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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅱ
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世界の落とし穴

「あの、ところで……」


 運転席でハンドルを握る真希奈さんに質問があった。大事なことを聞いていなかった。


「これからどこへ向かうんです?」

「聞いてなかったか」


 聞かされていませんでした。

 真希奈さんは正面を向いたまま、左手で備え付けのカーナビゲーションの操作を行う。

 ナビが示した場所はここからおよそ三十分程、距離にして十数キロ。県境を越えた先の山道の道中である。


「ここにあるスイートスポットに標的がいる。おやっさんの情報通りなら今日も悪趣味な見世物をやってるはずだ」

「スイートスポット……?」


 聞き慣れない単語に疑問符を浮かべる。直訳すると甘い点でいいのだろうか。


「入り方を知ってる奴しか立ち入れない空間の境界線にある場所だ。普通の人間には見つけられない別荘地ってところか……悪事を働くにはもってこいのロケーションだな」


 鈴白さんの境回世界や、聖と明の異相空間のようなものと考えればいいのか。


「そこに入れるんですか?」


 例に上げた二つも、術者が世界をつなげることで初めて立ち入ることができる。聞いた限りだと、スイートスポットもそれと同じようだけど。


「だから依頼人を乗せてんだよ」


 俺は隣で俯いたまま自動車に揺られる少女の横顔を見た。


「そいつが鍵だ。スポットに立ち入るためのな」

「この子が……」


 少し詳しく話を聞けば、この少女は今向かっているスポットから逃れてきたそうだ。関連付けられた彼女はスポットに立ち入ることができる。真希奈さんはそれを利用して潜入するつもりだ。

 体と、きっと心にも深い傷を負っている少女にとって、その地に戻ることは辛いことじゃないのか。勝手にそう思ってしまうが、彼女の心意は読み取れはしない。

 しばらくの間、車内に沈黙が訪れた。俺が黙ったのは目的地に行く手段を聞いて、色々と考え込んでいたから。隣の少女は初めから言葉を閉ざしていたし、真希奈さんは運転に集中してる。


「少しは役立ったか?」

「え?」


 と、不意に運転手が前を向いたまま言葉を掛けてきた。


「昨日までの特訓だよ。あんだけ面倒見てやったのにもう忘れたかぁ」

「いえ! 覚えてます!」


 それこそ痛いくらいに。簡単に忘れられる程生半可なイジメられ方はされていません。


「今日早速学校で絡まれたんですけど、教えてもらったことが色々と役立ちまして……」


 沈黙の反動か、俺はつらつらと今日の出来事を口走った。

 昼休みに起きたことを語り終えたところで、一人だけ早口で話してることに気付いた。

 バックミラー越しに見える真希奈さんの目は前を向いていて、隣にいる少女は俺の話なんてまるで聞こえていないようで。


「……まあ、そんなことがありまして」


 仕事に赴く今この場において、俺の話など誰も興味がないんだろう。真希奈さんが訊いてきたのも社交辞令的な文句に違いない。


「良かったじゃねえか。そんだけできりゃあ次があっても平気だな」

「あ……はい」


 そう思ったから、真希奈さんから返事があったことに面食らってしまった。運転しながら、きちんと俺の話を聞いててくれたんだ。


「……でも、また次がありますかね?」

「そりゃあるだろ。友人に途中で止められたんだろ? 決着ついてねえじゃん」


 決着。それは問題の解決ということなのだが、あのまま聖と明に止められなかったとして、果たして決着がついていたのか。無駄に相手を傷付けることになっただけではないのか。

 いや、正当防衛だ。俺は間違ってない。そのはずだと……何度も何度も堂々巡りの思考を繰り返していた。

 思い返す度、右の頬が鈍く痛む。


「浮かねえ面だな。本当に役立ったのか?」


 バックミラーに映る真希奈さんの目と一瞬だけ視線が交わった。俺が気付いてなかっただけで、後ろの様子をしっかりと窺っていたんだ。


「役立ちましたよ! 本当に……自分を守れたわけですから」


 だというのに晴れない表情をしてしまうのは、やはり二人に止められて咎められ、それが尾を引いているからだ。


「じゃあ何が気にかかってんだ」


 胸にチクリと残る小骨。あの時、拳を振り下ろそうとした刹那の記憶。

 振り下ろさなかったのは明に止められたから。けどその寸前、俺は躊躇った。

 遠くからクラスメイトが見てた。委員長と京子、二人の瞳がメガネ越しに。その瞳に口の端を上げた俺の姿が視えた気がした。同級生に拳を振るおうとする自分自身に、体が強張ったのだ。


