プロローグ
そこそこの四年制大学に進学して早四年。どうやら俺は、就職浪人という立場に直面しているらしい。
三年の終わりころには数えきれないくらいの会社にエントリーし、さらに、面接試験までこぎつけた所もあったもののことごとく不採用。一か八かで受けた公務員試験もいい結果は残せず、卒業まで秒読みになった今でさえ学校とボロアパートを行き来する日々。
今の御時世、第二新卒なんて言葉は存在するものの価値などないに等しい。このままだと良くて派遣社員や契約社員。最悪はアルバイトとして生きていかなといけない。
いっその事、田舎に戻るか。しかし、あそこに戻っても、就職ができるなんて保障はない。それならまだ都会にいた方がチャンスは多い。
だが、求人がいくらあっても、就職できないというのはこの一年で痛いほどに経験済みだ。
別にえり好みしていた訳でもないのになぜこうなってしまったんだ。就活のために遊ぶ時間だって減らして必死にエントリーシートや履歴書も書いたというのに。
努力が報われないというのが社会の定理だとでもいうのか。
「…あの…すみません…」
ああ、仕方ないし職業紹介所でも行くか…。大学生でも最近は法改正とか何とかで色々支援してくれるみたいだし。
「あの、すみません!」
はあ…憂鬱だな。でも、何とか卒業までに就職しないとな…。
「話を聞け――――――」
強い衝撃を背中に感じたと思ったら、顔面がコンクリートの地面とお見合いした。って、冷静に考えている場合ではないのかもしれない。
うっすらと涙で滲んだ視線の先には、おそらく俺を蹴り飛ばしただろう人物が仁王立ちで構えていた。
金髪に薄い紫の瞳。はっきりとした顔の作りの少女。年は、十二くらいか?
フリルが沢山ついたワンピースを着た少女は、西洋人形のように愛らしい容姿をしていた。
「こんなにも可愛い女の子が声をかけているんだから『どうしたの』って話聞くのが普通でしょ。それを二回も無視してくれちゃって。無駄な体力を使わせないでよね」
思いっきり自己中心的なことを言ってくれるものだ。
そもそも、声を掛けられた記憶も、声を掛けられる理由もないぞ。
こんな日本人離れした少女の知り合いもいないし。
「ちょっと、話聞いているの!」
「…ああ、はいはい。聞いていますよ。道にでも迷ったのかな」
「なに、その態度!それに、子供扱いしないでよ」
どっから見ても子供だろ。いったい何なんだよ。今俺は忙しいんだよ。早くしないと職業紹介所が閉じるだろうが。
「たっく…本当にこんな奴が……なの…」
ぶつぶつと囁くせいで良く聞き取れない。
だいたい俺を引きとめておいて何も言ってこない所を見ると本当に用事があったのか。
ただそこら辺を歩いている奴を蹴りたかっただけじゃないのか。
そういうことは子供同士だけでやっていてほしい。
「…まあ、いいわ。あなた、今日から『魔王代理』だから」
何を言っているんだ、この子供は。もしかして、今流行りの中二病と言う奴だろうか。それとも今の小学生の間ではそういうおまま事が流行っているのか。どっちにしろ、俺を巻きこまないでほしい。
「あー。悪いけど俺これから行かなきゃいけない所があるんだよね。そういう遊びは別の人とやってくれる?」
「残念だけど、選ばれたのはあなただから。あなたに資格があるとも思えないんだけどね」
意味がわからない。そもそも、選ばれたとか何なんだ。
「説明もめんどくさいし、連れていけばフェルが全てやってくれるわよね」
何を言っているのかよく聞こえない。
「だから俺はこれから行く所が…」
――タンッ
何処から出したのか身の丈よりも長い杖のような棒を地面にたたきつけると、その周囲から音が消えた。
青白い光が俺の周りを囲い込む。
地面には魔方陣のような物が浮かび上がっている。
「なんなんだよ、これ」
もう、訳が分からない。
こんなことが現実で起こるはずがない。
「『大いなる時空の扉よ。我の前に出で我を運べ』」
聞いたこともない言葉が少女の口から紡ぎ出る。
ぽっかりと目の前の地面に黒く、そこが見えない穴が開いた。
「行くわよ」
「はっ…行くって………」
手を掴まれたと思った瞬間、俺はその穴に引き込まれた。真っ暗闇に飲み込まれるような感覚を感じながら、俺は意識を手放した。
その後、俺がいた場所はただ静けさだけを残し、変わらぬ風景が流れていた。