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1K  作者: 虹鮫連牙
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一〇一号室

夏のホラー2013~怪談咄に集いましょう~

参加作品です。

 山積みになった段ボールの一つを開梱しながら、部屋の中をぐるりと見回した。

 八畳ほどの広さに敷き詰められたフローリングと、四方を囲う真新しい白の壁紙。まるで巨大なサイコロの内側に入り込んだみたいなこの場所が、今日から俺の城となる。

 大学に通うための一人暮らし。初めてのことだからいろいろと不安に思うことはあるけれど、でも大丈夫。俺はきっと上手くやっていけると思う。

 俺は荷解きの手を休めて、自分の財布と預金通帳を取り出した。

 財布の中にある現金と通帳に書かれている数字を見比べながら、自分が生活する姿を思い浮かべた。

 俺は金の遣い方が上手い。自分ではそう思っている。

 一人暮らしをするために探したアパートは、必ずスーパーが近所にあることを条件とした。俺が学校から帰る時間に立ち寄れば、弁当などに割引シールが貼られているという条件はどうしても外せなかったのだ。

 更に学校から少しだけ遠いところを選んだ。ポイントは“少しだけ”だ。遠すぎてはいけない。なぜなら、“頑張れば自転車で通える距離”というのが大事なのだから。実は、両親には電車通学していることにして、定期代を仕送りしてもらうことになっているのだ。

 飲食店が近くにあることも必須だ。俺が食べるためではない。バイトをするためだ。飲食店なら、一日のうち一食ぐらいは賄い飯でしのげる。

 でも、それだけじゃない。一人暮らしをするための条件とは別に、俺には強みがまだある。

 まず俺はギャンブルをしない。それほど興味が湧かないのだ。煙草も吸わない。一人暮らしになれば隠れて吸う必要もないという魅力はあるが、調子に乗って吸い続けると煙草代がばかにならないので、根性で止めた。

 それに俺はツイていた。このアパートは怪しいぐらいに家賃が安かったのだ。安過ぎて一度は借りるのを止めようかとも思ったが、やはり家賃の魅力に負けて思い直した俺の判断は正しかった。

 決してドケチではない。でも、俺は金が貯まる男だ。そんな自信があったのだ。金に味方されているのだと思う。

 既に駅前の居酒屋でのバイトも決めてある。今夜が初勤務の日。

 俺の一人暮らしは、幸先良いスタートを切った。




 一人暮らしを始めてから一瞬間が過ぎた日。

 俺は近所のスーパーで半額シールばかりが貼られた惣菜を手にして、アパートに帰ってきた。

 玄関横に備え付けられた郵便受けをちらりと覗きこみ、すぐに家へと入る。今日は、いつもすぐに売り切れてしまうローストンカツが半額で残っていたのでラッキーだった。良い日だ。

 そう思っていた矢先のことだった。

「あれ?」

 玄関を潜ってすぐ、右手側にあるトイレの扉を見ると、隙間から光が漏れていることに気が付いた。

 ウソだろ? そんなまさか。

「朝消さなかったっけ?」

 すぐに扉を開いて中を確認する。便座は降りていた。そうだ、朝俺が用を足した時の状態そのままだ。

 やっぱり消し忘れたみたいだ。

「なんだよぉ! 消さなかったっけ!? もったいねーじゃん!」

 わりとショックが大きかった。トイレの電気って、一日中点けておくとどれぐらい電気代に影響が出るのだろう。

 この部屋の間取りは、玄関を潜るとすぐにトイレと洗面所、風呂場と台所があり、その奥に八畳のワンルームがある造りとなっている。構造上、陽の光を得るための窓は八畳間の方にしかなく、玄関付近はいつだって薄暗い。だから朝夕問わずに、トイレに入るときは電気を点けていたのだが。

「明日から絶対トイレの電気点けない!」

 さっきまでの上機嫌は、あっという間にどこかへと消えてしまった。

 俺は荷物をちゃぶ台の上に置くと、止まらない文句をぶつぶつと呟きながら風呂に入る準備をした。

 しかし、バスタオルを取り出した時、ふと考え直した。

 一日中トイレの電気を使ってしまったのだ。その分の無駄は取り返さないと。

 俺は、今夜のシャワーを我慢して水道代を節約することにした。今日は大丈夫だ。過ごしやすい天気で汗も掻いてないし、一日くらい風呂に入らないからって死ぬことはないだろう。

