目覚め 間章
「ガーシャ、ガーシャ、早く来てっ」
ドンドンドン、と、気の急いた叩音と共に、女性医官控え室の扉が開けられた。往診の時間にはまだ早いが、めったにないルシアの無作法と小さく抑えられた声に混じる喜色に、ガネーシャの心も震えた。
「ユリ姉様が、眼を覚まされた?」
往診鞄を引っつかみ、ルシアを置いて真っ先に部屋を飛び出しながら、ガネーシャは声を抑えてルシアに訪ねた。
「姉様、じゃなくて姫様、でもなくて殿下ですっ」
「それであなたが迎えに来たのは・・・まだ、体調が悪そうに見えるから?」
かりにもエスファーン王国の第一王位継承者であらせられる。直属の侍女はルシア一人だが、控え室には常時何人かがいて、下働きをしているはずだ。女性医官を呼びつけるのなら、なにもルシア本人でなくても事は足りる。
「・・・ではなくて、嬉しくってつい走ってきたって感じかしら」
嬉しくって、誰かに言いたくて、そのまま女性医官控え室まで大急ぎで来たんだね・・・。一人残されたユリ姉様、びっくりしてるんじゃないかな。
「そこまで判るなら、何も口に出さなくてもいいじゃないですか」
「悪いね。当てちゃって」
同年代であり、同じような身分の二人は、気心の知れた友人でもある。久しぶりに軽くじゃれあいながらも、足早にユーレリア王女の居室に向かっていた。
――トントン
心持緊張して、ルシアが扉を叩いた。
「どなた?」
中から誰何の声がして、二人の顔に満面の笑みがこぼれる。
「ルシア・セレイゾです。
宮廷侍医トライフォーン様をお連れしました」
「入って」
ユーレリア王女の声に促されるよう、部屋に入り、二人は見た。
ここ三日ほど寝ている姿しか見ていなかった王女が、寝台の上に座っている姿を。
「ユーレリア殿下、おはようございます。お気分はいかがですか?」
ユリ姉様、よかった・・・。深い安堵に夢見心地であるきながら、ガネーシャは王女の座る寝台の横まで歩みを進める。
「・・・トライフォーン?」
「はい、殿下。
ちょっと失礼しますね」
手をとり、脈を計る。首に手を当て、腫れを確かめる。眼を診る。一連の動作はガネーシャに染み付いていて、めったなことでは間違えることはない。
「熱もなし。大丈夫そうですね。
他にどこか、痛いところなど、ありますか?」
「頭。
・・・というか、よく聞いてほしい。
貴方、誰? 私、誰? ここ、何処?」
「え・・・あの、ユリ姉様?」
「ごめんなさいね。
貴方、誰? 私、誰? ここ、何処?」
ユーレリア王女の申し訳なさそうな顔が、いっそう、ガネーシャの心に痛かった。