第二王女付侍女ルシア・ソレイゾ
侍女ルシアの朝は早い。
いや、早かった、というべきか。
彼女の使えるべき主。このエスファーン王国の、現在唯一の正統な王位継承者である、ユーレリア・フレイ・エスファーンが人事不省に陥るまでは、の話である。
とはいえ、女官ではなく、ユーレリア付きの侍女であるルシアには、彼女の主がいつ目覚めてもいいように、彼女の身の回りを整え、主の声がいつかかってもよいように側で控えるくらいのことしか、できることはなかった。
エスファーン王国は、北の大地の山々と、湖とに囲まれた小国である。
天を支えると言い伝えられている、ガルブレイス連峰。そしてその只中にある、わずかな平らな台地。天の瞳を映すというノルドルン湖。それらがエスファーン王国のすべてといえるだろう。
氷の魔物、すべてを等しく葬る霜の巨人、太古の神々の落とし子を、ノルドルン湖に封印したとされるのが、エスファーンの祖。その成立ゆえに、古王国とも称されるエスファーンには、領土を広げる野心はなく、いくつもの国の盛衰を、北の大地でひっそりと見守っているに過ぎなかった。
だが、ここにきて事態は急変する。
大陸の中央部にある、いくつかの小国のなかの一つであったフランベルトが、周囲の国々に対して宣戦布告したのである。
フランベルトは、貪欲に周囲の国々を飲み込み、他を圧して覇道を進んだ。フランベルト国王自身が大陸を統べる者として帝王を名乗り、次々と国を併呑。そして古の王国にまで牙をむき出したのである。
対するエスファーンは国土のほとんどが険しい山であり、国土の割には人が生活できる場所はあまりなく、人口は少ない。早々に白旗を揚げて吸収合併されるか、フランベルトの軍隊に国土を蹂躙されるかであろうと、大方のものは予測していた。
だが、これも大きく予測を外れることとなる。
フランベルトが進軍する際の、ほんの小手調べというほどの小競り合いが国境付近で起こった後、フランベルトは軍を引いたのである。
その際の、主な計略の立案者とされるのが、現在エスファーン王国の第一王位継承者であるユーレリア・フレイ・エスファーン。しかし、その彼女の眼は、いまだ閉ざされたままである。
「姫様、日は高く上がっていますよ。
今日もずいぶんとお寝坊さんですね」
ルシアは、今日も声をかけながら、窓にかかった分厚い緞帳を引いた。
「皆さん、心配なさっていますよ。そろそろおきて下さいな」