 そんなわけで、風呂に入らないまま一晩を過ごした俺は、翌日いつもどおりに学校へ登校した。

 しかし、授業を受けていると、大学でできた新しい友人に「お前、昨日風呂入ってないだろ」と冷やかされた。その友人の言葉に、突然恥ずかしさがこみ上げてきて、笑って誤魔化すことしか出来ない。

 やっぱり分かるものなのだろうか。それとも友人がたまたま気づいただけなのか。

「なんか疲れてたせいか、いつの間にか寝ちゃって入りそびれたんだ」

「はははっ! そんなことだろうと思ったよ。俺もたまにあるもん」

 友人は笑ってくれたけれど、俺はその日ずっと、一つのことが頭から離れなかった。

 なんだか、たった一日風呂に入らなかっただけでそれがすごく悪いことのような気がしてきた。早く風呂に入りたい。

 学校が終わり、俺はすぐさま家に帰り着いた。自転車を思いっきり飛ばしてきたせいで汗だくだ。今日の風呂は気持ち良いだろう。

 駐輪場に自転車を止め、俺は玄関を開いた。トイレの扉からは光が漏れていることが無い。当然だ。昨晩考えた末に、いつまた消し忘れるかも分からないので、電球自体を取ってしまったのだから。

 これでやっと風呂に入れる。

 その時だった。

「あれ?」

 台所の水道から、水がぽたりと垂れていた。すぐにシンクを覗き込むと、大きくなった水たまりが排水溝へと伸びていた。

「はあぁ!?」

 すぐに栓を確認すると、ほんの少しだけ緩んでいたみたいだ。

「ふざけんな! 一体どれだけ出てたんだよ!」

 思わず怒鳴り声を上げてしまった。次の瞬間、突然壁を叩くような音が二回聞こえてきた。

 瞬間的に肩を竦める。自分の声が大きくて、隣の部屋に聞こえたのだと気が付く。

 しばらくじっとしていたが、その後は何も物音が聞こえなくなった。隣からの苦情はあれだけで済んだようだ。

 それにしても、また無駄なことをしてしまった。だからと言って、今日は風呂に入らないわけにもいかない。

「ちくしょう。なんだよ、ふざけんなバカヤロウ」

 出来る限り抑えつけた怒声をまき散らしつつ、俺は服を脱いで風呂へと入った。

 初めての一人暮らしだというのに、もっと慎重になれない自分が情けない。なんでもっと注意できないのだろうか。

 でも、たった一度だけトイレの電気を消し忘れたことと、たった一度だけ水道の水を垂れ流しにしてしまったことぐらいで、俺は気にし過ぎているのだろうか。

 でも、電気代や水道代、食事に必要な金だって、今まで親が出してくれていたのだ。俺はただ浪費するだけだった。

 一体どれだけ浪費することで俺の生活が成り立つのか、気になるのは当然のことだ。

 改めて親のありがたみを感じてしまう。そして俺は、もう二度とこんな無駄を出さないと誓った。




 しかし、それからというもの、俺は何かと無駄なことをしでかしてしまうようになった。

 水道の栓が緩かったことは何度かあったり、冷蔵庫の扉を半開きのまま気づかずに過ごしてしまったり、疲れて帰ってきた日には部屋の電気を点けたまま寝てしまったこともある。

 その度に俺は不安に駆られ、怒りが溢れ、絶望感に打ちひしがれる。

 友人に一度、どうしたら無駄を失くせるかと相談してみたが、「そんなのたかだか何円何十円の違いだろ? 気にすんな」というものだった。

 だが、友人は実家暮らしだ。そいつに俺の気持ちなんて分かるわけがない。何円何十円という差が、俺にとっては死活問題なのかもしれないのだ。

 “かもしれない”と言ったのは、俺の繰り返した無駄が実際にどれほどの影響を及ぼすものなのか、いまいち分からないからだった。

 初めて家賃と光熱費というものを払った時、それが高いのか安いのかを判断することが出来なかった。俺が支払った金は、果たしてどれほどが無駄でどれほどが必要最低限だったのか。

