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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅱ
143/260

頼れるお姉さん

「――ってなコトがあったんですよ! なんか俺だけ周りの温度に馴染めずにすっげえ冷めて……ついてけねえって感じっす」


 そんな愚痴を漏らしている場所は、放課後の中央公園にあるスイーツショップマジカルシェイクの出張移動販売車の軒先である。


「ハッハッハ、大変だね青少年!」


 カラッとした元気な声を俺に掛けてくれるのは、この店と商店街にある本店の店長である真神風里さんである。

 車の傍に並べられたテーブルの一つに突っ伏している俺の目の前に、お皿が一枚差し出された。乗っているのは、赤いクリームのショートケーキ。


「これでも食べてシャキッとしな。試作品、感想よろしく」


 訊ねる必要もなく先回りして説明された。


「実験台になれってことですね」

「人聞き悪いわねえ。大切なお客さんに元気を取り戻して欲しいっていう私の心遣いが伝わらない?」

「ビンビンに伝わってますよ。ついでにこれが売り出せる商品かどうか見極めたいなぁって思いも」

「分かってるじゃん!」


 店長は嬉しそうだ。車に寄りかかってニッコニコしながらこっちを見ている。愚痴を聞いてくれた感謝の気持ちもあるし、素直に一口頂かせてもらおう。

 早速一緒にあったフォークを使い、小さく切ってクリームの乗ったスポンジを口に運んだ。


「っんむ! んむむっ!」


 思わず唸り声を上げてしまった。

 これは遭遇したことのない劇的な風味だ!

 まず口に含んだ途端、突き刺すような香りが舌や喉、あまつさえ鼻の奥にまで広がる。次いで焼けるような鋭い痛みが刺激臭と共に襲いくる。


「かっれぇ!?」


 つまりそういうことだ。超激辛のスパイシースイーツの犠牲にされてしまった。


「ふむ……お客さんにお出しするにはちょっと刺激的すぎるようね」

「いいから……水……」


 テーブルに倒れる俺を観察して激辛ケーキの評価を下す真神店長に生命を繋ぎ止めるための水を力を振り絞って要求した。

 コトンと置かれたコップを一気に煽って水で口の中を洗い流した。


「はぁ……どうしてこんなケーキ出そうなんて考えたんですか?」

「んー……ちょっとしたお茶目?」

「かわいくないです!」


 酷いいたずらだよという意味で言ったのに、真神さんはぷっくらと頬を膨らませて顔を近付けてきた。


「私がかわいくないですって?」

「い、いえ! 店長はかわいいです! 美人ですから!」

「うんよろしい」


 滅茶苦茶満足気な表情を浮かべて引いてくれた。弄ばれたような気もするが、年上の女性に弄ばれるというのもそれはそれでいいかもしれない。


「で、これからどうしたいんだい青少年?」


 俺以外にお客さんはおらずやるべき仕事も片付いたのか、手持ち無沙汰になった真神店長が俺と同じテーブルに腰を下ろして肘をついた。

 俺は顔を上げて店長の目を見つめて、何も言えなかった。辛いモノを食って唇が腫れて動かなかったわけじゃない。


「学校じゃ言えない愚痴がまだあるんでしょ?」

「全部お見通しですね……」

「色んな子の相談を訊いてるからねぇ」


 こちらが何も言わずとも、話を引き出そうとしてくれる。店長の声掛けに甘えて何も言えなかったが、愚痴も言わずにおくわけにはいかない。だって本音は聞いて欲しかったのだから。


「……俺は力を手放して、今はもうそういう面じゃ先輩たちの助けになることはできません。だから今できることを精一杯頑張ってます。主に、ボランティア倶楽部のマネージャー業ですけど……」


 真神店長は黙って俺の話を促してくれる。


「真神さんは先輩たちにたくさん迷惑掛ければいいって言ってくれました。だから俺は今でもたくさん迷惑掛けてます。だから、これ以上つまらない迷惑は増やしたくないんです」

