魔法少女と薔薇十字
聖の異相転移は上手くいった。それは喜ばしいことだった。
けど入ってすぐに同じ顔と格好をした灰色の髪をした少女たちに襲われて、俺たちはてんやわんやと駆け出していた。
変身の準備を終えていた聖が最初に襲いかかってきた子たちを上手く撃退してくれたが、息つく間もなく次々に襲ってくるからもう大変だ。
「聖! 次は右から二人……いや四人くらい!」
「分かった!」
俺が指示するとエストルガーへと姿を変えた聖がそちらを警戒し、俺の言葉通り……とはいかない、三人の女の子が飛びかかってくる。それを聖が上手く蹴散らす。
こうして俺たちは何とか先を急ぐことができた。
今、俺はエンブレムアイを使っている。
鈴白さんに変身してもらったのは彼女にも戦う力を備えていてほしいということは勿論だが、その髪をさわさわさせてもらってスムーズにエンブレムアイを発動したかったという理由もあった。
俺が先陣を切っているのは、すっかり暗くなってきた世界の中で襲ってくる奴らのエンブレムを見極め、聖に露払いをしてもらうためであった。
今のところは順調だ。ここからしばらく先は潜んでいる紋章もないようだし、少しは安全だ。
けど俺は疑問に思っていた。襲ってくる女の子たちが同じ顔なのは姉妹だからかなと考えたけど、それにしては数が多すぎる。もう三十人以上は聖に成敗してもらっている。
それに、彼女たちの頭上に見える紋章が全部同じ丸い円なのだ。それこそコピーアンドペーストしたかのように、寸分違わず。
同じ組織に所属していてそのイメージが紋章になって視えているのかもしれない。けど、同じ顔で同じ紋章という事実が、何だか不可解なものに思えた。
考え過ぎかもしれない。けど考えをまとめるのは今は無理だ。結構速いペースで走ってるから思考は散っていくし、それに今の目的はそんなのを考えることじゃないし。
「くっ……相沢くん!」
「どうした! って、うおぉ!?」
一番後ろを走って俺たちを守ってくれていた聖が声を掛けてきたので振り返った時、初めて後ろの光景を目にした。
聖がぶっ飛ばしてくれたのと同じくらいの数の少女が、俺たちを追いかけてきていたのだ。
「うひゃあ!」
真ん中を走っていた鈴白さんも俺につられて後ろを見て、仰天していた。
もっとペースを上げて振り切るのは俺の脚じゃ無理だ。
「前は大丈夫かい!?」
「前!? ……ああ、前方には今潜んでるやつはいないと思う!」
俺がそう告げると、聖は向きを変えてその場に踏みとどまった。
「聖!?」
「ここは僕が食い止める!」
「けど」
「鈴白さん、彼を頼むよ」
「……行きましょう!」
止まりかけた俺の背中を、鈴白さんの小さな手が押してきた。
「あやめさんたちを、助けに!」
聖のことは心配だ。けどそれは鈴白さんも同じはず。そして聖は俺たちと同じくらい先輩たちの身を案じているはずだ。
俺たちのすべきことは、あいつの意を汲んで先輩たちの元へ急ぐことだ。
「ああ、行こう!」
聖のことを信じてその場を離れ、俺は鈴白さんと並んで駆けた。二人ならこの方が前後に並んでいるよりも身を守りやすいと思ったからだ。
鈴白さんに合わせ、走るペースをほんの少し落とした。急ぎたいのは山々だが、彼女の歩幅に合わせた方が戦う手段を持つ彼女の体力の温存にもなる。俺一人急いだところできっとどうにもならないだろうし。
「さっきの光、何だったんだろう」
走るペースを落としたことで声を掛ける余裕ができた。
俺が彼女に訊ねたのは、灰色の髪をした少女たちに襲われていた最中に目撃した眩しい閃光だった。
「分かりません……けど、きっとそっちの方に、あやめさんがいると思います」
俺は頷いた。少女たちから逃れることで手一杯で確認できなかったけど、恐らくあれは戦闘の光。
そして俺たちより先に進んでいて、戦わなきゃならない人がいるとすれば、それは先輩以外にいない。
あの時目撃した光を目指し、俺たちは急いだ。
「と、止まって!」
「ふぁいッ!?」
声を張り上げたことに驚く鈴白さんとともに急停止すると、前方の暗がりをじっと見据えた。
「……どうしました?」
まだ鈴白さんは気付いていないようだけど、俺にははっきり視える。夜の闇に紛れて突如現れた、一つの紋章が。
「ほうほう。あやつは後方か」
それは少女の声。姿を見せたのは、先程まで俺たちに何人も襲い掛かってきた灰色の少女がたった一人。
ただ二つこれまでの少女たちと違う点を上げるとすれば、まずはその衣装。飾り気のない無地のワンピースだった少女たちと違い、フリルの付いたゴスロリっぽい可愛い衣装に身を包んでいる。
「あやつって、ひじりさんのことでしょうか」
「だろうね……あの子の狙いは聖だ」
どうして? と不思議そうな視線を向けてきたのは鈴白さんだけではない。
「ふむ。何故そう思う?」
「だって君は、黒十字だろ」
もう一つの違う点。それは少女の頭上に浮かぶ、俺だけに視える紋章。
これまで視てきた少女たちは個性のないただの円をしていた。けど、今目の前にいる子だけは違う。
以前、黒十字結社に所属していたジェノライナーという怪人の頭上に視たのと同じ形であり、比較にならない程力強く不気味な威光を放つ黒い十字の紋章。それが彼女の頭上に存在しているのだ。
「よくぞ見破ったと褒めておこう。だが訂正も必要だ。黒十字は滅び、私は生まれ変わった」
少女の言葉と共に、その頭上に視える紋章が不思議なことに形を変えていく。いや、芽生えていく。
「我こそは薔薇十字。若き肉体により永久の生命をこの手に収めし理想郷の王、ローゼンクロイツ」
黒い十字架に薔薇が咲いた。それが今、ローゼンクロイツと宣誓した少女の抱く新たな紋章。
「どういうことだ……黒十字って何だ、薔薇十字って何なんだ!?」
自分でも混乱しているのが分かる。理解が追いついていないのだ。
ただ一つ確かだと言えるのは、目の前の少女が黒十字に所属していたということ。そして聖と明、二人の戦士が黒十字の生き残りは首領だけだと口を揃えていたこと。つまりローゼンクロイツと名乗った少女の正体は。
「真相を教えたところで死に往く者には無駄であろう」
ローゼンクロイツがこちらに指を伸ばす。文字通りの意味でだ。伸びた指が俺を貫こうとした。鈴白さんが俺を庇ってステッキを掲げた。
召喚陣が描かれようとした寸前、俺たちとローゼンクロイツの間に割って入る黒い影が、突然現れた。
「むっ!?」
ローゼンクロイツの指を絡めとったのは黒い影の腕だった。ギリギリと締め上げる音に平然と耐えているのは、屈強な外装で全身を覆われているからだ。
「お前は……!」
「言った通りだろう。俺の力が必要になると、な」
「黒いお兄さん!」
「……アステリオー。生きておったか」
エストルガーと対を成す二つの牙を携えた黒鎧の戦士。双葉明が俺たちの危機に現れた。




