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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅰ
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山中にて

 旋風が山中を吹き抜ける。風を巻き起こしているのは二人の少女。


「匂いが近い」


 クン、と鼻をひくつかせる音無彩女の腰には、変身のためのアプリと化したスマートフォンが身に着けられている。


「ヒリヒリするわね」


 四之宮花梨も、左手に持つトランプケースが異変を知らせてくるのを感じていた。反対の手には、ハートのエースを指に挟んでいる。

 互いに己の力の一端を開放することで風と化し、標的に向け人ならざる疾さで接近していた。


「こんなところに現れるなんて、一体どんな相手でしょうね」


 木々の隙間をすり抜ける花梨が、枝から枝へ飛び移る彩女へ呼び掛ける。


「さあね! 誰かの差し金か、降って湧いた存在かは知らないけど」


 山中を突き進む二人はあっという間に目的のナニかが蠢く地点まで到達する。


「拝んでやろうじゃないの、そいつを」


 森の中にそれは居た。並んで到着した二人を待ち構えていたかのように、大木程の太さの首を下げ、彩女と花梨の姿を見下ろしてくる。

 巨大な体躯を支える双脚。鞭のようにしなり大地を震わす尾。堅牢な鱗に覆われた体表。


「恐竜だ!」


 それを見た彩女は目を輝かせて花梨に向けて叫んだ。巨大な爬虫類の姿に、少年のように心を弾ませているのが花梨には手に取るように理解できた。


「いや……モンスターの類でしょう」

「手足が二本ずつあって立ってるトカゲだよ! 恐竜だって!」


 と彩女が決め付けたのも束の間、恐竜とレッテルを貼った怪物がそれ程大きくはない翼をバサリと広げた。

 次の瞬間、恐竜もどきが少女たちに向け口を開くと同時にその場が一瞬にして爆ぜた。その口から放たれた衝撃波が大地を抉り取ったのだ。


「貴女の知ってる恐竜は口から大砲をぶっ放すのかしら!」

「あたしの知ってる恐竜じゃない!」


 直前にその場を飛び退いていた二人は背中合わせで、突然口撃を仕掛けてきた敵と対峙していた。


「モチーフはドラゴンかしら」

「ドラゴンにしろ恐竜にしろ、こんなのを人里に下ろす訳にはいかないってね」


 背中を突き合わせたまま、彩女は腰に備えたスマートフォンの画面に指を這わせ。花梨は手にしたカードをダイヤのエースに挟み替え。


「ブレイブスタイル!」「ショウタイム!」


 二人の少女を雷光が包み、二つの影が別方向へ飛び出した。


「あたしが前衛!」

「そう言うと思ったわ」


 大地を一蹴りしたブレイブウルフは右腕を背筋が捻じ切れる程に引き絞りながら巨大な爬虫類に立ち向かう。

 狼と反対に飛び退いたツインドリルのマジシャンズエースは移動してきた時には使わなかった樹の枝に飛び乗り、機関砲ダイヤスリンガーを携える。

 流石に木々が屹立した環境では取り回しにくいと判断し、機関砲に備えられているカードホルダーにスペードの三を収めた。すると機関砲は形を変容させ、比較的小振りで扱いやすいライフル銃と化していた。

