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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅱ
155/260

自動車工場の仕事

 放課後になると逃げるように教室を飛び出した。

 教室を出る寸前に聖に声を掛けられたが、返事をしたくなかった。今は合わせる顔がない。

 ただ倶楽部活動はあるから、何もせずに帰るわけにはいかない。先輩たちにまで迷惑は掛けられない。

 なので今日の全員の予定を記したノートを旧校舎の部室に残し、先に帰りますというメモも付けて部長の机に置いて帰った。

 幸いなことに今日は早く帰るべき理由がちゃんとあった。昨日はその約束事に若干の重苦しさを感じていたが、今の俺にはありがたいものに思えた。

 知った顔とすれ違うこともなく校門を出ることができ、バス停からバスに乗って学校から離れた。

 一人になって思うのは、昼の自分の行い。明に止められ、聖に咎められ、あの後教室で会ったクラスメイトの何名かには、変なものを見る目で見られた。遠巻きに見ていたのだろう……隣の席の委員長からも引かれていたのは……仕方ないか。委員長は暴力嫌いだろうし。

 あの時は間違ったことはしちゃいないと思っていた。だから二人に止められて苛立ちが募った。けどみんなの反応を見てしまうと、誤ったことなのではと小さな疑心が滲んでくる。

 いや、俺は自分の身を守っただけだ。それは間違いないし、正しいことだ。そのはずなのに……。

 思考の堂々巡り。結局そこから抜け出せないまま、いつしか大門オートサービスの前に辿り着いていた。

 ここまで来たからには頭を切り替えていこう。

 自身の問答は一旦置いておき、事務所に足を進めた。歩いて近付くにつれ一体全体何が待ち受けているのかと不安が過ぎってきた。

 ここに来るまでは用事があったことをありがたく感じていたが、いざ詳細不明の用事が待ち受けているとなると、やっぱり気が重くなってくるのだった。


「……よし」


 ここまで来たからには……ってやつだ。覚悟を決めて事務所の扉を押そうとしたその時、


「ふ」


 麸?

 中から女性の声がした。


「っざけんなあああああ!!」


 いや怒号だった。

 あまりに怒気を孕んだ大声に押され、足が勝手に二三歩後退ってしまう。


「大声出すな。依頼人が泣いちまうぞ」

「知るか! んな無茶なふざけた条件、呑めるわけねえだろ!」


 依頼人? 条件?

 仕事の話だろうか。聞き耳を立てずとも、事務所から漏れてくる男女の言い争いは耳に届いてくる。

 口論している声の主は、真希奈さんと豪さんだ。

 その後にガタガタという物音、少し抑えた声で言葉を交わす二人。若干声が聞き取りづらくなった。


「……」


 事務所の扉から少し距離を取り、俺は約束通りこの中に入っていいのか、それとも二人の話が済むまで待つのがいいのか逡巡していた。

 と、突然扉がけたたましい音を立てて開いた。


「――わあ!」


 中から飛び出してきた大きなお尻と背中に押される格好で大地に転がってしまった。


「こぉんのクソじじ……あん?」

「おう、来てたか坊主」


 俺の上に乗っかっているのは、作業着を着る真希奈さんだった。その向こう、事務所の中から熊のような社長が声を掛けてくる。


「痛つつ……ああ、はい。こんにちは」


 こんな形で出迎えられるとは思っておらず、曖昧に愛想笑いを浮かべての挨拶しかできなかった。


「さっさと帰れ!」


 そして立ち上がった真希奈さんからの挨拶は辛辣なものだった。来て早々帰れと言われてしまっては、訪問にあまり乗り気じゃなかったとはいえ傷付くものがある。


「馬鹿言え。俺が呼んだ俺の客だ。おまえがとやかく言うな」


 豪さんの言葉にあからさまに不快な表情と舌打ちを真希奈さんは返した。


「これは仕事だ。上司の俺が決めたことにノーは言えねえんだよ。分かったら口を拭いて入れ」


 豪さんは親指でクイと室内を指し示し、先に中へ入っていった。真希奈さんに告げた時の顔と言葉遣いは、人の良さそうなガタイのいいおじさんではなく、有無を言わせぬ威圧と迫力を醸し出していた。

