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殴られ損か?

作者: 月夜見

動物と話ができるのなら、カラスにゴミを漁らないように注意してください。


 世界は混沌として、不条理で満ちている。

 

 「死ぬか? お前? コンクリ、穿くか?」

 なぜそんな事を言われなくてはならないのか。どうしてその辺にいそうなお馬鹿なお兄ちゃんたちに囲まれなくてはならないのか。

 絶体絶命のピンチ。


 話は十一時間ほど前に遡る。


 朝の八時を過ぎたところ。

 学校へと続く堤防をとぼとぼと歩いていた。朝日に照らされた新緑が目に眩しい。爽やかな初夏の風が、疲れた体と神経を癒すように通り抜けていった。

 公立高校の二年生、それが僕の社会的地位だ。後ろ盾は無い。保護者は民生委員のおじいさんだ。ちなみにアルバイトをしているから生活保護は受けていない。早い話が天涯孤独の身の上なわけだ。

 アルバイトをしていると言っても、週に三日程度だ。民生委員のじいさんが、それ以上はするなと言ってきた。そのかわりに、じいさんの家に居候させてもらっている。居候と言っても、アパートの一室なので実質は一人暮らしだ。

 ともかく、疲れていた。大学病院の研究棟の掃除なんて、するもんじゃない。夜間の作業で、しかも臓器の瓶詰めとかがそこら辺に置いてあって怖い。四人がかりで作業するはずなんだけど、定員割れでいつも二人だ。夕方から始めて夜中までかかる。昨夜もそうだった。実験用動物の鳴き声が響く廊下を掃除するんだぞ? 怖いだろ? もっとも、昼間は掃除のおばさんが担当するから、汚れはそれほど酷くない。

 話が逸れた。堤防から道路に下りて、とぼとぼと最後の難関である坂道に差し掛かったときだ。道路わきの公園から、悲鳴が聞こえた。男の悲鳴じゃなくて、女の子の悲鳴。

 「た、助けてぇぇ!」

 「てめぇっ! わめくんじゃぁねぇぇっ! おかすぞゴルァァァッ!」

 男は平仮名と片仮名でしか喋れないらしい。日本語が不自由なのだな。

 疲れた頭でぼんやりとそんな事を考えていたら、女の子が目の前に飛び出してきて、その後からゴリラみたいなむさくるしいお馬鹿が飛び出してきた。

 「あっ! み、御堂君! 助けて!」

 いかにも、御堂創です。でも、君とは知り合いじゃないぞ。

 「んだよっ、ゴルァァッ! じゃまつんなっ! しねぇゴラァッ!」

 何語を喋っているんだ?

 「ええと、君は何者? 何で僕の邪魔をするの? どうして腕を掴む? なぜ隠れる? 僕にどうしろと?」

 「あの、助けて・・・。お願い、御堂君、助けて!」

 「ウルァァッ! てめっ、みどうっ、このやろっ、ゴルァ! 殺す!」

 おい、一単語だけ漢字にするなよ。お前とも知り合いじゃないぞ。

 とりあえず、彼女の手を握って走り出した。もちろん、学校へ。安全地帯は学校だ。緊急避難場所に指定されているだろ? ああ、今は関係ないけどな。

 ゴリラは足が遅いらしい。あっと言う間に引き離して、あっと言う間に校門を潜った。

 「はぁはぁはぁはぁ・・・、み、御堂君、あ、ありがと、ぜぇぜぇ・・・、た、助かったわ・・・」

 「それは良いんだけど、あいつ、誰?」

 彼女はハンカチで汗を拭い、息を整えながら言った。

 「はぁはぁ・・・、はぁ、あ、あいつ・・・、佐野って言う、不良、よ。はぁ・・・、中学の、ぜぇぜぇ、ど、同級生、なんだけど、はぁ・・・、恋人になれって、・・・襲ってきたの・・・」

 唖然呆然。

 痴話喧嘩かよ。朝から体力を使わせやがって。

 「分かった。じゃあ、僕はこれで」

 「はぁはぁ・・・。・・・え? あ・・・、待ってよ! あ・・・」

 またとぼとぼと歩き、靴を履き替えて教室に向かった。

 それがケチのつき始めだ。


 その次は、昼休みだった。

 昼飯はいつも食べない。なぜなら、金が無いからだ。シンプルな理由で楽しくない。いつも屋上で昼寝をして空腹を誤魔化す事にしている。今日もそうだった。

 ちなみに、一人だ。友人らしい友人がいるわけでもないし、ましてや彼女と呼べる存在もいない。基本的に人間は苦手なのだ。その代わりに、動物とは比較的仲が良い。

 チュンチュン、チュチュン。

 「お前等、噂話が好きだなぁ」

 スズメが手すりに腰掛けて、僕に近所のゴシップを喋っている。今日の話題は、三丁目の高橋さんの娘が二丁目のファミレスでアルバイトを始めた事についてだ。全然ゴシップじゃないじゃん。

