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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅱ
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狂乱の館

 ウェストバッグの一つから取り出したのはワイヤーガン。無論今は透過迷彩の影響下にあるためその形容は誰にも見えないのだが、トリガーを引けば極細のワイヤーの先端に備えられたフックが射出され、崖の途中に伸びている樹木にがっちりと喰らい付く。

 巻取りの勢いで彼女の体は宙を滑空し、樹木と交叉し更に高みへ体は投げ出される。


「よっ」


 身を翻しもう一度、巻取りが済んだワイヤーガンを射出する。次は丘の上に根を張っている樹の根元。

 今度は交叉することなく樹に張り付き、体を止める。こうして二度のアクションで、五十メートル程下に見下ろせる車から丘の上まで難なく辿り着く。


『目が回りそうです……』

「無理なら外しとけ」

『……まだ平気です』


 そもそも始まってもいないですし。

 耳元に囁かれる少年の声を聞いてから、木陰から微かに顔を出して標的である館の外部を確認する。

 すぐ近くには三メートル近くある外壁。上部に仕掛けが施されてないのを確認すると、壁を蹴り上がり縁に手を掛けて中の様子を窺い見る。

 敷地内に広がる庭園。屋敷から零れる灯りに照らし出される人影は三つ。

 玄関に二人が並び立ち、残り一人は庭内を巡回している。いずれも闇に紛れるような黒ずくめのスーツを着ている。。

 侵入者が現れる、という想定はされていない。スイートスポットはそういう場所だ。今外にいる者は職務をしているポーズとして警戒という仕事をしているにすぎない。

 屋敷内にも同じように配置されている男がいるだろう。どの程度手間が掛かるか思考しながら、壁を越え無造作に茂みの上に飛び降りた。

 勿論葉が擦れる音は鳴り、巡回していた男はそれに気が付く。

 風のせいか、木の枝が折れたか、動物でもいたのか。

 暗がりへ歩む男が人生の最期に目にしたものは陽炎のように揺らめく闇が襲い掛かる景色だった。

 右のウェストバッグから抜き出したナイフの刃を縦に相手の喉仏に突き立て、その声を殺す。柄を捻り横に薙げばどす黒い血を首筋から吹き上げ、男の体は崩れ落ちた。


「ん……」

「おい」


 異変を察した男たちの視線が既に絶命した黒服へと向けられた。同時に右側の男の視線に沿って投擲されたナイフは見事に男の喉を貫き、言葉を発す間も与えず無力化させた。


「なっ」


 透過迷彩の効果から外れ突然出現したナイフに倒された隣人に驚きの表情を浮かべる男の首は、


「寝てろ」


 という囁きと共に百八十度以上横へ折れ曲がっていた。

 透過迷彩を解除した真希奈の耳には足元から空気の漏れる音が届いていた。ナイフに倒された男は未だ生にしがみついていた。

 真希奈の目は玄関の扉に向けられている。バイザーに映し出されるデータは、その扉が複雑な魔術式で施錠されていることを知らせていた。

 鍵さえあれば種々のトラップを起動させることなく解錠できるのだろうが、


「こいつらが持ってりゃいいが」


 館内に入れられなかった見張り役。持っているかどうかは半々の確率か。


「は……はひ……がぼ」


 未だにしぶとく呻き声を上げていた男に突き立つナイフの柄尻に靴底をあてがうと、グイと体重を掛け永久に沈黙させた。

 屈んだ真希奈の手が一つ目、そして二つ目の死体の服を探るが目当ての物は所持していなかった。

 となるとリスクを承知でこのまま正面から踏み込むか、それとも。

 ナイフを引き抜きポーチに仕舞う。二歩、三歩後退り屋根を見上げる。


『真希奈……さん』


 屋根伝いに進めば天窓がある。そこから中の様子が窺えそうだ。侵入するにしてもそちらの方がここよりは容易に済むだろう。正面だけこうも厳重な施錠がなされているのも、今転がっている三人と同じくポーズであると判断を下した。


『真希奈さん!』

「んだよさっきからうっせえな」


 思考に割り込む通信に悪態を吐きながら、再びワイヤーガンを構えて屋根に撃ち込み宙を舞う。

 月夜を背負う彼女の耳に、通信機の向こうにいる少年の震える声が届いてくる。


――――――


「今……殺したんですか?」


 一瞬の出来事だった。

 メガネに映し出された視界は高速で動き、俺の意志とは無関係に三人の命を奪う光景を見せつけてきた。さながら映画のワンシーンのように進む事態に、ようやく声を絞り出していた。


