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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅰ
125/260

試験の終わりと約束の日

 俺に何ができるだろうかと考えてみた結果、とにかく今は中間試験が終わるのを待つしかないという結論に至った。

 まずはこれを済ませなきゃ、聖と明の問題に真剣に取り組めそうにない。

 煩わしいが、まずは試験からだと気持ちを改めての二日目の朝、下駄箱にまた紙が入っていた。今度は丁寧に便箋に包まれている。

 ちらりと中の手紙を読んでみたが、書かれていたのは昨日と同じような内容の文章であった。

 俺の何が差出人にこんなものを出させる暗い情熱を抱かせてしまうのか、思い当たる節がないわけでもない。

 昨日俺にちょっかいを掛けてきた運動部員たちと似たような理由なのだろう。

 先輩たちと仲良くしてることが気に食わないとか調子づいてるとか色々思わせてしまうのかもしれないが、絡まれるほど大層なものじゃない。

 寧ろ命がけの場面もある大変なことなのだが、説明もできなければ分かってもらえるわけもない。

 ハァと嘆いて廊下に出た時、おはようと声を掛けられた。

 見ると、音無先輩が手を上げていて……俺の顔をマジマジと見ていた。


「雰囲気変わったねぇ」

「変、ですか?」

「ううん、かっこいいよ」


 落ち込んでいたところに先輩のその言葉。昨日委員長にかけてもらったのと同じ台詞にコロリと心が軽くなるのを感じた。


「テスト頑張ろうね」

「はい!」


 先輩に手を振り返して背中を見送った。

 さっきまで考えていたことがつまらないことのように思えてきた。先輩に励まされて今日のテストも乗り切れそうな気がしてきた。

 先輩もちゃんと乗り切れるといいが、と案じながら教室に向かおうとした俺の目の前に立ちはだかったのは、見覚えのある男子数名。昨日俺に絡んできた中で一年生の奴らだろう。

 その目は俺に対して敵意……という程ではないが、快く思っていないことが丸わかりの色を帯びていた。

 今先輩と出会って元気になっていた心がまた萎んでいくのを感じていると、ビクッとしたそいつらは俺に何も言うことなく踵を返して立ち去っていった。


「……なんだぁ?」


 逃げ出すように去っていったのを訝しむ俺の横を、スタスタと通り過ぎて行く相手の姿を確認してああ、と得心した。


「明」

「……」


 俺が声を掛けると一瞬立ち止まる仕草を見せたが、そのまま歩み進んでいった。

 無視されているわけじゃない。昨日も助けてくれたし嫌われてもないはずだ。学校に現れた当初はいきなり接触されたりトイレに連れ込まれたりと、感情をぶつけられたりもした。

 けどその後の明は、覇気がないというか積極的ではないというか。あまり親しくなろうという気は見られない。だから、イマイチこいつと接する距離感が掴めないでいた。

 しかしそれを言い訳にしていては明と聖の問題をどうこうできるわけがない。俺はマネージャーだという自負を胸に、こっちから話しかけていく。


「た、助かったよ!」


 タッタと駆け寄って明に礼を言う。横に並んで思うのは、俺と身長はそう変わらないということだった。聖よりも少しだけ背が高い。


「俺は何もしていない」

「そう言うなよ。昨日だって助けてくれたし」

「別に」


 ぷいっとそっぽを向かれた。それで話を打ち切るつもりのようだ。

 昨日のことを話の種にしてもこのまま素っ気なくされてしまう気がし、思い切って関係ない話を振ってみた。


「……テストの調子はどうだ?」

「は?」

「今週の中間試験。昨日はこういうの初めてって言ってたろ。だからどんな風に感じたか気になってさ」

「……」


 疑うような視線。そういえば昨日の朝に話しかけた時もこんな目をしていた。話しかけると聖がいい顔をしないと言っていた。

 今にして思えばそういうところに気が付くというのは、周囲を観察しているからなのかもしれない。

 周りを警戒しているために気が付いただけかもしれないが、こいつはこいつなりに学校という空間をちゃんと見ているのだろう、そう思えた。


「そもそも俺は、勉強のためにここへ来ているわけではない」

「そりゃそうだが……ほら、巻菱さんにもお前のことよろしくって言われてるからさ。学校の中ではちゃんと面倒見ようと」

「見てもらう必要などない」

「じゃあテストどうだったんだよ?」


 うぐ、と声を詰まらせるのが聞こえた。


「ははぁ……さてはお前」

「名前は、ちゃんと書いた」

「それじゃ点取れねえし!」

「……取る必要がないと言ってる」

「学校にいる間はそういう言い訳は許さないよ」

「言い訳……」

「まあまあ。さっきも言った通り学校にいる間は俺がしっかり見ててやるから、次の期末テストは頑張ろうぜ」

「次もあるのか!?」

「ああ。知らなかったか?」

「初耳だ……」


 愕然とした明の表情。こんな顔もするんだなと、新鮮な気持ちになった。


「そうへこむなって。次は俺が勉強見てやるから」

「あ、ああ」


 平静を失っているのか、今度はテストなんて必要ないとは言われなかった。

 俺にはやっぱりこいつが悪い奴には見えなかった。


――――――


 そんなこんなでテスト週間は終わりを告げる。

 手応えは悪くない。妙な手紙をもらったり運動部員に絡まれたりとテスト外での問題が降りかかってきたが、日を追うごとにそんな行為も鳴りを潜めていき無事に金曜日の放課後を迎えることができた。

