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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動四
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魔法少女と復帰

 どうして彼女を刺してしまったのか。

 玲奈が疑問に思い始めたのは友の胸を貫いた直後からだった。

 殺すとまで言ったのに、それでも進もうとする彩女に怒りを覚えた。

 エクシスモード……背部に開く四つのウィングラックが更に八翼に展開される。推進力の増加、機動性の劇的な向上、そして手数の倍化。

 装着者に負担を強いる代わりに、大幅な戦闘力の強化を実現させた、スカーフの真の姿。マジシャンズエースのダイヤフォームを一瞬で地に這いつくばらせた強化形態。

 今も四条から八条に増えた光線の雨がブレイブウルフの動きを阻害し、逃れることのできない光の檻が囲い込んでいく。

 だというのに。

 圧倒しているというのに。

 彩女を独り占めできているのに。

 九条玲奈の心には拭いきれない小さなシコリが残っていた。


「終わりですわ!」


 嬉々として笑っているのに、友人を傷付ければ傷付ける程に心の中の齟齬は大きくなっていった。

 八方から放たれた光が屋上の縁に追い詰めらたブレイブウルフの周囲を射抜く。

 完全に動きを止めた獣の胸をレーヴァで貫くべく最大加速の一撃を加えようとする最中、照準がブレるのを感じた。

 違う。本当にブレていたのは心だった。

 玲奈がそれを自覚したのは、貫かれ掲げられた彩女の胸から槍を伝って流れてくる血が、頬を濡らした時だった。

 彼女なら防ごうと思えば防げたのではないか。なのにその右腕を使わず、受け止めるように。

 そうだ、彼女だけではない、その前の彼女もだ。お互い疲弊していた上に至近距離からのエクシスモードの発動とはいえ、歴戦の魔法少女である奇術師が簡単に攻撃を食らうだろうか。

 一度抱いた疑念のシコリはあっという間に肥大化し、玲奈の心を掻き乱した。

何故こんなにモヤモヤするのか考えていれば体から力が抜け、槍に貫かれていた友人の重みは腕から消えた。槍も消える。殺意も消える。

 始めは殺意はなかった。いつの間にか心が塗りつぶされ、頭で納得し、体を動かしていた。

 目的を果たしてしまった今、彼女の内に体を突き動かすだけの衝動はなくなっていた。空っぽである。

 残ったのは、一人の友人を傷付け、一人の友人の命を奪ったという事実だけ。

 一筋零れた涙は頬を伝い、友人の血と混じり合いながら流れていた。


「大丈夫」

「アヤメさん……」


 幻聴のように聞こえる声。そして涙で霞む視界の先に、舞い降りた天使のように白い衣に身を包んだ彼女の姿を見たようだった。

「あたしは大丈夫だから、九条さんももういいんだよ」

 幻想に優しく抱きしめられ、思考と心の板挟みから逃れるように彼女は気を失った。


――――――


 同時に二箇所で世界が揺れた。

 一つは少し離れた建物から。暗い闇が迸っている。

 もう一つはここから。白い閃光が一帯を染め上げた。

 俺と鈴白さんは目を閉じて、強い光から瞳を守っていた。


「鈴白さん……!」

「お兄さん、無事ですか!?」


 手を伸ばして鈴白さんを探ると、サラサラとして柔らかな毛に触れた。光が収まるのを確認してゆっくり目を開くと、俺の指が鈴白さんの髪に絡まっていた。


「ああ……先輩は!」


 俺と鈴白さんの傍に横たわっていた先輩の姿がないことに二人して驚いた。

 だがすぐにどこにいるのか俺たちは知った。頭上から俺たちを照らす光が地に降り立つ。輝きの正体は、先輩だった。その腕には知らない女の子が抱かれていた。


「先ぱ」

「あやめちゃん! れなちゃんも!? ……んぐすっ!」


 俺より先に飛び跳ねた鈴白さんが二人の体にぽすんと体当りするように抱きついていた。

 先輩が抱いている子は気を失っているようだ。眠ったようにぐったりしている。アニメのロボットが背負っているようなユニットを身につけているし、服も特別な衣装だったからすぐにスペシャライザーなんだろうなと思った。