 そういうのがはっきりと分からないから、俺は怖いのだ。

 気にし過ぎなのだろうか。こんなことをいちいち気にするのはおかしいことなのだろうか。

 でも、気にせずにはいられない。

 いや、気にして当然じゃないか。だって初めての一人暮らしだぞ。一体どれだけの金が俺のもとを離れていくのか分からない。

 俺の食べている食事の量は適切なのか。一日に使う水の量は一体どの程度でいくらぐらいの金額になるのか。自炊するのと割引弁当の生活はどちらが安上がりなのか。電気料金には日中料金と深夜料金があるなんて知らなかった。バイトで得る収入はちゃんと支出を上回っているのか。今週のバイトのシフトが先週より三時間少ないが、大丈夫か。夏場になってもエアコンなんかつけるものか。一度も外出しなかった日は風呂に入らなくてもいいだろう。財布の中に千円札が一枚しかない。預金から金をおろすことが怖い。あとどれぐらい食いつなげるんだ。

 分からないことばかりなんだ。仕方がないじゃないか。

 怖いんだ。俺はどれだけ金が必要なんだ。一体どれだけ頑張れば一人で生きていけるんだ。

 そんなある日、学校に通おうとした俺に悲劇が起こった。

「…………ない」

 駐輪場に停めてあった俺の自転車が無くなっていた。

 盗まれたのか? あれがなくちゃ学校にいけない。

 すぐに友人に電話した。彼は時々バイクで学校に通うので、迎えに来てもらえばいいと思った。

 しかし。

「悪い。自転車が盗まれたんだ。学校にいけない。迎えに来てくれないか?」

『マジで? 警察とかには連絡したのか? 盗難届けを出しといたほうがいいんじゃね?』

「ケータイはダメだ。お前とか親に連絡するための無料通話分はとっておかないと」

『え、何言ってんの? それより大変なことになってんじゃん!』

「頼む、迎えに来てくれ。そんで警察にも寄ってくれ」

『俺が行くよりも電車とか使う方が早いぞ。俺んち遠いし』

「頼むよ! 早くきてくれって!」

『…………あ、ああ。いいけど、一一〇番は通話料掛からないかもよ』

 せっかくできた友人と、金の話題を交えながら無理な頼みごとをするのはすごく気が引けた。

 だが、俺はそうやって数百円の金を失うことが怖かったのだ。出来る限りの無駄な出費は減らさないと。

 それにしても俺の自転車がどうして盗まれたんだ。ただの悪戯か。そんなに上等な自転車ではないはずだ。まあ、付けていた鍵だって大したものじゃなかったけれど。

 四十分ほど経過した後、メタリックブルーの刺々しいデザインをしたバイクに乗って、友人が到着した。二人とも学校には遅刻してしまうことが確定していたが、それでも友人は嫌な顔一つせずに笑いかけてきた。

「案外人遣いが荒いんだなぁ」

「ごめん、本当にありがとう」

 いいよと言いながら、もう一つのヘルメットを投げ渡してくる友人。

「どうせ遅刻だし、今日はさぼっちゃう?」

「あ、ああ。そうだな」

 冷静でいようとしても、手が震えていた。

 怖い。俺には無駄金なんて使う余裕はないのに、このままでは自転車を買わなくちゃならない。

 そんな俺の気持ちを知らない友人は、バイクのアクセルをふかしながら言った。

「自転車もいいけどさ、お前もバイク買ってみない? いいぜぇバイク」

 その提案を聞いた俺は、内心で激しく叱咤した。

 バカじゃないのか? そんな贅沢が出来るわけがないだろう。バイクなんて一体いくらで買えるんだよ。分割で毎月払うのか? ふざけるな。それに、そういう乗り物にのるためには、保険にも加入しないといけないんだぞ。更に乗れば燃料が減る。それを補充するのだって金がかかる。しかも乗り物には重量税とかいうのだって掛かるんだろう。

