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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動四
108/260

魔法少女と活動終了

 ブレイブウルフとナイトメアジョーカーが戦いを始めてまだ数分しか経っていない。

 僅かな間に、純白だった狼の衣装は血によって赤黒く変色していた。全て彩女自身の出血によるものである。


「ハァ……ハァ」


 傷が開き、出血をしては傷が塞がる。全身に溢れる無限の力は着実に彼女の体力を削っていた。


「好い様だな。これならもう」


 障害になることもあるまい。それは言葉にしなかった。


「あたしはまだやれる。あんたに負けるわけにはいかない」


 ブレイブウルフは地から天へ血の帯を引きながら、空で待ち受ける魔女へ攻め込んだ。

 初めは一見魔女と互角の戦いをしていた狼だったが、今では拳も蹴りも掴みも、全てが見切られかわされていた。

 間断なく繰り出されるブレイブウルフの攻撃の僅かな隙をついて、たった一撃。

 魔女が振り下ろした拳は狼の延髄を打ち据え、瓦礫と化した魔道研に叩きつけた。


「さて。貴様が敵わぬとなると私を再び封じることもできないわけだ。諦めて私に殺されてはどうだ?」


 魔女はロングコートをはためかせ、大地へ近付いた。瓦礫を押し退けて這い出した左肩に右足をあてがうと、瓦礫にドンと押しつけた。


「思えば貴様との腐れ縁も中々に思い出深かったぞ。このまま世界に向かうのも良いが……最後に愉しんでから逝くか?」


 ニヤリと笑い、魔女は狼に顔を寄せる。獲物を前にした肉食獣のような瞳が彩女の目を覗きこんだ。

 その深遠なる瞳を真っ直ぐに見返しながら、彩女は右手の指を三本立てて話し始めた。


「……三つ、あんたは勘違いしてる」

「ほう?」


 肩を踏んだまま、魔女は彩女の話に興味を持ったかフンと笑った。


「一つ、あたしはあんたと楽しむ趣味はない。一つ、あたしは諦めたりしない。一つ、確かにあたし一人じゃあんたに敵いはしない」


 魔女の口角がクイと上がった。勘違いなどしていないではないかと。


「けどあたしにはあんたにはいない仲間がいる」


 彩女は笑った。そして魔女が見ていたその瞳に映る姿があった。

 遥か上空より飛来する白鎧の戦士、エストルガー。


「それが貴様の奥の手か!」


 魔女は天を見上げ、左足を振り上げた。ダイヤのエンブレムが刻まれた左足から召喚されたのは、機関砲ダイヤスリンガー。

 照準はエストルガーを捉えている。引かれる引き金、唸る砲身、吐き出される砲弾がエストルガーの外装に激しくぶつかる。


「さあ、そこを退け」


 だが魔女の狙いはその背後にあった。二つの気配が重なり合って迫っていることを鋭敏に感じ取っていた。一つはこの間魔女封じを行おうとした小僧のもの。

 ならばと、魔女は彼を撃ち抜くための銃弾を浴びせ続けた。

 盾となっている戦士が少しでも動けば、その背後に控えている者は蜂の巣になる。だが退かなくとも、戦士が先に着地すれば次の者が着地するまでの一瞬で倒すことはできるだろう。


「随分と浅はかな策だな! 死に至る時を待ち侘びろ!」

「ぐうぅぅッ!」


 腕を交差し、銃弾を耐えるエストルガーは決してその射線から逃れようとはしなかった。

 真っ直ぐに魔女へ向かい落ちる一角獣に、まさか体当たりでも仕掛けるつもりかと魔女は考える。ブレイブウルフから足を退けても問題ないが、彼女に仲間の死を見せつけるべくそのまま撃ち続ける。

