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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅰ
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地獄の鬼

 あれから更に四体の鬼が、四之宮先輩の手によって角を斬られ霧散していった。


「はぁ……」


 視線の先、洞穴の中心であり奇怪な紋様陣の中央にいる四之宮先輩の呼吸は荒くなってきていた。


「ふむ」


 と隣にいるおつきさんが顎に手を当てて唸り、頷くような素振りを見せた。


「私としてはこのくらい角が手に入れば充分だが」


 おつきさんの足元には鬼の角が十本、無造作に転がっていた。

 等活、黒縄、衆合、叫喚。四つの地獄を潜り抜け、衆合では双子らしき鬼を相手に先輩は立ち回っていた。

 そして今、幾多の武器を背に携えた鬼を追い払った赤いツインテールの先輩が背中を向けたまま首を向けてきた。


「まだいけるわ」


 そう口にする先輩の顔は、少し疲れの色が見えた。


「先輩!」


 思わず横から口を出した。先輩の視線がおつきさんから俺へと向けられる。


「無茶だけはしないでくださいね!」


 魔女の呪いが見られない先輩には余計な口出しかもしれない。けれど少し前までそれに苦しめられていたことを知っていたから、言わずにはいられなかった。


「……後輩を不安にさせるわけにもいかないわね。いいわ、次で終わりにするから」


 余計な口出しを聞き入れてくれた先輩がそう言ってくれた。無理せず引き際を見極めていることに安堵する自分がいた。


「では第五門、大叫喚の鬼をもって今回の支払いは終わりにするとしよう。私としては衆合までで満足だったが、そこから先は君の奉仕精神ということで有り難く受け取っておこう」