 スコープを覗くと、ブレイブウルフの拳がドラゴンの鼻っ面に突き刺さる瞬間が映し出された。

 スピードはいつもと変わらず、けど、破壊力は遥かに弱い。

 マジシャンズエースは冷静に分析した。


「う……わわわ!」


 ドラゴンが頭を振り、狼は木に叩きつけられる。寸前に体勢を立て直して巨木に着地し、爪を突き立てしがみつく。

 ブレイブウルフが現在の自分の力を確かめるべく先陣を切って飛び出すことを、マジシャンズエースは容易に予想していたので後方に退いたのだが、


「無理そうならポジション代わるわよ?」


 一撃で相方が本来の状態に程遠いことを見抜いた彼女はそう告げた。


「ジョーダン! まだまだこれからよ」


 言い残し、再び狼は獲物へと飛び掛かった。

 一発の威力は全然戻ってきていない。それならスピードと手数で勝負だ。

 幸いにして敵であるモンスターの動きは俊敏ではない。疾さでならば今のブレイブウルフでも十二分に翻弄できる。

 まず初手。龍の眉間に右拳が突き刺さる。意に介さぬ怪物の爪が眼前にたかる魔法少女を引き裂こうと迫るが、既にそこに彼女の姿はない。

 空を切る龍の攻撃をまたも木に着地した狼は見据え、三度飛び出す。横っ面を殴り抜けて地に足をつき、間髪入れずに大地を蹴る。

 木枝と大地、周囲の環境を利用したブレイブウルフは縦横無尽に飛び回り、あらゆる角度から拳打や足蹴りをその巨体に打ち込んでいく。

 強靭な体表に覆われた龍に明確なダメージは見られない。なので時折足を止めると、


「フッ――」


 一息吐く間に数十発の連撃を、龍の体外で柔らかいであろう腹部に打ち据えていく。

 龍が咆哮を上げて爪を振り下ろす時には、やはり既に彼女の姿は消えている。

 この戦法でいつかは相手を倒せるだろう。

 けれど貴女のエナジーは無尽蔵でもスタミナはそうはいかないでしょう。

 僅かに、しかし確実にスピードが衰えていくのをスナイパーは見落としはしない。

 ライフルを構え直すと、照準を龍の顔面に合わせる。


「フォローは後衛に任せなさい、ってね」


 狙うは瞳。一瞬でも怯ませることができれば、その分ウルフの攻め手が大きく増える。

 周囲を飛び回る羽虫を追って首を巡らす龍の一瞬の隙を見逃すことなく正確なスナイプが行われるのと、射線上に狼の後頭部が出現するのは同時だった。


「あ」

「ていやぁっ痛ったああああッッい!!」


 初撃と同様に眉間を殴りつけようとしたブレイブウルフの後頭部に衝撃が走り、見事に撃ち落された。


「ぬあああああッ! ちょ、ちょ、ちょ、あ……痛あぁい!」


 ゴロンゴロンと野山を転がる狼が涙目で振り返ると、射手をキッと睨み付けた。


「あんたぁ! 撃つならちゃんと正確にやってよ!?」

「こりゃ失敬」


 テヘペロっと可愛らしく舌を出す奇術師の仕草にカチンときた魔狼は、尚も低い唸り声をグルルルと鳴らしていたが、


「……貴女! 前、前!」


 戦闘中に敵から視線を外すという失態。

 ブレイブウルフが正面に向き直った時には、大地を這うように迫り来る巨大な龍の口が直ぐ目の前にあり。

 牙剥き出しの口がバグンと閉じられた後には、抉られた山肌のみが残されていた。


――――――


「あらやだ地震かしら」


 幾度か空の苗箱を運搬した時に、遠くでドスンと地響きのようなものが聞こえて足元が小さく揺れた。

 用水路で苗箱を洗う手を止めたおばさんが、心配そうに遠くの山の方を見ている。


「そ、そうですねえ」


 地鳴りの原因に何となく察しがついた俺と鈴白さんは、わざとらしく相槌を打つことしかできない。


「苦戦してるのかな?」

「お二人なら大丈夫だと思いますけど」


 小声で話しながら、おばさんのいる用水路とおじさんが作業する田んぼの往復を続ける。

 田んぼに辿り着くと、田植機を華麗に運転するおじさんがこちらへと向かって来ていた。


「さっき揺れたなあ! 大丈夫か!」


 エンジン音に掻き消されない大きな声がはっきりと聞こえる。


「大丈夫ですよ!」


 俺も負けないくらい大きな声を出して応える。鈴白さんも可愛い声を張り上げるけど、見事にエンジン音に消されてしまった。


「早めに切り上げた方がいいかの!」

「その必要はないと思いますけど……ね」


 原因を知っている俺は、しかしあまり強い調子でおじさんの台詞を否定できなかった。だって理由を説明できるはずがないから。今丁度おじさんの後方に見える山から天に立ち上る巨大な生物が震源だなんて。


「「ひょぉッ――」」


 俺と鈴白さんは変な声を漏らして固まってしまった。


「おう、またか……間隔が短くなっとりゃせんか?」

「あは、あはは!」

「そうですね!」


 後ろを振り返らないようわざとらしく相槌を打って注意を引こうとする俺たちに、おじさんは訝しげな視線を送って首を傾げていた。

 頼みますからあんまり目立たないようにして済ませてくださいよ、と心の中で先輩たちにお願いするのだった。

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