 エストルガーが魔女へ衝突する直前、弾丸がエストルガーの仮面を直撃した。


「ぐわぁ!」


 背後を最後まで守ることができず、エストルガーは魔女と魔狼の傍に墜落した。だが、魔女のすぐ近くまで送り届けることができた。

 ダイヤスリンガーの照準はエストルガーからその背後にいた者へと向けられた。


「な……」


 茨の女王。予想だにしていなかった者の出現に、ナイトメアジョーカーは虚を突かれた。

 茨の女王の放つ蔦が魔女の体を拘束する。力量差は極大、魔女が力を込めれば一瞬で解かれる拘束であったが、僅かな隙で充分だった。それが彼の狙いだった。


「捕まえたぞ……クソッタレ!」


 エストルガーの手が魔女の肩を取り、割れた仮面を魔女に突きつける黒い瞳に黒い髪の少年……いや、少女。


「貴様……小僧!」


 振り回した魔女の手がユニコーンデバイスを弾き飛ばす。驚くほど簡単にデバイスは腰から外れ、外装が解かれる。

 女体から男体へと構造が組み変わっていく相沢草太の唇が、魔女の唇と重なった。


「――この!」


 首を振り、口を離す魔女が力を込めると茨の拘束はあっさりと千切れ、だが続けざまにその身を拘束するのは狼の腕。


「いつの間に……」


 魔女の踏みつけから逃れたブレイブウルフが両腕できつくその身を締め上げる。


「絶対に離さない! 草太くん!」

「俺の力、全部くれてやる! だから先輩は返してもらうぞ!」


 他者にアイアンウィルの効果を付与するウィルディバイド。相沢草太は全てを出し尽くす覚悟と決意を持って、魔女に再度口付けた。

 全てを託すオールディバイド。

 四之宮花梨の体に巣食った異常を払うべく、全ての人の力を借りて相沢草太は命を懸けた。


――――――


 魔女と魔狼、そして意志の力を持つ少年の遥か上空、外部からの侵入を防ぐ障壁のギリギリを飛ぶモノがいた。 鈴白音央の召喚獣である空飛ぶクジラの子ども、クゥちゃんJr。その背に幻獣奏者ネオと一野聖の二人がいた。


「彼は……大丈夫だろうか」


 相沢草太の提案を聞いた時、聖は驚きを隠せなかった。まさか自分の体をエストルガーの鎧に守らせるために、デバイスの力を受け入れると言ったのだ。

 確かに聖が盾となるより、彼を無事に送り届ける可能性は高くなる。だがそのために力を受け入れる弊害、そして何より戦闘力皆無の彼を一人で送り出すことに大きな不安があった。

 下に音無先輩がいるから大丈夫だと言われて二人とも説得されたが、送り出した今でさえ聖は心配で堪らなかった。

 鈴白音央も心配しているのか、さっきから言葉がない。と、少し間を置いてから聖の呟きに答える声があった。


「……心配いりません。幻龍王さまが龍の加護を与えてくれてるって……だから大丈夫だって言ってます」


 音央は自分の胸に手を当てて告げた。言葉の意味を図りかねた聖はどういうことかと訊ねたが、音央はどこかふわふわした様子でピンク色のツインテールを揺らして首を左右に振るだけだった。


「大丈夫かい?」

「はい……あの方が大きな力に惹かれてきて、わたしに少し言葉を伝えてきただけです」


 やはり要領を得なかったが、正気を失っている様子でもない。きっと何かがあったのだろうと、聖はそれ以上不明なことへの追求をしなかった。


「君の呼び出した子は大丈夫かな」

「行ってみましょう」


 相沢草太と一緒に下へ向かった召喚獣の様子を確認すべく、クゥちゃんJrは静かになった戦場へ赴いていく。

 二人を乗せたクジラがそろそろ下に着くというところで、二人の元へ向かってくる者がいた。


「茨の女王さま!」

「無事だったみたいだ」


 彼女の帰還に安堵すると同時、その姿は宙に現れた魔法陣の中へスッと消えていった。

 そして茨の女王が無事だったということは、他の皆も無事に違いないという思いを二人に抱かせた。

 その思い通り、クゥちゃんJrが降り立つ瓦礫の山の上に、制服姿の三つの人影があった。


「相沢くん!」

「あやめさん! かりんさん!」


 二人がクジラの背中から降りて駆け出すと、クジラは姿を消した。同時に音央の変身も解け、中学校の制服へと戻っていた。

 瓦礫に背を預けた音無彩女は四之宮花梨と相沢草太の頭を抱きかかえるようにして目を閉じていた。抱かれている二人も、彼女の太ももを枕にして瞳を閉じて微動だにしなかった。