「それはどうも。折角なら次に来た時にサービスしてくれると嬉しいですね」

「いつ来るか分からん客に確約はできんな」

「残念」


 そう言って先輩は正面に向き直った。

 同時に足元の陣の上の火炎が一際強く燃え盛る。赤い炎は蒼となり、更に輝く白炎と化す。

 輝きが強すぎて、炎の中にいる先輩の姿を直視することができずに目を細め背けてしまう。


「まずいな」


 と口走ったのは、おつきさんである。

 笑いながら何を言っているのかと思ったが、それは俺の勘違いであった。


「まずいって……?」

「この火は大叫喚の鬼じゃ済まん。大焦熱級がくるぞ」

「大焦熱級?」


 その凄さが俺にはピンとこない。疑問符を浮かべる俺に、口の端を引きつらせるおつきさんが教えてくれる。


「地獄の最下層阿鼻の一つ上の地獄だ。八大地獄の七層目……これまでの鬼など餓鬼に思えるぞ」


 本来呼び寄せるはずだった第五門からいきなり二つも下がるのか。しかもそこにいる鬼は、今までと比較にならない程らしい。


「どうしてそんな……失敗ですか?」

「門は確かに大叫喚へつないだ。が、そこに大焦熱の鬼が戯れに来ていたのやもしれんな。……どうあれ、君の言う通り失敗なのだろう」


 顔に滲むその汗は、熱によるものか冷や汗なのか、はたまた両方か。


「ど、どうするんですか! そんな強そうな鬼!」

「どうするも、追い祓うしかなかろう」


 おつきさんは軽く腕を振り、陣の中へと歩み入ろうとした。


「貴女も、参戦するんですか」

「これはこちらの不手際だ。尻拭いはするさ」


 二人がかりならどうにかなるだろうと付け加えるおつきさんの足が炎の陣を踏み越えるのを、四之宮先輩が左腕を横に掲げて制した。


「まずは一人でやらせてもらえませんか? 悪夢から覚めた自分がどこまでやれるのか、試してみたいんです」


 俺もおつきさんも、手出しを拒むとは思っていなかったので動揺した。


「無理だと断じたら即座に邪魔するぞ」


 が、おつきさんはそう答えて陣に踏み入るのを止め、四之宮先輩は横に出した左手の指で丸を作っておつきさんの言葉を受け入れた。

 そして白い火炎は洞窟の中心で轟々と音を立てて燃え上がり、鬼へと姿を変えた。


「……あ?」


 炎は収まりそこに現れた鬼を目にした時、不意に声を漏らしていた。

 そこにいたのはこれまでの鬼たちとは全く異なるシルエットをした鬼がいた。

 鬼というより少女、いや幼女。四之宮先輩よりも小柄であり、小学生の低学年と見紛うような小柄さである。

 地につく程に長い白髪、前髪から覗く二本の角。そして異様に長い腕。手の甲を引きずって歩む姿を見て、俺は少し安堵した。


「なんか、さっきまでのより随分縮みましたね」


 とてつもなく強そうな奴が出てくるかと思っていただけに、幼女が現れたことに拍子抜けしていた。

 これなら大丈夫そうだと、相手の外見だけで安易に判断してしまうことは大きな間違いであると直後に思い知らされる。

 隣のおつきさんに話しかけた瞬間、ずどんと洞穴を揺るがす衝撃が伝わり、慌てて視線を戻した。

 そこには腕を振り払った小鬼の姿だけがあり、紅の魔法少女の姿は見当たらなかった。

 先輩は、壁面に吹き飛ばされていたのだ。俺が目を離した僅かの間にたった一撃で、疾さを誇るハートフォームが呆気なく攻撃を受けていたのだ。


「……防いでなかったら危なかったわね」


 崩れ落ちた洞窟の壁の一部が積み重なる中から岩片を鎌で押しのけて出てきた四之宮先輩の顔は赤かった。

 髪ではなく血が顔に貼りついていた。


「目が視えなくて助かったな。視えていたらチビッていたぞ」


 おつきさんの言いたいことは分かった。今の俺は本当に表面だけしか視えていなかったようだ。あの小鬼が内に秘めた力は、さっきまでの鬼とは桁違いなのだと考えを改めさせられた。


