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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅱ
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仕事の始まり

 涙珠の民。聞いたことのない民族だった。

 それもそのはず、彼女たちの存在はスペシャライザーと同じように一般人には秘匿されていたからだ。


「それに涙珠の民自体そこまで多く存在しているわけじゃない。見た目も普通の人間と変わりゃしないから、その特徴を曝け出さない限り人の社会に溶け込んで暮らしている。事実、暮らせていたのさ……これまでは何の問題もなくな」


 その口振りは、何か問題が起きたということを如実に物語っている。


「先に彼女らの特徴を教えておこう。涙珠と名付けた通り、その瞳から零れた涙は美しい結晶になる。曰く人の造りしダイヤ。曰く天然無二の宝珠……実際に見た方が言葉より伝わるだろう。真希奈」


 真希奈さんは少女のワンピースのポケットに手を伸ばした。その手が触れていることなど気にしない……いや、俺たちの話している内容すら少女には届いていないかのように、微動だにしない。


「ほらよ」


 やがて真希奈さんは小さな玉を取り出し、こちらへと放り投げてきた。

 両手で包み込むように受け取ると、そっと手を開いて飛んできたものを確認した。

 黒い水晶のようだ。指に挟んで電灯の明かりに透かしてみると、まるで万華鏡のように漆黒が渦巻いて、煌めいていた。

 ずっと見ているとそれだけで吸い込まれそうな妖しさがある。呆けそうになる頭を振り払い、意識を保つ。


「魅入られる程綺麗なもんだろ?」

「ええ、はい」


 素直に肯定できる。それだけ美しい石だった。


「それが涙珠の民だけが産み出すことのできる涙珠だ。命名はそのままだが特に拘るところでもないからな」

「はぁ……」

「そして涙珠には一つ特別な性質がある。涙を流した時の感情によって涙珠の色が大きく変わる。喜びなら黄金色、怒りなら紅色、哀しみなら青色、楽しみなら純白」

「……黒は?」

「殺意」


 途端に、右手で握り締めた涙珠に得も言えぬ重みを感じてしまう。

 真っ黒に染まった、鋭利な刃物のように輝く感情。


「それは依頼でここに回された彼女と面談してる時に流れたものだ。言葉数は少なかったがその色を見たらどれだけの憎悪を抱えているか嫌でも知ったぜ」

「何があったら、そんな涙を流せるんですか……」


 俺の呟きにいち早く答えたのは真希奈さんであった。


「好奇心で首を突っ込むな。どんな目に合ったかはこの体を見りゃ想像つくだろ」


 好奇心。嘗て同じことを真神風里さんに言われた。

 確かに軽い気持ちで訊ねていいことじゃない。だからこそ訊きたくなったんだと思う。

 痛々しい姿に胸が締め付けられる感じ、そのまま目を背けていたい。

 けどその時脳裏に浮かんだのは先輩たちの……ボランティア倶楽部のみんなの顔だった。

 俺はみんなの力になりたいからボランティア倶楽部にいる。好奇心なんかじゃないという強い否定。

 今、目の前にいる娘に対してはどうだ?

