未知の脅威
大きく軋みながら、真希奈が押した扉は目的の場所へと続く口を開いた。
赤い絨毯が一面に敷かれた薄暗い広間。家具も置物もないだだっ広い部屋の奥にある玉座に、その者は座していた。
「やあやあ。お待ちしていましたよ」
パンパンと手の平を打ち鳴らし、賓客を出迎えるかのような台詞。にこりとした笑みを浮かべる青年の傍らには、メイド服姿の女性が控えている。
彼の余裕の拠り所はその従者か。ただし、そのメイドが身の回りの世話をする使用人でないというのは一目で理解できる。
「っア……ギィ……」
カタカタと頭を震わせる女性の顔色は悪く、ツギハギだらけ。死人と同じ雰囲気を纏った様子は、異常な処置を施されたことを如実に物語っている。
「趣味が悪いな」
「快作だよ。僕の思うがままにゴミ掃除をしてくれる」
青年は手を止めてパチンと指を鳴らす。
合図を待っていた忠犬を思わせる勢いでツギハギのメイドが飛び出した。
ジグザグに駆けるのは真っ直ぐに走ることができないせいか。
迫り来る死人を観察しつつ、真希奈は腰の小物入れからナイフを抜いて冷静に迎え討った。
「ふっ」
一つ息を吐きすれ違いざま、振るったナイフは女の頭と体を切り離し、
「――チッ」
振り返ると同時に身の丈程あるハンマー型の破砕攻具、ハードクラッシャーを頭部が失われ倒れる肉体へと振り下ろし、床もろともに砕き潰す。
後には砕けた瓦礫と赤い絨毯と肉片が混ざり合った窪地が出来上がっていた。
攻具を仕舞い、刃に付いた僅かな体液と肉を振り払いながら歩む真希奈に向け、青年は口の端を微かに引きつらせていた。
「いやあ、強いね君は。感服したよ」
口調に含ませた余裕の色は、先程より若干薄れていた。
「たった今ミンチにされた奴はあまり賢くなくてね。君は実に、理性的だ」
「また逃げられると手間だ。足を潰すから大人しくしてろ」
真希奈の言葉に顔色を変え、続く言葉には焦燥が見えてきた。
「ど、どうだ僕に仕えないかい? 君ほどの力量なら言い値で」
「口も塞ぐか」
「待ちたまえ! 少しでいいから話を……」
真希奈は訝しんだ。
命乞いじゃねえ。なんだ、時間稼ぎの無駄口か。
何かを待っているのか、何をだ。
ふと彼女の脳裏に過ぎったのは、館の入り口。内側から解錠しようと思った扉は、既に封を解かれていた。
一体誰が解いたのか。そんなことができそうな奴を、彼女はまだ見ていない。
――何かいるのか。
疑念が大きくなった時、
「ドーンッ☆」
何とも可愛らしい声を伴った少年の両足が、真希奈の体を壁まで蹴り飛ばした。
――――――
暗い、暗い廊下。集中治療室前の長椅子に座る戦闘服を着た少女は、動くことを忘れ黙って視線を足元に落としていた。
何十分か何時間か、時の流れすら分からなくなっていた少女の耳に、廊下に響き近付く足音は届いていなかった。
「真希奈ちゃん! 大丈夫?」
シャツにジーンズという出で立ちの女性は少女の傍にしゃがみ、その肩に触れて安否を確認した。
「……あんたか」
微かに動いた瞳が映したのは、スイーツの移動販売を営んでいる女性であり、現在手術を受けている上司と旧知の仲である真神風里である。
「貴女はなんともないのね?」
少女に関しては酷く疲弊した様子であったが、外傷はなかった。仕事の直後であるために着衣や肌に汚れはついているが、それだけだ。
無事であることに安堵の息を吐いたのも束の間、険しい視線を手術室の扉へと向けた。手術中を示す電灯は、まだ赤々と点いている。
「何があったの?」
病院へ来る前に受けた連絡では知人が大怪我を負ったとしか知らされておらず、詳細は把握していない。一緒に行動していた少女ならば何か知っているはずだと思い訊ねたが、視線を逸らし俯かれてしまった。
問い詰めたところでまともに話をしてくれそうもない。表情を見てそう察した風里はそれ以上追求はせず、彼女の隣に腰を降ろした。
どれだけ沈黙の時が過ぎただろうか。自身の仕事を終えた後に連絡を受け、後片付けもそこそこに駆けつけた風里が舟を漕ごうかとした時、
「俺のせいだ」
蚊の鳴くような声にハッとして隣の少女の横顔を見やった。
「俺が甘かったんだ」
淡々と、はっきりと己を批難する言葉を口にした。