 そして格好に関して言えば、先輩も変わっていた。特に色が、だ。

 黒かった装束は鈴白さんのように純白に、ピンクだった胸のリボンや衣装の縁はマフラーと同じ真紅に変わっていた。

 黒から白へ、全く真逆のイメージへと転身している。


「……生きてて良かったです」


 でも、まず口にしたのは先輩の無事だった。本当にどうなることかと思った。安堵から足に力が入らずに立ち上がれそうになく、膝立ちで先輩たちの姿を目に焼き付けていた。


「その、大分……見た目変わりましたね」


 抱いていた少女をそっと地面へ寝せる先輩に訊ねた。復活した影響が現れてしまったのだろうか。


「二人ともありがとう。声は聞こえてたよ。……こうなったのは、草太くんのおかげかな」

「俺はただ、必死に先輩の心臓マッサージしただけで……」

「あたしのために思いっきりこれ殴ったでしょ?」


 先輩は腰のスマートフォンを指さした。あの時意識はなかったはずなのに、ちゃんと知っているだなんて。


「君の想いがリミッターを外したみたい」

「リミッター?」

「今のあたしには、一人で無限のエナジーを制御しきることはできない。だからアプリから送られてくるワイルドエナジーの量には上限があったの」


 俺は先輩と話しながら、いつの間にかエンブレムアイが解けていたことに気が付いた。多分、負担が増えて解けてしまったんだろう。

 鈴白さんもレナちゃんと呼んだ女の子の傍らで彼女の様子を見ながら、音無先輩の話を聞いていた。


「けど、今は君のおかげで一時的に上限が消えて、一気に力が……そのせいで、以前のあたしに迫る力が溢れてるけど」


 先輩の右腕が裂けた。血飛沫を上げ、純白のアームカバーを赤く染める。

 突然何が起きたのかと混乱する目の前で先輩が左手で腕を押さえると、出血はおさまり、避けたはずの皮膚も綺麗なものだった。


「分かった? 体が耐えきれない。多分、長くこの状態だと本当に命が危うい」

「だったらすぐに解いて……!」

「駄目! 今解いたら、もう覚醒した悪夢には太刀打ちできない」


 先輩の首は、離れたところで闇が立ち上っていた方角を向いていた。闇は収まり、今はその辺りに小さな人影が浮いているようだった。あれが多分、先輩の言う悪夢……四之宮先輩のはずだ。


「俺たちが……! 聖がいます! あいつもすぐ来てくれますから!」

「それでもあれを倒すには足りない。だからあたしはこのまま行く」


 次こそ命に関わると聞いた以上、行かせたくない。けど、止めたら四之宮先輩を救えないかもしれない。

 代替案を捻り出せない。踵を返す先輩を止める言葉が見つからない。


「九条さんを助けてあげて。君にしかできないことだから」

「……分かりました」

「音央ちゃん、彼をお願い」

「は、はい」

「聖くんが来たら……」

「連れて行きます。もう、置いて行かれたくありませんから」

「……ありがとう」


 そして先輩は、消えるように跳んでいった。

 俺と鈴白さんだけで追いかけても、力は足りないだろう。先輩の話だと、聖を加えても魔女に勝てるかは怪しい。

 だから俺は言われた通り、自分にできることをやる。


「んにゅ?」


 解けてしまったエンブレムアイをもう一度呼び出すために、鈴白さんの頭をさわさわ撫でた。

 彼女は黙って撫でられてくれて、俺の目もどうにか力を宿せた。後どれだけ保たせることが分からない、限界は近いと思う。

 鈴白さんが看ている女の子の傍に膝をつき、頭上の紋章に目を凝らした。さっきまでは羽に糸が繭のように絡みついていたけれど、


「糸が解けはじめてる……」


 多分その糸が彼女に何かしらの悪影響を与えているんだろう。先輩が俺に頼んだことは、これを取り除くことに他ならない。

「鈴白さん、敵が来たらよろしくね」


「が、がんばります! れなさんのためにも」


 翼の紋章から糸を引き剥がすのを強くイメージし、青い髪の女の子の頭に触れて俺の能力で異常を解きほぐしていった。


「れなさん、か。さっきまでれなちゃんやあやめちゃんって言ってたのに、今はさん付けなんだ?」

「あうぅ……み、みんな高校生ですし、わたしだって中学生です! いつまでもちゃんなんて呼んでないで……大人っぽく!」


 そっか、と答えた。少し話しながら互いの緊張も解そうとした。

 そして聖が来るまでには、この人の状態異常も取り除けているだろう。それが終わったら、俺たちは先輩を追うことになる。だが果たして、追った先で俺にできることは残されているのかと……今できることをこなしながら考えた。