「つまらない迷惑って?」

「学校でちょっかい掛けられてることですよ。そんなイザコザが起きてるなんて、先輩たちには聞かせられません」

「あの子たちならきっと解決してくれるわよ?」


 店長の言うことはご尤もだ。そんなこと、分かってる。分かってるけど、したくない。


「……手を出されてるから、助けてくださいなんて。そんなかっこ悪いこと、女子に頼めるわけないじゃないですか」


 迷惑掛けたくないとか言い訳を並べたけれど、俺の本音はそれだった。要するに、先輩たち……だけじゃない、聖や明、もっと言えばダブルオーの二人にも知られたくなかったのは、かっこつけたかったからだ。自分だけで事も無げに解決してハイおしまい。そうしたかったのだ。


「男の子だねぇ」


 真神さんはニヤニヤしてこちらを見下ろしていた。


「……どうせダサいとか、かっこついてないとか思ってるんでしょ?」


 だがそう思われても仕方ない。事実、かっこつけるどころかかっこ悪く怪我をさせられているわけだから。


「いやいや、相沢くんの考え方もよく分かるよ? これまでいくつも異常の中で死線を越えてきたから、日常の中の問題なんてさらっと解決したいちゃくなってるんでしょ」

「そこまで気安くは……考えてないですけど……」


 言い淀んだ否定しかできないのは、彼女の台詞を心の何処かで認めているせいに違いない。

 日常での問題なんてスペシャライザーだった俺にはさしたる問題じゃない。はっきりとそう思ったことは一度もない。けどいつの間にか、異常を知ったせいで日常を軽く見ている……そんな無意識が働いてなかったと言い切る自信はなくなっていた。


「分かってるわよ。皆にとっての日常は帰るべき場所だったり守るべき場所だったり……とても大きな意味を持つものだから」


 日常は大切だ、軽く見ていいものじゃない。当たり前のことを忘れかけていたかもしれないと、一人静かに反省した。


「けど問題は、その意味ある場所でいざこざが起きてることよねぇ」

「……そうっすね」

「日常での問題を解決するには、君だけじゃ力不足のようだし」

「別に力が欲しいわけじゃないです。ただ、俺に絡んでも何にもならないぞと教えたいというか、無意味で無駄で愚かしいと伝えたいというか。それが駄目なら、せめて絡まれた時に無傷で切り抜けられる程度の実力が欲しいかと……」

「なるほどねえ」

「そうだ。巻菱さんに身のこなしを教われないですかね? あの人みたいに神出鬼没の動きができるようになったら、絡まれた時に相手の目の前からドロンと消えれるじゃないですか」

「名案と言ってあげたいけれど、あの動きを真似るだけで何年の時が必要だと思う?」


 高校を卒業する頃になっても無理かもしれない。それじゃ何の意味もないなと嘆息した。


「一番良いのは護身のいろはを学ぶことかしらね。そうすれば相沢くんの努力次第でしょうけど、それ程怪我もせずに喧嘩はやり過ごせるようになるんじゃない?」

「護身ですか……真神さんが教えてくれます?」

「無理無理! お姉さんは現役を退いてからもう満足に体が動かないわ」

「おばさんみたいな台詞ですねえあイタタタタタ」


 両のこめかみを拳で挟まれぐりぐりぐりぐりと激しく責め立てられる。


「おねえさん」

「おおお、おねえさんです……」


 訂正することでどうにか解放された。女性に対しておばさんは禁句だと深く心に刻み込んだ。


「私も妙案が浮かんだら君に教えるわ」

「ありがとうございます……」


 痛い思いはしたが、こうして頼れる女性に約束してもらうことができた。


「でも僕の知り合いにはこれで」


 口の前に人差し指でバツ印を作ってみせた。


「分かってるって、かわいい男の子の頼みだもの」


 これで安心だ。胸につっかえていた悩み事を吐き出せて大分気が楽になった。


「ああ、もう一つ愚痴……じゃないですけど、ちょっと困ったことがあるんでした」

「何かな?」


 店長は耳を傾けてくれる。この際全部吐き出させてもらおう。


「最近メガネの調子がおかしいんですよ」

「メガネが?」


 四之宮先輩が手に入れてくれた丸メガネを外して訴えた。

 先日からどうにも目の不具合を感じていた。音無先輩の手伝いで親戚の方のところに赴いた頃には既に視界が霞む症状が出ていた。それは低下した俺の視力の問題ではなく、矯正してくれているはずのメガネの問題だ。