 「あ、御堂くぅ〜ん(はあと)」

 背筋が凍りついた。(はあと)って、何だ? それに、君はさっきの痴話喧嘩女じゃないか。

 見た目は素晴らしい。栗色の長く真直ぐな髪の毛、見た事も無いほどの美貌、大きな胸、制服でも判るくびれた腰、柔らかそうな小さなお尻、贅肉の無いしなやかな手足。誰もが幻惑されそうな女性である事に間違いは無いな。

 僕? 僕はどうでも良い。別に女が嫌いなわけじゃないけど、興味は無い。正確に言えば、どう扱って良いか分からないし、嘘を吐かれそうだから苦手だ。

 「はい、御堂君。一緒に食べましょう?」

 目の前に購買の袋が置かれた。それと、オレンジジュースのパック。

 「は?」

 「お礼よ、お礼。朝、助けてもらったから」

 呆然としていたら、ツナサンドが握らされた。

 「ほら、食べて? ね?」

 「ええと、君は何者?」

 「二―Bの真田薫よ」

 隣のクラスだな。

 「二―C、御堂創。・・・ええと、頂きます」

 「はい、どうぞ。たくさん食べてね?」

 いや、これだけで結構です。少食なんだよ。

 カァー。

 チュンチュン。

 「やらないぞ。自分の餌場で食えよ」

 カァカァ!

 チュチュチュン!

 「ちっ・・・、ツナは食うなよ? 腹壊すぞ」

 カッ!

 チュチュ!

 手に持っていたパンが、ツナの染みた部分を残して食いちぎられている。ツナを口に放り込んで、ポケットティッシュで口と手を拭いた。ご馳走様と言った。それから、奴等に釘を刺す。

 「もう駄目だぞ」

 カァー・・・。

 チュン・・・。

 「あ、あの? へ、平気なの・・・?」

 「何が?」

 「パン、取られたでしょう? 足りるの?」

 ティッシュを丸めてポケットに入れた。それから頷いて、奴等を見た。

 相変わらず食い意地が張っていやがる。

 「まあ、足りるかと言われれば足りる。足りないのはこいつ等のほうだな」

 「え? ・・・カラスと、スズメ?」

 早くしろと催促している。意地汚いぞ。

 「あげちゃ駄目だ。仲間が嗅ぎつけるからな」

 呆気に取られている。気持ちは分かるけどな。

 「じゃあ、僕はこれで。ご馳走様」

 そして階段を下りて教室に向かった。


 そして、放課後だ。

 担任に呼び出されて、英語のプリントを作る手伝いをさせられた。小テストとは言え、生徒に問題を作らせて良いのか?

 「良いんだ。俺が作ったって、どうせお前は満点だからな。そういう奴に作らせたほうが手っ取り早い。俺は忙しいんだ」

 そう言いながら週刊誌を読むのはどういう事だ?

 「できたよ、先生」

 印刷ボタンをクリックして、一枚だけ印刷してみた。彼は問題を読んで、ニヤリと笑った。

 「さすがだ。ぼんやりしているくせに、授業進度をきっちり把握していやがる。それに、直球も有れば変化球もある。良い問題だ。おっし、後はやるから、帰って良いぞ」

 空がオレンジ色だぞ? バイト代は?

 「ほれ、バイト代だ」

 放り投げられた物体を受け取った。

 「缶コーヒー・・・」

 時給四十円弱。泣きそうだ。

 「良いぞ、泣いても」

 「あんたは鬼か」

 「何とでも言え。ワッハッハッハ」

 面白くないぞ。

 悪態を突きながら教室に戻ると、なぜか彼女がいた。

 「あ・・・、あの、一緒に帰ろう?」

 「遠慮する。じゃあ、僕はこれで」

 鞄を取って、階段を下りた。靴を履き替えて、外に出た。彼女が走って追いかけてきた。しつこい女だな。

 「ちょっと、待ちなさいよ! 良いじゃない、一緒に帰るくらい! もう!」

 無視して、歩いた。

 堤防の近くまで来た。公園の近くだ。大勢の気配がする。しかも、悪意に満ちている。

 「おいおい、勘弁してくれよ」

 そう言ったら、朝のゴリラが喚いた。

 「ぎざまぁぁっ! みどうぅぅう! ゴルァッ!」

 相変わらず何語を喋っているのか分からない。

 「キャァッァァーッ! 離してよぉぉ!」

 「るっせんだよ、このアマッ! きやがれっ、おとなしく、さのさんに、やられろ!」

 こいつ等、全員が外国人か?