――――――


 中央センター管制室、正面モニターを見守っていたオペレーターの四人はホッと安堵の表情を浮かべていた。

 倒されてしまったかと思われた一人の魔法少女は立ち上がり、そして魔道研の傀儡と化していたマガツ機関所属の魔法少女を助けるように抱きしめていたからだ。


「言った通りでしょ。あの子……あの子たちなら、きっと悪夢を止めてくれる」

「ああ、そうだね。あれだけの力、マガツ機関にも迎え入れたいところだけど」

「それじゃあ意味がないっしょ。あの子たちはあの子たちとしてまとまっているからこそ、真価がある」


 風里に肩を貸してもらっていた夜代は、その言葉に同意して笑った。

 組織に属せず、独立して動いてもらったからこそ反乱の首謀者の目を逸らすことができたのだ。

 そしてその首謀者は、他の者の目がモニターに集まっている隙をついて懐に手を入れた。


「マスター! 懐に何か忍ばせています!」


 それはヒサの叫び声だった。彼は灰色の少女を押さえつけていたため、そこから手を離すことができなかった。だから声を上げて傍にいた夜代と風里に伝えた。

 言葉が二人に届くまでの一瞬の間。目眩ましの煙幕を張るにはそれで充分だった。

 健二の懐からコロリと金属音を立てて転がった球体から白い煙が噴き出した。


「くっ!」

「あいつぅ!」


 眼や鼻に刺激を感じ、夜代と風里は手を顔にかざした。

 このような刺激に慣れているヒサは目を閉じるだけであったが、灰色の少女から手を離せない。

 煙が立ち込めている間に走り去る足音が聞こえ、煙幕が晴れた頃にはその姿も気配も既になかった。


「蓮に伝えて!」

「ああ!」

『うぅん、聞こえてるわよ。それじゃあ私は逃げた人を追いかけてくるわねぇ』


 正面モニターの左下の画面に小さく映っていた巻菱蓮はそう言い残し、映像の中から消え去った。


「ふぅ……ねえ、その子は抵抗しそう?」


 蓮が追いかけるのならそちらは任せていいと判断した真神風里は、床に灰色の少女を押しつけるヒサに問いかけた。が、返事はしてくれない。


「ヒサ」

「その素振りは見られません」


 神木夜代が促すと素直に答えた。


「宇多川くんの方に指示を出すだけの余裕がもうないのだろう。この子に脅威はなくなったはずだ。恐らく、外の子たちも」

「念のために両手両足を縛っておいて、それから下にいる人たちを自由にしてあげて」


 風里がそう言っても、言われた相手は動かない。


「ヒサ……」

「分かりました」


 夜代が促し、ようやく彼は動き始めた。手際よく灰色の少女を拘束し、管制室の隅に繋ぎ止める。そして下に降りて二振りの刃物でオペレーターの手足の拘束を斬り払った。


「……私、嫌われてるかしら?」

「人見知りだからねえ」

「蓮には素直なんだけど」


 下にいる者に聞こえぬよう、風里と夜代はコソコソと話していた。


「やっと自由になりました……ありがとうございます」

「もう最悪。所長、あの部長クビにしちゃってよー!」

「ふう……これで仕事に戻れる」

「急いで各施設のコントロールを取り戻そう」


 美弥子、美香、誠、武。四人もようやく自由の身となり、各々の席に着くことができた。

 夜代はまず通信担当の女性陣に確認を取った。


「通信の復旧は?」

「えっとー、有線は修復するまで無理ですけど無線ならすぐに回復できそうです」


 続いて施設設備の状況を男性二人に訊ねる。


「こっちは復旧までに少し時間が必要です。回復できたらすぐに全ロックを解除して全員の自由を確保します」

「いや、それは待ってくれ」


 何故、と武は所長の方を振り返って答えを求めた。


「ナイトメアの魔女をどうにかしてもらうまで、皆には地下にいてもらった方が安全だ」

「しかし……レヴァテイン以外のスペシャライザーだけでも外に出てもらえれば、魔女を倒す力に」


 夜代は首を左右に振った。


「できることならあの子たちだけで解決させてあげたい。もしも危険と判断すれば閉じ込められたスペシャライザーをすぐにでも向かわせられるようにロック解除の手前まで済ませていてくれ」


 そう言って夜代はまず隣で肩を貸してくれている風里の顔を窺った。彼女は首を縦に振る。


「いいね?」


 それから武に確認を取る。彼も所長の意見を了承した。


「分かりました。まずは施設のコントロールの復旧からだ」

「手伝おう」


 誠も武の作業のサポートを始め、オペレーター四人はフル稼働でマガツ機関の復旧に向け動き出した。


「通信、玲奈ちゃんに繋がる?」

「無線通信……もうすぐ回復、それから繋げますけれど」


 助けに来てくれた面識のない女性の問いかけに美弥子は答えたが、


「彼女はまだ気を失っているみたいですけど」


 モニターには学生服の少年とピンク色の髪をした少女が見守る九条玲奈が映っているが、未だに目覚めてはいなかった。


「いいの。彼女に通信が届けば、あの子たちと話せるから」


 風里の目的を察し、美弥子は玲奈への通信、美香は全施設の通信網の復旧を急いだ。


「ヒサ。君はここにいる少女と、それから万が一にも管制室に何者かが攻めてこないか警戒していてくれ」

「仰せのままに」


 夜代の言葉に恭しく頭を下げて素直に従う様子を見て、風里はやっぱり私は嫌われてるのかなぁと思うのだった。

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