「言われた通り全員の息の根を止めておかなかったから。俺の仕事が半端だったから。俺の……責任だ」
上司と部下の間に何があったのか、その独白だけでは知ることはできない。しかしその結果が何をもたらしたかは痛い程伝わってきた。
職に就き、ようやく一人前と認められようかという時期に差し掛かっていた少女に刻まれた目に見えぬ傷。如何程の深さか測りかねていた風里であったが、少しでもそれが埋まればという思いから少女の頭に手を乗せた。
「……今のお仕事がきついなら、私のところに来てもいいんだよ」
「……」
「いつになるかは未定だけど、商店街の辺りで店舗を構えようかって画策しててね。人手がいるのよ。だから」
「申し出はありがてえけど」
少女は手を挙げ、頭に乗る女性の手をス……と払った。
「菓子作りなんてガラじゃねえ。接客もだ」
きっぱりと拒絶されたことで風里は手を引いた。そして立ち上がった少女は、扉の上の電光を見つめる。
「それに仕事がきついわけじゃない。嫌いでもない。機械イジリは俺の特性に合致してる、し……」
まだ何かを言いたげな気配を察し、風里は黙して言葉を待ったが、手術中の電光が消えたことにハッとした少女は言葉を呑み込んでいた。
風里も立ち上がれば間を置かずして手術室の扉は開き、中から手術衣を着た男性が歩み出てきた。
「豪さんの容態は……」
知人がどれほどの怪我を負ったのか知らぬ風里は神妙な面持ちで執刀医に問い掛けた。
「命に別状はありません。大した生命力です……一線を退いたとはいえ、流石はヒーロー」
その知らせに風里は胸を撫で下ろした。隣にいる少女も顔には出さないが、内心では上司の無事に安堵していた。
「ですが」
しかし続く医師の言葉に、二人の顔は険しくなった。
「負傷の酷かった左足に関しては、障害が残ることを肝に銘じておいてください」
五体満足に済みはしなかった。その報告に、共に働き、共に行動していた少女は、
「そうか……」
と小さく口にして、意気消沈していた。顔を伏す彼女を案じる視線を風里が向けていると、
「なにシケた面ぁしてんだお前ら?」
野太く力強い声が手術室の扉から聞こえてきた。
顔を上げた二人が目にしたのは、看護師に両脇を支えられ……いや、歩いているのを静止しようとしているのか、熊のような巨体を懸命に押す二人の看護師と、今しがたまで手術を受けていたはずの上司の姿であった。
「ちょっと大門さん! 安静にして」
「おう、ありがとさん。治療代は後で振り込んでおくぜ」
医師の男性の頭に大きな手の平をボンと乗せ、患者衣をはだけさせた大門豪は左足を引きずりながら部下の前にやってきた。
「さっさと帰るぞ。今日はちっとばかし疲れた」
しかし部下の少女が何も答えないことに豪は眉根を寄せた。
呆気に取られる少女に代わり、様子を見に来た風里が声を上げた。
「ちょっと! 大怪我したんでしょ! 動いて良いわけ!?」
「おお。来てたのか。怪我した俺を笑いに来たか?」
「笑えない冗談言ってないでさ!」
豪だけがカカカと大笑いしていた。
「動いて良いわけがないでしょう……まったく」
医師は呆れたように言い残し、既に患者の支えになっていない二人の看護師を連れてその場から立ち去っていく。
「良いんですか、先生?」
「だから良いわけがないだろう。これだからヒーローという人種は」
と、ぶつくさ続ける医師たちに感謝して手を振る豪だったが、すぐに向き直って風里との話を続けた。
「見ての通り、ヘマしちまってな。まあいい機会だ、これからはお前を見習って経営者に専念するかな」
「冗談ばっかり言って。足の怪我なら治してくれる知り合いくらいいるでしょう。すぐに連絡がつかないなら、私の方で手配して」
「ハッ! 息子と同じくらい歳の離れた子どもの世話になれるか、恥ずかしい」
「息子なんていないでしょう」
「例えだ、例え」
「もう。変な意地なんて張らずに治しましょうよ。引退なんて……真希奈ちゃんに教えることだってまだたくさんあるんじゃなくて?」
「言ったろう、いい機会だと。現場で仕込めることは全部叩き込んだし、見せてきた。後はもう一人で問題ないだろう。半人前だがな」
