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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅱ
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迫り来る試練

 決着がついた時、緑の獣は存在していなかった。


「ッハハ、どうよ?」


 俺は得意気な声の主を見上げていた。

 頭に大きなたんこぶを作って昏倒している真っ黒焦げの元・緑の獣の上に真希奈さんはいる。

 彼女の戦いぶりは、一言で言えば荒々しかった。力任せにぶっ叩いて、焼いて、高笑い。戦った相手はトラウマになりそうな恐怖を感じたに違いない。一瞬益荒男という単語が脳裏を過ったが、それでは足りない程の猛々しさがあった。

 最後に手にしていた巨大な得物を、どういう原理かあの小さな腰のポーチに収納して。


「……ほら。大丈夫でしたよ」


 隣で鈴白さんが言っているが、彼女も若干引いていないか。


「いいからさっさと契約してみろよ。できりゃ万々歳だ」

「は、はい!」


 ヨッと獣の上から飛び降りる真希奈さんと入れ替わりに、鈴白さんが目を回して倒れる獣の前へてくてくと駆け、


「其の名を奏でよ、我に刻め」


 バトンの先端で獣の額の辺りを軽く小突くと、そいつは光輝き……収束すると傷は癒えており、まるで穏やかに眠る赤子のように静かに息をしていた。


「できました!」

「ふうん、これで契約ができたんか?」


 訊ねる真希奈さんの目の前に、鈴白さんがコレクトブックを召喚してみせた。


「はい。このページにこの子がちゃんと登録されてます」


 俺も横から覗いてみると、確かに今そこで寝ている森獣の姿がカードとなって掲載されている。見たこともない記号が一緒に記されているが、名前とか特徴が書かれているのだろうか。俺には読めない。


「これで他人が手を貸しても音央の契約に支障はないってことが解ったな」

「あ……そうですね。助かります、ありがとうございました」


 しかしそれを確かめたってことは、真希奈さんは鈴白さんの契約の手伝いをするのだろうか。だとしたら俺を鍛えるという目的は二の次?

 それならそれでありがたい。この人に真剣にしごかれたらすぐに音を上げてしまう。俺のことなんて片手間でいいですよ。


「気にすんな。契約の手伝いなんざ片手間だ」

「そうですよね。片手間でいいですよね…………あれ?」


 片手間にやることが違ってませんか。俺は訝しんだ。


「必要なことは全部こいつにやらせる。最後だけは俺が仕留めるけどな」


 何を言っているんですかと口にする間もなく、真希奈さんは準備を始める。

 右腰のポーチから銃、臀部のポーチからコードを引き出し接続させる。よく見れば右手で構えているのは銃ではなく、工具。ジャラジャラと長いベルトが供給するのは弾丸ではなく、鋭利に輝く金属針。

 ネイルガン。ベースは間違いなくそれだ。そして彼女が金属の発射口を向ける先にいたのは、今しがたまで相手をしていたのとはまた別の獣。緑色の巨体は変わらず、だが外見はどっしりと重厚で、威圧感のある猪のような。