 同時に、真希奈さんが口から血を流していることにようやく気付いた。

 何があったのか訊く前に彼女は手の甲で口を拭い、俺を一瞥してから事務所へ戻った。

 二人の間でどんなやり取りが行われたのか想像しかできぬまま、ふらりと立ち上がった俺が最後に事務所の扉をくぐった。

 後ろ手で扉を閉めると、室内には気のいい笑顔を浮かべる豪さんは机に腰掛け、相変わらず険しい表情を浮かべる真希奈さんは隅の壁に腕を組んで背を預けていた。


「出迎えも満足にできずに済まなかったな。変なところも見せちまった」

「いえ……お気になさらず」


 何があったか滅茶苦茶気になるけど、今は追求するのが怖かった。だから口を噤み、成り行きに身を任せる。


「今日坊主に来てもらったのは……と、その前に真希奈」

「あん?」

「依頼人を連れて来い」


 彼女は何か言いたげな様子だったが、左頬を一撫ですると動き出した。


「家に上げてあるから裏に回って車椅子に乗せたら正面から」

「わぁってるよ」


 ぶっきらぼうに言い捨てて、事務所から豪さん宅へ続く戸を開けて姿を消した。

 社長と二人っきりになった事務所でいくつか考えを巡らせていた。

 依頼人を連れて来させるのは何故か、車椅子ってことは足が不自由なのか、どんな依頼なのか、仕事の依頼なのか、仕事ってことは機械に関わる……車椅子の修理?

 そもそも、俺は何故呼ばれたのか。


「何をさせられるか不安だって面だな」

「あ、いえ! ああ……はい……」


 一瞬豪さんに心を読まれたかと思いドキッとしたが、考え事をしていた顔がよっぽど不安気なものだったらしい。社長は薄く笑った。


「安心しろ。別に坊主に何かさせようとは思ってない」

「はあ……」

「これから真希奈に同行して、その仕事ぶりを見学してもらうだけだ」

「仕事、ですか」


 それくらいなら構わない。真希奈さんが依頼者の機械を弄ってるのを横で見てるだけなら仕事の邪魔にはならないし、道具を渡すくらいのお手伝いならできそうだ。

 それくらいなら、いい。それがいい。

 けど、普通ならそろそろ仕事が終わる時間。この時間からの仕事というからにはちょっと普通じゃないのかもしれない。

 俺が近頃遭遇する普通じゃないことっていうのは、得てして日常から離れた異常な世界のことである。

 その時、背後の事務所の扉が開いた。


「連れてきたぜ」


 ある程度覚悟はしていた。考えないようにはしていたけれど、ここのようにスペシャライザーがいる場所に呼ばれたからには、異常を目の当たりにすることがあるかもしれないと。

 初めて音無先輩が目の前で変身した姿を見せてくれた時。初めて鈴白さんが境回世界に招いてくれた時。初めてクラスメイトの性別が転換した時。

 どの初めても、異常の世界に身をおいて数ヶ月足らずの俺には目新しく衝撃のある出来事や光景だった。

 ただ、今目の前に、真希奈さんが押す車椅子に座る少女の姿は、これまで感じたことのない程、胸を抉り目を背けたくなるような衝撃だった。




「その娘がうちに回された仕事の依頼主だ」


 黒い長袖のワンピースを着ていた。裾から伸びるはずの足はない。袖口から覗く両の手には包帯がぐるぐると巻かれ、左手は握り拳かと見間違うように丸くなっていたが、厚みはない。

 かすかに見える首元には体に向かって大きな傷が走り、青い髪は痛み、長さも疎らで。顔にも包帯がされ、片方だけ見える右目は深海のように暗く濁っていた。

 隠し切れない血の臭い。まるで生気を感じられないその雰囲気は、死臭が漂っているように思えた。


「……なんですか、これ」


 俺は足元に視線を落としてから、机に座る豪さんを見た。


「依頼人だ」

「そうじゃなくて……!」


 何でこんなにズタボロに傷付いた少女がいるのか。横目で見ても痛々しすぎてすぐに視線を外してしまう。見ていられない。


「彼女は涙珠の民の生き残りだ。今回の仕事は彼女の復讐代行だ」

「ちょ、生き残りって」


 分からないことばかりだ。それに復讐って、一体どんな仕事を請け負っているんだ。


「日が沈むまでまだ時間はあるな。少し話をしよう。それからどうするかは自分で決めろ」


 ここに来るまで何も知らされず、ただやって来た俺に対して、自分で決めろだなんて理不尽な物言いに歯痒い思いを抱かずにはいられなかったが、ちらりと視線を横に向けた。

 傷だらけの少女の身に何が起きたのか、気にせずにはいられなかった。

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