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魔法少女の奉仕活動  作者: シイバ
魔法少女の奉仕活動一
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魔法少女と強襲

 翌日は昼前になってようやく目が覚めた。誰にも起こされなかったのかと思いながら制服に着替え、真神店長と昨日交わした約束のことを考えていた。

 リビングのテーブルに「公園に出かけてきます」という書き置きを残しておく。

 玄関で靴を履いていると、四之宮先輩の靴がないことに気付いた。俺が起きる前に出かけてしまったのか。確認してないが、音無先輩はきっと今も深い眠りについているに違いない。

 一人で公園に赴く時間はあっという間だった。昨日より早い時間だけど大丈夫かと心配しながら広場に向かうと、昨日と同じ光景がそこにあった。


「こんにちは」


 なるべくにこやかに挨拶をした相手は、円卓に勉強道具を広げた中学生の女の子だ。今着ているのは中学校の制服かな、昨日より幾分大人びて見えた。


「あ……あわわ! こ、こんにちわ」


 俺の顔を見るやいなや、顔を赤くして慌てふためく女の子。うむ、まだ警戒されているようでお兄さんはちょっとだけ傷ついた。


「今日はお一人ですか?」


 キョロキョロと辺りを見回してから、首を傾げて訊ねてきた。昨日のように先輩たちが一緒じゃないかと期待したのだろう。


「ああ。店長さんに一人で来るように言われてて。鈴白さんは? 今日もお手伝いに?」

「はい。かざりさんのお手伝いはわたしの一番のお仕事です!」


 えへへと浮かべる笑顔から、お店のお手伝いをすることが本当に楽しくて誇らしいんだなって印象が伝わってきた。


「そっか。お仕事頑張ってね」

「はい!」

「それで……その店長さんは店の中かな?」

「いいえ。今はお店……商店街の本店に呼ばれて戻っちゃいました。今はわたしが留守番を任されてますっ」


 その顔にはお店を任されたという自負が見て取れた。自分より年下の女の子なのに、店長さんにしっかりと信頼されてるんだな。

 それに引き換え俺はといえば先輩たちに突き放されて思い悩んで……。俺のことを考えてのことなんだろうけど、それが分かるだけに辛い。


「お兄さん?」

「ん? あ、そうだなあ……店長が帰ってくるまでここで待つってのもなんだし」


 数瞬考え込んだのを止めて気を取り直す。今ここで待っていたら、鈴白さんも勉強に集中できないだろう。公園の中を彷徨くか、コンビニでも寄って暇を潰すかしないといけないな。


「いえ、わたしは気にしないですから! ここで待っててください」

「本当にいいの?」


 鈴白さんはぶんぶん頷いてくれた。俺が気を遣って離れようとしたのを察し、逆に気を遣ってくれたのかもしれない。慣れない男子が傍にいて緊張するだろうに、優しくていい子だ。


「よし、それじゃ代わりにその宿題を見てあげよう!」


 何かしてあげられないかとすぐに思いついたのはそんなことくらいだった。


「ホントですか! あ……ありがとうございます」


 ふにっと笑う彼女の隣、あんまり近づき過ぎない距離をとって椅子に座って、取り掛かっていたプリントに目を落とした。


「丁度数学のところで行き詰まっちゃって……分かりますか?」


 そこには数字と記号の羅列。途中まで書いた計算式から先が全く進んでいない。いくら数学とはいえ所詮中学生用の問題。この程度の問いを解くなど、この俺には造作も無いこと。


「ここは公式を使って解けばすぐにできるよ」

「公式って、どの公式ですか?」


 俺は距離を保ったまま、手取り足取り丁寧に分かりやすく解説しながら教えていった。

 一問解けるたびに顔を明るくしてお礼を言ってくれるのが嬉しくて、ついつい何問も何問も教えていった。

 そうしてしばらく時間が過ぎたが店長はまだ帰ってこない。隣の鈴白さんは疲れたのか、小さな欠伸をしては「ごめんなさいっ」と言ってきた。ちょっと宿題ばかり続けすぎたようだ。