 「おいおい、まともに喋れないのかよ」

 「喋れるぜぇ? お前、邪魔だってよ」

 右斜め前にいたお兄ちゃんが、そう笑った。そのとき彼女の悲鳴がして、振り向こうとしたら、大きな衝撃と耳鳴りが襲ってきた。

 ゴツッッ!

 不覚を取ってしまった。道場から離れると、こんなにも勘が鈍るものか? そんな事を思ったが、すぐに深い闇に沈んだ。


 額に固いものがぶつかる感触で目が覚めた。動こうと思ったら、動けなかった。

手首と足首を縛られていた。まあ、縛ると言うか何と言うか。

 どうやら倉庫の中らしい。しかも、テレビで見るような放置された倉庫だ。

 「うぇへへへ、かおるぅぅ、おかすっ! おめぇら、お、おれの、あとだっ!」

 「やれやれ、言葉が不自由だと思ったら、動物以下の脳しか持っていなかったか」

 思わず口に出てしまった。彼女の叫び声が聞こえた。

 「御堂君っ! 大丈夫っ! 頭から、血っ!」

 まあ、確かに顔がぬるぬるして、乾いたのか引きつっているな。

 「それで、どうするんだ?」

 そう言うと、さっきのお兄ちゃんが話しかけてきた。

 「ええとな、あの女が犯されるところを見るんだぜ? そいでよ、輪姦しちまうんだよぉ? んでよぉ、クスリをバッチリきめちまってよぉ、俺等の奴隷にすんだよ」

 青い顔をしていた女が、叫んだ。

 「そんなっ! 約束が違うじゃないっ! 何で彼を縛っているのよぉ! どうして犯すなんて言うのよぉ!」

 何となく話が見えたが、補足説明をしてもらおうか。

 「おお、良いぜぇ。あのお姉ちゃんはよぉ、お前が好きなんだってよ? 笑っちまうなぁ、おい。でよ、俺等があいつに絡んでよ、そいでお前がヒーロー登場って奴でな? 助けてよぉ、恋が芽生えてめでたしめでたし、だってよぉぉ? ギャハハハッハ! 笑っちまうぜぇ、今時そんなマンガでもねぇって、そんな設定はよぉ? ギャハハハ!」

 理解できたようなできなかったような。

 「ええと、真田さん、だっけか? 一芝居打つつもりでいたら、筋書きを変えられたわけか? お前等、どいつもこいつも頭が悪いな」

 念を押したら、怒ったらしい。

 「ざけんじゃねぇっぇっ! しねや、ゴルァッ!」

 ドガッ、バキッ、ゴツッ!

 大人数で蹴られた。痛いな、さすがに。囲まれて、見下ろされている。

 「死ぬか? お前? コンクリ、穿くか?」

 まったく、何で僕がそんな事を言われなくちゃいけないんだ? 間違っているよ、いくら僕がこんな身の上でもさ。面白くないぞ。

 「・・・そんなに用意が良いのか? それほど頭が良いとは思えないが」

 ドガッ、バキッ、ゴツッ!

 以下同文。いや、冗談を言っている場合じゃないな。

 「・・・ごふっ。・・・お前等、後悔先に立たずって言葉を知らないな?」

 力を入れて足首の縄を切る。普通は無理だと思うけど、できるんだな、これが。

 「え・・・? や、やっちめぇぇ、ころせっ、ゴラァァ!」

 ドガッ、バキッ、ゴツッ!

 「・・・痛いじゃないか。でも、三発くらいしか当たっていないぞ? 頭が悪すぎて狙えないか? ほらほら、逃げちゃうぞ?」

 場所を変えながら挑発する。馬鹿はすぐに引っ掛る。徐々に彼女から離れる。

 「てめっ、しねっ、コラッ、まてやっ!」

 逃げる。そして、挑発する。彼女が取り残された。奴等の攻撃を避けながら、彼女を見たら、脱兎のごとく逃げ出した。男たちは馬鹿だから、誰もそれに気がつかなかった。逃げ切るまでの時間を稼ぐか。

 暫く逃げ回って挑発して遊んだ。

 「・・・よっと、お? 相変わらず当たらないねぇ。よくそれで強いとか言えるな」

 「ざけんなっ、おぅっ、これでもそんなこたぁ、いえんのかっ!」

 ナイフ? わらわらと散って手にしてきたのは、鉄パイプ?

