったのか」

「いえ……ただ、あの子に対して何もできなかったと思ってましたから……こうして感謝の意を受け取れて少しだけ嬉しいかなって」


 黙って俺の言葉を聞いていた真希奈さんは、やがてヘルメットを抱え直し、


「確かに渡したぜ。じゃあな」


 そう言って帰ろうとした。


「あの!」

「あん?」

「その……あの子の名前とか……これくれたお礼とか、言えたらいいなって。いえ会えなくてもいいから手紙とか……」


 何も知らないあの少女のことを何か知っておきたいと、そういう想いから出た言葉だった。


「必要ねえ」


 けどその願いは叶わなかった。あっさりと拒否されてしまった。


「終わった仕事をいちいち気に掛けんな。そう言わなかったか?」

「……」

「お前の気持ちは伝えといてやるよ。会う機会があったらな」

「あ……ありがとうございます」


 なんだか、上手くはないけどフォローされた気がする。

 直接自分でやりたいという気持ちはあるけれど、ここから先は真希奈さんの……大門オートサービスのアフターサービスの領域なのだろう。だから断られたと思うことにした。

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