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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅱ
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境回からの帰還

 帰ってきた……。

 一ヶ月ぶりに俺たちが本来いるべき世界へと。


「お疲れ、さん」


 ベシィ!

 真希奈さんに尻を叩かれた。痛い。


「お疲れさまでしたぁ……」


 鈴白さんはその言葉通りすごく疲れた様子だ。俺が起こされる直前まで真希奈さんと一緒に大深林の獣たちと契約しまくってきたらしい。

 真希奈さんのペースに付き合わされる苦労はこのひと月で嫌というほど味わったから、鈴白さんの気持ちがよく理解できた。


「一ヶ月間ありがとうございました……」


 地獄のようにきつかった期間からようやく開放されることに心底安堵しつつ、お礼だけはしっかりと述べた。


「ありがとうっつう面じゃねえな」

「あはは……」


 と愛想笑い。笑えるだけの元気はまだあったようだ。まだ疲れは完全に抜けていない。

 真希奈さんのプライベートルームに帰ってきた時には俺は返してもらった制服を着ていたし、鈴白さんもサモンコンダクターの衣装から中学校の制服へと戻っていた。

 境回世界へ行く前と全く同じ格好の三人。こっちの世界の時間だってほとんど過ぎていない。あっちに出向く前と変わっているのは、俺たちの実体験時間だけだ。


「じゃあおやっさんに報告しにいくか。一応、依頼だしな」


 彼女に続いて俺たちも部屋の外へ出た。それから大門オートサービスの事務所へ向かうと、そこには社長の大門豪さんがデスクに座っていた。


「戻りやしたー」

「何が戻りやしただ? 全然時間経ってねえじゃねえか」


 そう、豪さんには俺たちがどこでどんな時間を過ごしてきたのかを知らせていない。だからこの反応は至極当然のものだ。

 歩み出た鈴白さんが境回世界で俺たちが過ごしていたことを懸命に説明すると、


「そりゃあゾッとする話だ」


 それだけ口にした。

 時間の流れが違うことへの畏怖の念が含まれているんだろう。時間がゆっくり過ぎるからラッキー、なんて安易な考えはこの人にはないに違いない。

 俺だって、真希奈さんと過ごした時間を思い返すとゾッとするから違った意味で同意できてしまった。


「ともあれこうも早く済んだのは想定外だな。さてどうしたもんか」


 豪さんは椅子にどしりと腰掛けたまま、右手で顎ひげを撫で始めた。


「想定外ってなんだよ」

「坊主。明日も来れるか?」


 問い掛ける真希奈さんを無視して俺に掛けられた言葉。咄嗟のことに思わず、


「は、はい!」


 とよく考えもせずに返事をしてしまった。


「明日だぁ? まだ俺に面倒見ろってのか!」


 俺はハッとした。そういうことならノーと口にしておくべきだった、と。


「喚くな喚くな。お前にまだ鍛えさせようってわけじゃねえ」


 それならば……真希奈さんに気付かれないように静かに安堵した。


「じゃあなんで明日も呼ぶんだよ?」

「明日話す。つーわけでだ、明日も学校終わったら来いよ」

「はい……」


 何のために俺を呼ぶのかは気になったが、真希奈さんに付き合わされないのなら今日よりはマシかもしれない。それに深く追求するには、いささか疲労が過ぎる。


「えと、わたしはどうしましょう?」


 横から鈴白さんがぴょこんと飛び出して訊ねる。


「お前は坊主を連れてきてくれただけだからなあ。明日はもう道案内はいらないだろ?」

「ええ……大丈夫です。一人で」


 ああ……とは言ったものの、真希奈さんと二人っきりになるような場面が明日もないとは限らない。そういう時は天使の存在が一服の清涼剤となるのに。

 まあ二日続けて付き合わせるのも悪いし、明日は俺一人で頑張ろう。少しは強い男になったはず、だから。


「それじゃあわたし達はこれで」


 事務所の出入口に俺と並んで立つと、鈴白さんがお辞儀をして挨拶し、俺も倣って頭を下げた。


「今日は色々と……お世話になりました」

「おう。坊主は明日……音央はまたな」

「気ぃ付けて帰れよ」


 俺は明日のことに思いを馳せながら鈴白さんと一緒に大門オートサービスを後にした。

 実に一ヶ月ぶりの外の光景。ただし実時間はほんの数十分しか経っていない。

 妙な感覚だ。何も変わっていないはずの世界なのに、自分だけ変にズレた気分がする。


「お兄さん」

「……あ。なに?」


 呼ばれたことに気付き、横を歩く鈴白さんの顔を見た。


「あの、もしまた境回世界にいくことがあったら、そのときはもうぜったいに置いていきませんから!」


 きりっとした表情でそう宣言してくれる。

 いい子だなあ、と俺の心はほっこりした。


「そうだね。また行く機会があったらよろしく頼むよ」

「はい!」


 こうして彼女と街に帰った。明日は俺一人でこの子はいない。でも境回世界に行くことはないし、真希奈さんと二人っきりになる機会があったら俺が涙を呑んで耐え忍べばいいんだ……それが一番大変そうだ。


「今日は本当にありがとう」


 俺は彼女に何度もお礼を言い、彼女は何度も照れていた。




 来訪者のいなくなった事務所。二人だけになったところで大門真希奈は目付きの悪い視線を上司に向けた。


「どおいうつもりだ、あぁ?」

「何がだ?」

「すっとぼけんな。明日もあいつを呼ぶなんざ、碌でもねえ事考えてんのは分かるんだよ」

「分かってるならいいじゃないか。いちいち突っ掛かりなさんな」


 よっとデスクから立ち上がった大門豪は左足を引きずりながら事務所の奥……私宅へと続くドアへ向かう。


「お前もさっさと休め。明日の仕事に差し支えても知らねえぞ」

「タヌキおやじ」


 そう言い放つ真希奈に薄ら笑いを返し、豪は職場を後にした。

 他に誰もいなくなった事務所で一人舌打ちをし、苦々しい表情を浮かべながら真希奈も自室へと戻っていった。

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