「今日は制服だね。学校に行ってたの?」


 話しかけながら勉強する手を止めると、彼女もペンを動かす手を止めた。


「は、はい。ちょっと用事があって、制服で……」

「へえ。似合ってるね」


 ぽん、と顔が赤くなった。むむ、俺なんかに褒められてもここまで照れてくれるのか。


「そんなことないですもん! まだ一ヶ月くらいしか着てないですし、うう……あんまり着慣れてないんです」

「いやいや、着てる期間は関係ないって。その初々しさもいいよ」


 かわいいって言いたかったけど、これ以上照れられたらちゃんと会話できそうにないんじゃないかと思ったので少しぼかして褒めた。


「へへ……ありがとうございます」

「二年生になったら背も伸びて、もっと似合うようになるね」

「あ、あやめさんみたいになれますか!」

「んん……まずは四之宮先輩を目指そうか」

「はいっ、なら最初はかりんさんにします」


 本人に聞かれたら青筋を立てられそうな会話だったが、俺と鈴白さんだけしかいないので幸いだ。二人で顔を見合わせて笑い合った。少しだけ心の距離が近づいた気がした。


「鈴白さんもさ」

「はい?」

「あの二人と同じで魔法少女なの?」

「はい!」


 答えてくれた。それから数秒時が止まったように静かになったかと思うと、少女が顔をくしゃくしゃにして腕をぽくぽく叩いてきた。


「ふえぇぇ……今のナシです忘れてくださあぁい」


 しまった。会話のネタを探してつい訊ねてしまったことがこんなことにるなんて。

 でも全然痛くないよ鈴白さん。泣きそうな顔もかわいいって言ったら火に油になるかな。


「おやおや、うちの看板娘をいじめちゃってるの? 賠償金は高く付くよぉ?」


 そう言って現れたのは真神店長その人であった。


「かざりさぁん……お兄さんがわたしの秘密をぉ……」

「あらら。無理やり暴いちゃったんだねえおおよしよし、お姉さんが慰めてあげるよ」

「俺はそんな真似してません! ちょっと不意打ちで質問しちゃってですね……」


 鈴白さんの頭を撫でて落ち着かせている店長に説明すると、悪戯っぽくウィンクされた。


「分かってるって。ちょいと待ってて、コーヒー淹れてくるから」


 からかわれたのか。呆気に取られている俺と、涙目の鈴白さんがバンに入っていく店長の背中を見送った。


「……あーっと、さっきはごめん。つい悪戯心が湧いちゃって」

「むす……もういいです。そういうのは慣れっこですから」


 拗ねられてしまったかな、軽率な悪戯をしてしまったなと反省したけど、そんな俺に彼女から話しかけてくれた。


「今日はかざりさんにどんなご用件なんですか?」

「いや、俺も店長さんに呼ばれて来たから詳しくは……。どうも先輩たち抜きで話したいってことらしいけど」

「うみゅ……だったら私はお話してる近くにいない方がいいですね」

「そんなこと言わずに三人でお話しましょうよ。ほら、コーヒー」


 黒い液体の入ったカップを二つ、テーブルに差し出してきたのは真神さんだった。


「勉強で回らなくなった頭に効くよ。ほらほら、味見も兼ねて飲んでみてよ」

「味見って……新作か何かですか?」

「そそ。ブレンドを変えてみたんだけどまあ飲んでよ。音央ちゃんも遠慮しないで」


 俺は促されるままカップを手にしたが、鈴白さんはまだ飲んでもいないのに苦い顔をしている。店長が一緒に持ってきた砂糖やクリームをどばどば入れてるけど、まだ幼くてコーヒーの苦味が好きじゃないのだろう。


「いただきます」


 グイッと一口流し込み、ゴクンと飲み込むことができなかった。脳がこれを摂取するのは危険だと信号を送ってくる。あまりの濃さに美味いとか不味いとか苦いとかいう次元を超えてる。うわあどうしよう吐き出したりしたら失礼だなあとコーヒーと同じくらいどろどろとする頭で考えていたら、遠くから必至で呼びかける声が聞こえてきた。


「相沢くん!? ちょっとちょっとしっかり!」

「おおお、お兄さんが死んじゃいますぅ!」


 ハッ。気が付いた時には椅子ごと後ろに倒れていた。地面の硬い感触が体に伝わってきた。


「すいあせんなんか天にも昇る気持ちっつうか……」


 呂律がちゃんと回らなかった俺の前に透明の液体が差し出された。


「とにかくお水、お水!」


 水が全身に染みわたるとはこのことだ、こんなに美味しい水を飲んだことないです。


「なんだったんですかさっきのあれ……」

「オフィス街で出してるコーヒーを若者向けに改良しようとしたんだけどね……ちょっと今回も見送りだなこりゃ」

「そうっすね……ていうか、あれと似たコーヒー出してるんっすか……」

「サラリーマンのおじさま達には目が覚めるって評判いいんだよ? 子どもには分かってもらえないからどうにかしたかったけど……やっぱ若者にはスイーツの方が受けがいいわ」