 好奇心……なんかじゃない。力になれるかどうかは分からない、でもこんなに傷付いて絶望しきった瞳の少女を目の当たりにして知らんぷりなんて、できるだろうか。


「それを訊いたら確実に真希奈に付き合ってもらうぞ。ちゃんとした仕事だ、部外者に漏らすわけにはいかん」

「……訊きます」


 先輩たちならそう答えるはずだ。意を決し、豪さんに告げた。


「いい目だ」


 迷いながら答えを絞り出した俺の目を見ながら、社長はそう言った。


「勝手にしろ」


 真希奈さんは気に食わない様子で漏らした。

 青髪の少女は、人形のように何も言わずにただそこにいた。


「今見てもらった通り、涙珠はその美しさと希少性から嗜好家の間じゃあ高値で取引されていた。一粒で莫大な財をもたらす涙珠に目を付ける悪党が現れるのも至極当然だな」


 豪さんは折りたたまれた新聞をこちらに差し出してきた。受け取って見ると、記事の一つにマジックペンで丸が付けてある。


「数ヶ月前の新聞だ。地方紙の片隅に載った小さな記事……報道されたのは後にも先にもそれだけだ」


 新聞は知らない名前の地方紙だ。参守町から遠く離れたとある県の山中にある集落に関するものだった。


「村一つが山火事で焼失? って……大事じゃないですか」

「だがニュースとして大きく取り扱われることはなかった。それどころかその記事を書いた記者も今は行方不明だそうだ。物騒なこった」

「……揉み消しですか」

「そっちの真相は分からん。だが村消失の真相はその娘のおかげで知ることができた」


 涙珠の民の生き残りの少女。記事に寄ると村には数十から百名程の人が暮らしていたそうだけど、焼け跡からは誰の亡骸も見つからなかったそうだ。村だけじゃなく人も消えた……その中でこの少女だけが生き残ったのだろうか。


「涙珠の民の里がどこにあるかは俺も知らなかった。事を起こした奴はどこかで情報を仕入れ、一晩のうちに里の全員をさらい、村を焼き払ったそうだ」

「この子が……話したんですか」

「聞き出すのに苦労したぜ。ほとんど口もきけない状態だったからな……復讐心を煽ることでようやくさ」


 復讐、と言葉が出た時、少女の髪が少し揺れた気がした。反応したのだろうか。でも表情は変わらない。少女の想いが、掴めない。


「捕らえらた者はまず涙珠の質を見極めるために肉体的な苦痛を与えられた。逃げられないようにするために足を斬り落とすついでにな」


 突然生々しい話が始まり、俺は息を呑んだ。


「そこでまず男は全員殺された。どうやら男性より女性の方が全体的に涙珠の質が良かったらしい。男は家族の目の前で首を斬り落とされる。老人から赤子まで例外なくな。そこで家族の女たちの青い涙珠を手に入れる。合理的だなあ」


 聞いているだけで嫌悪感が込み上げてくる。こんな話、耳にしたくない。


「女だけになったところで更に選定が進んでいく。まずは年寄りから始末されていったそうだ。勿論家族同然に育った者たちの前でな。次に幼子。涙珠の純度は最も高かったようだが、言うことを聞かず泣き叫ぶのが首謀者の気に食わなかったみたいだな。残った女子どもは見世物と称して客として涙珠の買い付けにやってくる嗜好家の前で散々嬲られたそうだ」


 首謀者に嗜好家に見世物……どの単語も不快感しか抱けない。胸の内に灼けるような感覚を覚え、思わず口を覆っていた。


「生きたまま体を解体されて流す涙を見たい、首だけ出した箱の中で体が焼かれながら流す涙、骨を一つずつ砕かれて悶絶し絶命するまで流れる涙、単に少女の体を弄ぶだけの者もいたと言っていたかな。最後には目を潰して精製する血涙珠を」