「怪我したくなきゃ死ぬ気で逃げろよ」

「はい?」


 それは返事ではなく問い返しだったのだが、俺のことなんてお構いなしにトリガーは引かれた。

 撃ち出された際の衝撃が彼女の近くにいた俺と鈴白さんにまで伝わってくる。尋常じゃない速度で射出されたそれは、瞬時に猪のお尻にぷすりと。


「……」


 気が付いた猪はこちらへ振り返り、その場で二度、三度と足を掻いて土煙を巻き上げる。


「真希奈さん……」

「こっちに来そうですけれど……」


 隣を見ると、そこにはもう切っ掛けを作った人の姿はなかった。


「川辺で会おうぜー」


 声のした方を振り返ると、彼女だけ既に一目散にその場から退散していて。

 ドドンドドンドドン。

 呆気に取られている間に、大地が振動を始めた。徐々に近付く震源の方に再び目をやると、


「ブモオォォオー!!」

「「きゃあああぁぁッッ!!」」


 俺と鈴白さんは迫り来る脅威に悲鳴を上げ、必死に走り出した。

 目の前には巨木。俺と鈴白さんは九十度直角に方向転換、直後に背後でメキメキと木が砕け折れる音が響く。

 振り返って見なければよかった。

 俺の視界には大木を押し倒した猪が大きく旋回し、勢いを殺すことなく突進を続けてくる姿が映った。


「ふざけんなあ! 怪我で済むか! 死ぬって!」

「だだだ大丈夫ですきっとまきなさんには考えががが」


 鈴白さんはフォローをしているが、当の真希奈さんは俺たちの遥か前方、安全圏を猛スピードで進んでいた。


「鈴白さん! 何か! 何か出して!」


 あの人は頼れない。そう悟った俺は一緒に逃げる彼女にお願いした。


「何か! 何かって!?」


 駄目だ、走りながらじゃ鈴白さんの思考は回りそうにない。


「……ま、ましゅまろ! マシュくんで!」


 なので俺が何とか考えて指示を飛ばした。


「は、はい!」


 一緒に走っていた鈴白さんが足を止め、手にしたバトンで召喚陣を描き出す。


「来て、マシュくん!」

「ポエー」


 彼女の目の前に立ちはだかるように現れたのは、白くてふわふわ、マシュマロのように柔らかい召喚獣のマシュくんだ。

 後方から追ってきていた猪の姿が白い巨体に遮られ、俺たちは固唾を呑んで見守った。

 瞬間、マシュくんの体が歪な形に変形した。


「ポ、ポ、ポォ」


 彼の体がこちらへ迫り出し、猪の形が鈴白さんの鼻先に迫る。が、ぼよよぉんと彼の柔軟な体が元に戻る勢いで猪を大きく後退せしめた。


「や、やった!」

「やりました!」


 猪突猛進を防いだことに俺と鈴白さんは手を取り合って喜んだ。マシュくんのおかげで猪から見を守れたのだ。これで後は騒動の原因を作った真希奈さんを批難するだけ。


「ポエエェ……」


 不思議なことにマシュくんの鳴き声が遠くに行った気がする。同時にあの存在感もなくなり……代わりに別の威圧感がすぐそこに。

 猪の鼻先で掬い上げられたマシュくんは森の木々より遥か高く舞い上がり、空中で姿を消していた。俺たちの目の前にいたのは鼻を天に向けた猪の巨体。


「「きゃあああぁぁッッ!!」」


 またも叫んで駆け出した。背後から地鳴りが響く。前方にはもうあの人の姿はない。

 どうするどうするどうする、もう逃げ切れない。っていうか鈴白さんまで巻き込まなくっていいじゃないかあの人。酷い酷すぎるよせめてこの子だけでも逃さないとああ駄目だ彼女の走るペースが少し落ちてるもう走れないんじゃないか。


「すっ! 鈴白さん!」

「はぁ、はぁ、はぁい!」

「飛んで!」


 それが今思い浮かぶ最善の離脱手段。彼女に空飛ぶ召喚獣を呼び出してもらうしかない。


「はぁ、はぁ!」


 でも走りながらじゃ鈴白さんの集中力が定まらない。バトンをかざして陣を描くには、さっきみたいに足を止めるしかなさそうだ。

 だがあの時と違い、猪との距離にあまり余裕が無い。足を止める暇はない、あってもギリギリすぎる。


「ふんぬッ!」

「きゃっ!?」


 彼女の腰に腕を回すと脇に抱えて走り続けた。


「お、お兄!?」

「こっちはいいから早くぅッ!」


 いくら彼女が小さくて軽いとはいえ、人一人分の重量が増した足では満足に速度なんて出ない。今は駆け続けてきた勢いそのままに足腰を回転させているだけで、猪にすぐにでも追いつかれるのは自明の理。

 だがこれで走らなくて済む彼女は召喚に集中できるはずだ。俺の意を汲んでくれ、すぐさまバトンの先端に円陣が描かれた。

 やばい、足が一気に疲れてきた。森を駆け抜ける速度がみるみる内に落ちていく。


「ブモォー!」

「ひいいぃっ!」


 鳴き声が一層近付いているように聞こえて気が気じゃなくなりそうだった。

 だが、救いの天使はすぐに現れた。

 俺の腕から重さが消えたかと思うと、羽の生えたバトンに跨る鈴白さんが真横を飛行している。


「お兄さん!」

「ああ!」


 彼女が手を伸ばしてくる。すぐにその手を掴んでようやく安堵できた。

 最初からこうしていれば良かった。そうすればマシュくんがお星様になることもなかったし、俺たちも無駄に疾走する必要もなかった。何故思い至らなかったんだろう。


「……うん?」


 俺は未だに疾走を続けていた。鈴白さんは飛んでいるのに、俺だけが大地を駆けている。


「……もしかして」

「て、定員オーバーですぅ!」


 そういえば、そうだった。彼女の召喚獣フラウィングには、人二人を乗せて飛行をするだけの余力はなかった。忘れてた、いや、覚えていたからこそいの一番に案として浮かんでこなかったのか。


「んー! んー!」


 鈴白さんは顔を真っ赤にして、懸命に俺を引っ張り上げようとしてくれる。だが無理だ、このままじゃあ速度も満足に出ずに二人揃って猪の鼻先の餌食だ。


「――あっ!」


 鈴白さんの腕を振り払った俺は、彼女の飛行ルートに沿わないように走る方向を変えていた。


「お兄さん!」


 鈴白さんの声が徐々に離れる。そして猪は彼女より遅い俺にターゲットを絞ったらしく、俺の背後をピタリとついてきた。

 これでいい。あのまま二人で犠牲になるより俺一人だけで走る方がまだ助かる可能性はある。

 ぺちぺちっ。

 すいません嘘です! お尻に猪の鼻っ面が当たってきてますから! もう勘弁して下さい!


「見てるんでしょ真希奈さん!?」


 本当はこっそり俺の姿を見てタイミング良く助けてくれるつもりなんですよね。そうじゃなきゃ俺マジで死にますから。

 きっと大丈夫ですよね。全部貴女の思惑通りなんですよね。

 こうして俺が宙を舞っているのも、全ては計算尽くなんですよね……。

 初めて境回世界の空から落下してきたのと似た感覚を全身で感じながら、意識が遠くなっていくのがよく分かった。

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