【競作】人の闇は夜より暗く
競作第7弾にしてお題は「肝試し」!
なんというかいつも以上に拙い文章ではありますが、読んでいただけたら幸いでございます。
――なぁ、肝試ししようぜ。
目の前で、にやけ顔を浮かべた少年がそう言った。
「嫌よ、どうせまた何か企んでるんでしょう? そういうのはお仲間同士でやってなさい」
わざわざ体育館裏に呼んでおいて何の用かと思えば、と私はそこで嘆息しながらそっけなくそう返すと、少年を一瞥して横を通り抜けようとする――
が、少年は私の退路を塞ぐようにしながら、手を横に突き出して壁を叩いた。
割と大きな音が響いたが、ここは体育館の裏側。しかも真夏の昼休みということもあり、生徒達の喧騒と蝉の鳴き声とで音はかき消され、それに気づいた者はいないだろう。
「おい、渚。俺はお前の本性を知ってるんだ、クラスの奴にバラされたくなきゃあ素直に――あ!? おい!」
しかし、それすらも気に留めず、私は少年の腕を下からくぐり抜けると、教室へと歩を進めた。
背後では罵詈雑言を私に浴びせる声が聞こえたが、無視しよう。
どうせ、いつものことだ――
私、北条渚はある問題を抱えている。
それは、先ほどの少年。
この清城東中学校でもかなり古参の、用務員牧野政治さんの息子、京谷。
政治さんの方は非常に人柄もよく誰からも好かれるような人で、この学校でも人気が高い。
それに対して京谷は、数人の手下を従え我が物顔で学校内を闊歩し、また虐めなどの噂も絶えず、素行はお世辞にもいいとは言えない。
そんな奴と私は入学以来ずっと同じクラスで、その頃から彼は私に対して色々とちょっかいを出してきたのだが――
最近はやけにそれがひどい気がする。理由は分からないが、まあ大方ああいう類の連中は気に入らないとかむかつくからとか、そんなくだらない理由でいくらでも喧嘩できるのだから、私が理解できるものじゃあないのだろう。
でも、今の私はクラス委員長としての……優等生の北条さんとしての地位があるし、なんとかなるだろう。
なりたくてそうなったわけではないが、なるべく問題を起こさないように、また問題に巻き込まれないようにと一定の距離を保ちながら普通に学園生活を送っていたら、自然とこうなってしまったのだ。
「っふ、本性……ねぇ」
私は3-Aと書かれた札が下がった教室の前で立ち止まると、先ほど京谷が言った言葉を思い出して苦笑した。
教員や生徒の間で面倒事を抱えるのが嫌だから、上手く立ち回っていただけなのだが、それを京谷は野心か何かと勘違いしたのだろうか。迷惑な話だ。
しかし、それ以上考えてもしかたがないと一度ため息をつきながら、私はゆっくりと自分の教室のドアを開ける。
「あ、いいんちょ大丈夫だった? あの京谷に呼び出されたんでしょ?」
「ええ!? マジで!? 委員長可哀想……」
ドアをくぐるなり、クラスメイト達が揃って駆け寄り、私へ憐れみの言葉をかけてくる。
だが所詮、上辺だけの優しさだ。それに付き合う必要はない。
私は適当に流しつつ、自分の席へと着いた。
それ以降、京谷が私に何かを言ってくることはなく、無事に放課後を迎えることが出来た。
次々と教室から出ていくクラスメイトの中に京谷の姿もあったが、彼は何か言いたげな表情だけ私に向けた後、静かに教室から姿を消す。
私も特にここに残るような用事もなかったため、荷物をまとめ教室を出ようというところで、
「ああ、渚ちゃん。ちょっといいかい?」
ドアの方で、老いを感じさせる掠れた声が聞こえた。
私は顔を声のした方向へ向ける。と、そこには青いつなぎを着た一人の老人が申し訳なさそうな顔をして立っていた。確認する必要もない、牧野政治さんだ。
「ええと、何か御用ですか?」
私が応えると、さらに牧野さんは眉をしかめてしまう。これではまるで、私が彼を咎めているようにも見えて、なんとなくいたたまれない気持ちになってしまった。
だが、沈黙はそう長くは続かずに、政治さんは意を決したように私を見つめながら口を開いた。
