宮廷侍医ガネーシャ・トライフォーン
宮廷侍医ガネーシャ・トライフォーンは、代々学者や医者を輩出することの多い家系に生まれおちた。父親は宮廷侍医。母親は王城薬草園師。そんな中で育てられ、自身も自然と医術に関心を持ち、医者となった。王城に入り宮廷侍医となったのは、王城の女性医官が退職したためであり、縁故といわれればそうなのだが、王城に自力で仕官する実力も十分に兼ね備えた宮廷侍医である。そんな彼女は、第二王女と年が近いせいなのだろうか、宮廷侍医の称号をいただいてからはユーレリア王女を診ることが多くなっていた。ガネーシャは両親ともに王城で働いていた関係上、王女と直接の面識もあり、遊んでいただいたこともある。必然的に王女との会話が多くなり。気の置けない友人関係を作るまでにいたっていた。
王女は、その身分からしてみると、意外なほど気さくな人物である。容姿も、行動も、一国を負うとは言いがたいほど、普通。時と場合に応じて取り繕うことも見知ってはいたけれど、ガネーシャにしてみれば、王女然としたところが無い、非常に付き合いやすい貴族であった。そして、年が近いとはいえ王女のほうが少々年上とあって、ある程度は頭が上がらなく、頼れる姉貴分といった関係であった。
そんな第二王女だったが、オジオン国王の突然の崩御に当たり、立場が一変した。
もともと王位継承者の少ない小国。
第一王女メルグリットはすでに斎姫でありノルドルン湖にて祭儀に尽くしており、第一王位継承者として押されているとはいえ、マサール王子は成人して間もない。必然的に国王の補佐をしていたユーレリア王女も、未だ輿入れの予定はないということで国政に参加することとなったのである。
国王崩御以前。オジオン国王は、まだ国王としては若く、マサール王子にはまだ国王になるには若干の猶予があるだろうという予測の元、これからオジオン国王の下について政治を学んでいくこととなっていた。ユーレリア王女も、王位継承者が少ないことから国外へ嫁いでいく可能性は少なく、自国内のある程度以上の身分を持つものへと嫁ぐだろうと思われていた。しかし、国王崩御、それに引き続いてのフランベルト王国の侵略行為、それに付随して巻き起こった一連の騒動。めまぐるしく状況が移り変わる中、国王としての采配を彼女は求められたのである。
ユーレリア王女は、それに答えた。
すべてが終わる、つまりフランベルト側が軍をひいたと王城に報がもたられるまで、王女は其処に立っていたのだと聞く。
「ユリ姉様。無茶しすぎだよ、まったく」
メルグリット王女二十歳。ユーレリア王女十八歳。マサール王子十五歳。
見たい人にとっては、国王の血のなせる業、なのだろうが。
普段のユーレリアを知る人にとっては、痛々しいものでしかなく。ガネーシャの心を占めるのは、若干の苛立ちと、焦燥で。
「早く戻ってこないと、怒りますよ」
朝一で、ルシアが呼びにくるだろう。あの子は心配性だから。と、往診鞄を点検しなおすガネーシャ・トライフォーンの姿があった。