 俺にこの味が分かるようになるにはまだ若すぎるらしい。もっと疲れたら良さが分かるのかもしれないが、当分はコーヒーを見るのは勘弁願いたい。

 隣では色が変わるほどクリームと砂糖を投入した鈴白さんがペロッと一舐めしている。


「ふぎぃっ!」


 全身を震わせて涙目になってる。俺に無理だったんだ、彼女には不可能だろう。


「はい、お口直し」


 続いてテーブルに置かれたのは、シンプルなチーズケーキだった。今の俺には甘いモノなら何でも美味く感じられるはず。


「どう?」

「生き返ります」

「ははは……はぁ、さっきのは死んじゃうくらいの出来だったか」


 フォローしたかったが、正直な感想の方がいいのかもしれないと思い笑って曖昧に頷いておいた。代わりに違う質問をしてみる。


「これってお店で作ったのを持ってきて売ってるんですか?」

「そうだよ。ここで作ってるのはコーヒーとかシェイクとか、注文受けてすぐできるものだけね」

「へえ。昨日先輩から聞いたんですけど、最初はお店を持たずにこうして移動販売だけされてたんですね」

「まあね。周りに囃し立てられてついついお店なんて構えちゃったけど、やっぱ私にゃこっちの方が合っててね」


 こうして話して感じたのは、明るく快活な人柄。音無先輩と似た感じだという印象だ。


「けど優秀なスタッフのおかげでお店の方も軌道に乗ってるし、利益も順調。だからこうして気ままに外でやらせてもらえるのよ。感謝してもしきれないわ」

「わたしもお店に貢献してるのです」


 えへんと威張る鈴白さん。彼女に接客されたら癒やされそうである。


「次はそっちの話を聞かせてよ」


 真神さんはそう言ったが、訊ねてきたのは俺じゃなくて他の人のことだった。


「学校じゃあアヤメちゃんとカリンちゃんはどんな様子?」

「どんなって……俺もまだ数日しか一緒に過ごしてませんけど、特に変わりなく元気ですけど」

「そう」


 真神さんは鈴白さんの手の中にあったカップを受け取ると、それを一口含んだ。イケるじゃない、って表情をしている。やはり大人には分かる味なのか。


「周囲に対して壁を作っちゃいない?」

「えぇ? いや、そんな様子はないと思いますよ。サークル活動も精力的にこなして他の部活の人とも親しいですし、俺の友達にも気さくに声を掛けてくれたし……」


 思い返す限りでは、周囲との接触を拒んでいる様子なんて見当たらなかったはずだ。


「ただやっぱり力を持ってるのはあの二人だけで、周りに秘密を漏らせないって注意しなきゃならなかっただろうし、そういった点で警戒……とまではいかないでしょうけど、気を付けてたりはしたと思います」


 実際に目にしたわけじゃない。けど魔法少女であることを知られてはいけないという思いは持っていたのだから、そこは細心の注意を払っていたはずだ。

 俺の話を聞いて、真神さんは椅子の背もたれをギシッと鳴らした。


「違う環境に行ったことは、二人にとっては良かったのかもしれないわね」

「……でもちょっと寂しいです」


 店長と俯いた鈴白さんだけに通じる会話。俺にはなんのことかとさっぱりだった。


「君はどうしてあの二人が西台に通ってると思う?」


 突然の質問。その理由を先輩たちから聞いた覚えはないので、勿論知る由もない。ただ、これまで過ごして交わした会話の中に、ヒントになりそうなものがあったのを知っている。