 「ふぅん、つまんないよ、それ。定番だけどさ、格好悪い」

 そろそろ良いかな。

 「しねっ!」

 「反撃させてもらう」

 ドガッ、ゴツッ! ドガッ、バキッ、バキッ、ゴツッ!

 男たちの呻き声がする。ちょっとやられすぎたかな? ふらふらするし。

 倉庫のドアまでふらふらと歩いた。パイプ椅子があったので、腰掛けて一息ついた。目を閉じて溜め息をついたら、後頭部から首、背中にかけて、鈍い衝撃と何かが砕けるような音がした。

 ゴツッ!

 また不覚を取ったらしい。やれやれ、困ったものだ。

 そして、また意識を失った。


 ざわめきと柔らかく甘い何かの感触に目を覚ました。

 「あ・・・、動いちゃ駄目。ね? じっとして」

 彼女が僕の頭を胸に抱えていた。なかなかの高待遇だな。

 「よう、久しぶりだな」

 浸っていたら、見覚えのある坊主頭が目の前にあった。

 「何だ、邪魔しないでよ。気持ち良いんだから」

 「ずっとこうしてあげるからね。・・・佐竹と知り合いなの?」

 坊主頭のおっさんは、極道の親分だ。佐竹良哉と言う。

 「ええ、お嬢さん。二年ほど前ですか、ふとした事で知り合いまして」

 「おっさん、こいつ、何者?」

 彼は苦笑いをして、こう言った。

 「真田家のお嬢様だぞ。まあ、隣街から越してきたのが高校に入るときだから知らなくても 当然か。この街で一番の実力者の娘さんだ。ほら、線路向こうの大きな屋敷、図書館の近くだ。分かるか?」

 「ああ、あの公園みたいな家か・・・。ふぅん、それで何でおっさんがここにいる?」

 呆れているらしい。

 「あのなぁ、お嬢さんが逃げながらご自宅に電話したんだ。で、お父上が電話を取られてな? 俺たちに声を掛けてくださったんだ」

 「なるほど。・・・で、奴等はどうした? 沈めた?」

 「いや、まだだ。そこに転がしてある。・・・おう、どれか引き摺って来いよ」

 若い衆が、言葉の通りにぼろ雑巾を一つ引き摺ってきた。蹴飛ばされて、目を覚ました。

 「う・・・」

 「おい、若いの。お前、創が我慢強くなっていて命拾いをしたな。二年前なら確実に殺されているぞ? こいつをどうにかするのなら、戦争する準備をしてからにしろよ。チャカやショットガンでも死なねぇぞ、こいつは」

 絶句しているのか元から喋れないのか、彼は何も言わず呻いただけだった。

 「ちょっと、佐竹、どういう意味よ?」

 彼女が腕に力を入れた。柔らかい物が頬に当たって、気持ち良いやらくすぐったいやらで、 困るな。

 もう大丈夫そうなので、腕に力を入れた。手首を縛っていた縄が切れた。

 「え? ・・・な、なぜ?」

 目を丸くした彼女から抜け出して、伸びをした。あちこちが痛い。

 「いててて・・・。ええと、まあ、ハンデ、かな?」

 「良く我慢したなぁ。あんときゃぁ、何人殺した?」

 彼女がぎょっとしている。当然と言えば当然か。

 「殺していないって。人聞きが悪いな」

 「ま、そうだったな。・・・ええと、お嬢さん。こいつは天然夢想御堂流古武術の直系なんですよ。もう滅んだ流派ですが。それで、二年前に我々の組織が抗争に巻き込まれたときに、こいつも巻き込まれたんです」

 そう、一家で巻き込まれた。隣街の組織が、親父がいると邪魔になると思って殺したんだ。お袋は早くに亡くなっていたから、それで一人になった。奴等は、親父が抵抗できないように一般人の多い街中で、何箇所も刺して、殺した。人質を取って、それから嬲り殺しにしたそうだ。

 「そ、そんな・・・」

 「親父の葬式に、誰も来なかった。奴等を恐れて、弟子すら来なかった。坊主も来なかった。僕のほかには葬儀屋しかいなかった。我を忘れるくらいに胸が熱くなった。そして、我を忘れた」

