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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動四
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魔法少女と突入

 マガツ機関という研究所は街の南にある人工島に施設を集約しているらしい。だから鈴白さんに案内されて向かったところはその島である。

 一本道の幅の広い道を駆けていく。この先が俺たちの目指すマガツ機関だ。

 韋駄天のように走る聖に全力疾走で食いつく俺。そして少し遅れて鈴白さんがトタトタと走っている。

 片側二車線の広い橋なのに、通行する車も自転車も人の姿もない。まるで進む先には誰もいないような不気味さを感じさせる。

 橋の終点に着いたところでようやく聖が足を止めた。膝に手をついて息を荒げる俺に対し、こいつは呼吸一つ乱してはいなかった。


「こ、ここだよな……行こうか」


 どうにか息を整え背筋を伸ばして進もうとする俺を、聖が手を出して遮った。


「待ってくれ」


 疑問に思う俺の前で、聖が腕を先へ伸ばす。

 と、パンという音と共にその指先が空中で弾かれるように上へと跳ね上がった。


「どうしたんだ!?」


 不自然な動きに驚き訊ねると、聖は痛みを払うように手を振りながら答えてくる。


「目には見えにくいけれどバリアか何かが張ってある。外からの侵入を拒むためか」

「なんてこった……っつうことは先輩はとっくに中か」


 何とかしてこの障壁を越えられないのか、考えた。


「そうだ、魔法なら俺が解除できるかもしれない!」


 俺のアイアンウィルなら、触れることで魔法の効果を打ち消すことができる。この障壁も上手くいけば解除できるかもしれないと、俺は先程の聖のように手を伸ばした。


「駄目だ」


 そう言って聖が手首を掴み、俺が手を伸ばすのを遮った。


「何でだよ!」

「魔法じゃなくて科学技術で張り巡らされたバリアだったらどうなる? 解除できずに君が大けがをするかもしれない」

「お前は触ったのに無事じゃないか」

「体が丈夫だからね」


 エストルガーという超人に変身できる彼の体は、普通の人よりも頑丈にできているということか。


「けどじゃあどうすんだよ。ここで立ち往生してるわけにも」


 俺と聖が言い合っている最中に、遅れていた鈴白さんも俺たちの傍にやってきていた。議論する俺たちを心配そうに見上げていたけど、気にかけてあげる余裕はなかった。


「……僕に考えがある」


 言いながら取り出したのは、ユニコーンデバイス。それを腰に当てた。


「この前、明が異相転移で僕らを違う空間に連れて行っただろ。それの応用で、異空間から帰還する座標をずらしてこのバリアの中に出るようにする」

「そんなことができるのか?」

「やってみないと分からないけど」


 ぶっつけ本番で試すしかないってことか。


「そういうの、嫌いじゃないだろ?」

「よく言う……頼むぜ」


 聖は頷き、鈴白さんに声を掛けた。


「巻き込まれるから離れていて。案内ありがとう」

「わ……わたしも行きます!」


 これはボランティア倶楽部の問題だと思っていた。だから彼女の申し出には同意できない。なんて、全く思わなかったわけじゃないけど彼女にとっては当然の提案だった。


「分かった。行こう」

「いいのかい?」

「先輩たちとの付き合いは彼女の方が長いんだ。当然だろ?」

「ありがとうございます!」


 別に礼を言われることでもない。だって彼女がついてくるのは、当たり前なんだから。


――――――


 ブレイブウルフの前方には複数の少女が待ち構えていた。

 三人の灰色の少女が杖を突きつけ、先端から光弾を連射してくる。が、一つたりとも狼の体を掠めることはなく少女たちの懐へと潜り込んでいた。

 既にそこには中央にいた少女しかいない。左右にいた二人は、ブレイブウルフの裏拳にてその場から吹き飛ばされていた。

 正面の少女の胸にふわりと飛んだ魔法少女のブーツ底が触れた。縮んだバネが力を解放するようにブレイブウルフの足が伸びきれば、灰色の少女の体は後方に大きく弾き飛ばされ、狼はくるりと宙を舞った。

 そして二人の少女が今まで対峙していた地点へ、光の帯が着弾していた。空を舞いながら、ブレイブウルフはレーザービーム照射の出処を見据えながら着地した。

 一棟、二棟離れた施設の屋上。四枚の翼を展開し、両手で構えた蒼槍レーヴァから魔力を源とした射撃を行った飛甲翔女がいた。


「ハズレですか。相変わらず勘が鋭いのですね」

「……その先にいるの?」


 すくっと立ち上がった彩女はそのまま九条玲奈の立つ建造物へ向かって歩を進めた。


「そう慌てずに。のんびりお喋りでもしませんか?」

「退いて」


 歩む速度は駆け足に、前傾姿勢に、そして風となる。


「あらあら。もっとゆっくりしませんと……」


 タン。

 タン。

 タン!