「今日だってバッターボックスに立った時にこれが霞まなきゃ、ボールが頭に直撃はしなかったんじゃねえかなって思うんですよ」

「ちょっと見せて」


 真神店長にメガネを手渡すと、細身で羽のように軽いメタルフレーム製の丸メガネをじっくりと観察された。


「レンズがないのね。その代わりにホログラムで映像を投影する……個人に合わせて自動で調整するのね」

「流石、一目見て詳しく分かるんですね」


 基礎的な事だけよ、とメガネを掛けた店長が謙遜する。不思議なアイテムは俺より断然見慣れているから、理解も早いのだろう。似合っていて素敵です。


「魔力……で動いてるのかしら? どこで手に入れたの? 取り扱いの説明はなかった? 誰が作ったの?」

「試験前の休みに四之宮先輩と出掛けて……何ていう店だったっけ。商店街にあって、普通の人は入れない古道具屋なんですけど」

「魔璃摸堂?」

「確かそんな名前っす」


 ほんの少しのヒントだけで答えを導けるだなんて流石は真神さん。メガネを掛けた姿が知的な雰囲気を引き出しているように見える。


「なんか、支払いの代わりにそのメガネを置いていったけど仕様書もなくて扱い方も分からないし自分も使わないから放っておいたって、店主のおつきさんが言ってました」

「成る程。都合良く使ってくれそうな君が現れたから不良在庫を押し付けたってことね」

「そうは言いますけど、めっちゃ役に立ってるんですよ! 普通のメガネじゃ、今の俺の視力は矯正できないですから」

「君の視力に合うたった一つのメガネにメンテが必要になったのね」

「雑な取り扱いはしてない……と思うんですけど」


 ぶつけたりひん曲げたりはしていない。というかちょっと無茶な方向に曲げても何事もなかったように元に戻る。形状記憶合金と似ているが、世間で流通しているそれとは比較にならない程に剛性や復元性は高い。


「不調の原因は中身にあるんでしょうね」

「中身を調べられないんですか?」

「作った本人しか無理でしょお……そもそもこんなほっそいフレームにどんな加工を施したらホログラムで映像を映し出せるのか、スイーツショップの店長には理解出来ませんっ」


 そりゃそうだ。いくら不思議アイテムに詳しいと言っても、じゃあその構造がどうなってるのかまで理解できるのは専門分野の人じゃないと無理だろう。

 メガネを外してマジマジと観察する真神店長を前に、どうにか記憶の扉を開こうと試みた。


「それを置いてった人の名前、四之宮先輩が言ってました。知り合いみたいでした」


 確か……。


「……大門?」

「そう! 確かそんな名前でした」


 ヒントらしいものなんて出してないはずなのに真神店長はその人だと分かったのだ。流石としか言い様がないです。


「やっぱ顔が広いんですね。メガネ見ただけで作った人まで分かるなんて」


 いたく感心していると、店長は口に手を当てて思案する仕草を見せていた。どうしたのかと訝しんでいると、彼女がぼそりと呟いた。


「上手く行けば君の問題全部解決できないかしらね……」

「解決できそうなんですか!」

「そりゃ分からないわ。彼女が何て言うか……ちょっち付き合いにくいっていうか……悪い子じゃないのよ?」


 彼女、とは大門という人のことだろう。女性なのか。


「全部って言うことはメガネと、護身ですか?」

「まずは慌てずにメガネのことを考えましょう。彼女技術屋だから、自分の作ったものに不具合が出たとあったら黙ってないでしょ。それを取っ掛かりに話をしてみたら?」

「そうしてみます。けど……肝心のその人に会うにはどこへ行けば?」

「案内しようにも私は忙しいし」


 そうは見えませんが。余計な一言はまたぐりぐりの刑になりそうなので黙っておいた。


「適任そうな子がいたら……あっはっはっは、いた」


 誰かを見つけた彼女の視線を追ってみたが、メガネを掛けていなかったからよく見えなかった。テーブルの上のメガネを手にしてサッと掛けると、その誰かの顔がはっきり分かった。


「かざりさーん! おにいさーん!」


 美奈羽中の制服を着た小柄な少女がパァッと明るい笑顔をしてこちらに向かって歩んできていた。


「うちの看板娘に頼みましょう」


 真神店長は名案とばかりにパチリとウィンクして見せた。

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