魔法少女のいないバー
ここは街のとあるバー。
今日も初老のバーテンダーと壁にかかる古時計だけが訪れる客を見守っている。
今晩の客はカウンターに座る一組の男女。カップルではない、間に一席空いた距離が微妙な関係を物語っている。
「君から誘ってくれるだなんて嬉しいな。こうして二人で会うのは一年ぶりかな」
泣き黒子のある女性の横顔を見ながら少年のように声をはずませる青年。眼鏡の奥では実に嬉しそうに目が笑っているが、それが普段の顔であると、女性の方は知っている。
長い髪を後ろで束ねた女性がカウンターの上を滑らせて男に渡したのは、黒い板状の機械。スマートフォンに酷似したそれと同じようなものを、男は知っている。
「あんたのいる機関がよく似たものを使ってるでしょ」
「どこでこれを?」
「敵が落とした」
そう聞いてようやく男は薄ら笑いを止め、真剣な面持ちとなり、端末を手に取り操作する。
「確かに似ているが細部は違う。中の情報も正確性に多少の難があるね。ただゼロから作ったとしたらあまりにも似すぎている。誰かが端末の情報を模倣して作成した可能性が高い」
「内部から端末と情報が流出したと捉えていいかしら」
「残念ながらそうなるね」
「しっかりしてよ。偉いんでしょ、あんた」
「いやはや面目ない。こういうことのないようにセキュリティは強化してあるんだけど、どうにも穴があるようだね」
「言い訳は結構。今後同じことが起きて無関係な子たちを巻き込む真似だけはしないでよ」
女性の剣幕を受け、男性は肩を竦めた。
「努力しよう。しかし気にかかるのは何故そのような情報をスペシャライザーに敵対する者が欲していたかということだが」
「敵の情報を知る理由なんて多くないでしょ?」
男女はグラスを傾け中身を飲み干す。程よい酔いが回り始めるのを互いに自覚した。
「またこの街が荒れるかもね」
「今回はその予兆、なんかじゃないといいけれど」
女は空になったグラスを振り、溶けかけた氷を鳴らしならしながら口の端を釣り上げた。
「けど大丈夫。もしそうなっても、なんだかんだで結局あの子たちは自分の意志で立ち上がるから。なるべくなら平和な日常を過ごして欲しいんだけどねぇ」
赤い顔でうっとりと語る様を、男は静かに見届けた。
「そうだ。お次はこちらから何か情報を提供しよう。さてどんな話題がいいか……」
「えーやめてやめて、聞きたくない。面倒事持ち込まれそうでやだー」
耳を塞いでイヤイヤする女性と可笑しそうに話をする男性。二人の距離がわずかばかり近づいて見えたのは、きっとお酒の魔力だろう。
ここは街のとあるバー。
今日も初老のバーテンダーと壁にかかる古時計だけが訪れた客を見守っていた。