「先輩は、大丈夫なんですか!?」

「まずかったら手を貸すと言った。もう少し見ていろ」

「でも」

「あいつはまだ戦う気だ」


 その言葉に応じるように、先輩は足を踏み出しながら腰のホルダーからカードをドローする。


「ドロー……クラブ」


 空気の流動のない空間に風が巻き起こる。その勢いに吹かれ、松明の灯りがふっと消えた。

 暗闇が訪れたのはほんの一瞬だったかもしれないが、俺にはとても長く感じられた。

 パチン。

 視界を闇に閉ざされ、敏感になった耳に指を弾く音が一際大きく聞こえ、そして視界が戻る。

 再び松明に照らされた世界の中には白い小鬼と、緑衣の魔法少女がいるはずだった。


「……?」


 首を傾げたのは小鬼だった。そして俺も我が目を疑った。

 四之宮先輩がいない。

 どこに行ったのかと不安に思う俺と不審に思う鬼、先に気が付いたのは俺の方だった。

 先輩の姿が暗がりに見えたからだ。魔法少女の姿を探す小鬼の背後に、大鎚を振りかぶる彼女の姿が浮かび上がってきた。


「――ッ!!」


 クラブスマッシャーが直撃するシーンを目の当たりにしてしまった。

 虚を突いて叩きつけた大鎚が小鬼の右半身を殴りつけ、先程の仕返しとばかりにその小さな体をぶっ飛ばした。

 やり返した! と俺は拳を握りしめた。先輩の攻撃が見事に通じたと思った、が、鬼は壁にぶつかるではなく、両の足でしっかりと着地していた。

 壁面に大きなクレーターを作った小鬼は、頬が割けるかのような笑みを浮かべながら先輩へ飛びかかる。

 だがしかし、今攻撃を繰り出したばかりの先輩は体勢を崩すことなく足を踏ん張り、振り抜いた大鎚の遠心力を殺すことなくウォンとハンマーを振り回して小鬼を迎え撃つ。

 先輩の呼気と、小鬼のケタケタとした笑い声の後、鎚と左拳が衝突する音が木霊した。

 ぶつかり合った衝撃で二人の体は弾ける。クラブスマッシャーは砕け散り、鬼の拳は潰れていた。

 だが鬼は怯まない。潰された右半身の、その右腕を無造作に振るう。

 芯が砕けているのか、鞭のように異様にしなる腕をマジシャンズエースの頭上から叩きつけ……腕は千切り飛ばされた。


「ステゴロ!?」


 先輩が体ごと突き上げた右拳は、鬼の右腕の肘から先をぶっつりと断ったのだ。

 そりゃあ攻撃力強化のフォームだとは教えられていたけれど、まさか素手でもあんな威力を出せるなんて思っていなかったから驚いた。

 腕を飛ばされ一瞬怯んだ鬼を眼下に、先輩が叫ぶ。


「ダイヤ!」


 電光が洞窟を照らす。そこからの流れはまさに電光石火だった。


「フィニッシュ・ドロー! フォーカード!」


 ドリルテールの魔法少女が手にした機関砲、ダイヤスリンガーが四つのカードを取り込んで形態を変化させていく。

 中空で肩に担ぐはバズーカ。照準は天を睨む小鬼を捉えていた。

 砲口から放たれたのはマジシャンズエースの四属性を広域に撒き散らす拡散弾。

 火、水、風、雷の力を秘めた無数の散弾が陣の内を間隙なく埋め尽くす。


「はぁッ!」


 ダンッ。

 ダンッッ。

 ダンッッッ!


 幾度も降り注ぐ四属性の雨が小鬼の体を押し潰していく。

 鬼の形相が変わった。愛らしかった幼女の面影なく、まさしく鬼のように険しい形相を浮かべていた。

 鬼が吼えるかと思われた瞬間、その足元に白炎が滾った。異変に気付いた小鬼、先輩、そして俺が様子を窺っていると、鬼の体が徐々に炎に呑まれ、消えていく。


「ここまでだな。もう充分、結構だ」


 おつきさんだ。彼女が片手に持った煙管をくるりと回していた。

 それが切っ掛けだったのか、小鬼はその場から消失してしまった。消える寸前、憎々しげな視線を四之宮先輩に向けていたのを見た。

 敵が消え、砲撃を終えた先輩はトッと降り立ち、武器を取り落として膝をついてしまった。


「…………もう少しで大焦熱の鬼の角が手に入ったのに、残念だわ」

「強がるなよ。全形態を使いきり、必殺の技も撃ち尽くしておいて。あれで鬼が倒れなければ手詰まりだったろ?」


 先輩は何も言い返さない。言い返せないのか。


「いや……五十三枚目のカードがあったか? 使うつもりがあったのか、使いこなせるかは別だが」


 おつきさんは意地悪そうにクスっと笑っていた。この人、先輩の力のことをどこまで知っているのだろうか。


「……」


 鬼門は完全に閉じたのか、地面に灯っていた白い炎は全て消えた。それを確かめたかのように何も言わずにいた先輩が立ち上がろうとして、また膝をついた。


「先輩! 大丈夫ですか?」


 俺は先輩に駆け寄ると、肩を貸してゆっくりと立ち上がらせた。


「世話をかけるわね」


 ありがとう。

 そう言葉を述べる先輩の衣装がふわっと揺れ、魔法少女の姿から私服の格好へと戻っていた。


「いやいや何はともあれ天晴な成果と言っておこうかね。鬼の角も大量に手に入った」


 どこから取り出したのか、布袋を手にしたおつきさんは足元に転がっていた鬼の角をいそいそとかき集めて袋に収めていた。


「これだけやったんですから、次に来た時は本当に手厚いサービスをしてもらいたいものですね」

「ハハ、覚えていたらしてやろうかな」


 思わぬ事態もあったがこうして先輩も無事、そして目当ての物を手に入れほくほく顔のおつきさんは少し上機嫌にそう言っていた。

 俺と先輩は顔を見合わせ、一先ず用件を済ませることができたことに安堵しながら、おつきさんに付き従って鬼門の閉じた洞窟を後にした。

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