「実はね、今晩ちょっと一緒に来てほしいところがあるんだ」
「はあ……一緒に、ですか?」
意図が分からず私が首を傾げていると、はっとしたように牧野さんが驚いたような顔をして頭を掻いた。
「ごめんごめん、端折りすぎたね。用ってのは、私の古い友人の家……おっと、君たちには幽霊屋敷と言った方が通じるかね? あそこに一緒に来てほしいんだ」
「幽霊屋敷……」
私がそう呟くと、牧野さんは静かに頷く。
牧野さんが言っているのは、清城東の校舎裏にある丘にひっそりと佇む一軒の家のことだ。
もう十年近く誰も住んでいない廃屋で、館ほどの大きさがあることから不気味さも際立ち、いい具合に心霊スポット、幽霊屋敷として名を馳せている。
だが、そんなところに何の用だというのか。牧野さんは先ほど古い友人の家と言っていた。それに関係することだとは思うが、現状では判断材料が少なすぎる。
「さすがにいつまでもあれを残しておくわけにもいかなくてね。持ち主ももういないし。だから中にあるまだ使えそうな物を出してから、取り壊そうと思っているんだ。今日はそのために……」
それで合点がいった。まあつまり、物を運び出すのを手伝えということか。
しかし、息子がいるのに私に手伝えというのも変な話だ。いや、言ったところで京谷が親の言うことを聞くとも思えない。だからこその私か。
一人で納得しながら頷いていると、答えを待っているのか牧野さんが再び眉を寄せているのに気付き、すぐさま私は笑顔で、
「はい、大丈夫ですよ。それで、何時くらいに行けばいいでしょうか?」
あの後、牧野さんと一緒に詳しい時間や集合場所などを決め、私は一旦家に帰ると言って教室を出た。
別に嘘ではない、時間には余裕もあるし、何よりこのまま行って制服を汚すのも面倒だからだ。
とはいえ最近は近所で行方不明事件なども発生しているため、なるべく夜道を一人で歩きたくはない。できるだけ急いで帰り、日が落ちない内に幽霊屋敷へと行こう。
そう決め、駆け出そうとしたところで――
「おい、待てよ」
校門の陰に隠れるようにして待ち伏せていた京谷が、じ、とこちらを睨みつけてきた。
「何? 急いでるんだけど」
「おまえ、幽霊屋敷に行く気か?」
どこからそれを聞いたのか、京谷は私を睨む視線を外さずに問いかける。
「だったら何よ」
「行くな。絶対にだ」
どんな言葉が出てくるかと思えば、予想外すぎて私は一瞬呆けてから目を丸くし、
「はぁ!?」
思わず大声をあげていた。
しかし、京谷の目は冗談を言っているようにも思えないほど真剣なのは確か。
とはいえ、牧野さんとの約束を疎かにすることはできない。
そもそも京谷の場合は悪だくみを考えている可能性も完全には否定できないわけで――
「と、とにかく牧野さんとの約束なの。すっぽかせるわけないでしょ!」
やや強めに言い放ちながら京谷の横を通り過ぎようとすると、軽いデジャヴを感じた後で、手首を思いっきり掴まれた。
「……痛いわ。離して」
「頼む、頼むから……」
懇願するように京谷は頭を下げる。さすがに芝居でもここまではしないだろう。せめて理由でも言ってくれれば助かるのだが、それを聞いても京谷は言えないと首を振るだけ。
これ以上は埒が明かないと判断し――
「じゃあね」
「渚……」
強引に京谷の手を振り払い、足早に私は帰路へ着いた。
午後の八時半を回った頃、牧野さんは一人の連れを引き連れて幽霊屋敷へと姿を現した。
結局、私は京谷の忠告よりも信頼が失われることのないようにと保身に走ってしまった。
だが、道中そして幽霊屋敷に着いてからと、特に目立った変化はないことから、やはり京谷は私をからかっていたのかもしれない。
それよりも気になるのは、牧野さんの連れだ。
制服もそうだが、銃を携帯しているところを見ても、それが一目で本物の警官だと分かる。
「やあ、渚ちゃん。こっちの人は、私の知り合いでね。数少ない友人だよ」
言いながら掠れた声で笑う牧野さんの横を通り、