「半人前って……そう思うのなら、まだ」
言いかける風里の目の前に豪の大きな手がかざされ、言葉を遮った。
「悪いがこれ以上はうちの経営スタイル……俺のスタンスだ。お前であってもとやかく言われたくはない」
風里は口を噤んだ。彼の目が、これ以上は踏み込むなと真剣な眼差しを向けていたからだ。
「解ってくれればそれでいい」
口答えできずにいた風里の眼前から手を引くと、今度は先程からその隣で沈黙を続けている少女に呼びかけた。
「おい、帰るぞ。っとその前に俺の服を返してもらわんとな……。……あ? ボロボロになったから、ないのか?」
しょうがねえ。これを着て帰るか。
ぶつぶつと一人呟く上司を前に、部下はふるふると肩を震わせていた。
「ヘマをしたってなんだよ……」
「あん?」
「ヘマをしたのはあんたじゃないだろ……俺だろ……!」
「真希奈ちゃ」
「正直に言って教えてやれよ! 俺が! あんたの言いつけ通りきっちりトドメを刺していかなかったから! だから俺なんかをかばってあんたがッ!?」
豪の重厚な平手が少女の頭と言葉を遮るように押し潰した。
「病み上がりだぞ。そうがなるな、ああきついきつい」
風里の目から見て、大男は普段と変わらぬ様子であった。大怪我を負っているなど、まるで嘘のようだ。
「部下の不始末を上司が尻拭いするのは当然だろう。いちいち気に病むな」
らしからぬ、と風里は感じた。いつもなら豪快に声を上げて笑い飛ばすのが似合いの彼が、神妙に諭すような話し方をしていることに。
まさか本当に完全に身を引くつもりなのだろうか。
「ただし俺がお前を守護ってやれるのはこれが最初で最後だ。これからはお前が一人で仕事をこなせ。バックアップはしてやるが現場で頼れるのは自分だけだ。手取り足取り教えてやるのは今日で最後だ」
自身で半人前と評した部下の独り立ちを認めたのだ。
「今日学んだ事を肝に銘じておけ」
そう言って豪は誰よりも先に廊下を歩きだした。これまではのしのしと歩いていた巨体は、今は片足を引きずりひょこひょこと、少し頼りなさを感じさせていた。
「……クソが! まだ慣れてねえんだろ! 肩貸してやるから掴まってろ」
早足で駆けた少女は豪の隣に寄り添うと、なんともぎこちない仕草で彼の手を取り、その体を支えた。
「おいおい、気持ち悪いことするなよ」
「うっせえ! 最初で最後だ!」
病院の廊下でギャアギャアと言い合う二人の背に風里は呼びかけた。
「豪さん! 真希奈ちゃん……」
「ああ、わざわざ来てくれてありがとうよ。しっかし来てくれたのはお前だけか、他の知り合いはどうにも薄情でなあ……」
拗ねた口調で頭を掻く彼のことを心配したのは無駄であったかもしれないと思いながら、では今彼女が一層心配しているのは隣の少女の方である。
「……貴女はそれで大丈夫?」
ハッと笑いを漏らしたのが聞こえた。
「俺が居られる場所なんておやっさんの下くらいしかねえしよ」
「社長と呼べ」
「身を以て教えてくれたっつうんなら、それに応えてやるよ。こんな仕事、俺以外の奴に任せられっかよ」
「お前より仕事のできる人材は風里の知り合いに山ほどいるぞ?」
「その中の何人がこのきったねえ仕事引き受けるってんだよ! ばぁか」
馬鹿とは何だ。
そうじゃれ合いながら、上司と部下は病院を後にする。
その様子を見送る風里はこれまでも、これからも、あの二人なら上手くやっていけるのかもしれないと感じていた。
「けど、辞めたくなったらいつでもうちは歓迎するからね」
と、実は本当に人手の欲しい風里は小声で呟いていた。
ああ、そうだよなあ。
数年前にあった懐かしい出来事を思い返しながら、真希奈はふわふわとした思考の波を漂っていた。
きつくて汚くて危険で、何より酷な仕事の数々。
そんなものを文句も言わず……ではないな。不平不満を上司にぶつくさ漏らしながら、血を見ても肉を裂いても命を獲っても、何が起きても何を成しても着実に確実に仕事をやり遂げる。
そんなことをやれるのは、散々現場で仕事を叩き込まれた自分しかいないのだと、改めて思っていた。
「真希奈……?」
初めて名前を呼ばれた時、変な顔をされた。
「おい真希奈」
茶ぐらい自分で淹れろと言い返した。