 三歩目の踏み切りで跳躍したブレイブウルフは夜空を背に、レヴァテイン・カスタムに殴りかかった。

 拳はレヴァテインの足元を直撃し、建物の屋上を大きく陥没させた。互いの視線が交錯するのを確かめた玲奈は薄く笑い、悠々と空へ舞い上がった。


「……貴女の死期が早まるだけですよ?」


 展開されたウィングラックから解き放たれた四基のスカーフは意思を持つかのように動き回り狼を取り囲もうとする。

 一射、二射、左右からの狙撃を跳ねてかわす獣の眼前に三基目のスカーフ。

 照射と同時に身を屈めた彼女は腰を捻り、まだ射出の終わらぬスカーフを蹴り飛ばす。攻撃の隙を突いて上空より放たれた四回目の攻撃は、右腕で防ごうとした彼女を僅かに反れて建物を貫いていた。


「おや、照準がブレますわね」


 正確に彩女の体を捉えたはずだった攻撃は外れた。壊れたスカーフに代えて新たに卸した個体が、まだ馴染んでいないのかもしれないと玲奈は考え、一旦攻撃の手を止めた。


「しかしこうして私が貴女を殺す気でいるのに、貴女は私を倒そうとも……ましてや攻撃を当てようともしない。そんなことで本当にこの前に進めるとお思いですか?」


 玲奈の煽りに彩女の眉がぴくりと動く。

 四之宮花梨を助けることが彼女の目的であり、そのために立ちはだかる者を蹴散らしてきた。誰が相手になろうともその覚悟でここまで臨んできた。

 玲奈と退治した時もそのつもりであり、振り下ろされる直前まで拳の標的は彼女であった。

 だが外した。外してしまった。友人が立ちはだかったことへの動揺が彩女の覚悟を苛んでいたのだ。


「本当は私、貴女のことを殺したくなんてないんですよ?」

「だったら、退いて!」

「ですけど……貴女がカリンさんと再会してしまうくらいなら、ここで殺して! 永遠に会えないようにした方がましですわ!」


 狂気で笑顔を歪ませて。ただ純粋に望みを叶えるべく、少女は武器を振りかざす。


「……うああああああッ!!」


 悲痛を奥歯で噛み締めて。ただ純粋に願いを叶えるべく、少女は拳を振りかざす。


――――――


 中央センターには正面モニターに映し出される戦闘の怒号と、宇多川健二が愉快に笑い声を上げる音だけが響いていた。


「あっはははははは! いいねえ、最高のショーだ! 皆もそう思いませんか!?」


 所長も、オペレーターも、灰色の少女も、その場にいる誰も彼の言葉に同意などしなかった。彼の思惑通りに二人の少女が戦うさまを、ただ見ているしかできないことに、少女以外の者は大なり小なり苦い思いを抱いていた。

 勿論彼も同意が欲しかったわけではない。彼の言葉は魔道研の戦闘ドームにいる四之宮花梨に聞かせるためのものだ。回線はずっと繋がれたままである。


「ふぅ……君も意固地だねえ。早々に魔女を出してくれさえすれば、僕も必要以上に彼女を痛めつける真似はしなくて済むんだよ? 分かるだろう……君は賢い人間だ」


 ああ、なんて嘘臭い言葉だろう。

 灰色の少女以外の誰もがそう思った。声が届いているのなら、四之宮花梨もそう感じただろう。だが彼女は、じっとドーム内に映し出される外の様子を見上げていた。

 花梨の反応がないことに不機嫌な顔をした健二の横で、灰色の少女が何かに気付く。


「あれは……」


 正面モニターに大々的に映し出されているのは二人のスペシャライザーの激突の場面だが、画面の端では他のカメラが映す外の様子が流れていた。

 その一つ、人工島の入り口付近の映像に動く影が映ったのを、少女は見逃さなかった。

 健二も少女の様子に気付き、小さくしていた入り口付近の映像をいくつかピックアップし、拡大した。


「ん? どうやって入ってきたんだ……このネズミは」


 映っていたのは三つの人影。

 一つは先頭を走る学生服の少年。

 一つは真ん中を走る桃色の髪と白い衣装を着て杖を抱える少女。

 そして最後尾には、灰色の少女たちを一蹴しながら殿を務める白い鎧をまとった者。


「っは」


 嗤った。

 これまで何の感慨もなく宇多川健二に付き従っていた灰色の少女が初めて表情を浮かべ、踵を返した。


「おい! どこへ行く!?」


 健二は管制室を出て行こうとする少女を慌てて呼び止めようとしたが、少女はちらりと彼を見て一笑して告げた。


「私が侵入者を始末しに行く」

「外の奴らに任せればいいだろう!」

「出来損ないの愚図共に仕留められる獲物ではないわ」

「ま、待て!」

「代わりにこの施設に入れた愚図を三体ほど回せばよかろう。呼んできてやる」


 少女らしからぬ言葉遣いでそう言い残し、彼女は管制室を後にした。


「……チッ。聞き分けのない老人が」


 思い通りに事が進まないことに、健二は苛立ちを覚えた。

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