 したくないのにしてしまう想像。犠牲者に対する冒涜だも思いつつも、脳裏にその光景が浮かんでしまう。


「いつまでお喋りしてんだ。そろそろ日が暮れるぞ」


 想像を打ち切ってくれたのは真希奈さんの言葉だった。


「……そうだな、支度もある。話はこの辺にしておこう」


 口出しに救われた。喉まで込み上げていた不快感が徐々に引いていくのを感じ、気分も落ち着いてきた。

 そんな俺の背中に冷水を浴びせてきたのは、俯き加減の少女の瞳だった。先程とは違い、その目には黒い光が宿っているように見えた。


「じゃあ坊主。真希奈に同行するってことでいいな?」


 俺は言葉無く頷いた。ここまで聞いて、ついていかないという選択はできるはずもない。


「現場では真希奈の言うことをちゃんと聞けよ。そうすりゃ死にはしねえ」

「分かりました……豪さんは? 来ないんですか?」

「事が済むまで留守番だ。この足じゃ足手まといにしかならんしな」


 それを言ったら俺の方がどうしようもなく役立たずの足手まといだと思いますけれど。

 それなのに真希奈さんに同行させて、この仕事を見てこいと言う。豪さんの考えがあるのだろう、ならそれに乗っかってみる。

 無論、軽い気持ちで決めたわけじゃない。




「草太。横の車庫にバンがある。こいつを後部座席に乗せとけ。車椅子も忘れんな」

「は、はい」

「俺は身支度を整えてくるからその間に済ませとけ」


 言い残して真希奈さんは整備工場へ続く扉へと消えていった。プライベートルームへ行ったんだろう。

 彼女から任された仕事をこなすために車椅子のハンドルに手を掛けた。


「丁重に扱えよ。大切なお客様だ」

「はい……」


 念を押す豪さんに頷いて、車椅子を外に出した。陽は沈みかけ、空は血のように真っ赤に染まっている。

 車庫にあるバンとはこの車のことだろう。六人程が乗れる小型のワゴン車。

 スライド式のドアを開けて、座席にこの娘を座らせなくては。


「ちょっと、失礼するよ」


 少女に断りを入れてから、肩とお尻の辺りに腕を差し入れて担いだ。

 ……軽い。枯れ枝を抱いているようだ。ちょっと力を込めたら、肩なんて崩れてしまいそうだ。

 両の足がなくて、重心がおかしくて。微かに香る血の臭い。

 少女の体をそっと座席に座らせた。シートベルトをしてあげて、ドアを閉めた。

 この腕に少女はいた。だけど、まったく重みを感じなかった。まるで生命が抜けてしまったかのような希薄な存在。

 俺も何度か隣り合ったことのある、死という感覚。彼女には、それがべったりと纏わりついているように視えた。


「オラ、作業済んでねえぞ」

「ハイ!?」


 後ろから声を掛けられ、思わず背筋を伸ばした。先日まで俺をガッチガチに痛め……じゃなく、鍛えてくれた人の声に妙に反応してしまうようになっていた。


「す、すぐ乗っけます……」


 放置していた車椅子に手を掛けたところで、彼女の格好が目に飛び込んできた。

 四つのポーチを提げたウェストバッグは私服を着ていた時と同じだ。裏を返せば、あの時との共通点はそこしかない。

 今の真希奈さんは光沢のある黒いボディスーツを着ている。パッと見はライダーのようであり、長身によく似合う衣装。メカを扱う仕事着や私服とは雰囲気が大きく掛け離れた姿。これがこの人の裏の顔、ということなのか。


「んだよ?」


 そして俺の目は胸に釘付けである。スーツに押し込められた膨らみは苦しい苦しいと俺に訴えかけてくるようだ。助けられることなら助けてあげたい。


「……おめえな」

「イテッ」


 ゴスン。

 真希奈さんの拳が降ってきた。


「これから仕事なんだ。真面目にやれ真面目に」

「は、はい」


 見惚れるのは今は我慢しよう。ワゴン車のバックドアを開けて車椅子を乗せ、閉めた。


「お前は後ろだ。その娘の横にいてやれ」


 指示を出しながら運転席に乗り込んだ真希奈さんに続き、俺は再びスライドドアを開けて少女と同じ座席に腰掛けた。

 真希奈さんはウェストバッグを助手席に置くと、車のエンジンをスタートさせた。


「お荷物はそれだけですか?」

「ああ。必要なもんは全部ソレに入ってる」


 支度は完了だ。車はゆっくりと動き出す。

 事務所の前で豪さんが軽く手を上げ、俺たちを見送っていた。

 暗くなりゆく空の下、ライトを点けたワゴン車は目的地へ向け走り出す。

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