 友人はそんなことを平気で言いやがる。お前には俺の苦労が分からないから、そんなアホみたいなことが軽々しく口に出来るんだ。

 世の中は、金がかかり過ぎる。生きていくと言う行為は、あまりにも高値過ぎやしないだろうか。

 渡されたヘルメットをかぶりながら、俺は友人のバイクにまたがった。

 それにしてもなんで俺ばかりがこんな目に遭うんだ。

 俺はただ一人で生きていくことに一生懸命なだけなのに、どうしてこんなにも追い詰められなくちゃいけないんだ。

 一人で生きていくことがこんなにも暗いものだったなんて。




 警察署での手続きを済ませた俺は、家の近くにあるコンビニまで送り届けてもらって友人と別れた。

 バイクに乗っている途中、友人に朝飯の誘いを受けたのだが、当然ながらそんな出費はお断りした。家に戻ればまだ食パンが残っている。三枚はあるはずだから、今日一日はそれで過ごしてしまってもいいだろう。

 俺を降ろした友人は、軽く手を振ってから走り去って行った。たぶん、先ほど食べたがっていた牛丼屋へと戻って行ったのだろう。

 友人の姿が完全に見えなくなったことを確認してから、俺はコンビニに入っていく。機械音声の「いらっしゃいませ」という声と、店内を適温に保つための空調機の音と、流行の曲を流す有線放送が耳に聞こえてきた。

 レジの前と陳列棚を見て回っている店員がそれぞれ一名ずつ。来客の気配を察して俺のことを一度見やるが、すぐに目を逸らした。

 その目を逸らす寸前の、邪魔者を睨みつけるような白い目は、俺だって気が付いている。やはり顔を覚えられているようだ。

 俺が彼らに睨まれる理由はただ一つ。

 俺がここの常連だからだ。

 家でトイレを使うことが怖くて、俺は先々週からずっと、用を足す時はわざわざこのコンビニまで歩いてきている。家を出て一、二分で着く距離だから、公園の公衆トイレまで行くよりも近いのだ。

 用を足し、機械音声だけに見送られてコンビニを出た俺は、家へと向かった。

 玄関の前に着くと、俺は気が付いた。

 テレビの音? 平日の日中、家事をする主婦層が好んで観るような情報番組の音声が、どこかから聞こえてきた。

 いや、“どこかから”じゃない。“ここから”だ。

 俺は緊張した面持ちで、そっと鍵を玄関に突き刺した。そして回す。

 間違いなく、鍵は掛かっていた。

 そっと玄関を開くと、テレビの音は大きくなっていった。

 体が入るぐらいまで玄関を開いたとき、室内の温度がとても快適になっていることに気が付いた。エアコンか?

 そして、短い廊下を渡った先にあるワンルームの部屋が明るかった。電気がついている。

「あああ」

 自分の部屋であることは間違いない。このアパートは小さくて、一階と二階に二部屋ずつしかないのだから間違えようがない。

「ああああっ」

 どういうことだ。こんなことあり得ない。

 俺が出ていく時、こんな風にして出かけるはずがないじゃないか。まるでさっきまで誰かがいたみたいだ。

 小さなアパートの一室で、およそ出来る限りの贅沢が無駄に浪費されている。

「ああああああああああっ!」

 こんな。

 こんなこと。

 こんなことって。

 その時だった。

 部屋の真ん中で茫然と立ち尽くす俺の背後から突然、勢いのよいシャワーの音が聞こえてきた。

 すぐに振り返る。キッチンの向かい側にある浴室は、いつの間にか電気がついていた。そして、蛇口をめいっぱい捻って開栓したかのように、シャワーの水が流れ出ている音が部屋の中に響く。