「よろしく、僕は須藤って言います」
と、四十代くらいだろうか、初老の警官が柔和な笑みを浮かべながら手を差し出し握手を求めてくる。
それに応えるよう、差し出された手を握りながら、私も挨拶を返した。
「近頃この辺で行方不明事件が起こっているからね。夜も遅いし、これが終わったら僕が君を家まで送るよ」
そう言って、須藤と名乗った警官は先導するように幽霊屋敷の中に入っていく。
それに続くように、私も牧野さんから懐中電灯を受け取り、並んで屋敷の玄関をくぐった。
最初に感じたのは、ゴミだかカビだか、鼻腔を刺激するひどい臭いが充満していたこと。
しかも、懐中電灯無しでは何も見えないほど光が差し込まない。
少なくともこんなところ、私は一人で入りたくはないな。
そんなことを内心で思いながら、私は須藤さんの後についていく。
が、
「ここで別れようか。結構広いし、分担した方が早く終わる。ええと、渚ちゃんだったかな? 君は二階の奥をお願いしたいんだけど。大丈夫、不思議とここで怪我人が出たって話はないから、危険はないはずだよ」
「はぁ……分かりました」
須藤さんはそう言って、今度は牧野さんに向き直り何やら話し込んでいる。
仕方なく私は牧野さんたちと別れ、足元に注意しながら二階へと続く階段を探した。
その際廊下に飾られていた絵画などをいくつも目にしたが、どれもが処刑や拷問を描いたもので、何とも言えぬ不気味さを感じた。
なんというか、結局肝試しのようなことをする羽目になっているな、と嘆息しながら足を運んでいると、
「あった、これか」
何とか階段を探り当て、私はいつ底が抜けてもおかしくないような軋む音を立てながらゆっくりと二階へと上がる。
怪我人が出ていないと須藤さんは言っていたが、本当なのだろうか。この階段だけでも十分危険な感じなのだが。
2階も大差はなく、不気味な絵画と辺りに散乱する木材があるだけで、使えそうな物は何もなかった。
あと見るところと言ったら、2階の一番奥、この場に不釣り合いな鋼鉄製のドアの向こう。
鍵はかかっていなかったが、さすがに女一人で開けるには苦労する程度の重量がある扉だった。
なんでそんなものがあるのか――
私は部屋に入った瞬間それを理解してしまった。
懐中電灯の明かりに照らされた場所に広がるのは、真っ赤な血痕。
血なんて初めて見るが、この部屋に充満する生臭い匂い、そして――
廊下に飾ってあった絵画に描かれていた、拷問器具の数々。
それを一目でも見れば、いくら見慣れぬとはいえども理解することは容易い。
「な……」
言葉にならない言葉を口から洩らしつつ、ゆっくりと後退する私の背が、何かにぶつかった。
「やあ、渚ちゃん。見てくれたかい?」
それは不気味なほど柔らかな笑みを浮かべた牧野さんだった。
「な、なんで……」
動悸が激しくなり、思考が回らない。
どう見ても異常な状況、すぐにでも逃げ出さねばならないと分かっているのに、私の体は言うことを聞いてくれなかった。
「なんで……か。そうだね、息子がどうも君に御執心のようだから、私も興味が湧いてね」
ああ、なるほど――
所詮息子が息子なら、親も親だったということ。
解決しない行方不明事件。怪我人の出ない幽霊屋敷。警官。全てが私の中で繋がった。
行方不明事件の被害者たちは皆ここに連れてこられたのだろう。そして、誰も怪我人が出ないのは……皆殺されているからだ。死体はあっても、怪我人はいない。
警察もグルだったのだ。だからいつまでたっても解決しないし、被害者が増えていく一方。
もっとも、今更そんなことを知ったところで――
「さて、まずは何から始めようか。……渚ちゃん?」
ゆっくりと、私の心を砕く鉄の擦れる音を響かせ、ドアは固く閉ざされた。
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら……いえ、今回は最後までお読みいただいただけでも嬉しいです。
ありがとうございました。