ボランティア倶楽部とマガツ機関
もう少し訊ねてみたいこともあったが、その前に目的の建物へと辿り着いたようだった。ゆっくりとワゴン車の速度は落ちていく。
「着いたよ。ここが君たちを連れてくることになっていた場所、マガツ機関中央センターだ」
車は建物の前で止まった。降りるように促されて車から降りて建物の入口の前に立つと、今度は建物の中から出てきた女性が俺たちの傍へと歩み寄ってくる。
「はじめまして。ここから皆さんの案内をします足立美弥子です」
ファイルケースを抱えた小柄でメガネを掛けた女性が自己紹介する間に、尊田さんだけが乗る車は走り去っていった。
「お友達は先に着いて中のロビーで待っています。まずはそちらへ」
お友達、とは一体誰のことかと考えながら、音無先輩と四之宮先輩を筆頭にして聖が続き、間に俺を挟んで少し離れて明が歩く。
足立さんの後について入館した中央センターのロビーは広く、天井は吹き抜けになっていて外の光がたくさん中へ注いでくるために清潔な印象を与えてくる。
前方には奥へと進む扉と上階へ向かう階段が見え、その前にあるのは受付カウンターだろうか、女性が一人立ち上がり、こちらに会釈をしてきた。
左右に広がるガラス張りの窓がある空間にはソファや机がいくつか並んでおり、外の景色を伺えるようになっている。そこが待合ロビーになっているのだろう。
そして俺たちの右手側にあるロビーのソファに一人で腰掛けていた少女が、たった今入館してきた先輩たちの姿に気付いて表情を明るくして駆け寄ってきた。
「あやめさん! かりんさん!」
「音央ちゃん!」
先輩二人の腰に抱きつくように飛び込んできたのは、鈴白音央ちゃん。ここにいるみんなと同じスペシャライザーの女の子だ。
「そっか。貴女も呼んでいるって、巻菱さんが言っていたものね」
四之宮先輩が言ってようやく俺もそのことを思い出した。
「どうせなら一緒に来れば良かったわね」
音無先輩の台詞に俺も心の中で頷いた。
「お兄さんも! ひじりさんも! それと…………ふみ?」
名前を呼ばれた俺と聖は、鈴白さんに手を振って応えた。そして名前を呼ばれなかった唯一の人物は、むすっとした表情をしていた。
「……く、黒いおに……おね……おねえ……さん……?」
不思議そうな目をしていた鈴白さんだったが、次第に頭がパンクしそうになってきているのが分かった。事情が呑み込めてないに違いない。
お姉さんと呼ばれた明の顔色がほんの少しだけ変わった気がした。きっちりと説明してあげるのが二人のためだと思った。
足立さんに連れられて通路を進む最中に、混乱していた鈴白さんに事の経緯を報告し終えた。
「ふえぇぇ……黒いおにいさんがおねえさんになって、あきらちゃんがあきらさんになって」
まだ少し混乱している。頭を抱えてふらふらと歩む鈴白さんの足取りを案じて隣を歩いていた。
鈴白さんに話をしていたためか、いつの間にか俺たちが最後尾にきている。俺の前には足立さん、先輩たちと聖、少し離れて明という並びになっていた。
「で、でもでも。同じ目に遭っちゃうだなんて、やっぱり二人は仲良しさんなんですね」
鈴白さんはそう言ってくれるし、おれもそうなればいいと思っている。
どうにかして二人のわだかまりを探ってそれを取り除けないかと、暇があればその考えが俺の脳裏を占めている。
考えているうちに目的の場所に着いたらしく、扉の前で足を止めた足立さんに倣って俺たちも歩みを止めた。
「こちらは中央センターの管制室になります。先程まで一緒にいた武さんや私が日頃働いている場所です」
自動化された扉が開き足立さんが中へ入っていく。先輩たちに続いて俺たちも立ち入った。
「少し寄り道です。ここにはあなた達にお礼を言いたがっている人がいますから」
俺たちの立ち入りを促す足立さんの隣を通って飛び込んできた光景は、俺の心を揺さぶった。
「すっげえ……なにここ」
開けた空間に浮かぶような巨大なモニター。まるで秘密基地みたいに眼下に広がる管制室のデスク。
男の子の心がワクワクするのが分かった。
そして眼下のデスクには二人の人が座っていて、こちらに気付いて視線を送ってきた。
「あの二人があなた達にお礼を言いたいという美香さんと誠さんです」
紹介された二人が俺たちに手を振ってきた。
「はぁい。あなた達のおかげで助かったわよ。どうもありがと」
「君たちも災難だったね、あんな人の目論見にハメられて」
大人っぽいお姉さんと爽やかそうなお兄さんである。足立さんや尊田さんと同じ制服を着ている。
「武さんを含めた私たち四人は、あの日ここで拘束されていたんです。そしてあなた達の戦う姿を見せられました」
先程、尊田さんが説明してくれたのと同じ内容を足立さんが繰り返した。
「マガツ機関に勤めている所員の中で私たちが唯一、あの日起きたことを目撃しているんです。他の人は施設の地下に閉じ込められて事態を把握することができなかったんです。あれからしばらく経ってようやく、全所員にあの時起きたことの周知が済んだところです」
あの時起きたこと。それは俺たちのしたことがここの人たちに知られたということだ。
そして俺たちは、まだここで起きたことの全容を知ってはいなかった。
