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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動~一学期後半~・Ⅰ
115/260

先輩とのデート

 土曜日の朝、俺は家のリビングでそわそわと落ち着きなく待ち人が訪問するのを待っていた。


「あんた……今日メガネ買いに行くんじゃなかったの」

「そんなの後回しでいいよ。今日は他の用事あるんだから」

「試験前なのに遊ぶ余裕あんの? ちゃんとメガネ用意しとかなきゃ駄目よ」

「分かってるって!」


 メガネを買いに行くのなら明日でもいい。母親からの小言を右から左へ受け流しつつ、約束の時間が来るのを待った。

 今日はいつもより長い時間を掛けて少ない服から何を着ていくか選んだ。悩んだ結果、あまり気合を入れてしまっては浮かれすぎている気がして、そう思われるのが恥ずかしかったので結局何の変哲もないカジュアルな格好に落ち着いた。

 気持ちはそわそわとして落ち着かないのだが。

 ピンポーン。

 チャイムが鳴った。


「はいはい」

「俺が出る! 痛って! あ痛っ! 母さん来ないでいいから!」


 来客応対しようとする母を制し、扉の角に足の小指をぶつけたり廊下の壁に額をぶつけたりしながら家にいる母よりも早く玄関に向かった。


「部長さん息子に用ですかな?」

「親父いいいいぃぃぃ!!」


 何故か普段休日は家でゴロゴロしてばかりの父が四之宮先輩を玄関に招き入れていた。


「いえいえ。あたしは部長ではありませんから」

「ハハハご謙遜を」

「何悠長に話してんの!?」


 傷だらけになって玄関に辿り着いた俺をよそに、父は何とも愉快そうな声を上げていた。こんな楽しそうなパパは見たことがなかった。


――――――


「愉快なご両親ね」


 先輩に色々話してくる両親を無視することで、やっとの思いで出かけることができた。

 後ろは振り向かないし、振り向いても低下した視力じゃ見ることはできないが、間違いなく両親が表に出て俺と先輩を見送っている。見なくても分かる。そういう人たちだ。


「恥ずかしいところをお見せしてしまいました……」

「素敵じゃない?」

「恥ですよ……」


 先輩は手を口に当ててクスクスと笑った。先輩が楽しいのなら、愉快な両親も悪くはないと少しだけ思うことができた。

 だが改めて二人っきりになってみると、急にそわそわがぶり返してきた。

 思えば先日、先輩を助けるためとはいえ、魔女に乗っ取られたその体に思いっきりキスをしてしまったのだ。自分の力の全力を伝えるためであったし、それが功を奏して先輩も普段通りの彼女として過ごせているのだ。

 恩を売るとかそういうつもりは毛頭ない。ないのだが、返してくれるというのなら男としてはそれをドンと受け入れなくてはならない。


「えとそれであのきょ今日は俺とそにょごにょ……」


 全然ドンとできませんでした。緊張からか、しどろもどろな声が口から漏れるだけであった。


「ええ。今日は相沢くんにピッタリのメガネを見繕ってあげるわ」

「………………はい?」

「君の視力が下がってしまったのはあたしのせいだもの。責任は感じているし……このくらいさせてもらわないと、先輩として立つ瀬がないでしょ」


 うぅんおかしいぞ。これじゃデートじゃなくってただの、


「買い物……ですか」

「そうよ?」

「メガネを……」

「他に何買うっていうの? ……ああ、メガネだけじゃ物足りないか。それはそうよね……あたしは貴方にもっと大きな代償を払わせてしまったんだから」

「ああいえ! 気にしないでください! ちょっとその、二人でお出かけっていうのに舞い上がってボーっとしてただけですから!」

「そう言えば昨日も帰り際までずっとあたしの話に気のない返事してたわね。あら、もしかして本当にデートだって勘違いさせちゃった……?」

「そ、そんなわけないじゃないですかおかしな先輩だなぁ!」

「ならいいんだけれど」


 俺は泣いた。心の中で。ただひたすらに舞い上がっていた昨日の俺を世界の記憶から消し去ってしまいたいと神に願った。


「それで昨日も訊いたけど、どんなメガネをご所望?」

「どんなって……よく見えるようになればいいかなって、そんだけですよ」

「どんなフレームがいいとか、そういう好みは?」

「安いのでいいですよ」


 そう言うととても失望された溜め息を吐かれた。


「メガネはファッションの一部なの。身だしなみに気を遣わないとダメよ?」


 身だしなみと言われ、自分と先輩の格好を見比べた。

 俺がプリントTシャツにジーンズという出で立ちに対し、四之宮先輩は丈の長いガーディガンにストールを合わせ、下はロングスカートに編み上げブーツ。全体的にふわりとした柔らかな印象を与える、お洒落な姿であった。