「大戦の時、四之宮先輩が他の子たちと敵対したのが関係してるんですか?」

「ありゃ。なんだその事知ってたのか」


 知っていたことが意外だという表情。でもその口ぶりからすると、この理由で間違ってないのかもしれない。


「それも切っ掛けの一つね。その大戦を経て二人が力を一時的に喪失したのが、他の子と違う高校に通うことにした理由だって、私たちは考えてる」


 ちゃんとした理由を先輩たちが店長たちに語っていないのは、言いにくいからなのか。


「敵対したなんて私たちは思っちゃないけどね。けど複雑な経緯もあって、一緒にいづらく感じるところがあったんでしょう、二人は少しだけ距離を置くようになったわ」


 そう思っちゃいない。それは俺に対する説明じゃなくて、自分たちに言い聞かせてるんじゃないかというのは勘ぐり過ぎか。


「けどまた同じタイミングで力が戻ってしまった。それは二人の絆をより深めることになったのかもしれないけど、他の子たちとより関わらないようにする壁になってしまった」


 ここで言う外の子って言うのは、鈴白さんのような魔法少女……スペシャライザーのことか。


「君のことだってそうだよ」

「お、俺ですか?」

「二人だけで解決しようとしなければ、正体を明かすこともなく上手く立ち回れたんじゃないかって、私は感じた」


 ううむ、第三者からそう言われるとそうなのかもしれないという気になってくる。俺や先輩たちにとっては、その時その時に最適と思える手段を取っていたつもりだったけど。


「だからこの間、ちゃんから被害にあった大勢の人を病院に収容してくださいって連絡が来た時は喜んで協力させてもらったよ」

「あ! この間の……あれって、病院じゃなくて真神さんに連絡取ってたんですか!」

「そだよ。わたしのツテでちょちょいっとね」


 委員長もメロン先生も他の被害者も、この人のおかげで病院に運んでもらえたのか。俺は柏木さんの分まで、この人に感謝の気持ちを伝えておいた。

「ありがとうございました。おかげで、俺の友達も無事で……」

「いいっていいって、当然のことじゃん。それよりも、今は君の先輩たちのことについて話をしたいの」

「ああ、はい」

「君のこともその被害にあった人たちのように対処できてれば、もっとスマートに解決できていたと思うんだよね」


 俺は何度か頷いた。確かに俺が襲われて公園で気を失った後に真神さんに預けられていたなら、病院で目を覚まし、適当な治療を受けて記憶を消されて終わっていた話かもしれない。

 そうしなかったのは、あまり頼りたくなかったから……? でも俺の力のことがあって、手に余るようになったから、とうとう相談に赴いたと、そういうことなんだろうか。

 考えても先輩たちの本当の気持ちが分かるわけじゃないけど、どういう思いでいたのか少しでも理解したかった。


「けど私は、君があの子たちの秘密を知ってくれてよかったと思ってる」


 どういう意味ですか。考え事を中断した俺はキョトンとした顔で店長の顔を見つめていた。


「昨日は彼女たちの手前、記憶を消す選択肢を提示したけど。私としてはこのまま君に彼女たちの傍に残ってもらいたいと考えてるんだよ」

「どうして、ですか?」

「あの子たちは強い。二人揃えば更に強くなる。どんな困難も乗り越えられるでしょうね」


 そこまで言われると俺なんかが傍にいる必要なんてなさそうなものだけど。


「だからさっき言ったように二人で解決しようとする。他の人に頼ることをせずに、関わりを持たないように二人だけの世界で完結しようとする。それが正しくて適切だと思ってしまう。けどそれって、周りで見てる私たちからしたら寂しいもんよ?」


 寂しい。今の店長と同じ気持ちだったから、鈴白さんもさっき同じことを口にしたのか。ふと見た鈴白さんの横顔は沈んだ表情をしていて、少し切なくなった。

「だから今回、君の件で頼られたのは天啓かもしれないと思った」


 天啓ですか。俺なんかに使うには大仰すぎる言葉だ。


「これまでは二人きりだった彼女たちの中に相沢くんという第三者が関係を持ってくれたことは、きっと彼女たちを変える……ううん、この場合は昔みたいに付き合ってくれる、ていう方が正しいかな。とにかく、君が切っ掛けになってくれるんじゃないかって、勝手に期待しちゃったんだよ」