「真希奈お前な……」
言われた以上の仕事をやって呆れられた。
「っ真希奈ァ!」
倒した相手の命を無闇に奪う必要はないと思っていた。そのせいで思いがけぬ反撃を受け、痛い目を見たのは自分ではなかった。
必死の形相で突き飛ばしてきた相手が爆炎に呑み込まれる姿は、真希奈の頭に今でも鮮明に残っている。
だから彼女は容赦しない。
歯向かわれることを恐れるからだ。
だから彼女は確実に始末する。
それが上司から最後に教わったことだからだ。
だから彼女は自分が引き受ける。
こんな任務を他人に負わせる気は、
――――――
『真希奈さん!!』
意識を取り戻した真希奈が壁の瓦礫から飛び出すのと、そこへ小柄な少年が蹴りをぶちかましたのは同時だった。
『真希奈さん!?』
状況が把握できていない。頭の中は混乱と混濁に覆われているが、確かなことは呼び掛けてくる少年の声に反応していなかったら今頃は壁の中で肉塊になっていたかもしれないということだ。
現状の把握を急ぐ。バイザーは割れ右目が露出している。使い物にならねえと判断し通信機のみを残して右手でむしり取る。右手は動くが左腕は完全にイカれている。蹴り一発で芯まで砕かれた。衝撃を受け流せずに肋骨も何本か巻き込まれている。
だが直前に疑念を抱いたのは幸運だった。おかげで一瞬早く全身に緊張が走り、微かに見を捩り致命傷を避ける事ができたのだから。
「おい。俺が襲われてから何秒経った?」
『良かった……すげえ音がしたから何が起きたのかと……何秒も経ってないです。ほんの少し……』
ということは壁にぶつかってから意識が飛んでいたのは僅かな時間ということか。その割には随分と長い走馬灯を見ていた気になり、思わず苦笑いした。
「あっれー? 絶対に殺ったと思ったんだけどなあ。避けるなんて、お姉ちゃんすごいねえ」
性徴前を思わせる中性的な声。感心しながら瓦礫の中から姿を現す少年の格好を、真希奈は観察した。
小柄な体格に不似合いなぶかぶかの上着。目深に被ったフードからは彼の口元しか見えず、床に達する長さの袖を擦っている。
未知の敵に対して手負いの分、今はこちらが不利だと判断を下す。どう手を打つかと考え始めた時、思わぬ割り込みが起きた。
「遅いじゃあないか! 危うく痛い目を見るところだった」
座していた青年が立ち上がり、転がるように少年の傍へ近付いていた。
『真希奈さ』
「黙ってろ。ゆっくり来い」
小声で言い放つと通信相手は沈黙した。聞き分けの良さは気に入った。先程は彼の呼び掛けで助かった節もある。ほんの少しだが、真希奈の中で草太の評価が上向いた。
問題は視線の先にいる二人組だが、仲間というには些か妙な印象を抱いた。
「しかし、まあいい。こうして姿を見せたのならさっさとあの女を」
青年がさっきまで被っていた落ち着き払った仮面はもう剥がれ落ちていた。今思えばあの余裕の拠り所は、間違いなくこの強烈な登場をしたガキだ。
が、腑に落ちない。こちらに気取られることなく現れた少年に喚き立てる青年の言葉は、相手の力を信頼していても相手のことを信用してはいないようだった。
そしてそれは正しい。何故なら少年はいとも容易くあっさりと、青年の足を踏み砕いていたのだから。
「ちょっとうるさいなあ。もういいんだよ君のことなんて」
「……あがああああああああ!!」
一拍遅れ、痛みを認識した青年の絶叫が響き渡った。
ごとりと伏した彼は、恐怖に顔を引きつらせながら這って逃れようとしている。
仲間などではない。真希奈にもはっきりと分かった。
「んふふう。もう君は用済みなの。だからいつまでも僕に頼らないでよ。うざい」
少年の右足が更に青年の体を踏み潰そうとしたのを見て、真希奈は横から口を挟んだ。
「待てよ。そいつは俺の標的だ。勝手やってんじゃねえぞボケ」
足を上げたままの少年が真希奈の方へくるりと向き直る。その口元は三日月のように綺麗な笑みを浮かべていた。
「ふふふう。強がらないでよお姉ちゃん。もうボロボロじゃない。後は僕がやってあげるよ」
左半身は満足に動かないのは確かだ。しかし敵に言われてしまっては腹立たしくあり表情を歪めていた。
「それとも? お姉ちゃんが先に死にたいのかな? どうせコレはもう逃げられないし、僕はそっちでもいいかな」