「どうしてそんな……」


 具体的に何をするのか聞かされていなかった俺には、正直予想外の展開だった。

 復讐という依頼を受けたからには、相応の報いを相手に与えるのだろうと思ってはいた。けど、こんなに呆気無く、あっさりと、手際良く人の命を奪うという行為が目の前で繰り広げられた。

 その事実が一拍遅れて俺の胸中に去来してきた。人が目の前で死んだ……メガネ越しとはいえ、俺の気を苛むには過ぎた衝撃を孕む映像だった。


『そういう依頼だからな。きっちりと遂行するさ』


 屋根の上を静かに歩む真希奈さんは平然と答えた。


「だからって、あんなに簡単に人を……!」


 口にして、思い返して、吐き気が込み上げそうになる。

 人が死ぬって、あんなもんなのか?

 事も無げにやってのけることができるのか?

 真希奈さんにとってはその程度の行いなのか?


『人を殺すな……てか?』


 天窓の側に移動した真希奈さんが動きを止めて言ってくる。

 当然だ。人を殺していいわけがない。

 そんな俺の思いを嘲笑するように彼女は鼻を鳴らした。


『別に止めてもいいんだぜ?』

「え……」

『お前が隣の依頼主を言いくるめられればな。あくまで俺は代行者だ。仕事をこなす、それだけだ』


 俺が少女を説得できれば、この復讐劇は終わる?

 横目で隣を見やる。あいも変わらず顔を伏し続ける少女。けど二人きりになったせいか、ピリピリと肌に感じるものがある。

 沈黙の中に潜む憎悪の瞳。豪さんに見せてもらった純粋な漆黒色をした涙珠と同じ色がそこには宿っていた。

 初めて瞳の中に色を見た。いや、これまではちゃんと見ようとしていなかったのかもしれない。彼女がそれほどまでに強い殺意という意志を持ってこの場に臨んでいるのだと、否が応でも伝わってくる。

 無理だ。俺には説得するどころか、声を掛けることすらできない。数少ない俺の言葉の引き出しの中に、彼女に掛けられるような台詞が見当たらない。


『ちっとぐらい話しかけてみろよ。ビビってんのかぁ?』


 メガネの向こうからする声が少し弾んでいるように聞こえた。楽しいのか、愉快なのか……反論する気はなかった。だって言われた通り俺はビビっているのだから。

 今度は嘆息が聞こえた。


『……丁度いい。中じゃあ宴会の真っ只中ってところだな。見てみろ』


 彼女の声に従って、俺は目の前の光景を注視した。

 天窓越しに見える館内の様子が映し出される。

 煌々とした灯りに照らされる紅い絨毯。大きな広間には幾つもの円卓にはそれぞれ数名の人影がついている。

 そして円卓に囲まれ、広間の中央に据えられた舞台。俺の目はそこに釘付けになった。

 ただの舞台じゃない。周囲を頑強な鉄柵に覆われた、檻のようなステージ。その中にいるのは、人と同じ四肢をしている、けど人とは全く違う青い肌に、異様なまでに発達した筋肉、そして凶暴さを隠そうともせず吼える口から垣間見える牙。


「お、鬼……?」


 その姿にダブって思い出されたのは、先日魔璃摸堂の地下で四之宮先輩が相対した怪物だった。そいつとよく似た巨体が、檻を激しく揺さぶりながら叫び散らしていた。

 ステージの横には礼装をした身なりの良い男が、隣で騒ぎ立てる物の怪など意に介していないかのように平然とした様子で、円卓につく人々に語りかけていた。


『さて、次なる余興はこちらです。一週間何も与えずに閉じ込め、凶暴性の増したオーガによる……皆様、もう舞台袖を見てお気付きのようですね』


 身振り手振りを交える男の様は慣れたものだった。その語りに、広間にいる大勢の人物は引き込まれているようであった。

 人々を見ていた気が付いた。彼ら全員、仮面をつけていた。目の周りを覆うマスク、口元だけを露わにしたマスク、鳥の羽のような装飾をされたマスク……男性も女性も、仮装大会か舞踏会にでも出席しているかのような出で立ちだった。