 期待されるのは嬉しい。だけどそれは重荷でもある。応えられるだけの地力が俺にあるのかは、甚だ疑問だ。


「俺、四之宮先輩に言われました。記憶を消さないのは異常の中に身を置くことだって。好奇心でそこに踏み留まるのはダメだって」

「それはそうでしょう」

「だったら……」

「君が彼女たちと一緒にいたいって思ったのは好奇心があったから?」


 俺は考えた。二人と一緒だった時間はとても楽しかった。面白い人たちだし、魅力的だし。そりゃあ痛い思いもしたけど二人は進んで助けてくれた。魔法少女だからだ。

 でも魔法少女だから気になってるわけじゃない。俺が二人を気にしている理由は好奇心なんかではなく、もっと簡単に、そう、下心があるからだな。


「違います。きっと二人に惹かれたから……だと思います」

「だったらいいじゃん」


 店長はいとも容易く肯定してくれた。


「けど俺は弱っちくて、また狙われたりしたら先輩たちの足を引っ張るしかできないですし、迷惑しか掛けないと思うと」

「いいってば。好きなだけ迷惑掛けちゃえば」


 簡単に言ってくれるなあ。


「君を助けること、人助けすることを迷惑だなんて考える子たちなら、私もこんなに気に掛けたりはしてないわよ。彼女たちにたくさん助けられて、たくさん感謝してあげなよ」


 俺は先輩たちに迷惑を掛けていいのか。それが許されるのか。許されるのなら、一緒にいたい。一緒にいられたら、どんなに楽しい学校生活になることか。

 先輩たち抜きの会話の中で、少しずつだが自分がどうすべきか形作れて来た気がする。


「わたしも、実力不足で二人にはいっつも迷惑かけてました」


 俺に話しかけてくる鈴白さんの表情には、先程まで色濃かった翳りは少し拭い去られていた。


「これからはお兄さんと二人で、あやめさん達にたくさん感謝していきたいです」


 にへっと笑いかけてくれる。迷惑を掛ける間柄に戻りたい、彼女のその想いが伝わってくるようだった。


「そうそう! 君の力についてだけどさ」


 パン、と手を鳴らす真神さんに俺と鈴白さんの視線が集中する。一体何だ、力に関して新たに分かったことでもあるのか。


「適当な名称を付けといた方がいいと思って幾つか考えてきたんだよ。いつまでも君の力とか能力って呼んでるのもカッコつかないでしょ?」

「あはは……そうですか」


 なんだそんなことか、と肩の力が抜けた。特に何も考えていなかったからありがたいと言えばありがたいが、今付けるようなもんだろうか。

 いや、今だから付けるのか。記憶を消して自分の力について忘れたりしたら、名前を付けたこと自体無駄になる。記憶を消すという選択を選びにくくするために、店長が気を遣ってくれたのかもしれない。


「ちからのなまえ! なんですかなんですか!」


 俺よりも鈴白さんの方が食いついている。真神さんが円卓の上に差し出してきた紙に向けて、目を輝かせている。


「別に音央ちゃんが決めるわけじゃないんだから」

「でもでも、素敵なお名前なら決めるのをお手伝いしたいですっ」

「お手伝いはいいけど、最後に決めるのは相沢くんだからね」


 店長が俺に対して片目を閉じてきた。その台詞には名前以外のことも自分で決めなさいというニュアンスが含まれているのを感じた。


「分かりました。まずは名前を決めますよ」


 俺は鈴白さんと一緒に、テーブルの上の用紙を覗きこんだ。

 その時だった。

 対面にいた真神さんが、俺たち二人に前触れ無く飛び掛ってきたのだ。

 突然の所作に為す術のない俺たちは、店長の胸に顔を埋めたまま押し倒されるところだった。飛び掛かる勢いは、鬼気迫るという印象を抱かせた。

 次の瞬間、俺たちが談笑していたテーブルが拉げ、大地が悲鳴を上げるのが聞こえてきた。


「大丈夫?」


 事態を飲み込めず、店長の問い掛けに頷く俺を待たずして彼女は立ち上がっていた。俺と同じく隣に横たわっていた鈴白さんだったが、はじめは驚きと衝撃でキョトンとしていたが、俺より早く状況を呑み込んだのか、すぐさま上半身を起こしていた。

 遅れて体を起こした俺の目に飛び込んできたのは、先程までいた場所に大きな窪みができているのと、その中心に岩石のある光景だった。


「店の備品壊してくれるとはどういう了見かしら?」


 人差し指を突き立て啖呵を切る真神さんを尻目に、俺の思考はなんで岩が空から落ちてきたのかという疑問にまでしか達していなかった。

 岩がどこからか投げられたのか、いや、違う。それ自身が自らの意思で降ってきたのだ。そこにようやく思い至ったのは、クレーターの中央に鎮座していた岩が自ずと立ち上がったからだ。

 岩なのに人の成りをして二足で立っている。鎧でも纏っているのか。そもそもこんなモンが降ってくるなんて異常だ。異常な世界。俺が踏み込んでいる世界の一幕が開かれている。


「小僧。貴様に用がある」


 低く澄んだ男声。見た目のゴツさとは裏腹に耳辺りの良い声がその岩から発せられた。


「うちの店は無視かい? 良い度胸してんじゃんッ!」


 青筋を浮かべて言い放つ真神さんの怒気に当てられ、ハッと我に返った。

 彼女の気迫は凄まじい。まさかとは思うが、この人も先輩たちと同じ超常の力を扱うのか。そうでなくとも、異常事態を前にして退かない胆力は普通の人とは思えない。けど、今あいつが名指ししたのは俺のことだ。俺を狙っている? 俺の危機は去ったわけじゃなかったのか。