「こんな格好ですいません……」


 これなら部屋にある数少ない服をもっと吟味して多少は着飾ってくればよかった。素敵な先輩の隣にいるのが不釣り合いに思え、少しだけしょんぼりした。


「はぁ……ダメね」


 けど俺以上に先輩の方が気落ちしていた。


「今日は貴方のためにと思っていたのに、普段と変わらず色々言っちゃって。こっちこそごめんなさいね」

「い、いえ! いつも通りの先輩でいいと思います! その方が、俺も安心ですし」


 そこには未だ体の内に魔女が封じ込められている先輩には変わらないままでいて欲しいという思いがあった。


「ありがとう」


 俺の本意が通じたのかは定かではないが、先輩はそう言って俺の右手を握って。


「うわあああああ!」

「ちょ、ちょっと?」

「ど、どうして手を!?」

「目の見えない後輩を置いて進むほど冷たい先輩じゃないわよ?」


 困惑する俺をよそに先輩は腕を引いてくる。力強いわけではないが、その手を振りほどくなんて真似はできるわけもなく。

 なんとも言えず柔らかくて細くて小さい四之宮先輩の手を握り返しながら、俺の心中はそわそわしていた。


「あの、それで、俺は一体どこに連れて行かれるんですか?」

「メガネ屋さん」

「どこのですか?」

「あたしが買ったところよ。嬉しい事にクーポン券があったから学生の財布にも優しいわ」

「それはありがたいです」


 安いメガネでいいけれど、更に安くなるというのなら願ったり叶ったりである。


「場所は駅前の大通りにあるお店なんだけれど……ここからならバスで行くのが一番ね」

「は、はい。よろしくお願いします」


 それから先輩に連れられてバス停に向かう間もずっと手は握られたまま。バスを待つ間も握られたままである。


「先輩……」

「なに?」

「正直に言いますとずっと手を握られているのはすごく恥ずかしいと言いますか、なんと言いますか」

「ごめんなさい。嫌だったかしら」

「嫌とかではなく!」


 嬉しさよりも緊張が勝ってしまうのは仕方のないことなのです。

 逆に訊きたいが先輩は俺と手をつないでいてそんな気持ちにならないのだろうかと、ちらりと隣を窺う。


「……」


 目を凝らすとその横顔は至って平静に見えた。まるでいつも通り。俺が願ったいつも通りの先輩だ。

 つまり先輩にとって俺は、手をつないでも特段意識しなくて済む後輩という存在に違いない。

 それくらい分かってましたけどね。残念なんかじゃないんだからね。


「バスが来たわ。乗りましょう」


 母親に手を引かれる子どものようにバスへと乗り込んだ。

 左手で吊り革に掴まりながら、周りの人にはどんな風に見えているのだろうかと考えた。手をつなぐ男女なら一般的には良い仲に見えるかもしれないが、そう思われたりしたら先輩に迷惑だろう。俺は見られても構わないけど。寧ろそう見えるのなら喜ばしい。

 しかし先輩は気にした様子もない。俺が周りを気にしすぎなのだろうか。周りの人には俺が考えてる風には見えないというのだろうか。

 バスがブレーキを掛けた時、隣に立つ先輩がバランスを崩し、右半身にとすんと体を預けてきた。


「ごめんなさい」

「いえ、全然」


 色々悶々と考えたけれど、こうして先輩の役に立てるならそれでいいかと思うことにした。


――――――


「大変申し訳ございませんでした」


 と、四之宮先輩に連れられて来たメガネ屋の店員さんに頭を大きく下げられてお見送りされた。

 お店から出てしばらく歩いたところで、俺は大きく溜め息を吐いた。


「ごめんなさいね……」


 俺の右手を引いてくれる先輩も表情を曇らせていた。


「いえ、先輩が気にすることじゃないですし……視力検査ができなかったのは俺の責任ですから」


 気にしている様子の先輩を精一杯フォローした。

 メガネ屋さんに着いたのは数十分前。それからレンズを合わせるための視力検査を行うことになったのだが、これが全く上手くいかなかった。

 どれだけ度の強いレンズを試されても、俺の視界には視力検査で使われるCの字の開きがどこにあるのかや、大きな数字や平仮名も全く見て取ることができなかったのだ。

 メガネ屋さんは医者ではない。最終的には一度病院で診察してもらうことをお勧めされ、冒頭のお見送り現場に帰結したわけだ。


「あたしがメガネで矯正できたから貴方もそれで大丈夫だと安易に考えてたわ……」

「いやいや、俺だってそう思ってましたし、親とメガネ買いに行くつもりでしたから、決して先輩が気にすることじゃないわけで」

「けど原因となる力の喪失はあたしのせいだから」

「それは言わないでください。俺が力を失ったのは先輩のせいじゃなくって先輩のためですし」

「……そうね。じゃあこれからのことを考えましょう」


 そう言うと先輩はパッと話題を切り替えてくれた。


「あたしとは症状が違うようだし、もうあたしの経験は参考にならないわね」

「クーポンも使えませんでしたね。残念です」

「病院に行って検査して……結果が出るとも限らないわ」

「魔法的なことですからねえ。科学的な検査で分かるとも……」


 ふと脳裏によぎったのは、マガツ機関という組織なら何か分かるんじゃないかという思いだった。

 魔法と科学の両方を研究している洋上の施設。そこなら普通の病院などよりも詳しいことが分かるんじゃないかと考えたが、考えるだけで行動に移せはしない。そこまでその組織のことを知っているわけではないし、どうせ来週末には赴くことになる。

 しかしそうなると、中間試験が始まる来週頭までにどうやって視力改善するべきかという問題が俺を悩ませる。

 メガネは効かない。病院に行くなら親と行くべきだろうし、原因が判明するかも分からない。

 手詰まりって感じだ。俺はまた溜め息を吐いた。


「一つ、思い当たるところがあるわ」

「え?」


 手をつないだ彼女の言葉にハッとして顔を見やった。この場合の彼女は四之宮先輩を指す言葉なだけであって、彼氏彼女の間からを指す彼女ではないので悪しからず。

 先輩は右手の人差指を立てて告げてきた。


「魔法のことなら魔法に頼りましょう」


 パチンとウィンクしてくる表情は解決策を思いついたためか、笑っていた。

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