「……やっぱり俺、人に暴力振るうのは向いてないみたいっす」

「ふぅん」

「教えてもらったことは本当に……俺にとってはすごくプラスのことです。けどそれを学校で活かすのは……俺には難しいっていうか」

「ならてめえのケリはつけねえのか?」


 時折鏡越しに視線を送ってくる真希奈さんの目が鋭く射抜いてくる。


「それはちゃんとつけます。けどそれは力じゃなくて、違うやり方にします」

「あっそ」


 彼女の返答は短い。素っ気無いのが不安になる。


「すいません……」

「何が?」

「あれだけ長い時間かけて教えてもらったことを活かせなくて」


 こんな答えを出したことに呆れられただろうか。どう思われても仕方がないと思ったが、俺の懸念を払うような鼻を鳴らす音が聞こえた。


「んなことになる気はしてた。一日で結論出すとは思ってなかったがな」

「俺が……こう言うって分かってたんですか?」

「一ヶ月も一緒にいりゃあそいつの質くらい大体分かるだろ。ああこいつは喧嘩に向いてねえな……割と早く分かったぜ」

「ハハ……俺のこと、見抜いてたんですね」


 俺よりも真希奈さんの方がよっぽど俺のことを理解していたらしい。分かってたなら一ヶ月の間に言ってくれればいいのに。


「……でもそれなら、どうして一ヶ月も付き合ってくれたんですか?」

「あ?」

「真希奈さんの教えを無駄にするって分かってたなら、わざわざ仕込んでくれなくても……」

「馬鹿か?」


 率直過ぎる物言いにたじろぐ隙に、真希奈さんの言葉が叩きつけられてくる。


「鍛えろっつう依頼があったんだ。それには従うさ。それをてめえが使うかどうかまでは責任負ってねえぞ」

「いやでも」

「自分でそれが役に立ったっつっただろ。ならそれで充分じゃねえか。俺がとやかく言うことはねえよ」

「そうですか……」


 なんていうか、もっと苛烈に俺の時間を無駄にしやがってこの野郎って罵られたりするかもと考えたりしていたから、穏やかに済んだことに拍子抜けした感がある。

 なんだか今日の真希奈さんは、この間までと違って俺に対して気遣ってくれてる気がする。いや、この間までが異常にイジメられすぎていただけかもしれないが。

 そうこう話している間も、隣の少女はついに反応することはなく。

 俺が気にかけても仕方のないことだけど、やはり普通ではない様子は心苦しくもある。

 ふと視線を車外に向けた時、外が非常に見難くなっていることに違和感を覚えた。


「霧ですか?」

「スイートスポットに入ってんだよ。ここからは現世と常世の狭間、境界の曖昧な虚ろう世界だ」


 いつの間にか目的地まで来ていた。とうとう真希奈さんの仕事、つまり隣の少女の復讐を行う時が近付いてきたのだと思うと、緊張からごくりと喉を鳴らした。

 緩やかなカーブの続く坂道を上り続けるワゴン車が道の途中で路肩に停まった。


「お前らはここまでだ」

「待て、ってことですか」


 真希奈さんは顎をしゃくって上を見るよう促してくる。運転席と助手席の間に身を乗り出し、フロントガラスから上方を窺うと、薄い霧の向こう側に大きな館のシルエットが見えた。この道を上りきった頂上にある建物は、静かに不気味に佇んでいる。


「こっから先はまだ足手まといを連れてく訳にはいかねえ。大人しく待って、俺が呼んだらそいつを連れて上に来い」

「彼女をあの館にですか?」

「ああ」


 彼女にとってはトラウマになっているであろう苦痛に満ちたあの場所に連れて行くことが、果たして正しいことなのか。


「安全確保してから呼ぶから、んな不安そうな面してんじゃねえよ」


 心配していたのはそこじゃなかったが、今考えても仕方のないことだろう。俺がやることは、真希奈さんの言いつけを守ることだ。そうしないと、彼女の足を余計に引っ張ることになる。


「……ああ。それからおやっさんの指示もあったな」


 シートベルトを外しながら真希奈さんが口にした。


「そういえば仕事ぶりを見学しろって言ってましたね。けどついていけませんから、ここまでしか見れませんけど」


 車を運転する姿しか見れなかったけど、それでよかったのだろうか。

 半端な見学だったなと思う俺をよそに、真希奈さんは目を保護するバイザーを顔に装着する。その顔はまるでSFの世界の住人のようだと印象を受けた瞬間、視界にノイズが走る。


「あ、あれ?」


 次に視界が落ち着いた時、俺の目には俺の顔が映っていた。


「あれ!?」


 慌ててメガネを外して目を擦り……目の前には真希奈さんの顔がある。


「ちゃんと映ってねえか?」

「映って……?」


 メガネを何度か掛け外ししていると、ようやく事態が呑み込めてきた。

 メガネのレンズ部に、真希奈さんのバイザーが捉えている視界が投影されているのだ。


「……映ってます」

「連れてはいけねえが見せてやることはできる。それでしばらく見学してな」

「わ……かりました」

「それにマイクも付いてる。呼ぶ時はそれで呼ぶし、お前も何かあったらいつでも声を掛けろ」


 SFなのは格好だけじゃない。彼女の扱う技術そのものが常識の範疇を越えている。

 一ヶ月の付き合いで知った真希奈さんは、がさつで豪快で腕っ節の強い女性……そういうイメージだった。仕事に向かおうとする彼女は、俺の抱いたイメージをあっさり覆していた。


「よお」


 俺の視界が俺を見ながら、真希奈さんの声で呼びかけてくる。混乱しそう。


「途中で気分が悪くなったらいつでも外せ。おやっさんの思いつきに無理に付き合うことはねえぞ」


 俺は頷いた。頷く自分の姿を見ながら頷くというのは凄い違和感だ。もう気分が悪くなりそうです。

 そして俺の視界は横に動き、俯く少女を映し出す。


「アンタに必要なことは全部しておいてやる。それから先は……アンタ次第だ」


 そう言い残し、真希奈さんは車を降りる。少女次第とはどういうことか、考える俺の視界は思考を許すことなく、どんどんと進んでいくのだった。

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