 浴室の壁や床、更には何者かの気配が、水をはじいている。シャワーを浴びている音がする。。

 今、そこにいる。

「ふざけるな…………ふざけるなよ…………」

 俺の部屋で一体何が起きている。俺の部屋で一体何をやっている。

 家の中に誰かがいるということに対して、恐怖心は微塵もなかった。

 あるのは憎悪だけ。

 この部屋で贅沢は禁止だ。どこの誰とも分からない奴をくつろがせる余裕などはない。

 この部屋の家主は一人だ。どこの誰とも分からない奴が暮らして良い道理などはない。

 この世界(へや)の神様は俺なのだ。どこの誰であろうと侵入者をのさばらせる必要などはない。

 俺は台所のシンクに転がっている包丁を片手に持って、浴室へと近づいた。

 相変わらずシャワーの流れる音は響いている。

 それ以上水を流すな。それ以上無駄を出すな。

 それ以上。

 それ以上。

 それ以上。

 扉に手を掛けて、思いっきり開く。

「俺の部屋で何してやがるんだぁっ!」

 開いた瞬間、俺は手にしていた包丁を思いっきり振り回した。

 しかし、包丁は噴き出しつづけるシャワーの水を切っただけだった。手応えは一切ない。

 誰もいない。

 いや、いないはずなんてない。明らかに誰かがシャワーを浴びている音がした。自然にシャワーが流れて発するような音じゃなかった。

「出てこい…………出てこいよぉっ!」

 叫んだ瞬間、浴室のすぐ隣にあるトイレから、水が流れる音がした。

 すぐにそちらを見ても、扉は閉ざされたまま。

 しかし、電気がついていた。誰が入っているというのだ。そしてなぜ水を流す。コンビニで用を足し続けてきた日々の苦労が無駄になるじゃないか。

 トイレの扉を思いっきり開くと、鍵は掛かっていなかった。そして、やはり誰もいないトイレがそこにあるだけだった。

 怒りがふつふつと湧き上がってきた。姿を見せないまま、そうやって俺の生活を脅かす不届き者がいる。

「うあああああああああああっ!」

 八畳間に駆け戻り、押し入れを開いた。実家から持ってきた箪笥の引き出しも全て引き出した。

 玄関と窓以外の全ての扉を開いて、開いて、開いて、開いて、開いて、開いて、開いて、開いた。

「どこだよ! 出てこいって言ってるんだよ!」

 それでも姿は見えない。聞こえてくるものもテレビの音声とシャワーの流れる音と、何度目か分からないトイレの水が流れる音だ。すると今度は、洗面所と台所の蛇口までもが全開になったみたいに、出るもの全てが噴き出してきた。

「出てこい」

 包丁を床に突き立てた。

「出てこいよ!」

 何度も突き立て、ぐるりと視線を回した。

「出てこいよおおおおっ!」

 しかし、誰もいない。

 誰もいないのだ。




 あれから何日経っただろうか。

 俺のいる場所は、随分と快適な環境となっていた。

 室温は二十四時間、常にエアコンで調整されている。テレビだって放送終了後もずっと砂嵐を映しながら、翌日の放送を待っている。部屋中の照明は全て点いている。

 こんな小さいワンルームのアパートで出来る、これ以上ないとも言える最高の贅沢が揃っている。

 そんな一〇一号室の部屋の片隅で、俺は膝を抱えて蹲っていた。

 こんな贅沢な世界は俺の居場所じゃない。俺はこんなところにいない。この無駄は、俺のせいじゃない。

 電気を消してもすぐに点いてしまう。家電のコンセントを抜いたって、寝て目が覚めるとまた刺さっている。

 俺以外の人間なんていないのに、俺以外の誰かが勝手に贅沢をするんだ。

 その時、玄関の方から呼び鈴が鳴った。

「おーい、俺だけど。いる? 学校いつまでさぼるつもりだ?」

 気が付けば、俺は何日間もこの部屋から出ていなかった。バイトだって学校だって、もう長いこと顔を出していない。

 贅沢に満たされた部屋なんて俺の居場所じゃない。でも、この部屋から出た瞬間、贅沢を貪るやつが姿を見せるんじゃないかと思っているんだ。

「郵便物もすごい溜まってるぞ。ってか溢れてるって」

 贅沢は敵だ。俺から金を、生活を奪うものだ。俺はそいつを決して許さない。

 だから、いつか現れるかも知れないその贅沢野郎を見届けるために、そしてそいつに復讐を果たすために、一人暮らしの不安を説き伏せてやるために、俺はこの部屋を見張っていなくてはいけない。

「おいおい、電気料金の明細までこぼれ落ちてるって…………おい、お前この金額…………な、なあ! 中にいるんだろ? やばいんじゃねーか!? なあ!」

 カビの生えた食パンをちぎり、一口だけ頬張った。

「大丈夫なのか!? 入るぞ!? いいな!」

 玄関が、すごく久しぶりに開いた。

 そして入ってきた何者かの姿を見た瞬間、目を見開いた。

 ブランドもののバッグと、真新しい靴。首に下げているのは貴金属。そして右手の人差し指に引っ掛けているのはバイクの鍵か?

 恵まれた身なり。高価な所持品。

 贅沢は、敵だ。

 俺は、右手の包丁を握りしめながらそっと立ち上がった。


 ≪了≫


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