 だとしたら真神さんたちを巻き込んでいいはずがない。既にテーブルが壊された後だけど、これ以上被害を受けさせちゃダメだ。

 一歩二歩と踏み出す彼女を止めようと、ようやく立ち上がろうとした時だった。


「音央ちゃん?」


 俺たちに背を向けて立ちはだかったのは鈴白さんだった。


「ふ、二人は逃げてください! わたしがなんとかします!」


 彼女の言葉に俺も真神さんも動きを止めた。一番小さな女の子が、巨大な岩石男の前に相対してるのだ。


「小娘に用はない。そこの小僧だ。貴様を痛めつければ来るのだろう、強大で凶悪な獣を宿す者が」


 獣……音無先輩のことか。


「お前の狙いは先輩なのか!」

「然り。強者にこそ吾が力を振るうに相応しい。早く呼べ」


 その台詞に違和感を覚え顔を顰めた。こいつの目的は先輩と戦うこと。この間襲ってきた奴とは、襲撃の理由が異なっている。


「俺が目的じゃないのか。この間の奴は俺を標的にして襲ってきたのに……お前は、あいつの仲間じゃないのか」

「あれとは行動を共にしていただけに過ぎん。吾が目的は強者。それだけだ」


 先輩と戦うために俺を餌にするつもりなんだ。俺を狙うのは目的じゃなく過程。


「大人しくしていろ。なるべく殺さぬよう心掛けよう」


 ふざけてる。そんな理由であの岩のような腕で殴られたりするなんてゴメンだ。


「そ……そんなことはさせません!」


 俺と真神さんの前に立つ鈴白さんが小さな体から声を張り上げる。だけど声も体も、小さく震えている。


「鈴白さん! ダメだ、危ないよ!」

「平気です……わたしだって、あやめさん達と同じ、みんなを守る魔法少女なんですから!」


 はっきりと自分の口でそう宣言した。隠すことなく、俺にその正体を明かしてくれた。


「今はわたしが、守ります」


 決心。覚悟。本当は怖くて逃げ出したいはずだ。でも震える体を奮わせて宣言する彼女の瞳は、音無先輩や四之宮先輩を彷彿とさせる光が宿っている。


「さて……。この小娘の顔は資料の中にあったか。まあ、よかろう。退屈を紛らわすくらいにはなろう」


 岩が動く。その鈍重な歩みは鈴白さんの軽い体などすぐに吹き飛ばしてしまいそうだ。


 パンッ!


 鳴り渡ったのは鈴白さんが合掌した音。その両掌を離した時、何もないはずの空間に現れたのは光、そしてステッキだ。

 発光が収まりステッキを手に取る。慣れた手つきで器用に回し、歩み来る相手を牽制するように構える。先端に星と鳥の翼の装飾を施されたピンク色のステッキ、それが彼女の使う道具なんだ。


「……私は人が近づいて巻き込まれないよう避難を促してくる。相沢くんも」

「いえ、俺はここに残ります」


 俺の拒絶に、踵を返そうとした真神さんの足が止まった。


「あいつの狙いが俺なら、下手に動いたりして被害が広がるかもしれないですし。だから俺は置いてってください……鈴白さん一人残して行きたくもないから」


 真神さんの目を見据えて答える。少し難しい表情を浮かべていたが、本気だと伝わったのか小さく頷き、


「二人に近づいたらダメよ、車の陰に身を隠して。音央ちゃん! 彼を頼んだわよ」

「はいっ!」


 鈴白さんはその場で力強く返事を、真神さんは広場から離れ公園内に危険を知らせに、そして俺はバンの側へ移動し鈴白さんを見守る。


「あの女に手を出すつもりはなかったが、これで心置きなく死合えるならば何も言うまい」


 あんな小さな子が命を懸けて死合う。狙われている俺はただ見ているしかできない。工場で襲われた時のことがフラッシュバックする。同じじゃないか、先輩が来るまで何もできなかったあの時と。自分の無力を痛感させられる。


「ふぅ……ふぅ……、いきます」


 意を決した彼女の初動は、ステッキの先端で大地を叩くことだった。

 鈴。

 凜。

 輪。

 鈴の音に似た音が響き、凛とした空気が張り詰め、足元に白く輝く輪が描かれる。


「光芒よ、我に力を与え給え。……お願いです、力を貸してください!」


 呪文のような願いのような言葉を唱えステッキを振り上げる。光輪から立ち上る光柱が彼女の全身を包み込み、横薙ぎに払われたステッキが光を断ち、再び彼女の姿が陽の下に現れた。

