魔法少女と走馬灯
「……あれ?」
音無彩女はふと疑問に思い動きを止めた。自分は何故こんなところでこんなことをしているのだろうかと。
「あ」
「ぶッ」
組手の最中に突然動きを止めてしまったため、レヴァテインの扱う蒼槍レーヴァが顔面を引っ叩いた。
槍の刃を立てずに寝かせていたため、刃が顔を斬り裂くことはなかったのが不幸中の幸いである。
「いったぁーい!」
「ちょっと音無さん!? だ、大丈夫ですか!」
顔を押さえてしゃがみ込む彩女の具合を確かめるため、玲奈も腰を落として彼女の顔を覗きこんだ。
「いきなり何すんのさぁ……」
顔を上げた彩女が涙目で訴える様子に、
「大丈夫そうですわね」
と、玲奈は平然と立ち上がった。
「心配してよ!」
「模擬戦の最中にいきなりボーっとする方が悪いんですわ」
しれっと言いながら、彼女は手にしている槍をくるくる回して弄ぶ。
そっか、そうだった。今、二人で変身してちょっとした手合わせをしているのだった。知ってたのに何でボケっとしちゃったんだろう。
気を取り直して立ち上がったブレイブドッグは頭と体が鈍っている気がして大きく伸びをした。
「アギト……アギト?」
腰のホルダーに収められた携帯電話兼変身端末に呼びかけたが、返事はなかった。
「寝てんのかしら。相棒が痛い思いしたってのに、薄情なやつ」
プンプンとしながら、手合わせをしてくれている同じ歳の少女に視線を送った。
青い髪に青い衣装。空を飛び、魔法を駆使し、槍術も使いこなせる万能少女。格闘戦に特化した彩女からすれば、何でもできる玲奈のことが羨ましくあった。
辺り一面花畑の地で再び拳と槍を交えながら、不思議な既視感に捕らわれていた。
以前もこんなことがあった。あの時は公園で、人目につかないようこっそりと手合わせをし、
「音無さん」
「なぁに?」
「私たちって相性がいいですわね」
その時も玲奈は同じことを語りかけてきた。
「そお? あたしは九条さんとはやりにくいなあ」
そして彩女も同じ返答をしたはずだ。
「離れたら一方的だし、近付いたらあたしが押し込めるし」
「んもぅ、手合わせの相性じゃありませんわ」
「あ、そうなの?」
蒼槍レーヴァによる刺突、斬撃を右手だけで素早く捌き、生じた隙に寸止めの打撃を幾つも重ねる。
そんな接近戦のやり取りをしながら、二人は言葉を紡ぎ続けた。
「手を取り合った時の話です」
「一緒に戦う時?」
「ええ……戦いだけじゃありませんけれど」
「どういうこと?」
パシ、パシと。時には左手も用いて槍の矛先を逸らしながら、彩女は問いかけた。
「良いお友達になれそうだという話です」
「なに言ってんの? もうとっくに友達じゃん」
そこで動きを止めたのは、今度は玲奈だった。
きょとんとした目で見られ、彩女もきょとんと見返した。
「どったの?」
「いえ、あの……利害関係で手を結んだのに、お友達というのは……図々しい気がして」
「はあ?」
今自分からお友達云々を言い出しておいて、どうして遠慮しているのかと彩女は頭を掻いた。
「一緒に戦ったり、遊びに行ったりしてるじゃん。友達以外のなんだって言うの?」
「ですが……」
「気にしすぎよ」
彩女は右手を差し出した。それは拳を合わせるためではなく、手と手をつなぐために。
「あたし、九条さん、友達、オッケー?」
そう、そうだ。確かにこのやり取りと同じことを三年前にしている。勘違いでも錯覚でもない。
彼女はあたしの手を取って、ようやく友達になるんだ。
「あ――」
だがしかし、これは彩女の思い描いた走馬灯。
玲奈は手でなく、鋭い槍の切っ先を突き出し、彩女の胸を貫いた。
――――――
俺と鈴白さんはようやく大きな光が輝いた辺りまで来ていた。
目が今までに経験したことのないくらい疲れている。時折霞む視界を何度も擦ってエンブレムアイが切れそうになるのを堪える。
きっと音無先輩の、ブレイブウルフの紋章が視えるはずだと信じていた。
「お兄さん、あっち! あの上!」
果たしてすずしろさんが気が付くと同時に俺も視ていた。
進む先にある三階建て程の高さの建物の屋上に、二つの紋章が視えた。一つは狼、そしてもう一つは……翼に細い糸が幾重にも巻きついて、雁字搦めにしている不自由そうな紋章だった。
紋章が輝くのはスペシャライザーの頭上であり、つまり紋章の下には必ずその持ち主がいる。そして、その二人はそこにいた。
走りながら、嫌なものを見ている気がして、足が竦みそうになった。
そんなはずはない、そんなはずない、そんなはずない!