 学校が終わるとボランティア倶楽部の面々に双葉明を加えた俺たちはバスに乗り、ある場所を目指した。

 そこは先日、俺たちの戦いの舞台となった人工島上に立つ施設、マガツ機関と呼ばれる研究機関である。

 人工島へ渡る橋の終点、『マガツ機関前』というバス停に俺、聖、明、四之宮先輩、そして音無先輩の五人は降り立った。

 俺たち以外に誰も乗客のいなかったバスは今来た道を戻って行き、入れ替わりに島内から一台のワゴン車がやってきた。

 俺たちの前に止まった車の運転席から降りてきたのは、見知らぬ男性だった。水色の衣装は、この機関の制服だろうか。


「君たちが今日来ることになっていた西台高校の……」

「はい。ボランティア倶楽部です」


 答えたのは部長である。男性は一歩前に歩み出た先輩を、次いで後ろに控える俺たちに視線を送ってきた。


「この間の戦い、見ていたよ。君たちのおかげでここにも大した被害は出なくて、本当にありがとう」


 その人は丁寧に頭を下げた後、気さくな笑顔を向けてきた。


「そんな……自分のやらなきゃならないことをしただけです」

「あたしは騒動の発端の一員ですから、礼を言われるどころか謝罪しなければなりません。すみませんでした」


 音無先輩に続けた四之宮先輩が深々と頭を下げた。俺たち後輩組はどうすべきが判断できず、ただ黙って様子を見守っていた。


「いいや、君が利用されていたことは組織にいる誰もが知ってることだから気に病むこともないよ……ここで僕が長々話してもしょうがないし、とにかく早く乗ってくれ」


 男性に促され、俺たちは順だってワゴン車に乗り込んでいった。ちなみに助手席に乗ったのは明だ。色々と気を遣ってくれたのかもしれない。


「自己紹介がまだだったね。僕は尊田武。マガツ機関で施設内の情報解析を担当している」


 運転をしながら尊田と名乗った男性が自分のことを話してくれた。


「戦いを見ていたっていうのは、どこかでカメラか何かで?」


 俺がそう訊ねると、尊田さんは首を縦に振り、バックミラー越しに後部座席に座る俺に視線を送ってきた。


「君たちがここへ来た時、僕たちは所長も含めて宇多川……あの事件の首謀者に中央管制室に軟禁されていてね、そこにあるモニターで君たちの姿を見せられたんだ」


 広い敷地である、見張るための監視カメラがあるのだろう。

 首謀者はその映像を通して先輩たちの戦いを観察していたのか。どんな魂胆があって先輩たちを戦わせたのか知らないが、首謀者に対してヘイトが募っていくのが自分でも分かった。


「本当なら見ているだけじゃなくて手助けをしたい気持ちはあったんだけど……恥ずかしながら僕らは戦闘はからっきしだから。銃を持った相手や人造魔法少女に太刀打ちできずに大人しく見ているしかできなかったんだ。すまなかった、そして本当にありがとう」

「気持ちだけで充分です。戦うのは、あたし達の役目ですから」


 音無先輩の言葉を受けて、尊田さんはほっとしたように息を漏らした。


「人造魔法少女というのは……?」


 話の中で出た単語に反応したのは四之宮先輩であった。彼女が訊かなければ俺が訊いているところだった。


「穏やかじゃない言葉っすね」


 俺が合いの手を入れると、尊田さんは運転席からちらりと外に視線を向けた。


「ああ……丁度いい。あの子たちのことさ」


 親指でくいと外を示す動作に釣られ、車内にいる者の視線が外へと向けられた。

 外にはこの前の戦いの痕跡が薄っすらと残っていた。瓦礫や折れた木々、抉れた地面……それらの後片付けを黙々と行っているのは、同じ顔をした女の子たちである。


「灰色の髪の女の子……!」


 車内にいる面々が表情を強ばらせた。これまで黙っていた聖と興味なさげな態度を見せていた明までもが。

 それは当然のことだ。あの女の子たちはここへ突入した俺たちに襲いかかってきた少女たちであり、あの子たちと同じ顔をしたクロスクロイツ……今は名前を変え、ローゼンクロイツと名乗る黒十字結社の元首領が現在もどこかにいるはずである。聖と明は、そいつと深い因縁があるのだ。


「安心してくれ。彼女たちは、今はもう戦う力は宿していない」

「……どういうことですか?」


 四之宮先輩が訊ねると、運転手から答えが返ってきた。


「呼称の通り、彼女たちは人工的に造られたスペシャライザーなんだ。非人道的な行いだったと自戒した所長が自ら破棄した研究だったんだけど、宇多川……あの人が密かに研究を続けていたらしい」


 聞いた限りでは、確かに褒められた研究ではないようだ。俺の脳裏には、細胞を培養されて造られる少女たちの姿が浮かんでいた。


「過去の行いで自らの首を絞められたか。自業自得だ」


 言い放ったのは明だった。言いたいことだけ言って、ついと助手席の窓の外へと視線を逸らした。


「言ってあげないでくれ。所長も昔のことは本当に悔いているようだから」


 尊田さんは苦笑いしながら所長さんを庇う言葉を口にした。

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