 その容姿は制服姿の女子中学生から一変していた。メイド服を思わせるフリルの付いた純白の衣装に、左右で小さく結っていた茶髪は腰まで届くロングテールとなりその色も杖と同じ桃色に染まっていた。

 変貌っぷりに驚いたが、彼女と相対している岩男は驚きとは違う心象を抱いたらしい。


「成る程。その姿ならあの機械で見た覚えがある。大戦の経験者……確か幻獣奏者だったか」


 この少女が先輩たちと同じ大戦を経験したらしいという事実に驚嘆した。あれは二年前ということだったから、鈴白さんは小学生の頃にそれを体験しているということになる。

 震えて臆病そうに見えた少女は、俺の想像よりもずっと強い女の子なのかもしれない。


「さあ。お前の力を見せてみろ」


 ズンズンと地面を揺るがし歩く岩石の重圧に気圧される。それを俺より間近で受け止めながら、鈴白さんはその場で持ち堪えていた。

 構えていたステッキを掲げ、先端で宙に二つの光円を描く。その円は異なる紋様を内に走らせながら、力強く輝いた。


「ドラゴちゃん、ルナちゃん、来てください!」


 耳を劈く甲高い鳴き声、昼を更に明るく照らす眩い光、二つが光る魔法陣から飛び出した。


「召喚術。獣を下僕に戦う故に幻獣奏者、か」


 術を披露され、岩の歩みが一旦止まった。

 召喚を終えた鈴白さんの左右には、彼女を守護するように浮かぶ二つの影が浮かんでいた。

 クイィ、クイッ。

 鳴いているのは全長一メートル程の体躯を持つ羽の生えたトカゲのような生き物だ。その口からは息をするようにチロチロと燃える火が溢れている。

 もう一つ浮いているのは、三日月だ。その弧に小さな人影が腰掛けている。俺の肩にも乗れそうなサイズは、まるで人形のようだ。


「龍の子と月の化身が如何程のものか確かめさせてもらう」


 歩みを再開させた。それは歩みというより突進の勢いだ。巨躯が唸り、鈴白さんに迫る。


「ドラゴちゃん! 行って!」

「キィィッ」


 彼女の合図を受け、小さな龍は猛然と直進していく。

豪腕が唸り子龍の頭に振り下ろされる。

 ゴヅゥンッ。

 見てるこっちが痛くなる音を立てて頭と拳が衝突した。


「クワァ……」

「ドラゴちゃん、しっかり!」


 衝撃にやられふらりふらりと宙を彷徨う子ドラゴンに即座の追撃はなかった。


「流石は龍。拳が痺れる。胸も打ち震えるぞ」


 歓喜している。そして次こそは追撃待ったなしだ。再び腕を振り回し、パタパタ羽ばたく獲物に迫る。


「キュイ? クイィ!」


 正気に戻った様子の龍は口を開き迎え撃つ。チロチロと漏れだしていた火が火球となり吐き出された。

 火球が拳とせめぎ合う。やがて火がその腕を包んだが、臆することなく振り抜かれた拳があわや龍を直撃するかというところで、くるりと身を翻し既の所で攻撃を躱した。

 その攻防に肝を冷やしながら固唾を呑んで見守っていたが、俺以上に鈴白さんの方が披露しているに違いない。なのに彼女は退くことなく果敢に立ち向かっている。

 先輩たちのことも鈴白さんのことも、こうして見ているしかできない。役に立てるのならそうしたいのに、何もできないことがやはり悔しくて、惨めだ。

 そんな俺の卑屈な思いとは裏腹に、二者の戦いは続く。


「ルナちゃん、お願い!」


 彼女の言葉に応じ、三日月に腰掛ける小人はその場で上昇した。俺と岩石男の視線が上へと誘導され、その動きが止まった時、


「むっ!」

「うわ、眩しい!」


 その子が呼び出された時と同じ閃光がこの場を染め上げた。


「目眩ましか? 小賢しい」


 視界を奪われた俺の耳に男の声が聞こえ、次いで大地を揺るがす振動。光を意に介さず進んでいるのか。

 しかし次第にその光は収まり、収束していく。微かに開けた瞳の先で、確かに光は収束していた。

 それは光が収まったという意味ではなく、三日月の少女から伸びる一筋の光が龍の子に収斂しているという意味で、だ。


「遠慮はなしだよ、ドラゴちゃん!」


 クイイィィィィ――。


 またもドラゴちゃんは口を開ける。先程と同じく紅蓮の炎がそこへ集う。


「同じこと。また吾我が拳で撃ち貫くのみ」


 自慢の腕力を振るうつもりで岩石が進み出る。迎え撃つドラゴちゃんの火炎は、だがしかし、先の一撃とは比較にならないほど巨大に練り上げられていく。