霞んだ目の見間違いだと自分に言い聞かせ、進むことを拒もうとする足を懸命に動かして建物のところへと急いだ。
「いや……」
後ろをついてきていた少女の声が遠くなっていく。
目に見える光景が近付くたびに俺の気も遠くなっていく。
屋上の縁に立つ翼を背負った青い髪の少女が手にする槍。槍の刃先は変身する先輩の胸に突き刺さって、その体は縁の外で宙に浮いていて。
「先輩……」
質の悪い冗談。そうじゃなきゃトリックだ。そんな光景が現実だなんて、認められるわけがない。
呆けたように虚空を見上げている女の人が槍を持つ腕を下げると、先輩の体は抜け落ちた。胸から溢れる鮮血が、刃とつながる赤い糸のようだった。
「先輩!」
「あやめちゃん!!」
俺たちは落ちた先輩に駆け寄って、がくりと膝をついた。
先輩の顔は、汚れや傷がなければまるで眠っているみたいだった。でも寝息なんて聞こえないし、血に染まった胸も上下していなかった。
倒れる彼女の手首をわなわなと震える手で取っても、先輩の体温しか感じられなかった。
「いやだ! いやだ! あやめちゃん!」
鈴白さんが涙を流しながら先輩の肩を掴んで必死に呼びかけてるのに、返事をしてくれない。
「嘘でしょう……いくらなんでも、こんなのって」
四之宮先輩を助けに来たのに、その道中で倒れるなんてあっちゃいけない。できることを考えなきゃ。先輩の力があれば傷なんて治せるじゃないか。
先輩が起きてくれたら、心配ないじゃないか。だから起きてくださいよ、音無先輩。
「……」
鈴白さんの慟哭にも、言葉にならない俺の想いにも、応えてくれる人はいなかった。
死。
呼吸を止め、鼓動を止め、生きることを止めてしまったという現実が重くのしかかってきた。
もう、思考をまとめることなんてできなくなっていた。
湧き上がる悲しみと胸の痛みに耐えられず、鈴白さんのように叫んでしまう。
「…………あ」
その寸前に、気付いた。
見下ろしていた先輩の胸の出血がぴたりと止まっていることに。
先輩の胸に手を伸ばし、裂けた衣装とこびりつく血を拭ってその肌に指を這わせた。
ぐすぐすと涙を流す瞳でこっちを見つめてくる鈴白さんに発見したことを伝えた。
「傷が塞がってる……」
「え……」
瞳を閉じる先輩の頭上、まだ紋章が輝いている。本当に終わってしまったのなら、それすら消え去っているはずだ。
「まだ終わっちゃない!」
先輩の胸を飾るリボンの少し下に両手を重ね合わせると、ぐっぐっと体重を乗せて止まってしまった鼓動を刺激する。
「鈴白さん! 先輩の顎を上げて、人工呼吸できる!?」
「や、やりますっ!」
彼女は涙を拭って力強く頷いた。
諦めない、諦めたくない。その一心で先輩の命を二人で繋ぎ止めようとする。
「起きてください! 貴女はこんなところで! 終わっていい人じゃない!」
「あやめちゃん……かりんちゃんが待ってるんだよ……お願い」
呼びかけはまだ先輩に届かない。紋章が浮かんでるんなら、傷が塞がったんなら先輩に宿るワイルドエナジーという力の源はまだ尽きていないはずなんだ。
人を治せるんだろ。無尽蔵のエネルギーなんだろ。
「だったら先輩くらい救えよ! このポンコツアプリ!!」
一向に目覚めないイライラと不満を込めた拳を槌のようにして、先輩の腰のスマートフォンに叩きつけた。
そして世界は大きく揺れた。