ヒイィと鳴いて逃げる男を他所に、少年はゆらゆら左右に体を揺らしながらゆっくりと近付いてくる。
「……屋敷の鍵を解いたのはテメエか?」
「せいかーい」
「どういうつもりだ。殺す前に教えろよ」
「エー? どうしよっかなあ……」
呑気な声を上げて少年は渋った。足を止め、長い袖を引く手を頭に当てて思案する仕草を見せつける。
「どうせ殺すんだ。構いやしねえだろ」
少年が露わにしている口がへの字に曲がった。
「……まあいっか。めいどのみやげ、ってやつ? サービスしちゃうよ」
真希奈は痛みに歪む表情というものを取り繕いながら、内心でガキは馬鹿で助かるとほくそ笑んでいた。
少年は袖を大きく広げてくるくると、ステップを踏むように軽やかに舞って話し始めた。
「その人間に利用価値がなくなったから見限ったの。今日やって来た人も全員殺っちゃおうと思ってたんだけど、お姉ちゃんがたっくさん片付けちゃったから手間が省けちゃった。ありがとうね」
物騒なことを世間話をするようにペラペラと語り、感謝の言葉にも誠意は微塵も込められていない。胡散臭さしかない不気味な少年であった。
「一応最初は警戒されないように錠をしてたんだけど、お姉ちゃんが殺っちゃったからもう鍵をしておく必要もないでしょ? 連れの人たちも来てくれたでしょ、後で会いに行かなきゃ」
二人の存在に気付いているのならばこの場から離れさせる訳にはいかない。やるしかないのだが、真希奈はまだ堪えていた。
「利用価値がなくなったって言ったな。何を利用してた?」
「そこまで訊いちゃう?」
「資金か」
んん……と少年は息を呑み、回る体を縮めて、
「せいかーい!」
パァッと両手を上げて全身で真希奈の解答を肯定した。またくるくると回り、ピョンピョンとウサギのように飛びながら話し続ける。
「ちょっと訳があって、僕らはお金が必要だったの。そこで目を付けたのがそこにいるお金大好きの人間さ。ちょっとお手伝いしてあげたらあっという間にお金を増やしてくれて助かったよ」
「もう金を集める必要がなくなったから切ったってことか」
「そういうこと」
おおよそ話が見えてきた。余計な情報も勝手に明かしてくれることに心中でほくそ笑んでいた。
「涙珠の里を襲ったのも、最後の一人を逃したのもテメエか」
そう告げると、少年が感嘆の息を漏らすのが聞こえた。
「知ってたんだ?」
「話を聞いてりゃ分かる。此処の鍵の開け閉めはテメエ次第、五体ズタズタの依頼人が一人で抜け出せる訳がねえ。なら手引した奴がいるのは当然で、テメエが第一候補だ」
人差し指を突きつけられた少年は不敵に笑い、離れたところから恨めしげな呻きが木霊してくる。
「お前……が! 何を考えて……このクソガキが……!」
少年が真希奈の依頼人を逃したことを知らなかった館の主が、顔中に脂汗を滲ませながら吐き捨てた。
何を考えて逃がしたのか。それは真希奈も気になっていたことである。少年の力量ならば利用価値がなくなったと断じた時点で全てを破壊すればいい。
「だあって、ただみんなを殺すだけじゃ面白くないじゃない」
ピタリ。舞いを止めて足を直角に上げた姿勢で静止した少年が、肘と膝をピンと伸ばしたまま、行進するようにキビキビと広間の中を歩き回り。
「だからああいう子を外に捨てたら、心優しいスペシャライザーの誰かが釣れると思ったの」
んふふ、と笑って行進するのは、その思惑が大方その通りに進んだことに満足しているからか。
「けどちょっとがっかり」
「あ?」
「お姉ちゃんじゃあ僕と遊ぶのに力不足だもん」
生意気なガキが言ってくれる。
イラッとしたのを我慢して、真希奈はまだ質問を続けた。
「……お前ら、一体何者だ」
「僕たち? うーん……名前は……ないけどぉ」
まるで今考えているように口元に手を当て、何か思いついたのかフードに隠れた少年の顔がパッと明るくなったのを目にし、その声が耳元でした。
「――」
「……ッ!」
少年が思いついた名前を真希奈が耳にした瞬間、彼女の左腕は彼の長い袖に絡め取られていて、
「もーらった!」
ブチブチと戦闘服ごと、腕をもぎ取り、遠くへ放り捨てた。