「ぬぅ!」


 異変に気付きその足が止まるのと同時、特大の炎が龍の口から放たれた。

 燃え盛る炎の帯が一直線に突き進む。腕を交差し身を守る姿勢をとった直後に火炎がその全身を飲み込み、天届く火柱が巻き起こった。

 熱風は離れて見守る俺の肌さえ熱く焦がす勢いだ。その熱量は俺の人生において初めて経験する未知の領域にあった。

 だが俺には衝撃的な威力だったが、それを受けた相手には悦楽を与えるものだった。


「いいぞいいぞ。これほどの強さを行使できるとは。さあ、更なる強さを見せてみろ」


 地面を焼き焦がし対象を焼き尽くすかに思われた龍の息吹は、ただそいつの表面を黒く焼き染めただけのように見えた。体を払えば煤が落ちるかの如く、染まる前と変わらない体表が現れる。


「う、うぅ……」


 ここに来て初めて鈴白さんが一歩だけ身を引いた。あの攻撃の効き目が見て取れないことに気圧されているんだ。

 攻撃を担当したドラゴちゃん疲労のためか、呼吸を荒らげて上下に体を揺らしている。

 上空に浮くルナちゃんは戦闘には向かないのか、ただその場を静観している。


「どうした? 終わりなのか? 使役できるのがこの二匹だけではなかろう」

「こ、来ないでください!」


 期待を抱き前進する相手が言葉で静止することはなかった。

 鈴白さんは更に上空に円を一つ描く。それは先に描いた二つよりも大きい光輪であり、より複雑な紋様が空中に刻まれていく。


「いばらの女王さま! あの人を止めて!」


 魔法陣から飛び出してきたのはドラゴンでも人の形をした者でもない、風を裂き撓る無数の蔦が陣いっぱいに溢れ出し、四方八方から襲い掛かる。


「拘束の術か」


 避ける暇も隙間も与えず、棘に覆われた太い蔦が幾重にも相手の体を絡め取る。


「ルナちゃん、二人のフォロー! ドラゴちゃん頑張って!」


 ステッキを振り懸命に指示を飛ばせば、再び月光が子龍に降り注ぎ、振り絞った声を上げて茨の繭へと突撃していく。


「む……む……」


 繭の中から呻きが漏れる。むく、むく、と膨張していく。繭の中身が蠢いている。

 異様な動きを見せる茨の塊に全員が動きを止めた時だった。

 大きく上に伸びた繭が地面に激突し、大地が爆ぜた。


――――――


 遠く離れた背後で火柱が立ち上る光景を目にし、今一番火力のある術を彼女が使ったのだと悟った風里は、公園内にいた衆人への避難を引き続き行った。


「みなさーん、早くこの場から離れてください、危険です! 警察ももう来ますから!」


 尋常でない事態が起きていることは誰の目にも明らかで、大勢の人は彼女の指示を受け現場から遠ざかるよう誘導されていた。

 彼と彼女は大丈夫だろうか。心配は尽きないが、戦う力のない自分が向かっても足手まといにしかならない。先程は短気を起こし食って掛かろうとしたが、彼女がそれを制してくれた。そうでなければ、今頃大怪我では済まなかったろう。

 戦うことは好きじゃなく、それでも心優しく人を守る少女のことを信じているが、それと勝てるかは別問題である。

 地響きが聞こえ、大地が揺れる。激しい振動に、周囲の人はおろか彼女すら立つことがままならず、地に膝を付いた。

 身動きがとれなくなった人々はざわめき、揺れが収まるのを待ちわびるが短時間で収まる気配はなく長い時間大地に伏していた。この中で揺れの原因に心当たりがあるのは彼女だけだ。


「音央ちゃん……?」


 その名を呟いた時、揺れる視界の端で彼女は確かに捉えた。

 自分たちが走ってきた方向に飛ぶように軽やかに駆けていく白い影を。

 揺れが収まると、その影を追おうかという考えも彼女の脳裏を掠めたが、まだやらなくてはならないことが残っている。


「落ち着いて! 慌てず急がず迅速に避難しましょう!」


 地震で混乱と恐怖に陥りかねない人々に声を掛ける。一般人を無事にここから逃すこと。それが今自分がやるべきことだと分かっていた。


「そっちは任せたよ」


 そして異常に抗う術を持つ少女たちを信じることも、風里にできる大切なことだった。

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