「行きましょう。上階の応接室で所長がお待ちです」
足立さんに促されて管制室を出る時も、下にいるお二人は俺たちに手を振ってくれた。
「今回あなた達を招喚したのは、所長がご自分の口からここで起きたことを説明するためです」
先週巻菱さんが部室に現れた際に偉い人が話したいことがあると伝えてきたが、それはこのことだったのか。
「あたし達のところには巻菱さんが言伝に来てくれましたけど、あの人や風里さんも今回の件に関係があるんですか?」
四之宮先輩が訊ねると、足立さんは肯定した。
「はい。真神さんと巻菱さん、あの人たちは所長のお知り合いのようで、今回の事件に一枚噛んでいたんですけど……その辺りは、所長から順を追って話を聞いてください」
「そうですか。そうします」
「ま、話を急かしてもこんがらがるだけだし。どんな話をしてくれるのか期待しましょ」
「貴女の場合は順を追って話を聞いても理解力が足りずに混乱するだけじゃない?」
何をぅ! とプンプン怒る音無先輩と飄々としている四之宮先輩の様子に心が和むのを感じたが、不意に口を開いたのは明だった。
「クロスクロイツ……ローゼンクロイツについても話を聞けるのか?」
そうだ、そいつがいた。
聖と明にとっては、一番気がかりなことだろう。聖が明の言葉に賛同するように口を開く気配はないが、その表情は若干険しい。
「私たちの方で把握できていることは全てお伝えすると聞いています。後は……あなた方の眼と耳で確かめてください」
そして辿り着いたのは木製の扉の前。佇まいを正した足立さんが二度、扉をノックした。
「客人をお連れしました」
「入ってくれ」
扉の向こうからくぐもった返事が聞こえてから、足立さんは扉を開けた。
「失礼します」
開け放たれた扉を押さえる足立さんの横を通り、俺たちは応接室へと入室した。
さっきみた秘密基地のような管制室とは違い、至って普通の洋風応接間。カーペットを踏みしめて全員が入室してから、背後の扉が閉められた。
「今日は呼び出しに応じてくれてありがとう。感謝するよ」
俺たちを出迎えたのは、メガネを掛けた白衣の男性だった。にこやかに言葉を告げながら、テーブルの側にあるソファに座るように促してきた。
そして、その場にいたのは白衣の男性だけではなかった。男性が腕で示したソファの近くに、俺たちとそう歳の変わらなそうな四人の先客がいた。
知らない人たちばかりであったが、その中の一人がゆっくりと歩み寄ってきた。
「玲奈」
「れなさん!」
「九条さん……」
先輩たちと鈴白さんは東台高校の制服を着るその人の事を知っているのか、声を上げて近付いていった。全く知らない俺と聖、明の三人は入室した位置のまま、動けなかった。
「もう出歩いて大丈夫なんだね? てか、髪切った?」
「ええ。体は問題ありません。こっちは少し気分を変えたくて」
九条玲奈と呼ばれた黒髪の女の子は、肩ほどで切りそろえた髪を指で弄りながら音無先輩に答えた。
「心配おかけしましたね」
それから鈴白さんの頭をくしゃっと撫でると、四之宮先輩に相対した。
「その節は本当にご迷惑をお掛けしました。謹んでお詫び申し上げます」
きっちりと腰を折り頭を下げる様子に、彼女の謝意をひしひしと感じた。
「いいのよ。貴女もあたしも上手いこと利用されただけのようだし、そのことについては今から神木さんが話してくれるんでしょうし」
先輩が言うと、所長の男性がうんうんと頷いた。神木さんという名前らしい。
と、頭を上げた黒髪の女性が今度はこちらに近付いてきた。
どうしたのだろうと思う俺の目の前で彼女は立ち止まり、上品な笑顔を向けてくるのだった。
「貴方が私の呪縛を解いてくれたと聞いています。お礼を言わせてください」
突然お礼を言われても、俺には思い当たる節がなかった。
メガネを掛けて少し雰囲気が変わったし、誰かと間違えてるんじゃないのかなと考えながらマジマジとその人の顔を見ていると、ふとその顔と重なるものがあった。
「あ……もしかして、あの時の」
「あら、今お気付きになりました?」
髪の色は違うけれど、その顔立ちには覚えがあった。
先日ここで起きた戦いの際に、音無先輩に助けてあげてと頼まれた人だ。
記憶が確かならばあの時、先輩や鈴白さんが九条さんとかれなちゃんと呼んでいた。
「すいません、雰囲気が変わってて気付きませんでした」
「気になさらないでください。こうしてきちんとお会いするのは今日が始めてなんですから」
九条さんは俺の傍にいた聖と、少し距離を開けている明にも目配せして軽く会釈をした。初めて会う人物に二人とも遠慮がちな気配が伺えた。
「それに相馬くん……君も来てたんだね」
音無先輩の声に反応したのは、先客の中で唯一の男子である。
壁にもたれていた彼はそのままの姿勢で微笑しながら右手を軽く上げてきた。
第一印象は顔立ちのいい好青年って感じで、性別反転前の聖を思わせた。
と同時に、東台高校の制服を着ていたせいもあってか、九条さんとよくお似合いのコンビに見えてしまった。そういう関係かどうかは知らないけれど。
「それと……」
残る二人の先客に視線を向けたところで音無先輩の言葉尻は萎んでいった。どうやら、その二人の女性には見覚えがないらしい。