 おっさんが、溜め息をついて言葉を続けてくれた。

 「我々が乗り込んだとき、街は静かでしたよ。反撃される事もなく、奴等のほとんどは逃げるばかりだったんです。思い切って本部に斬り込んだら、こいつが血まみれで立っていたんですよ。血まみれと言っても怪我をしたわけじゃない。返り血に濡れていたんですよ。ありゃあ凄かった。本職の我々が恐怖したくらいですから」

 「まあ、そういうわけで、無闇に力を出すなと。君も無事だし、僕もたいした怪我はしていないから、とりあえずは良いでしょう。・・・でも、最後に不覚を取ったのが癪だな」

 おっさんが頭を掻いた。こいつか。

 「済まん、その通りだ。お嬢さんが、どうしてもお前を抱きたいと言うもんだから、つい、な」

 「おっさん、殺すつもりだったろ? 他の人間なら死んでいたぞ?」

 「殺すつもりでやらないと、気を失わないからな」

 絶句。

 おっさんが不気味に笑った。拙い、逃げないと。後ろから殺気が三つ。逃げろ!

 ガツゥゥッ!

 天中殺? 大殺界? 厄年? 天変地異? グランド・クロス?

 まあ、良いか。皆さん、お休みなさい。


 なぜこういう目に遭うのか。神様がいるとしたら、そいつをぶっ飛ばしてやりたい。

 でも、この甘くて美味しい匂いは良い。癖になりそうだ。女の子の匂いとでも言うのだろうか?

 ちょっと待て。

 「女の子?」

 「ええ、そうよ。私はあなたの女よ? 御堂君の、ううん、創の彼女。運命の恋人なの」

 嫌な予感がする。閉じていた目をそっと開けたら、彼女がしがみついていた。しかも、布団に入っているぞ。

 「ええと、お決まりの台詞で恐縮ですが、ここはどこ?」

 「私の部屋よ。ここは創の部屋でもあるから、自由にして良いのよ?」

 気を失いそうになったが、堪えた。肉体の被害状況を確認する。精神はともかくとしてだけど。

 後頭部に痛みを少し感じるほかは正常だな。では、お世話になりました。

 「駄目、逃がさないわよ。大人しく私の恋人、ううん、夫になりなさい。嫌?」

 「嫌だ」

 「ふぅぅん、なら、創にレイプされたって街中に言いふらすから。殴られて、犯されて、妊娠したって、言いふらすからね。それでも良いのなら、逃げて良いわ」

 この、卑怯者。

 「ええ、あなたを手に入れるためなら、卑怯者にも慮外者にも痴れ者にもなるわ」

 頭痛がする。

 「大丈夫? 冷やさなきゃ! ほら、氷枕を替えるから!」

 そういう意味じゃないんだが。何とも言いがたいな。

 「ところで、なぜそんなに僕に執着する?」

 「だって・・・、好きになったんだもん。いつも鳥や動物とお話して、不思議な人だと思って見ていたら、目が離せなくなって、それで、あの、いつも、あなたの事を、考えて・・・、やだっ! 恥ずかしいっ!」

 ギュゥゥッ!

 「首、絞めるな・・・」

 「あ・・・、ごめんなさいっ、大丈夫? ね? 大丈夫?」

 僕はどうしたら良いんでしょう。

 ワンワンワン! ワン!

 「一丸ね、もう、良いところなのに!」

 ワンワン! ワワウ!

 「・・・どうしてそう冷たいかな。しくしく・・・」

 「どうしたの? 一丸が何か言ったの?」

 「・・・諦めろって。逃げたら本気で殺されるって」

 ああ、彼女の不気味な笑顔が怖い。

 「うふふ、その通りよ。諦めて私と幸せになりなさい。ほら、こうしてあげるからね? あのときも気持ち良さそうだったし、これが良いんでしょう?」

 ああ、彼女の甘くて柔らかくて優しい胸に包まれている。

 「・・・確かに、これは良い。経験した事が無いくらいに最高だ。しかし、これで良いのだろうか?」

 ご両親が何と言うか? それに、民生委員のじいさんも。

 「あら、お父様もお母様も喜んでくださったわ。民生委員のおじさまも、市長さんも、校長先生もね」

 流されて良いのでしょうか? これで本当に良いのでしょうか?

 「これで良いの。あの有名な天才のパパさんも言ったでしょ?」

 あのさ、普通はそれ知らないって。


あっさりと書いてみました。

ラストの「天才のパパ」は古くて知らない人が多いかも。



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