 自分の素顔を、正体を隠して参加しているつもりなのか、どこか異様な世界に思えた。


『亜人の種を孕んだヒトの雌の踊り食いでございます! 皆様盛大な拍手を!』


 異様な空気は熱を帯びて加速する。円卓につく人々は声を上げ、手を叩き、盛り上がった様子で、黒服の男に首輪から連なる鎖を引かれながら現れたお腹の大きな女性を出迎えていた。


『あそこにいるのは全部ただの人間だ。特殊な能力なんてねえ、俺らよりちょいと腹の肥えたお偉いさん方さ』


 真希奈さんの言葉は耳から入ってきていても頭に届いては来なかった。今の俺の頭の中にあったのは、裸で泣き叫び引きづられる妊婦がこれから何をされるのか……進行役の男の直前の言葉を呑み込むので精一杯だったから。


『人を人とは思わない所業。自分らは安全を約束された場所から赤の他人をダシに刺激的なショーで欲望と腹を満たす』


 真希奈さんの視界が、俺の目の前に映し出される映像が動く。


『守る価値も救う価値も助ける価値もねえ人間のクズってのはいるんだよ』


 ステージの下には血溜まり、肉片、転がっているのは元々生き物だったものの成れの果て。

 いくつもある円卓の上には豪華に盛り付けられた料理の数々。緑の野菜に彩られ、植物が花開いた姿を思わせる桃色の肉の花びら。花弁の中心には生気を失った人の頭が無残に据えられて。


『あいつらを始末するのは間違っている。まだ言えるか?』


 俺は吐いた。


――――――


 通信機からは吐瀉音が聞こえてきた。

 一介の男子高校生なら当然の反応だろう。

 こうなると予想していた。だから連れていくのは止めろと言った。足を引っ張られても困るからだ。

 が、上司はその提言に拳をぶつけて潰してきた。それが社長の命令ならばと渋々従った。 

 これでよかったのか、タヌキおやじ。

 真希奈は天窓の縁に背を預けて空を見上げた。星一つ見えない夜空であったが、見せつける最後の光景としては館内の狂気の宴より幾分マシだろう。

 窓を静かに破り中へ入る前に、バイザーへ手を伸ばしてメガネへ送っている映像回線を切ろうとした。


『……あの女の人』

「あん?」


 苦々しげな声で通信が入ってくる。実際に声の主の口内は酸味に塗れかなり苦い状態に違いない。


『助けないんですか?』


 だというのに彼は苦味を押し殺し、今しがた中の惨状を目にしたというのに、見ず知らずの女のことを訊ねてきたのだった。

 一瞬考えた後、真希奈は再び天窓の中に広がる狂乱の世界に視線を落とした。映像はつないだまま。


「さてな……全員の目が舞台に集中してる隙に忍び込んで標的を討つなら、このまま犠牲になってもらいたいところだが」


 真希奈は視線を舞台脇にいる進行役の男へと向けていた。


『本気ですか?』

「ああ。楽にコトが運ぶならその方がありがてえな」


 言い放つと向こうから返ってくるのは沈黙。何を考えているのか、想像はついていた。


「どうした、不服か?」


 相手の姿は見えねども、頷く気配は伝わってきた。

 今話している少年の考えを受け、中の様子を窺ったまま話し続ける。


「例えば、だ」

『はい……』

「お前が訊いてきたあの女」


 鎖を乱暴に引かれ、転びながら、顔を歪ませて泣き叫ぶ女性を見下ろしながら問い掛ける。


「あいつがこれまでに数十人の幼い少年少女を手に掛けてきた極悪人だったとして」

『そんな女性なんですか!』

「例え話つってるだろが! しっかり聞いてろ」

『すいません……』

「……とにかく、あの女がどうしようもねえ人間だったとして、それでもてめえは助けたいと思うか?」

『俺は……そんな事実があるかどうか、知りようがないです』

「だな。その無知のせいで周りにいる仮面の奴らをぶっ殺した挙句に助け出したのが救う価値のねえ女でした。そんな結果が訪れたらどうすんだって話だよ」

『それは……』

「軽い気持ちで人助けなんざしてたら、いつか痛い目に遭うかもな。そういう、つまんねえ例え話さ」


 話し終えると真希奈は立ち上がり、


「それはそれとして、今下にいる観覧者を全員ぶっ殺すのには変わりねえんだけどな」


 そう付け加えた。

 窓から少し距離を取ると、軽く助走をつけ。


『……忍びこむんじゃ?』

「気が変わった」


 ブーツの靴底でガラスを蹴破り。


「派手にやらかそうぜ」


 狂気の渦巻く館の中へと――。

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