 息絶えたように寄り添う三人の姿に、聖と音央は嫌な予感を覚え、胸の動悸が早まった。


「相ざ……先輩……起きてください」

「あやめさん……かりんさん」


 二人の手が三人を労るようにゆっくりとその体を揺する。このまま目覚めないという最悪の事態が脳裏を過ぎった時、


「もうちょっと寝させてよ……疲れちゃった」


 部長である音無彩女が口を開き、緩慢な動作で左目を開いた。

 彼女の目覚めに二人は表情を綻ばせ、そして残った花梨と草太も次々に体を起こして目を開いた。


「……寝心地の悪い枕だったわね」

「何よそれ」

「カリンちゃぁん……!」


 いつもの彼女らしい軽口。いつもの彼女らしい表情。いつもの彼女だと確信し、鈴白音央はぎゅっと抱きついた。


「心配かけちゃったみたいね」

「本当ですよ!」


 花梨の制服でふぐふぐと涙を拭うように音央は頭を振った。


「先輩も、相沢くんも無事で何よりです」

「ええ……綱渡りみたいな救出劇だったけど、皆本当にありがとう」

「ハハハ、俺もちょっと冒険しすぎました」

「全くだよ。体は何ともなさそうだから何よりだけど……」

「女体化してねえか?」


 草太はぺたぺたと自分の胸を弄ると、そこが膨らんでいないことを確かめてホッとしたようだった。


「君が男のままなら、僕も男に戻れそうなものだけど?」

「俺はあくまで一時的に力を借りただけだから……永続するわけじゃないんだろ。永続は聖の役目だ」

「はやくその呪いを解いてほしいものだね」


 言い合う二人を遮るように、部長がパンと手を叩いた。


「そろそろ行こう。色々話したいこともあるけど、ここは離れた方がいい。あたし達は部外者なんだから」


 よろよろとしていたが彩女は立ち上がった。続いて聖と音央も腰を上げた。


「ほら、行こう」


 彩女は花梨に手を差し伸べたが、彼女はその手を取るのを逡巡して手をこまねいた。


「どうしたん?」

「…………手間を掛けさせてすまなかったわね」

「いいさ。あたしとあんた……ボランティア倶楽部の仲じゃない?」


 ね? と彩女がその場の全員に視線を巡らすと、彼ら彼女らはこくんと頷いた。


「わたしはボランティア倶楽部じゃないですけど……」

「大切な友達だもんね」


 草太が言うと、彼女ははにかみながらまた頷いた。


「ありがとう。行きましょう」


 花梨が彩女の手を取ると、彩女は花梨を抱き寄せる勢いで立ち上がらせた。バランスを崩す花梨に肩を貸し、二人は並んで歩みだした。


「えへへ、仲良しさんです!」


 音央は二人の様子に嬉しくなったのか、トタトタ駆けると二人の間にぴょんと飛び込むように体当りした。


「さ。僕らも行こう」

「ちょ、待てよ!」


 三人を追おうと聖が草太を呼ぶが、草太は立ち上がろうとしなかった。


「腰でも抜けたのかい? 肩くらいなら貸すよ」

「そうじゃねえって!」


 ならどうしたというのか。聖が見守る中、草太は周囲を警戒するように恐る恐ると立ち上がった。


「こんなに暗いのにひょいひょい動けるかっての。聖どこだよ、そっちか?」


 確かに今は夜。だが暗いと言っても、周囲には施設の明かりや外灯もある。月明かりも照っている。用心するような暗さではない。


「相沢くん?」


 聖が呼ぶと、彼の視線は声のした方へ向いていた。だがその焦点は、どこも捉えてはいなかった。


「そっち……うわっ」


 瓦礫の小さな段差につまずき倒れる草太を、聖は慌てて抱きとめた。背後の異変に気付き、先に進んでいた三人も歩みを止めていた。


「……見えていないのか?」


 聖の言葉に、和気藹々と帰宅の途につこうとしていた全員が言葉を失った。


――――――


「やれやれ……一段落だね」


 エストルガーの力を借り、茨の女王とブレイブウルフの助けを受けて最悪最強の魔女に口付けをしてその暴走を止めた相沢草太。

 彼らの様子をモニターで見ていた神木夜代は司令席に座りそう呟いた。

 彼の後ろには真神風里とヒサがおり、彼の下には四人のオペレーターが組織の通信や施設の状態を復旧させているところであった。


「所長、施設内の通信はいつでもつなげます」

「施設のコントロールも復帰できますよ」


 美弥子と誠が伝えると、夜代はうむと頷いた。


「彼女たちがこの場を離れたらすぐに復帰させてくれ。事情の説明はまだできないから……とにかく、皆を解放したら今日は帰ってもらおう。まずは壊れてしまった建物や設備の修理からだね」

「他の職員にはいつ知らせるつもり?」

「できるだけ早く。宇多川くんが裏切り、いなくなったことはすぐに伝わるし、隠せるものでもない。部長クラスやスペシャライザーの子たちにまず説明をするよ。全員に伝えるのは機関のゴタゴタが落ち着いてからにしようと思う」

「ふぅん」


 それが良いとも悪いとも言わず、風里は声を漏らすだけだった。


「ごめんなさぁい。逃げられちゃった、てへぺろ」


 そう言って管制室にやってきたのは、風里の命を受けて宇多川健二の後を追った巻菱蓮だった。

 その手には男性の腕を串刺しにした直刀が握られていた。


「手傷は負わせたんだけどぉ、少し強い人造魔法少女に邪魔されちゃったの」

「最初に彼が従えていた個体か……」

「あの子は何者?」

「分からない……魔道研のデータを漁ることができれば情報が得られるかもしれないが」


 夜代の言葉を受けて答えたのは武だった。


「駄目ですね。魔道研のデータベースにアクセスしようにも、今は物理的に壊れていますから。瓦礫を撤去して、直接サルベージするしかなさそうです」

「そうか……ヒサは?」

「残念ながらあの少女についての情報は得ていません」


 確かにマガツ機関において秘匿されていた過去の研究遺産。誰も何も知らなくて当然と言える。

 しかしあれ程までに個性を持って動いていた人造少女は、所長である神木夜代でさえも初めて目にした。殆どの少女は、今部屋の隅で拘束されている個体のように命令がなければただの人形のような存在である。


「アヤメちゃんや蓮が倒した山のような少女たち……彼女たちの処遇はどうすんの?」


 風里が訊ねると、夜代は目を閉じて静かに口を開いた。


「彼女たちは負の遺産。本来ならあれだけの数を存在させてはいけないのだけれど……その生命を奪うような真似はしたくないね」

「そう」


 良いとも悪いとも言わず風里は呟くだけだったが、少し優しげな声音をしていた。

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